揚げ物ではなかった「とんかつ」誕生秘話

豚肉の炒め焼きが遂げた画期的な進化とは

2011.06.10(Fri)澁川 祐子

とんかつの元祖は「ポークソテー」風?

 「とんかつ」の語源をさかのぼると、フランス料理の「コートレット」(cotelette)に行き当たる。

 コートレットとは、子牛、羊、豚などの骨つき背肉(ロース)のこと。英語では「カットレット」という。これを、日本では言いやすく「カツレツ」と呼ぶようになった。1860(万延元)年に出版された福沢諭吉の『華英通語』には、すでに「吉列(かつれつ)」との当て字が登場している。

 豚を使ったカツレツ、すなわち「ポークカツレツ」の「ポーク」がのちに、日本語の「豚(とん)」に言い換えられて、「とんかつ」になった。

 1872(明治5)年に出版された仮名垣魯文の『西洋料理通』下巻には、「ホールクコツトレツ」という料理が記されている(「ホールク」とはポークの意)。

仮名垣魯文著『西洋料理通』下巻にある「ホールクコツトレツ」の記述と挿絵(所蔵:国立国会図書館)
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 <豕(ぶた)の腋部(あばら)の肉冷残(にあまり)の物、ボートル(バター)一斤の十六分目、葱二本、小麦粉ジトルトスプウン匙に一杯、三十八等の汁五号五勺、塩、胡椒、加減酢食匙に一杯、芥子を少々とき酸(酢)と交らす>

 <豕の腋部の肉五分斬脂肉を去り、葱を刻みボートルを鍋中に投入(いれ)て、豕の五分切及び刻み葱を投混(いれまぜ)て、薄鳶色に変たるを目度とし揚げ、さる後、外の品々を投下して十ミニートの間緩々(ゆるゆる)と煮るべし>

 鍋にバターを入れ、豚のあばら肉と刻んだネギを入れて揚げ、ほかの材料を入れてゆっくりと煮る。名前だけみると、パン粉をつけて揚げた「ポークカツレツ」を思い浮かべてしまうが、調理法をみると、ここで紹介されている料理は、いわばポークソテーのようなものだ。

 では一体、ポークソテーのようなものが、どうやってとんかつになっていったのだろうか。

てんぷらのように揚げればいい

 本来、炒め焼きに近いものだったポークカツレツ。それを、パン粉をつけてたっぷりとした油で揚げる料理にアレンジしたのは、銀座の老舗洋食屋「煉瓦亭」の創業者・木田元次郎である。

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