木星変貌
- 注)このSSはアニメ版セーラームーンRの「魔界樹編」「ちびうさ編」の間を想定して描かれています
セーラー戦士は5人だけ、ちびうさは出てきません
あとセーラー戦士は月水木が同じ学校で違うクラス、火金はそれぞれ別の学校に通っている設定に準じてます。
(0)
「あーあ、またやっちゃったなあ…」
いつもの5人で、いつものゲームセンターに集まったセーラー戦士達。
魔界樹の騒動も終わり、久しぶりに学生としての休日を満喫する…はずだったのだが…
メンバーの一人、木星を守護に持つセーラージュピターこと木野まことは、
その肩をがっくりと落としたまま、そんな言葉を口にしていた。
「もしかして、また失恋?」
うさぎの問いに、肩を落としたままうなずく。
「あたしが男っぽくて友達以上には思えそうにないだって。ヒドいと思わない?
あーあ、あの眉が先輩そっくりでステキだったのに…」
一同はその言葉に苦笑した。
まことはその背の高いルックスと男っぽい言葉遣いから、男性的な性格と思われがちだが、
実際には十分に女性的、というよりはむしろ惚れっぽく、
空回りしては失恋、というパターンを繰り返していた。
そのたびに出てくる言葉が「好きだった先輩に○○がそっくり」というのだが、
その似ている部分が目つきだったり話し方だったり、ごく曖昧なものだから、
親友である4人にも、もとの『先輩』のイメージが未だに掴めない。
「ま、まあ、きっとそのうち、もっと素敵な男の人に出会えるわよ」
亜美のフォローに、うんうんと同意するレイ。
「そ、そうだよね…もっと先輩に似てるステキな人が現れて、
あたしに告白してくれるに違いない!」
さっそく元気を取り戻したまことに、一同はこっそりとため息を漏らすのだった。
(1)
「…とは言ったものの、やっぱりヘコむなあ…」
日も暮れかけ、みんなと別れたあとの、一人暮らしの自宅への帰り道。
まことは再び落ち込んでいた。
「あたし、そんなに男っぽいかなあ」
通りかかった店のショーウインドーに映った自分の姿をちらりと見る。
学校にいると、他の女生徒たちから頭一つ抜けたようになる170センチ越えの身長が、
自分の男っぽいイメージを作っているのは間違いない。
それに、男っぽい言葉遣いも。
身長はともかく、話し方は努力して変えようとしたこともある。
けれど、女性らしい話し方、例えば亜美のようにおしとやかな感じや、
美奈子のように今時の女の子といった感じには、どうしてもならないのだ。
「せめて、もうちょっと美人だったら違うのかな…」
「お困りですか?」
「うわあっ!!」
- 突然背後からかけられた声に、まことはびっくりして飛びのいた。
いつの間にか、黒いドレスの女が背後に立っていた。
大人の香り漂う女性、それもとびきりの美人だ。
「あ、あんた、誰…?」
「あら、申し遅れました。私、こういう者です」
女性が差し出した名刺には、こう書かれていた。
『あなたの本当の美しさ、羽ばたかせます
トータルビューティーサロン ハルピュイア
オーナー 鳥居魅羽 』
「実は明日が私のお店の開店日なのですけど…ほら、この店です」
女性が指さしたのは、まことが先ほどまでぼんやりのぞき込んでいたショーウインドー。
その奥には、真新しい受付台と、洒落たインテリアの置かれた店内がかいま見える。
「それで、その鳥居さんがあたしに何の用だい?」
「いえ、あんまり暗い表情でお店を見ているものでしたから、つい…ご迷惑でした?」
「あたし、そんなに困った顔してた? 参ったな…」
ぽりぽりと頭をかくまこと。
「それに、聞こえたんです。もし自分がもっと美人だったら、って、おっしゃったでしょう?」
「わ、聞いてたんですか?」
まことの顔が真っ赤になる。
けれど、魅羽というその女性はいたって真面目な顔で言った。
「私が見るかぎり、あなたはとっても魅力的な方だと思うわ。ただ、自分でその魅力に気づいてないだけ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど…」
正直、そう言われるのは悪くない気分だ。
けれど、失恋の記憶が生々しい自分には、とてもそうは思えない。
そんなまことの様子を見て、魅羽はいたずらっぽく微笑んだ。
「ねえ、あなた、お化粧をしたことは?」
「え、いや、ないけど…」
正確には、セーラージュピターに変身する時を除けば、だが…
その答えになにか思いついたのか、魅羽は目を輝かせた。
「じゃあ、ほんの少し、お時間をもらえないかしら?」
言うが早いか、まことの手を引き、店の中へと招き入れる魅羽。
「あ、ちょ、ちょっと…」
「開店記念サービスで無料にしますから、ちょっとだけ、ね?」
店の中に入ると、何かの花の香りだろうか、かぐわしい芳香が漂っていた。
『あ…いい香り』
まことの頭が、香りの心地よさにぼうっとなる。
その間に、魅羽は店の奥の個室へ彼女を導いた。そして、そこにあるお洒落なデザインのドレッサーに、
有無を言わせず座らせる。
「これから私の手で、ほんの少しだけ、あなたにお化粧をしてみようと思うの。どうかしら?」
いつものまことであれば、得体の知れない相手に身を任せるようなことはしなかっただろう。
けれど、この店全体に漂う香りが、彼女の心をリラックスさせ、無意識のうちに警戒を解いていた。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ…」
そう答えたまことに、魅羽は満面の笑みを見せた。
- それから、ほんの少しして。
「どうかしら、はじめてのお化粧の感想は?」
「うわあ…」
まことは信じられない思いで、鏡に映る自分の顔を見つめた。
ほんの十分ばかり、魅羽が手早く、基本的な化粧を施しただけ。
それだけなのに、鏡の中には見たことのない自分がいる。
「ほら、ね? あなたにはすばらしい魅力があるの。ただそれに気づかずにいただけ」
魅羽の言葉も、今では信じられる。
確かに、今の自分には魅力があった。自分にはないと諦めていた魅力が。
「鳥居さん!あんた、すごいね!! …っとと、ごめんなさい、つい…」
「魅羽って呼んでくれていいわよ? それから、あなたの美しさはあなた自身のもの。
そして磨けば、もっと輝くの」
--もっと輝く。
その言葉が、今の感動しているまことには、ある種の啓示のように思えた。
「ねえ、まことさん…よかったら、これからもお店にいらっしゃいな。お化粧のやり方とか、色々と教えてあげる」
「いいんですか? 魅羽さん」
もちろんよ、と魅羽がうなずいてみせる。
「あなたは私の最初のお客様なんだから、このお店の名誉会員よ。私の名前を出せば問題ないように、
店の子達にも話を通しておくから、いつでもいらっしゃい」
そう言って、彼女はまことにウインクして見せた。
まことが<ハルピュイア>を出たのは、声をかけられてから1時間も経たないうちのこと。
けれど、彼女は店に入る前とは別人のように、すっきりとした表情をしていた。
「それじゃ、また…と、その前に、お化粧を落とすのを忘れてた」
「あら、そのままで居ればいいじゃない」
「そう…かな。そうだよね、帰ってから落とせば、問題ないよね」
「そうよ、それから、寝る前にはお肌のお手入れを忘れずにね」
「えへへ…」
「どうしたの?」
不思議そうにまことを見る魅羽に、まことは笑顔を見せて言った。
「あたし、両親が死んじゃってて一人暮らしなんだ。だから、魅羽さんがなんだか、
お姉さんみたいだなって思えちゃって」
「そうだったの…ならなおさら、私に好きなだけ甘えて良いわよ」
「ありがとう、魅羽さん!!」
抱きつくまことの頭を、魅羽がなでる。
「甘えん坊さんな妹ね、まことちゃんは」
まことはしばらくそうしてじっとしていた。
「じゃ、じゃあ、また来るから」
「ええ、またすぐにいらっしゃい」
「ホントに、すぐ来ちゃうからねっ!!」
元気よく駆けていくまことの姿が完全に見えなくなると、魅羽はひとり、満足げな笑みを浮かべた。
「そう、またすぐに来なさい。少しずつ、いろんなことを教えてあげるから。
いろんなことを、ね…」
それから毎日、まことは学校が終わるとすぐに、<ハルピュイア>へ足を向けるようになった。
そこで魅羽から、肌の手入れの方法から、化粧のやり方、そして美人に見える振る舞い方を教わる。
それに、心地よいアロママッサージに、まことは夢中になっていった。
『あなたは美しくなる素質を持っているの、だからもっと綺麗になるために…』
色々なことを魅羽から学ぶたび、決まって彼女はこう言った。
その言葉は店内に漂う香りとともに、溶け込むようにまことの心の中に響いた。
そうして今では、家に帰ってからも、肌の手入れにたっぷり時間をかけ、
美容に効果のある食事をして、あとは鏡の前で、美しくなっていく自分に見とれる。
まことにとって、そんな生活サイクルが当然となっていった。
そしてその代わり、セーラー戦士の仲間たちとは疎遠になっていたのだ。
- (2)
「最近、まこちゃんがおかしくない? ムグムグ…」
昼休み。うさぎと亜美は木陰で一緒に昼食を食べながら、最近のまことの行動のことを話していた。
学校の違うレイと美奈子の姿はないが、いつもであれば、自作の弁当を持ってきたまことも二人と共に
食事するのが通例となっていた。
けれど今日、まことの姿は、そこにはない。
うさぎたちがクラスメイトに聞くと、昼休みになるやいなや、
彼女はどこかへ飛び出していってしまったらしい。
「食べ物を口に入れたまま話すのはお行儀が悪いわよ、うさぎちゃん…でも、そうね、
変化といえば…まこちゃん、最近なんだかとっても綺麗になったような気がするわ」
「そうそう、でもなんだかいっつも上の空でさ、放課後になるとどっかに飛び出して行っちゃうの」
「どこへ行くのか、うさぎちゃんも知らないの?」
「うん、あとレイちゃんも美奈子ちゃんも知らないって」
それは変ね、と亜美もうなずく。
「それでね、まこちゃん、実は秘密の特訓をしてるんじゃないかって思うの」
「と、特訓!?」
予想外の言葉に、思わず弁当を取り落としそうになる亜美。
けれどうさぎは大まじめだった。
「そう、キレイになるための特訓」
「あ、ああ、そういう意味ね…」
「それで、あたしたちにはそれを秘密にしてるの」
ずるいずるーい、と一人で盛り上がるうさぎに、亜美は穏やかに言った。
「うさぎちゃん、誰にだって、話したくないことの一つくらいあるわ…それに、
思いこみでお友達を非難するのは、よくないと思うの」
「うーん、そうかなあ…ぜったい秘密の特訓だと思うんだけど…」
我らがプリンセスは相変わらず子どものようだ。亜美は心の中でため息をつき、それから呟いた。
「でも…確かにちょっと心配ね…まこちゃん、どうしたのかしら?」
友人達が心配しているとはつゆ知らず、まことは、女子トイレの個室で一人、
緊張した面持ちでいた。
その脳裏には、昨日の魅羽との会話が浮かんでいる。
まことが前と比べて、どれくらい綺麗になったか、という話をしていたとき、
魅羽が言ったのだ。
『一度、学校でお化粧をしてみればいいのよ』
『え、学校で…そんなの、先生にすぐバレちゃうよ…』
『大丈夫。私がひとつ作戦を教えてあげるから、そのとおりにするの…
そうすればあなたは、もっと美しくなれる』
そう、美しくなるためには、魅羽のアドバイスには従わなくてはいけない。
「よ、ようし…」
隠し持つように持ち込んだのは、<ハルピュイア>のオリジナルブランドである化粧用品の収められた、
小さなバッグ。
これも魅羽からの贈り物だ。
そこから、まずはコンパクトを取り出す。
登校する前ではなく、昼休みの間で、化粧をすること。
そうすれば、多くの教師は違和感を感じこそすれ、指導まですることはないだろう、というのが、
魅羽の作戦だった。
『それに、きっと先生たちも、綺麗になったあなたに見とれてしまって、
注意することなんて忘れてしまうわ』
魅羽はそう言って、まことにこのバッグを贈ってくれた。
『そうだ、先生たちまで、あたしに、見とれる…先生たちまで…』
その光景を思い浮かべ、うっとりとした表情を浮かべながら、彼女は
慣れた手つきで化粧道具を操るのだった。
- それからしばらくして。
学校の廊下に、1年から3年まで、そして男女も問わない様々な生徒たちからなる
人だかりができていた。
その中心には、背筋をぴんと伸ばし、まるでモデルのように歩くまことの姿。
彼女が歩くのに合わせて、人だかりも移動していく。
「おい、あんなに綺麗な子、この学校にいたっけ?」
「知らねえよ、一体、どこのクラスだ?」
「すっごい美人じゃないか。背が高いけど…6組の木野、なのか?」
「あれ、木野さんよね…あんなに綺麗だったかしら」
「でも背が高いから本物のモデルさんみたい…なんかあこがれちゃう」
『フフ…みんながあたしを見てる。あたしのこと、綺麗だって言ってくれてる…!!』
すましていながらも、心が満たされるのを感じるまこと。
誰もが羨望と賞賛の目で彼女を見ながら、互いにひそひそと言葉を交わし、
一人として声をかけてこないことも、まことの満足感を増していた。
『本当に綺麗な人には、普通の人はなかなか声をかけられないものよ。遠くから見てるだけで、
その人の美しさに、神々しさを感じて気後れしてしまうの』
魅羽の言葉が思い出される。
『そう、もっとあたしを見て、もっとあたしの美しさを、感じてちょうだい…』
恍惚感が、まことの胸を満たしていく。
そのときふと、ある男子生徒が目に入った。
ついこの間、まことのことを「男っぽい」という理由で振った男子だ。
その男子が今、信じられないようなものを見る目で自分を見ている!!
それを見た瞬間、まことの頭にある考えが閃いた。
彼女はつかつかとその男子に近づいていく。
まことを囲む生徒たちが、まるで申し合わせたかのように退いていく。
あとに残されたのは、まことを振った男子だけ。
彼はまことの視線に魅了されたように、動くことすらできないでいた。
その耳に顔を近づけ、そっとささやきかける。
「放課後、屋上で話があるんだ」
たった、ひとこと。
それだけを言っただけで、まことはまた颯爽と歩み去る。
まことの背中がまた人だかりに消えていくのを呆けた顔で見送りながら、
あとに残された男子は、へなへなと崩れるように座り込んだ。
-
放課後。
学校の屋上に、二人の人影があった。
もちろん、まことと例の男子生徒だ。
まことは昼休みから化粧をしたまま。
ここに来る前に手直しをしたが、そのときを含め、誰からも注意されることはなかった。
教師たちまでが自分の美しさに息を呑み、ともすれば授業中にすら見とれている姿に、
まことはすっかり自信を付けていた。
「え、ええと…どうして、僕を呼び出したの、でしょうか…?」
同級生だというのに、敬語で問いかけてくる男子に、まことはすっかり馬鹿にしたような冷たい視線を向ける。
そして、すうっと歩み寄り…
「ちょ、ちょっと!!」
弱々しい制止の手を押さえ込み、まことは男子にキスをしていた。
ほんの軽く、唇が触れるていどのもの。
だが、それだけで男子は目を丸くして、体を硬直させる。
そして無意識にだろう、まことを抱き寄せようと手を伸ばした。
けれど、その時にはもう、まことの体はまた離れていた。
男子の腕が、宙を空しく泳ぐ。
「あ、ああ…」
声にならない言葉を発しながら、彼は腰を抜かしたように、へたりこむ。
「これでもまだ、あたしが女に思えない?」
挑発するように、男子を見下ろして言う。
「い、いえ…そんなこと…ない、です」
キスの余韻に、彼はぼんやりとしながら答えた。
へたりこんだまま、そうやってうっとりとまことを見上げる男子に、
まことは今まで感じたことのない感情が湧きあがるのを感じていた。
--この男子を、もっと苛めたい
その心地よい感情に身を任せると、ごく自然に、言葉が口をついた。
「でも、もうあんたの彼女になんかなってあげない」
「そ、そんな…」
今にも泣き出しそうな男子の目に、ますます嗜虐心が刺激され、ゾクゾクする。
「だって、あんたの方から振ったんだから、それを今さら虫の良い話はないよね」
「そんな…なんでも言うことを聞くから、だから!」
男子は必死になってまことにすがりつく。
それをうっとうしそうに振り払うと、まことはふと思いついたように、口の端を歪めた。
「じゃあ、あたしのお願いはなんでも聞く?」
「ハイ、聞きます。従います」
「それなら…そう、犬としてなら、そばにいさせてあげてもいいかな?」
自分の言葉に、ゾクゾクとした快感が背筋を駆け上がるのを感じる。
およそ正義の味方とは思えない言葉を発していながら、彼女が感じているのは、
他人を屈服させるという快感だった。
「犬でもいいです、だから一緒にいさせて!!」
「いさせて下さいご主人さま、だろ?」
「はい、お供させて下さい、ご主人さま! お願いします!!」
『ふふ…男の子を従わせるのって、キモチいいな…』
這いつくばって懇願する男子を冷たい目で見下ろしながら、
まことは体の奥が、じわりと濡れるような熱を帯びていくのを感じていた…
- (3)
「妖魔? だってクイン・ベリルはずいぶん前にやっつけたじゃないか」
『でも、はっきりとした妖気をキャッチしたの。十番公園の広場よ。
みんなも向かってるから、まこちゃんもお願い!』
突然の、ルナからの連絡に、まことはふうっ、とため息をついた。
そして、連絡が聞こえないように離れていた魅羽に、声をかける。
「魅羽姉さま、ちょっと用事ができちゃったんだけど…」
「そう、これから例のマッサージを試してもらおうと思ってたのだけど…」
失恋した相手を「犬」にしたあの日から、まことは魅羽の勧めるまま、家に帰らず、
ずっと<ハルピュイア>で自分の美貌に磨きをかけていた。
いつしか魅羽のことを「魅羽姉さま」と呼ぶようになったまこと。
今では、学校へ行く前にも化粧を欠かさず、登校すれば靴箱や机に、
山のようなラブレターが詰め込まれている。
多くは適当に読み捨てるのだが、気が向けば、呼び出して自分の言うがままになる「犬」にしてやる。
そして休日には、そうした「犬」の一人を選んでショッピングに出かけ、
アクセサリーや洋服を「犬」からプレゼントさせるのだ。
そんな生活でも、まことが一番大事にしているのは魅羽と過ごす時間であり、
つい今しがたも、「犬」の一人に買わせたドレスを身に纏い、魅羽から品評を受けていたところだった。
そして、ひとしきりの品評も終わり、最近になって魅羽が考案したという
特別アロママッサージを試してみようか、と、そんな話が出たところへ、
妖魔出現の連絡が入ったのだった。
残念そうな魅羽に、まことは後ろ髪を引かれる思いだったが、
さすがにセーラー戦士としての義務を放棄する訳にはいかない。
「でも、すぐに戻ってくるから」
「じゃあ、マッサージの準備をしておくわ」
「本当? ありがとう、姉さま」
じゃあ、行ってきます、と例のドレスのまま店を飛び出していくまこと。
そのまことが出て行ったのを確認すると、魅羽は一人、つぶやいた。
「さて、あの妖魔はちゃんと、最後の仕上げをしてくれるかしら…」
「ムーン・プリンセス・ハレーション!!」
セーラームーンの必殺技が、妖魔に直撃する。
妖魔が叫び声を上げながら消滅したのを確認し、セーラー戦士たちはほっと息を漏らした。
「なんで、今になって妖魔なんかが…」
「きっと残党が残っていたのね。みんな、これからもこんなことがあるかもしれないから、注意してちょうだい」
ルナの言葉にうなずくセーラー戦士たち。
しかし、セーラージュピターだけは上の空だった。
『ああ、さっきの攻撃でお肌が痛んでないかな、せっかくお手入れした爪も、早く確認しないと』
ジュピターの心の中はそんな考えでいっぱいだった。
その耳に、歓声が飛び込んでくる。
「やったな、セーラームーン!」
「カッコよかったよ、セーラームーン!!」
妖魔から隠れて彼女たちの戦いを見守っていたのだろう。
姿を現した人々は、口々にセーラームーンへの感謝と喝采を送っていた。
そんな人々に、調子よく手を振るセーラームーン。
それを目にしながら、セーラージュピターの心に言い知れぬ感情が湧き上がった。
『あたしより、セーラームーンの方が目立ってる…あたしはあんなに綺麗になったのに…!』
いつもと同じ、セーラージュピターの姿が疎ましくすら思えた。
そして何より、セーラームーンの力に。
いつもいつも、自分は牽制役でしかなく、必殺技を放って脚光を浴びるのはセーラームーンばかり。
彼女さえいなければ…
頭に浮かんだ恐ろしい考えを振り払うように、ジュピターは激しく首を振った。
「ごめん、みんな…ちょっと約束を思い出したから!」
言うが早いか、常人をはるかに上回る跳躍力で姿を消すジュピター。
「あ、まこちゃん…!」
呼び止めようとしたマーキュリーの声は、暮れ行く空に虚しく響くだけだった。
- 「ただいま、魅羽姉さま」
「あら、早かったのね」
先ほどの感情を振り払うように、魅羽に抱きつくまこと。
その姿は本当に、仲の良い姉妹のようだ。
「あらあら、なにか嫌なことでもあったの?」
「え…ううん、そんなことないよ」
そうして一緒にマッサージ用の個室へと入りながら、魅羽は言った。
「悩みがあるならいつでも言ってね」
「うん、ありがとう、姉さま…実は…」
あっ、と息を呑むと、まことは自分の口を塞いだ。
今、自分はセーラー戦士のことを魅羽に話そうとしていた!
「実は…なにかしら?」
「ううん、なんでもない」
慌てて首を振るまことの胸に、罪悪感がこみ上げる。
姉と呼びながら、自分の一番の秘密を隠し続けている、そのことがチクチクと胸を刺す。
「そう…じゃあ、いつもの通り、準備をしましょう」
魅羽の言葉に、ドレスを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になるまこと。
いつものマッサージベッドにうつぶせになり、魅羽のマッサージを待つまことは、
部屋に漂う香りが普段よりずっと強く、そして心地よく体に染み渡ってくるのに気がついた。
「あ…この香り…いつもよりスゴい…」
ぼんやりと呟いたまことは、先ほどの罪悪感から逃げるように、その心地よさに身を任せる。
「それじゃあ、マッサージを始めるわね」
オイルの塗られた魅羽の手が、背中に触れる。それだけで、幸福感が体中に広がった。
『姉さまの手…すごく、キモチいい…』
まことの意識が、マッサージと共に蕩け、曖昧なものになっていく。
「まこと…聞こえる?」
心地よい魅羽の手の動きと共に、声が聞こえてくる。
「うん…聞こえる…」
まことは夢心地で呟いた。
「あなた、私に隠していることがあるのではないかしら?」
「あ…ああ…」
「私に隠し事をしていては、これ以上美しくしてあげることはできないわ」
「そんな…言う、言うから…」
夢の中にいるような気分のまま、彼女は自分がセーラージュピターとして戦ってきたこと、
先ほども妖魔と戦ったこと、そして喝采を浴びるセーラームーンに嫉妬を感じたことまで、
全てを語った。
「そう…まこと、あなたはとっても苦しかったのね…そんな思いを抱えていたなんて…」
あやすように言いながら、魅羽の手の平が、まことの体を撫で回す。
『姉さま…あたしのこと…魅羽姉さまが一番わかってくれる…』
セーラー戦士としての秘密を話してしまったというのに、まことの胸に浮かぶのは
『魅羽姉さまにちゃんと打ち明けることができた』という恍惚感だけだった。
「まこと…セーラージュピター…包み隠さず話してくれたお礼に、最後で最高のレッスンを
してあげる…」
-
魅羽の顔が、まことの耳によせられる。
その香しい息が感じられ、まことの体に、ゾクゾクとした快感が満ちていく。
「あなたの望みは、誰よりも美しくなること」
「そう…美しく…」
「全ての人々があなたの美しさにひざまずくこと」
「ひざま、ずく…」
「全ての人々をあなたの美しさで支配すること」
「し、しは、い…」
魅羽は満足げに笑みを浮かべた。
ここまで長いことかかったが、それだけの価値はあった。
セーラージュピターは今や、彼女の施した洗脳のまま、他人の支配を望んでいる。
まことの体へのマッサージを止めないまま、魅羽は彼女に囁き続ける。
「でも、邪魔者がひとりいるわね? あなたより目立とうとする、邪魔者が」
「じゃま、もの?」
「そう、いつも妖魔を自分ひとりで倒したようなつもりになっているあの娘」
「うさぎ、が…?」
「そう、あの娘がいるとき、あなたは一番になれない」
「そうだ…セーラームーンがいると…あたしはいつも…脇役になる…」
「そうよ、あの娘は、あなたが頂点に立つことを邪魔している」
「セーラームーン…は、じゃま…」
「だからね、いい方法を教えてあげる」
体を揉みほぐすマッサージが快感を引き出し、囁く声が恍惚をもたらす。
その頂点を見極め、魅羽は囁いた。
「あなたが、彼女を屈服させるの」
「セーラームーンを…屈服させる…」
まことの瞳に、どんよりとした光が灯った。
「そう、究極の美で魅了し、あなたの方が優れた存在であることを教えてあげるの」
「すぐ、れた…でも、セーラームーンは…」
「フフ、彼女は月の女王。でも、あなたが彼女に並ぶ方法が、ひとつあるの…」
そう言いながら、魅羽が取り出したのは、闇色の宝石だった。それも、ただの宝石ではない。
透き通っていながら、その奥に得体の知れない影がうごめいている。
「これは、私が北極から持ち帰った、クイン・メタリアの力の結晶…この世で最も強い妖魔の、
純粋なエッセンス…これををあなたが受け入れれば、あなたは妖魔たちの女王として生まれ変わる」
妖魔、という言葉に、ほんのわずか、まことの眉がひそめられる。
「そんな…邪悪な妖魔になんて…」
「邪悪ではないわ。女王となったあなたは、究極の美を手に入れる。その美しさの前に、人々はひれ伏す。
誰も傷つきはしないわ。ただ、美しいあなたに従うだけ」
頭の片隅が、警鐘を鳴らしているのを感じる。
けれど、じくじくと疼く体の芯が、一番になりたい、なるのよ、と囁きかけてくるのだ。
その疼きは、今までもずっと感じていたモノ。
自分の美しさに男達が屈するたび、女達が羨望のまなざしを送るたびに感じてきたモノ。
それがどんどん大きくなっていくのが、今のまことにはたまらない快感に感じられた。
逡巡は、ほんのわずかの間だった。
まことは手を伸ばし、魅羽の手から闇色の宝石を受け取る
そして、それを自らの胸に押し当てた!!
- 「あ、ああああああっ!!」
絶叫と共に、宝石がまことの胸に吸い込まれていく。
体は闇の力を受け入れる快感に震え、手足はぴりぴりと痙攣する。
目はぎゅっと閉じられ、口は叫び声を放ち続ける。
暗黒の雷が体から放たれ、周囲に火花を散らす。
それはうねりながら、まことの体にまとわりついていく。
その雷の嵐の中、彼女の体は徐々に変化していった。
やがて、雷が収まり、静寂が訪れた部屋。
妖魔の女王となった少女が、ゆっくりと体を起こした。
その体は、今までの美しいスタイルからさらに均整がとれ、この世のものではないような
妖艶さを放っている。
ゆっくりと開かれたその瞳は、目を合わせた者を魅了する輝きを放ちながら、その奥底には
底知れぬ闇をたたえていた。
「妖魔ハルピュイア」
魅羽に呼びかけるまことの声は、かつてのクイン・メタリアと同じ威厳を備え、
さらに加えてなまめかしい艶をも帯びていた。
その声に応え、魅羽はその妖魔としての姿を現し、膝をつく。
「おめでとうございます。あなたさまはセーラー戦士と妖魔の力を併せ持つ、最強の女王となられました」
「そうだね…そう、クイン・ユピテリアとでも名乗ろうかな」
今までの彼女と変わらないその口調すら、妖艶な体とのアンバランスさゆえに危うい魅力を持っていた。
クイン・ユピテリアとなったまことは、頭を垂れたままのハルピュイアに手を伸ばす。
「体を変化させたせいかな、お腹がすいたよ、姉さま」
そうして、いつか魅羽がしたように、ハルピュイアの頭をなでた。
「クイン・ユピテリア様…」
「あんたのエナジーを、もらうよ」
バリバリバリバリッ!!
黒い稲妻が、ハルピュイアの体を包む。
けれど、彼女の顔に浮かぶのは恍惚だけだった。
全ては計画通り。
セーラージュピターであるまことに、そのコンプレックスを利用して、近づくこと。
彼女の願望を膨らませ、やがてセーラームーンに対する嫉妬を感じるよう、しむけること。
そして、誕生する女王のために、他のセーラー戦士に感づかれぬよう、ごく少しづつ、客から、
そして彼女の奴隷である店員達からエナジーを奪い、自らの内に蓄えること。
そして今、彼女の計画通りに、女王は自分を食そうとしている。
「アアアアあっ、ありがとうございますッ!! わたくしめのような者を、食べていただけるなんてッ!!」
言いながら、干からび、灰となって崩れるハルピュイア。
まことは姉と慕った存在の最期にも、どこか楽しげな笑みを浮かべるだけだった。
「おいしかったよ、魅羽姉さまの溜め込んでいたエナジー。さて…」
舌なめずりをして、パチリ、と指をならす。
黒のオーラが発生したかと思うと、それはドレスとなり彼女の体を包んだ。
「セーラームーン…あなたを、あたしの奴隷にしてあげる…」
クイン・ユピテリアはつぶやき、同時にその姿は闇にとけ込んで消えた。
- (4)
『みんな、また妖魔が出現したわ!! 前と同じ、十番公園の広場よ!!』
夜も更けた頃。
ルナの召集が、突然セーラー戦士たちに送られた。
『ジュピターが妖魔と一緒にいる! 多分戦っているんだわ、みんな、急いで!!』
月明かりのもと、公園にたどり着いたセーラー戦士達。もちろん、変身もすませている。
けれど、広場に妖魔の姿はなかった。
「あ、あれ…妖魔は…?」
「あ、あそこに誰かいるわ!!」
セーラーヴィーナスの指さす先。
月明かりが照らす広場の中心に、ドレスの女性がただ一人、立っていた。
「あ、あれ、まこちゃん、だよね…」
黒の露出の高いドレスを身に纏い、首には黒い宝石の輝くネックレス、踵の高いピンヒールを履き、
耳にはいつもつけていたバラのピアスが、ただしその色も闇に染まっている。
かろうじて、ポニーテールと顔の面影から、まこととわかるその女性は、妖しい笑みを浮かべた。
「あたしはクイン・ユピテリア…妖魔たちの新たな女王にして、全てを支配する者…」
「まこ…ちゃん? 何を言ってるの?」
「なんか変だよ、今のまこちゃん…」
口々に呼びかけるセーラー戦士たちをあざ笑うかのように、まことの笑みが深くなる。
「あたしは生まれ変わったんだ…あんたたちを従える存在に」
「何を言ってるの? ホントにどうしちゃったのよ!?」
「そして、これから戦士としての姿も見せてあげる…ジュピター・ダークパワー・メイクアップ!!」
その叫びとともに、ハルピュイアを消滅させたのと同じ、黒い稲妻が彼女の体を包み込んだ。
飛び散る稲妻に気圧され、後ずさるセーラー戦士達。
稲妻がまことをクイン・ユピテリアに変化させたときと同じく、ねじれ、束になって、彼女の体を包み込む。
稲妻が止んだとき、その中心にいたまことの姿は一変していた。
黒のボンデージ風衣装が体を覆い、腰はシースルーのフリルで飾り付けられている。
ポニーテールは解かれてウェーブのかかった髪が艶やかな輝きを放ち、額には暗い輝きを放つ
闇緑色の宝石のはまったティアラ。
腕はエナメル質のロンググローブが覆い、ただし手の部分は露出して細く優美な指を見せつけ、
長く伸びた爪には鮮やかな緑のマニキュアが塗られている。
それはまるで、セーラー戦士だったまことが、そのまま妖魔になったような姿だった。
「ダークジュピター…全てのモノよ…木星のもとにひざまずきなさい…」
笑みを浮かべたまま、言い放つまこと。
「まこちゃん!!」
「きっと妖魔に操られているのよ!! セーラームーン、浄化を!!」
マーキュリーの言葉に、ブローチを掲げるセーラームーン。
「銀水晶よ、まこちゃんを元に戻すために、力を貸して!!」
プリンセスの願いに応え、ブローチの銀水晶から、まばゆいばかりの光が放たれる。
その光は収束し、巨大な光弾となって、まこと、いや妖魔の女王ダークジュピターへと向かった。
- だが。
「その程度? シルバーミレニアムの女王の証、銀水晶の力も、たいしたことないな…」
ダークジュピターのかざした手は、光弾を難なく受け止めていた。
「そんな…銀水晶の力が効かないなんて」
「フフ…」
かざした手の平を握ると、光弾は押しつぶされるように消滅した。
「言っただろ…あたしは全てを支配する女王。さあ、ひざまずくんだ!!」
その言葉とともに、すさまじいばかりの暗黒のオーラが放たれる。
「きゃああああっ!!」
セーラー戦士たちは、その力に為すすべなく吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。
「さあ、まずは…」
女王としての、他人を見下す眼差しで、倒れたセーラー戦士達を品定めする。
「やっぱり、あんたからだね…うさぎ」
セーラームーンのもとへ、優美な動きで歩んでいく。
その腰のうねりひとつとっても、男達を魅了し、女達に憧れの念を抱かせるに十分なものだ。
「ま、まこちゃん…」
なんとか立ち上がろうとするセーラームーンは、自らを見下ろすダークジュピターと眼を合わせた。
「あ…」
なんという美しい瞳だろう。うっすらとアイシャドーに彩られた瞳が放つ輝きは、これまでに
見たことのない魅力を放っている。
「どうしたの、セーラームーン…」
ゆっくりと、ダークジュピターの顔が近づいてくる。
あたしのような人間に、自ら近づいてくれるなんて…
今すぐ彼女の足下にひれ伏し、その美しい脚に口づけ、忠誠を誓い、いや奴隷、犬でもいい、
なんでもいいから彼女に従いたい!
そんな卑屈な感情が、セーラームーンの頭を満たす。
けれど、彼女の体はぴくりとも動いてはくれなかった。
なぜなら、ダークジュピターの、まことの魅力に縛り付けられているから。
永遠に近い、焦がれるような時間。
ゆっくりと、たおやかな動きでかがんだダークジュピターの顔は、今やセーラームーンの眼の前にある。
その濡れたような輝きを放つ唇が、彼女の目の前で開かれる。
「セーラームーン、あたしの下僕になってくれる?」
囁くような声と共に、かぐわしい芳香が漂ってくる。
セーラームーンは今まで感じたことのない恍惚感に包まれたまま、頷いた。
- 「ダメよ、セーラームーン!!」
遠いところから、声が聞こえる。
どうしてダメなの? 彼女に従うのは、絶対の掟。この美しい女王に従うことが正義。
あたしたちは正義の戦士。彼女に従うのは当然のこと。
そうでしょう?
仲間の言葉にも反応せず、うっとりした視線を自分に向けたまま、惚けた表情で
主人の次の言葉を待つセーラームーンを見て、ダークジュピターは艶然と微笑んだ。
「良い子ね、ご褒美をあげる」
セーラームーンの頬をその長い爪でなであげる。彼女の肩がビクッと反応するのを見て、彼女が軽く
達してしまったのがわかった。
そしてそのまま、唇を近づけ…
「!!!!!」
ダークジュピターの妖気に体を拘束されている他のセーラー戦士達が、息を呑んだ。
暗黒の女王の唇が、セーラームーンのそれに押し当てられ、それはすぐに情熱的なキスへと変わる。
んちゅ、ちゅる、ちゅぱ…
その場の誰も体験したことの無い、はしたなく、官能的な音が響き渡る。
「ん、んん、んんんんんッ!!」
ダークジュピターの舌がセーラームーンの腔内を蹂躙するたび、彼女は絶頂へ突き上げられ、声を漏らす。
「す、すごい…」
そう呟いたのは、誰だっただろう。
やがてダークジュピターが唇を離すと、セーラームーンは人形のようにくたりと倒れ込んだ。
「フフフ…さあ、たっぷりと注ぎ込んだ妖気が、あんたを下僕としてふさわしい存在に変えてくれるよ」
その言葉通り、セーラームーンのブローチが、その中心の銀水晶ごと黒く染まる。それを皮切りに、
コスチュームがまたたく間に黒く染まっていく。
さらに、胸と腰のリボンは禍々しく先端が尖り、ブーツとロンググローブはエナメル質に、
そしてこれも先の尖ったものへと変化する。
やがて変化が終わったとき、そこに横たわるのは月のプリンセスではなく、一匹の妖魔。
その妖魔が、体を起こし、自分の体を確かめるように撫で回す。
はう、と彼女の口から快感の吐息が漏れた。
そうしてダークジュピターの前にひざまずき、深々と頭を下げた。
「ダークジュピター様…このような素敵な体をいただき、ありがとうございます」
「フフ…すっかりあたしの下僕になっちゃったね、セーラームーン…いえ、妖魔ダークムーン…」
ダークムーンと化したその少女の頭を撫で、妖魔の女王は残る3人に目を向けた。
「さあ、次はどの子にしましょうか」
それから数ヶ月を待たずして、地球は一つの王国として統一される。
ただし、そこに住まうのは美しき女王の祝福を受けた少数の妖魔たちと、その奴隷たる人間たち。
支配者と被支配者、ふたつに分かたれた種族だが、異を唱える者はない。
なぜなら彼らは、世界で最も美しい女王に支配される、幸福な存在だからだ。
終
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