この世界に東方projectは存在しない。
パソコンとスマホの画面を見る度、それが事実だと無情にも突き付けられた。
『東方project』『幻想郷』『アリス・マーガトロイド』『上海人形』『博麗霊夢』『霧雨魔理沙』『十六夜咲夜』『レミリア・スカーレット』『フランドール・スカーレット』『パチュリー・ノーレッジ』
東方に関わる人物、用語で検索しても出てくるのは関係の無い物ばかり。東方projectの、との字も出て来ない。
どうなってるんだ。
インターネットを諦めて、部屋の中を探す。
本棚を漁る。押入れの中身を掻き出す。
これでもない。ここでもない。
確かここに仕舞っていた筈なんだ。学生の頃から集めた東方のグッズを。
書店では親が呆れる程何冊も買ったし、コミケにも東方目当てで参加した。同人誌に色紙にキーホルダー、缶バッチにクリアファイル。
全てを実家から持って来てはいないが、学生時代に集めたかなりの量がこの家にはある筈だ。
でも無い。無い。無い。
ベッドの下にも、戸棚にも、普段は使わない倉庫まで探したが何処にも無かった。
「…どういうことよ。これは。ネットにも家にも東方に関わる物が一切無いなんて、どうなってるの?いやそうじゃない。一体いつから無かったの?」
「東方Projectの存在しない世界?消えた世界?それとも…」
思考が纏まらない。
まず落ち着こう。
そもそも私がここにいること自体が可笑しい。言わば異変なのだ。今更驚いても仕方ない。
【霊夢】や【魔理沙】、他の皆だって逃げる事も怯える事も無く異変に立ち向かっていたのを何度も見たじゃないか。
今度は私の番だ。
このアリス・マーガトロイドだけが慌てふためいて逃げるなんて、他人が許しても私が許せない。
「落ち着きなさいアリス。『アリス』らしく無いわよ。私はアリス。アリス・マーガトロイドなんだから」
机の上にはいつの間にか【ワイン】が注がれたグラスが置いてある。グラスの隣にはワインボトルに手を置いて上海が立っていた。
首を傾けて手を降って、やれやれと言わんばかりの態度だ。
目の前すらロクに見えて無かったらしい。
「えっと【上海】?貴方が用意してくれたの?ありがとう」
何かに違和感を感じたが、ワインを飲む。不思議と心が落ち着く。凄く安らかな気分だ。アルコールの力だろうか。
こういった時にはとても役立つ。
「まず事実として、私が確認出来る限りの範囲に置いてこの世界に東方Projectは存在しないわ。
けど私には間違いなく記憶がある。
この記憶が偽物でないとすると、思い付くのは2パターンかしら。
別の世界に移動したか、世界の理が変わったか」
「前者は東方Projectが存在しない、私が生まれ育った世界とは別の世界にいつの間にか移動していたというパターン。
後者は私の記憶だけを残して、東方Projectが世界から消えたというパターン。
似ているようで大きく違う」
「別の世界に移動させる。世界を改変する、か」
どちらにせよ途轍もない力だ。こんな事が出来る者が存在するのだろうか。【紫】を初めとした世界に干渉する能力を持つ者なら或いは可能だろうか。
わからないな。
それに仮にどちらかが正解だとしても、何故私なのだろうか。アリスになる以前の私はあり触れた大多数の人間の1人だった。
特別選ばれる理由はないだろう。もしかするとだからこそだろうか?
平凡な人間だからこそ選ばれた。くじ引きやサイコロを振っただけの偶然で選ばれた。
誰でも良かった?
でも適当に選んだ人間をアリスにしてどうだというのだろうか。わざわざ世界を変えてまで観察して楽しんでいるのか?
駄目だ。情報が足りない。
これでは推測ではなく妄想だ。
けどそれでも何か私が選ばれた理由があると思えて仕方ない。
それから、混乱する頭をワインを飲んで誤魔化しながら、今出来る限りの情報を収集した。
結果は驚くべきものだった。
アリスになって世界の異変に気付かなかったのは、驚いていた事もあるが環境が全く変わっていなかったのが大きいと思う。
朝、自分の部屋で起きたらアリス・マーガトロイドになっていた。
その時点で東方関連の物が消えていたかは分からないが、一通り調べた限りそこは私の部屋に違い無かった。机も椅子もベッドも、その部屋は寝る前のままだった。ネットやテレビも特別変わった事は無かった。
だからここが別の世界かも知れないなんて、今まで考えもしなかった。
当然以前の私は男として暮らしていて、ある日起きたらアリスになっていたと確かめるまでもなく思っていた。
それは今でも疑ってない。
けど、これはどういう事だろう。
どうして私が確認出来ないのだろう。
学生時代のアルバムには私は写っていなかった。小学校も中学校も高校も卒業アルバムはあったが、私は何処にも写っていなかった。
パソコンに保存していた家族旅行の写真にも私は写っていなかった。写っていたであろう場所は不自然に隙間が空いている。
「……私は最初からいなかった?そんな訳ない。ならこの記憶はなに?この家はなに?」
アルバムから大学時代の1人旅行の写真を手に取る。
これは…名前は『忘れたけど』京都のお寺だったかな。金箔が全面に貼られた寺が池の真ん中に建っていた。この角度からの寺が気に入って撮ったんだ。
こっちは観光客の人にお願いして撮って貰った写真。
本来は片方に私が写っている筈なのにどちらも寺しか写ってない。そのせいで同じ写真の様にも見える。
アリス以前の私は存在しなかった。
アリスとして目覚めた時に私も産まれたというの? この記憶は偽りだと?
「……!違うそうじゃ無いわ。私が存在しなかったなら、写真がある事自体がおかしいのよ。この写真は誰が撮ったの?!このアルバムはどうして部屋にあるの?!アリスになる以前の私は間違いなくいてこの家で暮らしてた!」
そうだ。私はいたんだ。
けれど存在の痕跡だけが消えている。
「痕跡が消えているなら…やっぱりね」
アリスになった日にはあったスマホのメッセージが全て消えている。登録してあった電話番号もだ。
痕跡は消えても、存在はしていたから物は残っている。
写真に写った私は消えても、写真自体は残ってる。
例えるならスマホのデータが消えても、スマホ自体は消えないのが近いか。
「…よかった」
私はいた。それが分かって心の底から安堵した。けど益々分からなくなった。
この事態を引き起こした奴の狙いがさっぱり分からない。
「初日はあったスマホのデータが今日は消えている。私も日が経つごとにアリスの身体に馴染できている。すると東方Projectも少し前までこの世界に存在していた?
いや、そう考えるのは性急かしら。多くの異変がそうであった様に、時間が経つほど何かが進行している?」
分からない。分からない事だらけだ。
「よし。もっと情報が必要ね」
今日は調べられる物は全て調べるとしよう。少しでも疑問に思ったら、妥協せず追求だ。
この異変、私アリスが解決してみせる。
それから日が落ちるまで家中を捜索した。今まで気にもならなかったが、部屋は随分汚れていた為、掃除をしながらする羽目になってしまった。私が住む家がこんなに汚いのには耐えられない。魔理沙なら些細な事だと言って気にしないんだろうけど。
「しかし、調べれば調べる程分からなくなるわね。本当にどうなってるのよ」
新たに分かった事は二つ。
この【免許証】と【家】の扉や窓の変化。
「氏名アリス・マーガトロイド。生年月日は平成10年7月16日。写真は間違いなくアリスよね。我ながら証明写真でも凄い綺麗。それにこの生年月日だと今は20歳。昨日の配信で答えた年齢と同じか。偶然って事は無いわよね」
財布に入っていた免許証はアリスの物へと変わっていた。
「そしてこの窓と玄関の扉。後、壁と屋根もでしょうね。引いても押しても開きやしない。ハンマーで叩いても割れる所かヒビすら入らない窓ガラス。魔力で肉体強化して蹴っても音すら起きない扉か」
勿論【外に出たくない】どうしてこんな外に出たくないのか自分でも分からないが、この期に及んで部屋に引き篭もっている訳にはいかない。外に出れば得られる情報は爆発的に増えるのだから。
だが出られなかった。
扉も窓も開かない。魔力込みアリスの力を持ってして窓ガラスを割る事すら出来なかった。
「世界の異変。存在しない東方Project。消えた過去の私の痕跡。20歳のアリスの免許証。外に出られない家」
外に出られない以上、調べられるものは全て調べただろうか。
なら確かめたいのは、あと一つ。
アリスが見えているのは私だけではない。
その確信が欲しい。
鏡や写真、動画では私は私をアリスだと認識している。
具体的に言えば、肩に触れるほどの金髪。光を宿した青瞳。陶器の様に白い肌。
東方Projectに出てくるアリス・マーガトロイドそのものの美少女。
ここまで多くの異変が起きている。
私がアリスになった事は勿論だが、今日は多くの異変を発見した。
だから、私はアリスとしてこの世界に存在して認識されている確信が欲しかった。
私だけが見えているのではなく、他の人間にもアリスが見えている確信が。
「…外に出られない以上、方法は一つね。今夜の4回目の配信は【顔出し配信】よ!」
【霊夢】楽園の素敵な巫女。悪友。
【魔理沙】普通の魔法使い。親友。
【ワイン】毎日呑んでる。けど何故かある。
【上海】アリスの為。ワインを準備。
【紫】神隠しの主犯。何故か気になる相手。
【免許証】普通運転免許。身分証明書ゲット。
【家】築50年の平屋。思い出いっぱい。
【外に出たくない】……?。なんでだろう。
【顔出し配信】金髪青眼美少女。配信。