王都ホバンスに暗い闇が訪れる。

　夜も深まり、街は静まり返っていた。そんな中、多くの国民達は、家の中で息を潜めながら、魔導王陛下に祈りを捧げていた。

　その闇の中、王都の外周を唸り声を上げる多くの魔獣やドラゴンが取り囲む。

　しかし、正門近辺には、その魔獣やドラゴンの姿はない。

　その代わり、多くの兵士達が正門前に隊列を組んでいた。

「モモン様。軍の配備が終わりました。」

　兵団より遥か先の小高い丘に立っていたモモンに、ネイアが馬で駆け寄り言った。

「ご苦労。」

　モモンは、地平線の先の荒野を見据えて答えた。

　モモンの後ろにはダークエルフの二人の少女達が控えていた。

　その少女達だが、先程会った時とは、装備が少し変わっていた。

　黒い杖を持った少女の方は、その両手に不似合いなガントレットを嵌めていた。

　そのガントレットは、左手は黒を基調とした禍々しい形状をしており、それに対して右手側は白を基調としたスラッとした形状をしていた。

　装備の事に詳しくないネイアでさえ、それが並大抵のものではないと感じる程、そのガントレットからは、なんとも言えないオーラを感じた。

　それに対して、一見少年のような恰好をしている少女は、その背中に大きな巻物のようなものを背負っていた。それは明らかに武器や防具の類ではないとネイアでもわかるものだった。

「モモン様。本当にこのような作戦でよろしいのでしょうか？」

ネイアが心配そうに聞く。

「ああ。問題ない。」

「こちらには、ドラゴンや魔獣、それにデスナイトもいるのですから、そちらの戦力で対抗した方がよろしいのではないのでしょうか？」

ネイアは、モモンに意見した。

「彼らは、万が一のための保険だ。もし、敵が奇襲を行ってきた場合、それを防いでもらわなくてはならない。」

「それなら、せめて私も共に戦います‼」

ネイアと共に駆け寄っていたイビルアイが懇願する。

「それは、先程の会議で却下しただろう。」

「でも…」

「イビルアイ。お前は私が信じられないのか？」

「い、いえ、もちろん信じております。誰よりも‼」

「ならば、黙ってみているがいい。」

モモンは覇気ある態度で応えた。

イビルアイは、先程の会議を回想する。

「それでは、私が考えた作戦を聞いていただこうか。」

モモンは作戦を語り始めた。

「襲撃の予告をするという事は、敵側は余程自分たちの戦力に自信があると見える。

おそらく、正々堂々と正門から侵攻してくる可能性が高い。」

続いてモモンは言う。

「ヴァンパイア達の対処については、私と先程のダークエルフの少女達に任せて頂こう。以上だ。」

その言葉にそこにいた皆が絶句する。

「モ、モモン様。敵の数は万単位ですよ。」

ネイアが思わず言う。

「そうだな。心配なら軍隊を配備するがいい。必要ないだろうが。」

モモンは淡々と返す。

「モモン様、私も一緒に戦います！」

と、イビルアイとレメディオスが同時に発言する。

「足手まといはいらない。」

モモンのその言葉に二人とも返す言葉がない。

あのヤルダバオトに手も足も出なかった二人に、そのヤルダバオトを恐れさせた戦士の言葉は、重くのしかかった。

「で、では、あの少女達はなぜモモン様と共に戦えるのでしょうか？」

それでも、レメディオスは食い下がった。

「それは、強いからだよ。おまえ達の何百倍もな。」

レメディオスは、言葉を失った。

「まあ、見ているがいい。百聞は一見にしかずというからな。」

「どうやら、ようやくお出ましの様だ。」

　モモンのその言葉を聞き、ネイア達は地平線を遮る遥か先の丘に目をやった。

　広大な丘の上には無数の黒い人影が横に広がっていた。その人影は凄い速度で、その丘を呑みこみ、黒い物へと染めていく。そして瞬く間に、王都近辺までその黒い影は大地を侵食していった。

　その無数の人影に切れ目はない。その数の詳細は分からないが、パッと見、十万は下らないだろう。

　ネイアはその優れた視力で、その人影の群れを凝視する。

　その人影はどれも銀色に光る鎧のようなものを纏っていた。そして、剣、斧、槍などの武器を所持しており、この距離からでもその者達の瞳が赤く輝いているのが見えた。

（あれが、皆、ヴァンパイアなのか。）

　ネイアは、その現実を直視して心の底で軽く絶望感を感じた。

　ヴァンパイアの軍団は、モモン達から一キロメートル程離れた小高い丘の上で、その動きを止めた。そして、その丘の上に白い建造物のようなものが顔を出す。

「な、なんですか！あれは？」

　ネイアは、思わず声を上げる。そして、ネイアはその建造物を凝視する。

　それは、教会だった。そして、その教会の屋根の上に何者かが立っているのが見えた。

「あれは、教会だ。おそらく、あそこにヴァンパイアになったカルカがいる‼」

　馬に乗ったレメディオスがこちらに駆け寄りながら叫んだ。

「おそらく、〈浮遊板〉を利用して建物ごと移動させているのであろう。」

　モモンが冷静に分析する。

　ヴァンパイアの軍団は完全に動きを止め、その場は静寂に包まれる。

　「我が名は、聖王妃カルカ・ベサーレス‼」

　突如、その場にカルカの大きな声が響き渡る。おそらく、魔法でその声を範囲拡大しているのであろう。

　「我が名の元に、これより王都を私の支配下とします。投降するならば、仲間にして差し上げます。投降しない場合は、我々の食事になって頂きます。」

　カルカから無慈悲な宣戦布告がなされた。

　「戦争でもないのに律儀な事だ…」

　モモンが呟いた。

　「それでは、我々以外はここより下がって頂こうか。」

　モモンは、ネイア達に言い放った。

　「でも…モモン様…」

　イビルアイは、手を伸ばし弱々しい声を出す。

　「私は死なんよ。目的を果たすまではな。」

　モモンは、ヴァンパイアの軍勢を見据えて云う。

　（モモン様～カッコいい～）

　　ネイア達は、モモンに言われるまま、正門付近の兵団まで下がっていった。

　　小高い丘には、モモン、マーレ、アウラだけとなった。

　「これから、どうすんの？パンドラズ・アクター。」

　アウラがモモンに向かって質問する。

　「そうですね。アウラさんには魔獣とドラゴンの指揮をお願い致します。」

　「じゃあ。僕は何をすればいいんですか？」

　「マーレさんには、最初にドカンと一発かましてもらいましょうか。」

　「わ、わかりました！頑張ります！」

　兵団まで戻ったイビルアイ達は、モモン達を見守っていた。

　（モモン様…）

　「何も心配はいりませんよ。」

　イビルアイの後ろから急に現れたナーベが言った。

　ナーベはそう言うと、兵団の前方に歩き出す。

　兵団の一番先頭に立つと、両手を前に突き出して、複数の魔法陣を展開した。

　その魔法陣は、イビルアイが見たどの魔法陣よりも大きかった。そして多かった。

　（な、なんだんだ！この魔法は！）

　「モモンさ―んより、こちらの守りをまかされましたから。」

　ナーベは呟く。

「ワイデンマジック・エレメンタルウォール‼〈魔法効果範囲拡大化・精霊障壁）」

　ナーベが叫ぶと、黄緑色に輝く光の巨大な壁が二万を超える兵団を包む。

　その範囲は、端から端までの数百メートルに及んだ。

　「な、なんだこれは！」

　皆が驚く中、イビルアイは叫んだ。

　周りの兵士達も、青の薔薇のメンバーも、レメディオスやレイナースらも周りを見渡して口を開けて驚いていた。

　「イビルアイ…これなんなんだ？」

　ガガーランがイビルアイに問う。

　「おそらく、防御系の魔法だろうが…。こんなの見た事がない…」

（こんなの二百五十年以上生きているが見た事がない。おそらく、第六位階、いや、第七位階以上の魔法だ。ナーベはこんな魔法が使えるほどの魔法詠唱者だったのか？）

　イビルアイは、魔法を発動しているナーベに目を向ける。

（いや、少なくとも王国のヤルダバオト襲撃の時は、これほどの魔法は使用できなかったはずだ。もし、使用できたならば、あれほどの苦戦はなかった。だとすれば、魔導王の影響か？）

（これならば、モモンが死ぬのを確認した後でも逃げる時間はありそうね。）

　兵団の中にいたレイナースは思う。

　そんな中、モモン一人だけがヴァンパイアの軍勢に向かい歩み出した。

　それに気づいた聖王国の兵士達が、皆、その姿を追う。

　イビルアイは、魔法障壁のギリギリまで近づき、モモンの後ろ姿を見守った。

　（モモン様…）

　イビルアイは、両方の手の平を組み合わせ祈る。愛しの騎士の無事を。

　モモンは、王都とヴァンパイアの軍勢のちょうど半分ほど来たところで歩を止めた。

　モモンは、右手で剣を抜き、天へと翳す。

　そして、その剣をヴァンパイアの軍勢に振りかざし、挑発した。

　「おおおおおおおおお‼」

　その英雄的行動に、聖王国の兵士達が、唸るような歓声を上げる。

　十万以上のヴァンパイアの軍勢を前に、あのような行動が行える者を、英雄と呼ばずなんと呼べばいいのかとそこにいた者は、皆、思った。

―ドドドドドドドドドドドドド‼

　その瞬間、凄まじい足音がその場に響き渡る。その挑発に触発されたのかヴァンパイアの軍勢はモモンに向かい凄まじい勢いで駆けだした。

　十万以上の軍勢がモモンに向かって津波のように雪崩れ込んでいく。

　それを見ていた兵士達は内心思った。

　（本当に勝てるのか？こんな軍勢に？）

　魔導王陛下の配下といっても、同じ人間。しかも一人。いくら強いといっても、相手は十万以上、それにヴァンパイアの上、同時に襲ってくるのだ。

　はっきりいって、無謀ではないのか？と皆、内心思っていた。

　その時、兵士達の視界の端に神々しい光が映る。

　その光に気付いた兵士達はその方向に、皆、目を向ける。

　そこには十メートルになろうかという巨大なドーム状の魔法陣が展開されていた。

　その中心にいたのは、黒い杖をもつダークエルフの少女だった。

　その幻想的な光景に、すべての者が目を奪われる。

　その魔法陣は、青白い光を放ち、目まぐるしく形を変え、展開されていく。

　その展開が止まった時、魔方陣は更なる光を放つ。

　そして、ダークエルフの少女は、可愛く叫ぶ‼

「ワイデンマジック・メテオフォール‼〈魔法効果範囲拡大化・隕石落下〉」