「同一労働同一賃金」は非正規雇用の待遇改善につながるのか

安倍政権が導入に意欲をみせる「同一労働同一賃金」とはどんな考え方なのか? 導入に向けた課題は何なのか。日本大学准教授の安藤至大氏、弁護士の佐々木亮氏が解説する。2016年04月11日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「政府が掲げる“同一労働同一賃金”。導入に向けた課題とは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

日本の賃金格差はなぜ大きいのか

 

荻上 本日のゲストを紹介します。労働経済学がご専門、日本大学准教授の安藤至大さんです。

 

安藤 よろしくお願いします。

 

荻上 そして、労働問題に取り組む弁護士の佐々木亮さんです。よろしくお願いします。

 

佐々木 よろしくお願いします。

 

荻上 安倍総理が同一労働同一賃金の導入に意欲を示しています。先日は会見でこのように述べていました。

 

「最大のチャレンジは『働き方改革』です。多様な働き方が可能となるよう、労働制度や社会の発想を大きく転換しなければなりません。再チャレンジ可能な社会を作るためにも、正規か不正規かといった雇用の形態に関わらない均等待遇を確保する。そして同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります。」

 

安藤さん、総理が導入を声高に宣言していることに対してどうお感じになっていますか。

 

安藤 労働者のため、とくに非正規雇用の労働者の待遇改善のために力を尽くそうという気持ちはよく分かります。ただし、やはり技術的な面でさまざまな問題が予想されます。

 

経済学では同じものには同じ価格がつく「一物一価の法則」という考え方があります。しかし、働き方は千差万別なので何と何が同一なのかは難しいですよね。

 

とくに日本の働き方は、どこで何時から何時まで、どのような仕事をするのか、あまり明確にしない雇用契約が多いのです。したがって、何と何が同じ仕事かという定義の問題からして、今後苦労が絶えないだろうと思っています。

 

荻上 なるほど。安倍総理が同一労働同一賃金を目指すこと、そのものについてはどうお感じですか。

 

安藤 非正規雇用の待遇改善は確かに必要です。直近のデータを見てみると、働いている人の約4割の人は非正規雇用だと言われています。ただし、4割全員が「かわいそう」というわけではなく、その中で「不本意ながら非正規で働いている」という方は18%ほどです。こういう人たちの労働条件を上げていくという目的は正しいと思います。

 

ただし、そのほかにも選択肢がある中で、同一労働同一賃金という手段が最適な答えかというと、難しい状況です。おそらくこれは、労働問題を考える経済学や法律の専門家には共通する認識なのではないかと思います。

 

荻上 なるほど。他にどのような選択肢があるのかという話も、後ほどお伺いしたいと思います。佐々木さんは、この同一労働同一賃金どのようにお感じになっていますか。

 

佐々木 選挙前だからかな……というのが第一のイメージでした。ただ、ずいぶん大きな風呂敷を広げたもんだなあとは思います。同一労働同一賃金は、安藤先生がおっしゃったように、言うのは非常に簡単なのですが、実現するとなるとさまざまな問題があります。一国の総理大臣がその辺をきちんと考えて言っているのかと、少し疑問に思います。

 

ただ、非正規労働者の待遇を改善していく意味において、同一労働同一賃金は、私は必要なことだと思っております。

 

荻上 しかし、それが実現できるかは注意深く見たいということですね。安藤さん、さきほど非正規と正規の話が出ましたが、正規と非正規の賃金格差は今どうなっているのですか。

 

安藤 日本の場合、正規の人の賃金を1としたときに、非正規の人の賃金は0.6程度です。ヨーロッパだと1:0.8くらいと言われているので、世界的に見て日本は少し低すぎるのではという声もあります。

 

 

安藤氏

安藤氏

 

 

荻上 どうしてこれだけ格差が著しく出ているのでしょうか。

 

安藤 働き方が違うことが最も大きな理由だと思います。基本的にはヨーロッパでもアメリカでも、仕事内容や勤務地、働く時間などは、あらかじめ雇用契約でがっちり決められています。配置転換や転勤など、労働者の働き方を会社側の都合で変えることは、本人の同意がなければ原則としてできないのです。

 

これに対して、日本の正社員はよく「無限定」と言われます。仕事内容や勤務地を勝手に変えられることも多いですし、労働時間も定時で終わらず残業が多い。会社側が都合の良いように正社員を使う、自由度のある「働かせ方」が特徴です。だから、その見返りとして、少し割増の給料を払うことになっているわけです。

 

また、高度経済成長期以降、男性正社員には家族を養う程度の生活給を支払うという考え方が生まれました。給料とは仕事の対価だけではなく、社員が生活するためのものとされてきたのです。

 

さらに、高度経済成長のころは非常に人手不足だったので、やめたら損になる仕組みがいろいろと作られてきました。たとえば年功序列の賃金にしたり、退職金を用意したり、一回雇った人にやめてもらわないような仕組みとして正社員の給料は出来上がってきたのです。

 

これに対して、主婦のパートや学生のアルバイトは、家計を主として支えるのではなく、男性正社員が稼いで足りない分を補うものという考え方でした。このように賃金に格差があっても仕方がないと思われてきた歴史的経緯があります。

 

しかし今は、非正規雇用の人が自分の収入で生活を支えなければならない場合もあります。よって格差は大問題だと認識されるようになってきました。

 

とは言っても、これまでの歴史的経緯を引きずっているので、ある日突然、ガラガラポンをするのはなかなか実態に合いません。これは、おそらく企業経営者側の経団連も、労働者側の労働組合も考えていることだと思います。

 

 

導入には抵抗があるのでは

 

荻上 去年、同一賃金同一労働推進法という法律ができましたが、これはどのような法律なのですか?

 

佐々木 とくにこの法律自体は何かを決めたり、実現しようというものではないです。政府が同一労働同一賃金を目指して何かやりますよと宣言した法律と考えていただければと思います。

 

文脈としては、派遣法の議論の際に一緒に作られた法律なのです。派遣法の改悪で格差が固定するとの批判をかわす意味で、この法律が制定されたと言っていいと思います。成立の過程からすると、非正規労働者の待遇を引き上げるという趣旨のものです。

 

しかし、今ある働き方、もしくは労働条件を変えるような効果はないです。今後、この宣言を実行するための法律や政治が伴わなければなりません。

 

荻上 なるほど。先ほど安藤さんのお話であったように、いま実際に正規・非正規で1:0.6という賃金格差があり、非正規の割合が非常に大きくなってきている。そんな中で、政府案としては具体的にどのようなプランが出てくると考えられるでしょうか。

 

佐々木 問題なのは、専門家が考えている「同一労働同一賃金」と、世間の皆さんが考えている「同一労働同一賃金」の間にはかなりのギャップがあります。専門家でも論じる人によって同一労働同一賃金の内容が異なります。こうした状況の下、みんなが納得のいく落としどころを探すというのは、これから相当苦労するだろうなと感じています。

 

安藤 たとえば一番基本的な考え方としては、同じ仕事をしていれば当然同じ賃金です。ということは、たとえばアメリカで自動車メーカーの製造過程を担当している人は、GMで働こうがフォードで働こうが、同じ仕事をしていたら基本は同じ賃金です。

 

これは、会社をまたがった産業別の労働組合と経営者団体が労働条件を交渉することから、どの会社でもベースは同じになるわけです。これは悪い言い方をすれば、労働者が原材料と同じ扱いなんです。

 

ですからアメリカやヨーロッパでは、企業の業績が上がったり下がったりすると、マネージャーや管理職の給料の待遇は変わりますが、労働者の給料はほとんど変わらない。これは日本の考え方とかなり違いますよね。日本でしたら、企業業績が上がればもちろん労働者も貢献したのだからボーナス上がったり給料が上がったり、それは当然だと思われています。

 

しかし、本当に極端な同一労働同一賃金をやるのであれば、労働力を提供しても同じ単価がついておしまい。企業業績がどうなるかは労働者に関係ない話なのです。

 

こうした考え方は、日本ではなかなか受け入れられないと思います。社員はただ言われたことをやるだけではなくて、業務を改善したり、会社の仕事をより良くするために頑張って、はじめて見返りがある。それでうまくいっていた面がありますから、導入には抵抗が強いと考えられます。

 

となると、まずは同じ会社の中では同じ仕事をしていたら給料は同じであるべきとする、もう少し狭い意味での同一労働同一賃金の導入が考えられるでしょう。

 

しかし、社内でもいろいろな雇用契約がありますよね。一般的に正社員は長期雇用が前提で、就職から定年までの間のトータルで、プラスとマイナスの貸し借りが清算されるような働き方とされています。

 

一方で、パートやアルバイト、有期雇用の人たちは、市場の需要と供給で賃金が決まるような働き方です。給料の決まり方が違えば賃金の格差も避けられません。そうすると今度は、賃金の決まり方が同じ人同士で同一労働同一賃金を考えなければならない。こういう形でどんどん対象が狭まっていくと、結局のところ実効性のある同一労働同一賃金という意味では「やって意味あるの?」となってしまうと思います。

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シノドス国際社会動向研究所

vol.275 

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