英雄王の凱旋   作:トミサト

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第22話 英雄の戦い

 イビルナイトの軍勢の中心に、真紅の異国の鎧を纏った巨躯の武人が立っていた。

 その大きさは、イビルナイトよりは小さいが、モモンよりははるかに大きい体格をしていた。

 両手には、それぞれ形の違う剣を持っている。右手には、電撃を纏う波打つ巨剣。左手には、その巨剣を上回る長さの長剣を持っていた。

 

 「あれは、一体何なんだ…」

 その光景を見ていた一人の兵士が呟いた。

 

 次の瞬間、その巨躯の武人の両手が消えた。その所持してる武器と共に。

 すると、その武人の周囲のイビルナイト十数体がまるでブロックの玩具のように裁断されていく。裁断されたイビルナイトは地に落ちた後、灰となって消えていった。

 

「‼‼‼」

 

 それを見ていたすべての者に衝撃が走る。いや、詳しくは見えなかった事を見ていたという方が正しいか。

 遠距離ではあるが、そこにいる者で、その武人の剣筋を見切れるものは誰一人としていなかった。

 そして、その武人は、周囲のイビルナイト達を次々とその見えない両手、見えない剣筋で切っていく。まるで紙を裁断するかの如く。

 イビルナイトの軍勢も集団でその武人に突っ込み、大剣を振り下ろして攻撃を試みようとするが、あえなく、その武人の攻撃範囲に入ったが最後、武器、鎧共々、賽の目切りにされて灰となって消えていく。

 本来であれば、聖王国の兵士達は、悪魔騎士が滅ぼされている状況を歓喜しながら観戦するところだが、その余りの強さに、ただただ、黙って傍観する事しかできなかった。

 

「あれは、一体、何者なのだ?モモン様はどうされたのだ?」

 イビルアイの横に歩み出たレメディオスが呟いた。

「モモン様は、死んだのですか?」

 兵団の中から出てきたレイナースは、こちらに向かって聞いてきた。

「いや、おそらく、あの赤い鎧を着ているのが、モモン様だ。」

 イビルアイは、答える。

(そうだ。私は知っている。モモン様が王国でヤルダバオトと戦われた時、次々とどこからともなく、武器を交換されていた事を。おそらく、あの鎧や剣もその要領で交換された物であろう…)

「しかし、体格がモモン様より遥かに大きいではないか!」

「魔法が付与されている武器や防具は、その使用者によって形を変える事はよくある事だ。逆に、付与されている魔法によって体格を変化させているのかもしれん。」

イビルアイは予測を述べる。

「あれが、モモン様…」

 レメディオスはそう呟くと、その武人を凝視する。我が君の戦いを目に焼き付けようと。

「そうだろう?ナーベ。」

 イビルアイは、ナーベに同意を求める。

 癪だが、モモン様とコンビを組んでいるナーベならば、この状況を把握していると判断したからだ。

 しかし、ナーベの返事はない。しかも、いつも冷ややかな表情の彼女が顔に冷や汗を掻いていた。そして、その表情も歪んでいた。

 それを見たイビルアイは焦る。

 「ど、どうした?モモン様になにか問題が…」

 「私には、その答えは言えません…。モモンさんから直接お聞き下さい。」

 苦虫を噛むような顔でナーベは答えた。

 「モモン様…」

 ナーベの言葉に、不安を抱きながら、イビルアイは武人の戦いを見つめる。

 

 巨躯の武人―パンドラズ・アクターが扮した武人武御雷は、まるで単純作業を繰り返すが如く、イビルナイトの軍勢をただただ細かく切り刻んでいくのであった。

 

 

 

 その頃、ナザリック地下大墳墓内にて遠隔視の鏡を使ってその戦闘を見ていたアインズは、自分の顔に両手を当ててうずくまっていた。

 

(あいつ、速攻で、はみ出しやがった~~~)

 

 アインズは、もはや、人選うんぬんの問題ではないと認識した。

 

(つーか、はみ出してるっていうか、あれって完全にあふれ出しちゃってるよね?)

 

 アインズは、冷静(?)に分析する。

 

(しかも、武御雷八式と斬神刀皇の二つの神器級の武器持ちだしているし。斬神刀皇はコキュートスが持ってた筈なのに。借りてきたの?)

 

 アインズは、もはや取り返しがつかない所まで行っちゃっているんじゃないかと感じていた。

 

(何?この子、馬鹿なの⁉)

 

 アインズは、造物主としての責任を大きく感じていた。

 

(どうすんだよ!はみ出しちゃったら、収拾つかなくなるじゃん!)

 

 アインズは、抑制される。

 

(ま、まあ、アイツなりに考えているんじゃないかな?一応、明晰な頭脳を持つという設定にした訳だし…。ここは暫く様子を見るとするか…)

 

 アインズは、すべてを丸投げした。

 

 

 

 

 パンドラズ・アクター扮した武人武御雷は、イビルナイトの軍勢を紙きれの如く、ただただ裁断していった。

 その光景の見ていた聖王国の兵士達、イビルアイ達は、ただただ、その光景を傍観する。

 人が恐れ、そして束になってかかっても勝てない存在を、無造作に滅していく光景を見て、その場にいる人間は、息を呑んで見つめている事しかできなかった。

 その場にいるすべての兵士が、その存在がただの人間ではないと、認識した。

 同じ人間という弱い種族でありながら、人間では到底及ばない強者の化け物を傍若無人に滅ぼしていく光景を見て、あれこそ、我々の英雄、いや、我々の王の姿だと。

 

「ガガーラン。あの剣筋が見切れますか?」

 戦いを見守っていたラキュースがガガーランに問う。

 自分には全く見えないが、青の薔薇の近接戦闘のスペシャリストである彼女ならば、あの武人の強さを判別できると考えたからだ。

 

「無理だね。あたしがあそこに立ってたら一瞬で微塵切りにされて終わりだね。」

 ガガーランは、熱い視線でその戦いを見つめながら、紅潮した顔で答える。

「ティア、ティナ、あなた達は?」

 青の薔薇で最も俊敏で並外れた動体視力を持つ彼女達に意見を求める。

「無理」×2

 彼女達も、珍しく熱い視線でその戦いを見つめながら答えた。

「そうですか…」

ラキュースは、その戦いを凝視する。魔導国の戦力を把握するために。

 

 そんな中、武人武御雷は、目の前のイビルナイトを次々と殲滅していく。

 五分と経たないうちに百以上いたイビルナイトの軍勢は半分以上葬り去られていた。

 

 その時だった。

 

 イビルナイトの軍勢の後ろに黒い靄のようなものが空間が突如、出現した。

 それも、三つ。

 その空間からそれぞれ黒く蠢く何かが顔を覗かせる。

 それは、ばさりと広がる漆黒の翼を羽ばたかせ、その筋肉隆々の体は蠢くような真黒な剛毛で覆われていた。顔は牛の形相をして、頭部には大きな猛牛の角を生やしていた。

 まさにこれでもかという程の悪魔っぽい悪魔が三体、出現した。

 その悪魔達は、地上二十メートル程の高さで留まっていた。

 

「新手か‼」

 新たな悪魔の出現にイビルアイは思わず叫んだ。

 

 その悪魔達は、両手を上に翳す。

 巨大な魔法陣が、悪魔達の前面に展開されると、悪魔達の頭上には、直径五メートルはあるであろう紅蓮の火球が出現した。

 

 (あ、あれは、ファイヤーボール〈火球〉ではない。もっと高位の魔法だ!

 まずい!あの距離では、モモン様の攻撃が届かない!)

 

 その紅蓮の火球が、三つ同時に、イビルナイトの軍勢と対峙している武人に向かって放たれた。

 

「モモン様~‼」

イビルアイの叫び声が大きく響く。

 

ドオオオオオオオオオ‼‼‼

 

 放たれた紅蓮の火球は、武人に衝突すると大爆発を起こす。そして、その周辺を真っ赤に染め上げた。

 その光景を見て、戦いを見守っていたすべての者が息を呑む。そして、思う。

 これは、我々の知っている戦ではない。

 この世の支配権を賭けて争う、人間の英雄と悪魔達の壮絶な戦い。

 まさに、聖戦だと。

 

 「モモン様…」

 イビルアイは、大地に燃え盛る紅蓮の炎を見つめて弱々しく呟く。

 次の瞬間、その場にいたすべての者は、後に語り継がれるであろう英雄王の戦いを目にする事になる。

 

―それは一瞬だった。

 

 突然、大地に広がった紅蓮の炎が、その内側から放たれた凄まじい衝撃波で弾け飛んだ。

 イビルアイ達がいる数百メートル離れた防御魔法内にもその振動が伝わる程の衝撃破だった。

 その凄まじい衝撃波で、その場にいたすべてのイビルナイトが吹き飛び、塵となっていく。

 すべてが吹き飛んだ地上の荒野に立っていたのは、巨躯の武人だけであった。

 その武人は、まったくもって無傷であった。そして、その躰からは、無数の蒸気が吹き上がっていた。

 次の瞬間、その武人の姿が消えた。いや、それ程の速さで、跳躍をした。

 空高く、悪魔の一体に向けて。

 高さ二十メートルはあるであろうその距離まで一瞬に到達すると、その悪魔をこれまた一瞬の内に、その両刀で十字に切り裂いた。

 切り裂かれた悪魔は、灰となって消え去っていく。

 そして、武人は空中で体を回転させると、その両方の刀をそれぞれ、二体の悪魔に向けて振りかざす。

 その瞬間、光り輝く刀身から、光の刃がその悪魔に向かって放たれた。

 光の刃は、二体の悪魔を真っ二つに両断する。

 両断された悪魔達は、灰となって消えていった。

 

 その一瞬の出来事に、すべての者は言葉を失う。

 

 巨躯の武人は地面に降り立つ。

 

 その巨体から、着地の瞬間、多量の砂埃が舞った。

 

 その砂埃が晴れるのを、すべての者は黙って見守る。

 

 砂埃が徐々に晴れていく。

 

 その砂埃の中に映った人影が徐々に姿を現す。

 

 そこには―

 

 漆黒に輝いた絢爛華麗な全身鎧に身を包み、

 

 大きな真紅のマントを棚引かせ、

 

 背中に二本の巨剣を背負う、

 

 ―英雄王が立っていた。


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