鏡に向かって笑顔で一言。
「やっぱりアリスは可愛い。可愛いよアリス〜」
黄金の艷やかな髪に陶器の様な肌。青光を宿した宝石の様な瞳。スラリとした均整の取れた身体。
かわいい。かわいいみゃあああああ。かわいいよアリス。ぺろぺろしたい。食べちゃいたいよおおぉぉぉ。
鏡の中にはにっこにこなアリス。最高かよ〜!
今日は凄く気分がいい。世界がキラキラしていて部屋にいても気分はお城にいるみたい。目覚めてペタペタと可愛らしい音を立てながら、洗面台までくればここは楽園だぁ〜。そこには天使が居たんだから。
アハハハハハハ。
昨日の【特製ワイン】が効いたかな。美味しくてついつい飲みすぎちゃったもんな。一晩でボトル1本は飲み過ぎだぞ。
てへ。
…アレ、ワインなんて家にあったっけ?
遅めの昼食を食べながら、ちょっと冷静に昨晩の事を思い出してみる。昨日はいつの間にか寝てたんだよ。配信をどうにか終えたのは覚えているんだけど、それからの記憶が曖昧。
身体の調子を見る限り、しっかりご飯を食べてお風呂にも入ってきちんと歯を磨いて寝たと思うのだけど、どうしたんだっけ。
「うーん。何かあった気がするのだけど、思い出せないわね。確か…そう!配信を続けていく決意を固めて、それから、それから…」
記憶をたどるが思い出せない。カップ麺を食べてお風呂に入ったのは、薄っすらと思い出したけど。
つまり私はカップ麺を啜りながら、ワインを飲んだのだろうか?
それはちょっと自分でも引くな。
暫く頭を捻って考えてみるが、だめだ。どうしても思い出せない。
「何かあったのは間違いないと思うのだけど…。まぁ、いいでしょう。思い出せないのだから、【むかし】みたいにのんびり過ごしていたんでしょう」
………何せアリスはこんなにも可愛いのだ。アリスは可愛いくて綺麗な女の子。アリスは家の中で一人で生きていける。お外は危険がいっぱいよ。
………アリスはお外になんて行かないんだから…。
む?確かに外出をする気は無いけれど、どうしてこんなこと考えるのだろう。
まだ寝ぼけるのかな?ワインを飲み過ぎただろうか。
配信を始める前に、顔を洗ってこようかな。けど化粧が落ちるのは嫌だしな。カメラに映るわけではないけど、気合いを入れる意味も込めて『今日初めて』チャレンジしたんだから。
さて!今日も配信頑張ろう。昨日は最後の最後で恥ずかしい失敗をしてしまったけど、今日はきっちりやり切るぞ。
でもでも、昨日は初めての配信で凄く緊張してたし仕方ないよね。突発的にやった事もあって準備も万全とはいえなかったし、アリスコスは恥ずかしかったし、それに初めてだったしね。
べ、別にビビってる訳じゃないんだからね。
……そういえば、なんで突発的に配信始めたんだっけ?
「…昨日の視聴者さんはどう思ったかしら。少しでも登録してくれたら嬉しいのだけど」
起きるのが遅かった事もあって時間はあまりない。思考を打ち切りスマホを手に取る。型落ちの安物なので傷みが目立つな。画面こそ割れてないけれどあちこちに傷がある。『可愛いくないし』スマホの性能は配信に影響があるだろう。買い変えようかな。
「って、ええぇ!?登録者2000人?どういう事よ…」
画面を見てみるとそこにはチャンネル登録者数は2046人を示していた。1回しか配信してないしその時の視聴者は30人だったのになんでだ!
アーカイブは残してない筈だから、配信を見た事がない人が登録してくれたのだろうか。
それともアーカイブを残してたのかな?正直使い方がよく分かってないからその可能性もあるけど。ツイッテーも確認すると400人程の友達申請が来ている。
「うーん。でも、お金を稼ぐには良いことよね。幸先がいいじゃない」
些か疑問ではあるが、素直に喜ぼう。ちょっぴり恥ずかしいけれど。
「今日も頑張りましょう。やっぱりお金を稼ごうとするなら本気でやらないとダメよね。別に昨日は手を抜いていたなんて事は無いけれど、内容をしっかり練って、他の配信者がやっていない沢山の人が楽しめる配信をしないとね。…先ずは上海人形を使った配信よね。人形劇は基本として、他には…うーん何がいいのかしら。思い付かないわね。先ず人形劇。先のことは【人間達】の反応をみてまた考えましょう」
アリスと言えばなんだろう?
美少女。人形。魔法。
顔出しは…リアルならともかく映像越しなら出してもいい気もする。特定は怖いけどお外に出る予定はないし大丈夫かな。見せて自慢したい様な、自分だけで独り占めしたい様な微妙な気持ちだ。
魔法は使うのはいいけれど、使う魔法は慎重に選ばないとな。【あんな事】はもう二度と起きてはいけない。
……あれ。なにかあったんだっけ?魔法を使ったのは確か…外にでた時?
うん?アリスがお外に出た事は無い筈なんだけどな。
けど悩むっていいな。今までは後ろ向きなマイナスな悩みばかりだったけど、前に向かう為のプラスな悩みだ。子供時代の玩具を選ぶ時みたいで楽しい。
「いいわね。こういうの」
思わず、笑みがこぼれた。
準備をしてリハーサルをしている内に、すっかり日も暮れてしまった。毎日配信や動画を投稿している人は本当に凄いと実感した。
半日がかりでやっと配信する準備が整ったよ。
これは毎日配信は厳しいかもしれない。
いや後ろ向きになってはダメだ。まずはやってみる。行動あるのみ。後悔や反省は後で幾らでも出来る。
スマホを固定しアプリを起動する。
配信の時間まで後数秒。昨日の記憶が蘇り、カッと顔が熱を持つ。
今日は失敗しないし、ツンデレないぞと自分に言い聞かせ深呼吸を一つ。
「上海。…よろしくね。力を貸して」
上海を胸元でギュッと抱きしめ、カメラを見つめる。カメラは椅子に座った私の首下からお腹辺りだけが映るよう調整してある。
ツイッテーで事前にこの時間にやるよと、告知をしたのが1時間前。本来ならもっと早く知らせたかったが、準備に予想以上に時間が掛かりすぎた。どれだけの人が来るのかもわからないけれど、登録者数から考えて昨日より多いのはまず間違いない。
そして、2回目の配信がスタートした。
『1コメ』『わこつ〜』『こんばんわ』『初見です』『噂の貧乳人形娘w』
「こんばんわ。魔法使いにして人形師のアリスよ。って、貧乳人形娘ってなによ?!噂というのもよく分からないけど、貧乳はもっと分からないわ。私は巨乳寄りの美乳よ!!」
『出オチかよw』『コスプレ自称巨乳ツンデレ貧乳魔法使い人形娘www』『キャラが濃すぎる』『これは噂の通り』
『昨日と別人か?』
「出オチってなによ。まだ挨拶しただけなんだけど。みんな落ち着きなさいな」
「で、今日は昨日言った通り、人形劇をやろうとと思うのだけどどうかしら?」
『いいじゃん』『空飛ぶ人形が見れる』『合成かどうか確かめるぞ』『ツンデレはまだですか』『初見。服可愛い』『あの動画の真実はいかに』
あのセリフは噛んだだけだし。ちょっと焦っていい間違えただけだし。
だからツンデレでは断じてないから。
てか動画ってなによ?
「初見の万引き4面さんありがとう。アリスは可愛いよね。金髪に青いお目々、すべすべのお肌。存在が大正義よね。嬉しいわ」
「一応言っておくけれど、私にツンデレ属性は無いわよ。昨日はちょっといい間違えただけだから誤解しないように。この配信動画は人形達が主役だから、私では無くて上海達を見て欲しいわ」
「ところで動画って何かしら?まだ配信は2回目だから初回配信の事?」
『オジサン、上海よりアリスが気になる』『設定が凄い。成り切ってるなw』『俺はアリスより上海のスカートの中が気になる』『これは通報したほうがいいのか?』『人形だからセーフ』『その判断はなんか可笑しくね』
『だれもアリスちゃんの質問に答えない件について』『ならお前が答えろや』『初回動画バズってるぞ』『は?…ツイッテーで出回ってるぞ』『←良い奴だった件についてw』
「上海の…パンツを見たいん、ですか?
えっとその、世界は広いわね。バズってるって本当?そんな要素は無いと思うし、コメントがコメントだけにイマイチ信じられないのだけど」
初回の配信動画がバズってる?それはないだろう。人形を、つまり上海を少し動かしただけだぞ。からかわれてるんじゃないか?
だが、配信を始めて5分を経過した所で、視聴者数は既に200を超えている。うれしい気持ちと同時に訝しむ気持ちも大きい。もしかすると本当にバズったのだろうか?
「私の動画が人気なの?少し確認させて貰ってもいいかしら。教えてくれてありがとうね。ちょっとだけ待っててね」
『いってら』『マジで知らなかったのか』『待っててと言いつつ人形は動いてるw』『マジだ!手振ってるぞ』『配信始まった時からちょくちょく動いてたぞ』『機械仕掛けか?』『確かに現状の動きは機械でも出来るけど、初回の動きは無理』『この胸筋の動きは腕を伸ばしてキーボードを打ってるな』
目の前の机に置いてあるパソコンでツイッテーを開く。『アリス 人形 配信』っと一先ずこれで検索してみよう。
すると出てきたのは、私の初回放送の切り抜き動画だった。
上海を無言で動かしていた約五分間の動画だ。人間の様に踊り舞う上海に対して、凄いといった称賛コメントや、合成やCGに違いないといった否定的コメント。その否定的なコメントに生配信なのに有り得ないと反論するコメント。CGだとしても凄いといったコメント。多くの意見が交わされる白熱の議論が起こっていた。
うむ。つまりこれは【現代】でいう炎上という奴ではないだろうか。
「な、な、な、…何よこれ」
まさか私の配信動画がこんな事になるとは、思ってもみなった。確かに今にして考えれば、人形が空を飛ぶのはおかしな事だ。いや人形が空を飛ぶのは不思議な事なのだ。人形が空を自在に飛び回る。それはこの現代ではマジックや最先端技術、或いは幻想の現象でしか見ることはない事なのだ。
そうだった。
空を飛ぶ事は決して当たり前では無い。
【あの場所】でもそうであった様に、空を飛ぶ事が出来る存在は極々限られたモノ達だけだった。
どうしてもこんな簡単な事に気付けなかったのだろうか。いや忘れていたのだろうか。『私』らしくもない。
幸い、参加した人が少なかったからか、この炎上騒ぎは既に収束している。最終的に極細の透明な糸を複数使って飛んでいる様に見せている、という結論に大半の人が達したようだ。糸が見えないのは動画の画質のせいだと。格安スマホに助けられるとは複雑な気分だ。
配信に合成動画をはめ込んでいると主張する人もいるが、それは別に問題ない。
しかし僅かではあるが、魔法や超能力だと言っている人間がいたのも事実。99%は冗談で言っているのだろうし、本気で魔法だと考えているなんて事はほぼないだろうか。
だがこれは危険だ。
アリスの能力が人間達に知られてしまうこと以上に『私達』にとってコレはよくない。
人間から忘れられてしまうのは困る。けど人間に知られ過ぎてしまっても困るのだから。
「………」
「お待たせ。驚きの余り
『お帰り』『腕が動く度に貧…、いや服が揺れて可愛かった』『お前は何を言ってるだ』『吊れ』『揺れるにはある程度の質量が必要である』『突然何いってるのかな?』『驚いてた声がツボでした』『丁寧語スキ』『別に丁寧語では無い』『ではアリス語で』
………貧乳だと。
「ありがとう皆。けど言葉を他人に伝える時は慎重にならないとダメよ。一度言ったらもう取り消せない。言葉には力があるからねー。悪気が無くても相手によって消される事もあるのよー。キヲツケマショウねー」
『イエッサー』『失礼しました教官』『良い事言ってるようで、めっちゃ物騒w』『人形が、がおーって動いてるカワ(・∀・)イイ!!』『上海ちゃんだぞ。パンツは白だぞ』『懲りないな』『怒ってても人形の動きには影響が出てない。これはプロの仕事』
『プロの人形師、存在するのか』『怒ってるのは声だけで、顔は笑顔な説を押すぜ』
…。
確かに机の上の鏡には笑顔のアリスが映っていた。
………。ふん。
「さてと、前置きが長くなってしまったけれど、そろそろ人形劇の開幕よ。飲食禁止なんてケチなことは言わないわ。お茶と菓子の準備はいいかしら?けど途中退席は駄目だからトイレは済ませておきなさい」
『当然』『いつでも来いや』『オカンかw』
『やっぱり声がいいんじゃ〜』『やはり美少女』『自分でハードルを上げていくスタイル』『「ナニ」が始まるんだ』『…人形劇だよ』
「本日の劇はズバリ『かぐや姫』みんな一度は聞いた事あるでしょ」
「知らない人がいるかも知れないからの一応簡単に紹介するわね。月から落ちてきたお姫さまが男を振って逃亡するお話よ」
『…うん?』『俺が知ってるかぐや姫と違う』『もしかしてアリスちゃんって…」「…アリスちゃんは美少女だぞ』『そうじゃねーよ』『まぁ間違ってはない』
『上海がかぐや姫かな』
「勿論上海が主役のかぐや姫を演じてくれるわ。他の役は見てのお楽しみね」
カメラの角度を調整。人形や小道具も全て揃っている。準備完了だ。
「上映中はコメントに反応出来ないけれど、随時感想は受け付てるから気にせずコメントをくれっ、てもいいわよ。最後に拾ってあげないこともないし…」
『このタイミングでツンデレキター』『あざとい、やはりあざとい』『今のは噛んだっぽいな』『それがいい』『最後まで見るぞ』『きっと今真っ赤だぜ』『頑張れー』『視聴者数308人な』
また噛んだー!アリスの滑舌はいいはずなのに。どうしてもいつのいつも。
300人に聞かれたよ。
って人多いな??!!
「ふ、ふふっ。それ、それちゃぁ始めるわよ人形劇かぐや姫。【輝夜姫】のはじまりはじまり」
『噛んだ』『噛んだな』『それちゃあ』
『アリスちゃあん』『←それいいな』『アリスちゃぁん』『震え声が鼓膜にキくぜ』『噂の人形はいかに』
……ぐすん。
【特製ワイン】アリスに掛ればお酒作りなど造作もない。
【むかし】それは数日前?それとも?。
【人間達】配信アプリを使っているのは人間だし、不自然ではないよね。
【あんな事】つまりは黒歴史。黒歴史を忘れる事は出来ない。普通なら。
【現代】平成が終わってしまう。次の年号は何かな。
【あの場所】〇〇〇。行ってみたい。…帰りたい。
【輝夜姫】人形劇で上海が演じます。シャンハーイ。