起きたらアリス・マーガトロイドになっていた。
何言ってんのか分かんねーと思うが、それは俺も同じだ。今日は目が覚めて、世界が綺麗だなとか寝ぼけた頭で考えていたんだ。天井のシミはくっきり見えるし、カーテンの色が濃く見える。
俺は起きたら、まず眼鏡を探す。
漫画みたいに眼鏡眼鏡って探しちまうほどのド近眼だからな。
同色の机の上に置いていると、見つけるのに時間が掛かる程だ。
だが、今日は眼鏡を探す事もなくトイレに向かった。
何故か眼鏡を掛けなくても良く見えたし、何故かズボンがダボついて歩き難かったが、強烈な尿意と寝ぼけた頭では気にならなかった。
スイッチを押し電気を付ける。トイレの扉を開け、ズボンを降ろした所で『異変』に気が付いた。
ない!?
【ナニ】がない!?
ふぁ!?
目を擦り、もう一度見る。
やはりない。
ツルツルだ。
……つまりこれは、…どういう事だってばよ。
暫し考え結論に至った。
夢だ。
俺の寝ぼけた頭脳が正解を導きだす。
うむ、夢に違いない。
これが明晰夢と言うやつか。昔1回だけ経験した事あるが、ここまでリアルでは無かったな。しかし、女?になっているのか。しかもトイレとか、なかなかに変態的な夢だ。変身願望でもあったかな。
そんな事を考えながら、便座に座り一先ず用を足した。
随分冷静だなって?
だが一度夢だと思ってしまえば、大抵の事は受け入れられるものだ。
なんせ夢だからな。
意味の分かんない冒険をしてたと思ったら、懐かしの友人達が唐突に出てきたり、形状し難いモンスターがでたりと、夢であれば何でもありなのだ。
女の子になるくらいなんでもないさ。
全て出し切ってスッキリした俺は、トイレを出て部屋に戻る。
会社を辞め、絶賛無職である俺は二度寝をする事が出来る。
夢の中で寝ると言うのは、ある種とても贅沢では無いだろうかと、くだらない事を考えながら俺は毛布を被りベットで横になった。
ここで冒頭に戻る。
結論から言うと、どうやらさっきの出来事は夢ではなかったらしい。
二度寝から目を覚ました俺は、洗面台へ向かい、そして叫んだ。
洗面台の鏡に映ったのは、金髪の人形の様な少女だったのだ。
と言うか、アリス・マーガトロイドだった。
東方Project。七色の人形遣い。
同人…ゲフンゲフン。
あらゆる創作物で大人気な金髪美少女だ。
顔を触ってみると驚く程柔らかい。てか顔ちっちゃい。
先程の叫び声もそうだが、なんだこの可愛い声は。
一度目を瞑って深呼吸をしてから、鏡を見る。
うん。アリスだ。どう見てもアリス。
アリス・マーガトロイドだ。
ブカブカの男物パジャマを着た、金髪美少女がポカーンと口を開けてこちらを見ている。
パジャマがずれ落ちて胸元が際どい感じになってる。エロいな、おい。
手を振ると鏡の中のアリスも手を振る。
ニコリと口元を動かすと、鏡の中のアリスは引き攣った笑みを浮かべる。
頬を抓ってみると、鏡の中のアリスは顔を顰める。
それから、飛んだり跳ねたりしたが、鏡の中のアリスも同じ様に動いた。
スマホで自撮りをすれば、超絶可愛い金髪美少女が写った。格安スマホのカメラ、修正無しでこの美しさとは恐ろしさすら感じる。
服を脱いで素裸を鏡に写すと、人間とは思えない陶器の様な素肌が晒された。
顔もそうだが身体も作り物めいた美しさだ。
完全な左右対称。
黄金に輝く艷やかな髪に青い瞳。
シミ一つない雪の様に白い裸。
よく見ればうぶ毛も生えてない。
胸に手を当てると鼓動を感じる。
詳しく検査をしないと分からないが、不思議と身体の構造は人間と変わらない様に感じた。
しかし、この身体を人間とは思えなかった。
矛盾している様だが、こんな完全な人間が人間だとは思えない。
そう例えるなら、これは神が創った人形だ。
散々動いた結果、少なくとも鏡が壊れた訳でも、頭が壊れた訳でも無い事が分かった。
何処の誰の仕業か分からないが、俺の身体はいや、俺と言う人間の意識はアリス・マーガトロイドそっくりの身体の中に在るらしい。
さて、どうしたものか。
意味は全く分からないが、俺はアリス?になった。
超絶金髪美少女になってしまったのだ。
イケメンに生まれ変わって、美女を侍らせハーレム生活。美少女に生まれ変わってモテモテ生活。
誰しも一度は妄想するだろう。それがある意味現実になったのだ。
ヒャッハーと狂喜乱舞するところだろう。
俺もここ数年大人気の転生小説宜しく、記憶を持ったままこのアリスボディに生まれ変わったのならそうしただろう。
しかし、俺は生まれ変わったのではない。
昨日まで俺という存在は確かに存在していたのだ。家には勿論、スマホにもメッセージや写真等、痕跡残っていたので間違いないと思う。
平凡な家庭に生まれ、地元の学校で青春し、どうにか滑り止めの大学に進学。そこで家族と疎遠になったが、無事卒業しそこそこの会社に就職。しかしそこは所謂ブラック企業で心身をすり減らしながら働いてたが、同僚が過労死したのを機に退職。
給与はそれなりだったが、使う暇が無かった為に貯金はそれなりにあったので、祖父から相続した築50年の平屋で1人暮らしなら当分は大丈夫と、絶賛無職生活2年目。
こうして纏めるとなんとも薄い人生だが、事実なのでしかたない。
ここで重要なのは、このアリスボディには信用が一切無いことだ。
戸籍は当然無いし、身分証明書も勿論無い。アリスの存在を知るものは居ない。
今の俺が金を稼ぐ手段は相当に限られる。
金がなければ生活できない。貯金は減っていく一方。
つまり。
「生活どうするのよ!?」
叫んではみたが、落ち込んでいても何も解決はしない。顔を上げると、金髪美少女が全裸で蹲っている姿が鏡に写っていた。臀や背中が丸見えだ。角度的に土下座している様に見える。
エロい。
そして何とも背徳的だ。
…なんか元気が出てきたな。
寝室に戻りタンスを漁る。
当然だが、男物の服しか無い。このアリスボディなら何を着ても似合うだろう。ゴスロリだろうが、コスプレだろうが着こなすだろう。
服や下着は後で密林でポチっておくとして、今は無難に長袖とスキニーパンツでいいか。
ベルトを締めて、裾を安全ピンで止めればなんとかなる。
いやまて。
別に俺は外出する訳でもない。ブラも着けずに外に出るのは少々宜しく無い気もする。
となるとここはそうだな【裸Yシャツ】でいくか。
アリスボディに男物のブカブカのYシャツ。
想像するだけで、流石に気分が高揚するぜ。
タンスを開けYシャツを探す。
こうして見ると、それなりに種類を持っていたんだな。会社員時代は気にする余裕も無かった。洗濯する時間も無いから、適当に買い足して行くたびに増えたんだ。
なんだか悲しくなってきたな。
気を取り直してシャツを選ぶ。
意図した訳ではないが、選り取り見取りだ。微妙にデザインの違う物を合わせれば10種類はあるだろうか。
青や黄、ピンク、ストライプ。
どれもいい。
だがそれは邪道!
まずは白一択。異論は認めない。
会社員時代の白いシャツに袖を通す。
無論ボタンは留めない。
袖は余る。腕を降るとパタパタと靡く。
太ももまで垂れた裾が揺れ、チラチラと見え隠れする。
何処かって?
…言わせんなよ。
「これは、素晴らしいわね」
思わず感嘆の言葉が漏れる。
鏡の中には天使がいた。
ヤバイ。
これはヤバイ。
語彙が貧弱過ぎて、それ以外の言葉が出て来ない。
もうヤバイ。
「そういえば、この言葉遣いはどういうことかしら?私は普通に話してるつもりなのだけど…。勝手に変換されている、というのが近いかしら」
また一つアリスボディの謎が増えた。
俺は女性らしい言葉遣いを意識している訳ではない。男の時と同じ様に話しているのだが、口から出るのは上品な言葉遣い。
勝手に変換してくれるのは便利ではあるが、少々怖いな。
まぁ、これから俺は超絶金髪美少女アリスとして生きていく事になるだろう。
元の身体に戻りたいかと言われたら、悩むだろうが最後には首を横に降ると思う。
だが、俺が元の男の身体に戻る事は恐らく無いだろう。
これからの生活が少々大変かも知れないが、この素晴らしきアリスボディを見て知って触って、全てを自由に出来るとなれば小汚い男の身体に未練はない。
うん。
なんかアリスとして生きていく覚悟が決まったぞ。
まぁ将来の事だ。どうにかなるさ。神経質に人生設計をしていたら、無職生活なんてしていない。人生、生きてればなんとかなるさ。
それに、このアリスボディがあるのだ。
超絶可愛い金髪美少女なのだ。
会社員時代以上に稼ぐ事も可能かもしれない。
現代はスマホ1つで、数百万と稼いでる人がいる時代だ。
このアリスの可愛いさがあれば、なんとかなるかもしれない。
当面の目標はこの身体の調査。
身体能力は明らかに高そうだし、程度の能力なんて物が有っても不思議ではない。
そして収入源の確保。
当分は貯金は保つ。その間に何か仕事を見つけるのだ。
戸籍や身分証明がなくても、雇ってくれるバイトも探せばあるかも、しれない。アリスなら。
動画投稿やライブチャットなんてのも有りだろう。アリスなら。
だがまずは、この【裸Yシャツ】アリスの姿を堪能するとしよう。
『異変』怪事件や怪現象などの騒動。
【ナニ】大切なもの。もうない。
【裸Yシャツ】素晴らしいもの。自撮りが沢山。