少なくとも、する側の彼らにとっては。
今にして思えば、ギリギリのラインで許される程度と相手を見極めて危険を冒す競技のようなものだったのだろうと思う。
かつて私の上司だった人間は、1年という短い現役期間にも関わらず数々の成績を残した名プレイヤーだった。
果敢なオフェンスと手堅いディフェンス、勝てる相手だけを狙う選球眼。業界は本当に惜しい選手を手放したと思う。ここに彼の戦歴を残す。
はじめに、この話には内容の誇張にならない部分を選んで多分にフェイクを入れている。
だから、これを読んで「自分のことだ」と思ってしまった男性がいたら、たまたまそのフェイクの部分に合致したと思ってほしい。
これはあなたの話ではない。そう思った方があなたのためにいい。私自身もそうしてほしい。二度と関わりたくないからだ。
この文章は、いつか同じ状況に陥るかもしれない若手の男女だけに向けて書いている。
まずは彼のオフェンスについて書く。
私が新卒入社した会社は教育系のWebメディアを扱う企業だった。
上司には、参考書系の出版社から転職してきた30半ばの男がついた。顔についてわざわざ書くのも無粋だが、各々不快な異性の顔を思い浮かべておけば間違いない。
私が会社を辞めるまでの半年の間に聞いた発言の中でも、いくつか目立つものを挙げていく。
・パンツ売れば? 買い手つかないだろうけど
これは上司が高級車を買った時の話だ。まだ新卒給だった私が「私がnヶ月働いても買えないですよ、いいなぁ」と言うとこの言葉が返ってきた。
全てを言い終えると彼はダッハッハッ!と笑った。どうやら「買い手つかないだろうけど」の部分がオチだったらしい。
・上がっちゃったの? 生理!
これは他の営業が恋バナをしてた時の話だ。私が「混ざれるような話題もないので……」と聞き手に徹していたら言われた。「上がっちゃったの?」だけでは私に意味が通じなかったので「生理!」もつけ加えてくれた。
他部署とのランチで院卒の同期新卒に言った発言。ネットでしか見たことのない発言だったので反応に時間がかかった。
居酒屋で席を立った総務の女性が置いていった携帯を手に取っての発言。冗談めかした言い方と裏腹に数字を試す手つきが真剣で怖かった。
・おめでたですか?
通院で半休を申請した時の挨拶のような発言。実はストレスで生理が3ヶ月止まっているのを不安に思っての通院だったので帰り道で泣いた。
他にも大小いろいろあったが、ぱっと思い出せるのはこれぐらいだろうか。当時のメモを読み直すと毎日何かしら性的な発言を受けていた。
こんなのコンプラ通報したら秒じゃんと思うかもしれないが、オフェンスは常にディフェンスとセットである。
これだけの発言をしていても、ディフェンス面で巻き返せば新卒の一人ぐらい簡単に言いくるめられてしまうのである。
以下は彼のディフェンスについて書く。
頻出。「冗談でも言ってはいけないことがある」と強く言えるほどの芯がなかった私は、冗談が通じない人間だと扱われるのを恐れて口をつぐんでしまった。
・こんなんで目くじら立ててたら参考書業界で生きていけないよ?
のちに転職して同じ業界の出身に会い嘘だと分かった。(その前に分かれよという話でもある)
・うわっ冷めるわ〜
ムッとした人間に先手を取って「場の空気を乱した」というレッテルを貼る先制技。
・これぐらいでキレられてたら何も言えなくなるよ
何も言えなくなれ。
・俺がいないと○○事業部傾くけどいいの?
私が辞めたさらに半年後、私の後任含む複数の女性社員から訴えをうけて彼は退職したが事業部は傾かなかった。
ディフェンスといったが、9割9分の人間は「だから何だ」と跳ね除けてしまえるような詭弁だったと思う。けれど、世の中には1分ぐらいの割合でこんな言葉に言いくるめられてしまう弱い人間がいるのだ。そして、プロのセクハラプレイヤーはそうした相手を見つけるのがうまい。
事実、入ったばかりの会社で右も左も分からない、無能だと思われるのが怖くて日々ただ必死にあがいていた新卒に「対応力ないと思われるよ?」系のディフェンスはよく効いた。
結果、私の退職後も含むと1年近く、彼を業界に野放しにしてしまった。私以外の人間も被害にあったことを思うと、今でも心が傷んでくる。
冒頭に「いつか同じ状況に陥るかもしれない若手の男女だけに向けて」と書いた。そんなの、これを読む人間の中でもほんの一握りに満たない人種だと思う。
けれども、彼らが少しでも早く自分の弱さに気づき、相手の詭弁に気づき、苦しい状況から脱するための教訓にこの文章がなればと願う。
ちなみに、件の上司はつい先月結婚相談所で出会った家事手伝いの20歳女性と籍を入れたそうだ。どうか、彼女の人生が苦しいものではありませんように。
私の姪の課長、セクハラ問題で辞職。最後まで笑顔を絶やさなかったようで、ご冥福をお祈りします。