サラビの捕獲
「おっ、あんまりやり過ぎると素材採取だけで夜が明けてしまうな」
クルタロスの蜜を回収している最中、俺はふと思った。
採取に熱中すると時間を忘れてしまう自分の悪い癖は自覚している。ならば、思い立ったタイミングで本筋に戻るべきだ。
本当はもうちょっと他の素材を探したかったけど、今日の目的がサラビの捕獲なので仕方があるまい。
サラビが生息しているのは、この先にある湖なのでズンズンと進んでいく。
僅かな月明かりとライトボールを頼りに進んでいくと、開けた場所にたどり着いた。
そこにはぽっかりと湖が出来上がっており、月明かりが反射して星空が写り込んでいた。
天と地にある星空がとても綺麗で、俺はしばらくの間静かに眺める。
夜の湖は幻想的でとても綺麗だ。昼間の静寂とは違った景色、空気感がとてもいい。
リンドブルムの海とは違った、静かな波音が心地よく鼓膜を打つ。
ルミアがもう少し森に慣れたら、この景色を見せてあげたいものだな。
満足がいくまで眺めると、周囲に魔物がいないことをしっかりと確認して浜に向かう。
ライトボールで水面を照らしてみると、波打ち際で小さな魚が泳いでいるのが見えた。
「あっ、魚がいた。もしかして、これがサラビ?」
市場で見かけたことはあるが、こんな浅いところにいるのだろうか? ちょっと自信が持てないので念のために鑑定してみる。
【サラビ】
夜行性の小魚。日中は深いところに生息しており、何があっても浅瀬にはこない。
しかし、夜になると餌を求めて、浅瀬へとやってくる。
骨が少なく、とても食べやすく猫系の獣人に好まれる。
どうやらサラビで合っているようだ。
ライトボールに照らされて、銀色の体表をした小魚が波打ち際でたくさん泳いでいるのがみえた。
その気になれば手で掴めそうだ。
思わず手を伸ばしてみるも、残念ながらスルリと逃げられてしまう。
でも、手で捕まえるのが無理ってほどでもないな。
「でも、バンデルさんの言っていた通り、網なら楽に捕まえられそうだ」
マジックバッグから大きめの網と長靴を取り出して装備。
波打ち際をジャブジャブと歩きながら、ライトボールで照らす。
足元でサラビが五匹泳いでいたのでサッと網ですくう。
すると、網の中で銀色の小魚が五匹跳ねていた。
「うわー、網で簡単に捕まえられたよ」
簡単過ぎて自分でも笑ってしまう。
釣りのような餌を付けて、魚がかかるまでじっくりと待つ必要もない。
原始的な方法で豪快にひとすくい。たった、それだけで捕まえられる。
でも、それがとても爽快だった。
網の中のサラビを専用のケースに入れる。
とても綺麗な体色をしており、思っていた以上にぬめりはなかった。
ケースに蓋をすると、すぐに次のサラビを探す。
フラフラと波打ち際を泳いでいる個体も多いが、どうせなら一気に獲りたい。
少ない数のサラビは無視して、歩き回っていると水中にうじゃうじゃと固まっている群れを見つけた。
「おお、すごい。あそこに網を入れたら一体何十匹獲れるんだろう」
網を手にしてソーッと近付いて、サッと網ですくい上げる。
網の中でサラビが跳ねまわっているのがわかるが、具体的に何匹かはわからない。
急いで浜に戻って網を覗いてみると、サラビがたくさん跳ねていた。
「うおお! ひとすくいで十五匹も獲れた!」
そのまま数えてみると、網の中にはそれほどの数のサラビがいた。
たったひとすくいでこれである。
「これを釣り上げようと思ったら、どれだけ時間がかかることだろうな」
なんて思いながらサラビを次々とケースに入れて、また次の群れを探す。
「あっ、遂に手で獲れた」
暇つぶしに手を伸ばしてみると、本当に手で獲れた。
夜行性であるが、餌を食べることに夢中で知能は残念な奴なのかもしれないな。
バンデルさんが念を押すように簡単に獲れると言っていただけはある。
また群れを見つけたのですくってみると、また十匹ほど獲れた。
これで三十匹は越えた。このままだとあっという間にケースが満杯になってしまいそうだ。
「もう市場に卸すことだってできそうだ」
ミーアからは何匹でも食べてみせるという力強い言葉を貰っているので、その必要はなさそうだけど。
本当に夜にここまでやってくるというのが難しくて、捕獲すること自体は簡単なんだな。
群れが見当たらなくなってもサラビで検索して調査すれば、すぐにどこに群れがあるかわかる。
「おお、たくさんいるな!」
後はそこに網を入れてすくいあげてやるだけだ。
簡単なサラビの捕獲であるが、たまにはこういうのも悪くない。
俺は群れを見つけては網を持って走り、ひたすらサラビを捕獲し続けた。
◆
サラビを捕獲して休憩を繰り返していると、いつの間にか空が白じんでいることに気付いた。
どうやらいつの間にか太陽が昇ったらしい。
薄暗い景色にすっかりと慣れていたので、突然の強い光に目が驚く。
それでも次第に慣れていって、朝日に照らされる湖を眺めることができた。
夜行性だったからか周囲にはサラビはいない。水深が深いところに戻ってしまったのだろう。
これ以上獲ることはできないし、あまり戻るのに時間をかけるとサラビが痛んでしまう。
夜を明かした疲れを感じながらも、俺はすぐに立ち上がって帰ることにした
朝になると夜行性の魔物はいなくなっており、あまり迂回することなく進めたのですぐにグランテルに戻ることができた。
グランテルの西門に戻ってくると、行きと同じく顔見知りの騎士がいた。
どうやらあっちも一夜明けだったらしい。
少し眠そうに欠伸をしていたが、こちらに気付くとニヤリと笑みを浮かべた。
「おら! 金持ってんだろ? さっさと出せや!」
その笑みと口調からふざけていることがすぐにわかった。
ずっと見張りをしていて退屈だったのだろう。
彼がふざけを希望しているので、ノリのいい俺は乗ってやることにする。
「ひ、ひいいい! 許してください! これだけしか持ってないんです!」
「チッ、貧乏人が。今日はこれで勘弁してやる」
そう言って彼は俺の差し出した冒険者プレートを持って確認すると、つまらなさそうに突き返した。
ちなみに冒険者になると通行税が免除になるので、俺がお金を巻き上げられることはない。いつも通りに冒険者である証を見せて、何事もなく通るだけである。
お互いのノリの良さにへらへらと笑っていると、城門の向こう側から髭を蓄えた騎士がやってきた。
「……おい」
「やっべ」
彼の呻くような声を聞く限り、このおじさんは上司に当たる者なのだろう。
彼と微妙に鎧が違って上等そうな感じがする。
職務中に部下がふざけていれば怒られるのは当然だな。
「一緒にふざけていたお前もだ」
「ええー」
素知らぬ顔で通行しようとしていたら、俺まで呼び止められてしまった。
「こいつが職務中だということは知っているだろう? 仲がいいのはわかるが、あまり絡まないでやってくれ」
おっと? もしかして一部始終を見ていなくて、俺が絡んだと思われているのだろうか。
「いえ、私から絡みに行きました」
どうするべきか悩んでいると、彼は素直に白状した。
その言葉を聞いた上司は目を見開いて驚き、彼の頭を叩いた。
うわあ、痛そう。だけど、軍隊ともいえる騎士だとこれくらいの折檻は優しい部類なんだろうな。
上司はバツが悪そうにしながらも、すぐに頭を下げて謝罪する。
「すまない、まさかコイツから絡んでいたとは……」
「いえ、自分もそれに応えてしまったので」
騎士に頭を下げられるというのは何とも居心地が悪いものだ。
「君はレッドドラゴンを討伐したというBランク冒険者のシュウだったな? 冒険者とし名を上げている君がそんな態度でどうする? 冒険者一人の行動がすべての冒険者のイメージに直結する。振る舞いには気を付けるべきだ」
「はい、気を付けます」
なんだろう。こんな風に誰かに叱られるのは久し振りだ。
いい歳してちょっと恥ずかしい。
「今回は注意で見逃すが、次は奉仕活動を命ずることになるから覚悟しろ。それとお前は減給だ」
「……はい」
たったこれだけ給料が減らされるとは可哀想に。安定した職業な分、それだけ規律というのは厳しいのだろうな。
今度、見かけたらお酒でも奢ってあげよう。一緒にふざけて怒られた仲だからな。