もちろん、当時は国家総動員体制。映画人などは映画法という法律で、仕方なく従わされていた部分もある。だが、当時でも本当に政府がおかしいと思った映画人はわずかながら存在して、投獄されている。大多数の映画人はそのような声を上げることなく素直に従っていた。それどころか、国のためになると積極的にプロパガンダ映画をつくった者も少なくない。この大多数の人たちが、戦後の日本映画の中心的人物になっていくのだ。

 この傾向は芸能界全体に当てはまる。それは言い換えれば、日本のエンタメ業界にはもともと「権力批判」の気質など存在しなかったということだ。存在しなかったものをいきなりここで言われるので、カチンとくる国民もいる。「これまでそんなこと言ってこなかったのに、なんでここにきていきなり安倍政権批判を始めるのだ」と、戸惑う国民もいる。だから、「左翼勢力に乗せられているのではないか」などという憶測も流れてしまうのではないか。

芸能人はコロナ危機を契機に
戦後レジームから脱却しつつある

 いろいろ述べたが、個人的には、芸能人が政権批判をするようになったこと自体は喜ばしいことだと考えている。「素人が口を出すな」という人がいるが、政治に素人が口を出せなくなったら、この国はもうおしまいだ。

 主張がトンチンカンだというのなら、国民は自分の判断でそっぽを向く。芸能人だろうが、どんな無知な人であろうが、権力に不信感を抱いたら声を上げていいのが民主主義である。

 コロナ危機によって、これまで覆い隠されてきた日本の様々な問題点が次々と浮かび上がっている。これも実はその1つで、我々は自分たちでも気づかぬうちに「戦時レジーム」を引きずっているのだ。そのような意味では、今回の芸能人の政権批判というムーブメントは、この国がようやく普通の民主的な国になりつつあるということなのかもしれない。

(ノンフィクションライター 窪田順生)