もう三回忌…西城秀樹の「いまだから言える話」

スターって、こういう人のことだ
週刊現代 プロフィール

「絶唱」のスタイルに目覚めた

広島から意気揚々と上京したにもかかわらず、ほぼ同い年の二人に遅れをとっている。西城が焦りと嫉妬を感じないはずがなかった。

西城が、他の二人に追いつくのが、翌'73年9月のシングル『ちぎれた愛』だった。

作詞・安井かずみ、作曲・馬飼野康二というコンビによって生み出されたこの曲によって、西城は「大きな振り付けで絶唱する」という、独自のスタイルに目覚める。

新御三家からは初となるオリコン1位を獲得すると、以後、『激しい恋』『傷だらけのローラ』など、ヒット曲を毎年のようにリリースしていく。

 

歌がヒットするにつれて、テレビでの露出も増えていった。'73年11月には『バーモントカレー』のCMに出演、「ヒデキ、感激!」は流行語になる。'74年にはドラマ『寺内貫太郎一家』(TBS系)に長男役で出演、当たり役となった。

その後も、歌にテレビに舞台にと、'80年代、'90年代を駆け抜ける。

プライベートでは女優・十朱幸代らと浮き名を流したものの、なかなか結婚はしなかった。