今日は久しぶりにSSを投下です。
ほんのちょっとしたシチュのみ短編ですが、楽しんでいただけますとうれしいです。
マリー・ザ・ピエロ
「くっ、放して! 放しなさい!」
紺のタイトスカートのビジネススーツに身を包んだ女性が、真っ黒い全身タイツに覆われた男たちに両脇を掴まれて薄暗いホールに連れてこられる。
その表情は苦悩の色を浮かべてはいるものの、メガネをかけたその顔は整っており、美人と言って差し支えないだろう。
年齢も三十代前半と思われ、落ち着いたしっとりとした色気を感じさせていた。
『我がアジトへようこそ。ジャスティチームの司令官井野鞠子(いの まりこ)』
ホールの奥の壁に飾られた巨大な頭蓋骨のレリーフの目が光る。
その頭蓋骨の発した言葉に思わず彼女は唇を噛んだ。
ここは人類支配をたくらむ邪悪な組織「デビルサーカス」のアジト。
頭蓋骨のレリーフはその首領のイメージであり、どこか別の場所にいる首領からの声がそのレリーフを通じて発せられるのだ。
そして黒尽くめの全身タイツを着た戦闘員たちに両脇を掴まれたこの女性は、まさに頭蓋骨のレリーフの言うとおり、地球を守る正義の組織「ジャスティチーム」の司令官井野鞠子その人だった。
先ほどまで必死に何の関係も無い一般OLであるように振舞ってきていた彼女だったが、どうやらすでに正体がばれていることを知り思わず唇を噛んだのである。
『ククククク・・・いまさらごまかそうとしても無駄なこと。お前の情報はとっくに入手済みである』
その言葉に鞠子は無言でレリーフをにらみつける。
そのこと自体が彼女が本人であることを証明するようなものだったが、鞠子はかまわなかった。
もうデビルサーカスの戦力は少ないはず。
先日の戦いでジャスティチームはデビルサーカスの幹部ロペス・ザ・マスターをも倒したのだ。
ここでもし私が殺されても、ジャスティチームが健在ならばデビルサーカスの残存戦力など恐れるに値しない。
その思いが鞠子を支えているのだ。
おそらくデビルサーカスも後が無いと思い、敵の司令官を拉致するという行動にでてきたのだろう。
『井野鞠子よ、ジャスティチームを指揮してのこれまでの戦いぶり、見事であった』
「えっ?」
鞠子は驚いた。
まさか敵の首領から褒め言葉をもらうなどとは思いもしなかったのだ。
『多くの世界を侵略してきた我らがここまで苦戦したのは初めてだ。これもお前の指揮振りが卓越していたためであろう』
「褒めていただいて恐縮だけど、なんだか気持ち悪いわ。さっさと殺したらどう?」
褒められて悪い気はしないものの、どうせ相手は自分を殺すつもりであろう。
だからこそ最後に褒めておこうと言う魂胆に違いない。
そう鞠子は思う。
「もっとも、私が死んでも私より優秀な人間はいくらでもいるわ。その人たちが必ずあなたたちを叩き潰してくれるでしょうね」
そう言ってレリーフを再びにらみつける鞠子。
おそらく遠くない未来にデビルサーカスは崩壊する。
その瞬間を見られないのは残念だが、捕らわれるといううかつな行動をしてしまった以上やむを得ない。
せめて最後まで恐怖心を表に見せないで潔く死ぬことにしよう。
そう心に決めてレリーフをにらみつけていたのだった。
『ククククク・・・心配する必要は無い。お前を殺したりはしない。お前には新たな役目を受けてもらわねばならんからな』
鞠子には頭蓋骨のレリーフそのものが笑ったように感じた。
「新たな役目?」
『そう。新たな役目だ』
レリーフの言葉にハッと息を呑む鞠子。
「まさか・・・私を人質にしてジャスティチームを? 無駄よ! 私を人質にしてもジャスティチームがあなたたちに屈することなどありえないわ」
鞠子が首を振る。
これはおそらく間違いないこと。
万一チームの誰かが敵の手に落ちたとしても、それと引き換えにチーム全体を危うくするようなことはしないと定められている。
おそらく本部ではもう私は死んだものとみなされているに違いない。
だから人質にしたところで無駄なことなのだ。
『クククク・・・そうではない。そこでおとなしくしているがいい』
頭蓋骨のレリーフの大きく開いた眼窩の奥が赤く光る。
「えっ?」
その光を見た鞠子の躰は硬直し、身動きができなくなってしまう。
そ、そんな・・・
鞠子がどうにか躰を動かそうとしても、ピクリとも動かないのだ。
真っ黒の全身タイツを頭からすっぽりとかぶり目鼻口さえ定かではない戦闘員たちが相変わらず両腕を抱えてはいるものの、それはもはや鞠子が逃げないようにするのではなく倒れないようにしているようなものだった。
やがて鞠子の目の前の空間にすうっと一本の化粧筆が現れる。
同時に戦闘員の一人が鞠子の顔からメガネを外し、そのメガネを投げ捨てる。
化粧筆は誰の手も触れていないにもかかわらず宙に浮き、鞠子の顔に近づいてその顔を化粧し始めた。
「ええっ? な、何なのこれ?」
かろうじて声だけは出せたものの、鞠子はまったく身動きができないまま化粧筆が顔を優しく撫でていく。
化粧筆に塗られた部分は真っ白な色に変わり、健康的だった肌色のファンデーションが塗りつぶされていくようだ。
『ククククク・・・これからお前にふさわしい化粧をしてやろう』
レリーフの声に呼応するかのように化粧筆が鞠子の顔を真っ白に塗っていく。
さわさわと肌に当たる化粧筆の感触がなんだか気持ちいい。
身動きできない鞠子は化粧筆にされるがままになるしかなく、やがてその顔は真っ白く塗りつくされてしまった。
鞠子の顔を塗り終わると化粧筆は姿を消し、今度は別の化粧筆が現れる。
この化粧筆も宙に浮いたままで鞠子の顔に近づくと、今度は鞠子の右目の周りに黒い星型を描いていく。
真っ白い下地に黒の星型が描き込まれ、その中心に右目が位置するようなデザインだ。
次に化粧筆は左目にも黒でラインを描き入れる。
左目を上下に貫く切れ込みのような黒いライン。
白と黒のコントラストが奇妙な美しさをかもし出していた。
ラインを描き入れた化粧筆が消えると、今度はリップブラシが浮かび上がる。
そして鞠子の口元を濡れるような赤で塗り始めた。
最初は唇のラインに沿って塗っていたものの、やがて唇の両端から頬の中心に向かって笑みを浮かべたような形に赤を塗り広げていく。
それはまるで鞠子の口が大きく裂けてしまったかのように見え、その笑みは見ようによっては不気味さを感じさせるものでもあった。
「な、何をするの? 一体私をどうするつもり?」
わけがわからず化粧されていく鞠子。
だが、頭蓋骨のレリーフは何も答えない。
口を塗り終わったリップブラシが消えると、今度は戦闘員が一人やってきて、手にしたトランクを鞠子の足元で広げる。
そこにはカラフルで派手な衣装が入っており、先端が二つに割れた帽子やつま先にボール状の飾りの付いたハイヒールなんかも入っていた。
「私をピエロに・・・ピエロにでもするつもりなの?」
愕然とする鞠子。
トランクの中に入っている衣装は確かにサーカスでよく見かけるピエロが着るようなものだったのだ。
『ククククク・・・その通りだ。井野鞠子よ、お前は今日から我がデビルサーカスのピエロとなるがいい』
「いやっ! そんなのいやぁっ!」
必死に身をよじって抵抗しようとする鞠子。
だが、その躰はピクリとも動かない。
トランクを開けた戦闘員はまず鞠子の鼻に赤い丸い飾り鼻を取り付ける。
そんなものを付けられるのはとてもじゃないがたまらない。
しかし、今の鞠子にそれを拒否することはできなかった。
そして鞠子は戦闘員たちのなすがままに衣服を脱がされていく。
上着を脱がされ、ブラウスもスカートも取り去られ、ストッキングも下着も靴も脱がされる。
羞恥心で死にたくなる鞠子だったが、躰が動かない以上どうしようもない。
次に戦闘員たちはまるで着せ替え人形に衣装を着せるがごとく、鞠子に衣装を着せていく。
黒い下着を身に着けられ、赤と黒の縞模様のニーハイソックスを穿かされて、赤と黒の地にカラフルな水玉模様の付いたスカートと上着を着せられる。
首元には白い襟飾りが付けられ、頭には先が二つに分かれ先端に丸い飾りの付いた衣装と同じ柄の帽子がかぶせられ、足にはつま先が上を向いて先に丸い飾りの付いたハイヒールが履かされた。
鞠子は頭の先からつま先まですべてピエロの衣装を着せられたのだ。
『ククククク・・・見るがいい。これが今のお前の姿だ』
鞠子の前の空間がゆがみ、そこに鞠子の姿が映し出される。
「ひっ!」
そこに映し出されたのは赤と黒の地にカラフルな水玉模様のピエロの衣装を着て、目の周りに星とラインを入れ大きく笑みを浮かべた口のピエロのメイクをした見たことも無い自分だった。
「そんな・・・こんなのって・・・」
自らの姿に恐怖する鞠子。
これはまさにデビルサーカスのピエロとも言うべき邪悪な姿だ。
「いやっ! こんなのいやぁっ!」
目を閉じて首を振る鞠子。
気が付くと躰の自由は戻り動けるようになっていたものの、メイクを落とすことも衣装を脱ぎ捨てることもできなくなっていた。
『ククククク・・・鞠子よ、嘆くことは無い。お前はもはや我がデビルサーカスの一員。新たな女幹部マリー・ザ・ピエロとなったのだ』
「ふざけないで! 私はそんなものじゃない! あなたたちの仲間になんて誰がなるものですか!」
鞠子は必死に否定する。
『鞠子よ。いや、マリー・ザ・ピエロよ。見るがいい』
「えっ?」
思わず顔を上げる鞠子。
するとレリーフの頭蓋骨の眼窩の奥が緑色に光り、鞠子の前にデビルサーカスの一団によって破壊される町や殺されていく人々の姿が映し出される。
「これは?」
なぜこんなものを見せるというのか?
こんなものを見せられては余計にデビルサーカスへの憎しみが増すだけではないのか?
鞠子は奇妙に思ったが、いつしかその光景に見惚れ始めていることに気が付いた。
『クククク・・・マリー・ザ・ピエロよ、ピエロは本来自らを痛めつけ、嘆き悲しむことで人々を笑わせるもの。だが、デビルサーカスのピエロは人間どもが傷付き嘆き悲しむことが自らの楽しさや喜びとなるのだ。どうだ、この光景は楽しいだろう?』
鞠子は無言でレリーフにうなずく。
レリーフからの緑色の光を受け映像を見つめる鞠子の顔にはじょじょに笑みが浮かび始めていた。
緑色の光が鞠子の脳にじわじわと影響し、思考を変え始めていたのだ。
鞠子は映像から目が離せなくなっていた。
映像の中では多くの人が傷付き倒れていく。
今まではそんな光景を見ると心が痛むはずだったのに、今の鞠子は心が躍っていた。
人々の傷付き苦しむ表情が、死を目前にした断末魔の悲鳴が鞠子を楽しませるのだ。
人々の苦痛や嘆きがこんな楽しいものだとは思わなかった。
映像じゃ物足りない。
じかにこの光景を目にしたい。
人々を傷付けその苦悩する様を楽しみたい。
鞠子の中にその思いがふつふつとわいていく。
正義などその思いの前には何の意味も無い。
むしろこの思いを邪魔するものは敵だ。
正義など敵以外の何者でもない。
『ククククク・・・どうかな、マリー・ザ・ピエロよ。人間どもの泣き叫ぶ映像は?』
映像を消しレリーフが語りかける。
「ええ・・・とても素敵ですわぁ。うふふふふ・・・もっともっと人間どもをこの手でいたぶってやりたくなります」
ぺろりと舌なめずりをする鞠子。
いや、すでに彼女は身も心もマリー・ザ・ピエロと化していた。
『その思いはすぐに叶う。お前が我らデビルサーカスの一員となればな』
「うふふふ・・・私はマリー・ザ・ピエロ。もう身も心もデビルサーカスの一員ですわ。よろしくお願いいたします首領様」
スッとレリーフに一礼するマリー・ザ・ピエロ。
その仕草は芝居がかっていて、まさに舞台で観客に一礼する女ピエロそのものだった。
******
「オホホホホ・・・おろかな皆さん、今宵のデビルサーカスのご案内はこの私、マリー・ザ・ピエロが勤めさせていただきますわぁ」
黒尽くめの戦闘員たちを引き連れたマリー・ザ・ピエロが人々の前で優雅に一礼する。
だが、次の瞬間その顔には冷酷な笑みが浮かび、手にしたステッキで戦闘員たちに命令を下す。
「さあ、お前たち。デビルサーカスを開演させるのよ。おろかな人間どもに絶望を植え付けて嘆き悲しませなさい!」
ステッキが振り下ろされると同時に戦闘員たちが人々に襲い掛かり、周囲を阿鼻叫喚の渦に巻き込んでいく。
その様子を心から楽しむマリー・ザ・ピエロ。
彼女にとって最高のエンターテインメントがこれから始まるのだ。
口元に手の甲を当て、高らかに笑い声を上げるマリー・ザ・ピエロだった。
END
いかがでしたでしょうか?
それではまた。
- 2011/09/20(火) 21:51:21|
- 洗脳・戦闘員化系SS
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