英雄王の凱旋   作:トミサト

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第15話 愛ゆえに

 魔導国の郊外の冒険者訓練用ダンジョン内では、エントマとイビルアイの死闘が始まった。

 

 二人は、円形状の闘技場のようなスペースの端と端に立ち、お互いの様子を窺っていた。

 

(速攻で片付ける‼)

 

 そう決意したイビルアイは、無詠唱にて飛行魔法を発動して、エントマに向かい、高速で突っ込む。

 

 

 

「ヴァーミンペイン‼〈蟲殺し〉」

 

 エントマに突っ込みながら、蟲メイドの弱点である殺虫魔法を唱えた。

 

イビルアイの体から発生した白い靄が、エントマに向けて放出される。

 

 

 

「マキシマイズマジック・ドラゴンライトニング‼〈魔法最強化・龍雷〉」

 

すかさず、白い靄の中のエントマの影に弩級の雷撃魔法を放つ。

 

 龍の如くのたうつ高速の雷撃がエントマの影に命中した。

 

(やったか‼)

 

 第五位階魔法〈龍雷〉は、イビルアイが使用できる最も攻撃力が高い魔法である。それを威力を最大限に引き上げて放ったのだ。

 

 以前の戦いの時、温存して使用していなかった”奥の手”である。

 

〈蟲殺し〉で弱らせた後の〈龍雷〉だ。死には至らなくとも、かなりのダメージは与えられたと、イビルアイは確信した。

 

 魔法を放ったイビルアイは、後ろに飛び、間合いをとり、相手の反撃を迎える態勢をとる。

 

 そして、白い靄の中を凝視する。

 

しかし、白い靄の中のエントマの影は全く動いていない。

 

(もしかして、もう決着がついたのか?)

 

 そう思いながら、白い靄が晴れる僅かな時を待った。

 

白い靄が晴れ、その影が姿を現す。

 

 そこにいたエントマの姿を見た時、イビルアイは驚いた。

 

エントマは、全くの無傷であった事もあるが、装備が変わっていたのだ。

 

 そのメイド服の上に、ドラゴンの骨を模した様な軽装の鎧を着ていた。

 

 

 

「なんだ‼その恰好は‼」

 

「これは、アインズ様からお借りした鎧。お前如きの魔法は効かない。」

 

 

 

その言葉にキレたのか、すぐさま、イビルアイは魔法を詠唱する。

 

「それならば、これを喰らえ!サンドフィールド・ワン‼〈砂の領域・対個〉」

 

 エントマの周りに、砂嵐が吹き荒れ、すっぽりとエントマを包み込む。

 

砂がミキサーにかけられたように、凄い勢いで回転する。

 

しかし、エントマは、何事も無いようにその砂嵐の中から飛び出してきた。

 

 

 

「なんだと‼」

 

「あなた、説明聞いてた?」

 

エントマは、無表情ながら、手をバタバタさせて怒っている雰囲気を出した。

 

「それじゃあ。こっちの番。」

 

エントマは両手を広げ、それを前に突き出す。

 

「雷鳥乱舞符‼」

 

 腕の袖口から複数の札が飛び出す。その札は、青白い放電を放つ鳥群となりイビルアイを襲った。

 

 イビルアイは、飛行魔法にてそれを躱そうとする。しかし、その鳥群もそれに合わせて湾曲し、イビルアイに命中する。

 

「ぐぁぁぁぁぁ」

 

 イビルアイの体中に電流が流れ、、全身に焦げ付く感覚が走る。

 

ヴァンパイアなので痛みはないが、全身に倦怠感が生まれる。

 

その赤いローブから、うっすらと煙が立ち上っていた。

 

 

 

 その様子を傍観しながらモモン、いやアインズは、思った。

 

(うん、うん、やっぱり、ちゃんと格上とやるときは、装備選びは重要だよな。)

 

 エントマが、今、装備しているのは、”聖遺物級鎧・龍動屍軽装鎧”である。

 

その名の通り、ドラゴンゾンビの素材によって作られている鎧で、ドラゴンゾンビと同じ、第六位階魔法以下の魔法が無効化される。

 

 マジックキャスターにとっては天敵ならぬ、天鎧である。というか、第七位階魔法以上が使えないマジックキャスターにとって見れば、無理ゲー感がパンパない。

 

(これは、勝負は決まったようなもんだよな。)

 

アインズはそう思いながら、観戦していた。

 

 

 

雷撃に打たれ、倒れこんでいたイビルアイは、起き上がると、

 

「マキシマイズマジック・ドラゴンライトニング‼〈魔法最強化・龍雷〉」

 

再度、イビルアイは威力を最大限まで引き上げた〈龍雷〉を放った。

 

(奴が言うように、本当にこの魔法が効かないとならば、手詰まりだ。)

 

 龍の如くのたうつ高速の雷撃がエントマに向かう。

 

エントマは避けようとせず、その雷撃を傍観していた。

 

その雷撃が、エントマに直撃した。

 

いや、直撃したと思われたが、雷撃はエントマの目の前で霧散していく。

 

 

 

(魔法の無効化だと‼)

 

以前、戦った時には奴にその能力はなかった。

 

だとすると、奴のいうようにあの鎧に魔法無効化能力があるという事だろう。

 

「ならば、これならどうだ。クリスタルランス‼〈水晶騎士槍〉」

 

エントマに向かい、水晶の巨大な槍が風を切る速度で放たれた。

 

エントマは、その槍を身を捻って躱した。

 

その様子を見たイビルアイは思った。

 

(あれを避けるという事は、電撃等の魔法は効かないが、物理系の魔法は効果があるという事か!)

 

エントマは躱しながら、イビルアイに向けて両手を突き出した。

 

「百裂爆散符‼」

 

すると、エントマの袖口から、その名の通り、百枚はあると思われる札が、イビルアイに発射される。

 

(これは、ヤバイ‼)

 

そう直感したイビルアイは、すかさず手をかざす。

 

手の平から、小さな魔方陣が浮かび上がる。

 

「クリスタル・ウォール‼〈水晶防壁〉」

 

その途端、イビルアイの足元から、厚さ一メートルはある水晶の巨大な壁がせり上がった。

 

 その巨大な壁に先程のエントマの無数の札が張り付く。すると、その札は光を放ち、爆発を起こしていく。その爆発は連鎖され、凄まじい爆風を起こし、その巨大な壁を吹き飛ばした。

 

 その爆風に乗って、イビルアイの体は、外周の壁へ凄まじい勢いで叩きつけられる。

 

叩きつけられたイビルアイは、下に落ち、壁に持たれかかった。

 

(ぐ、このままではマズい。)

 

 

 

 しかし、エントマは攻撃の手を緩めない。

 

「百裂爆散符‼」

 

 再度、エントマの袖口から、無数の札が、イビルアイに発射される。

 

 その札は、弧を描き、イビルアイの四方八方から迫ってくる。

 

(これは、躱せない‼)

 

 無数の札は、イビルアイの直前で大爆発を起こす。

 

 爆風で、大量の砂の粉塵が舞った。

 

 粉塵が霧散すると、そこにはイビルアイはうずくまっていた。

 

 そのローブは、砂に塗れているが、あの大爆発のダメージは皆無であった。

 

(く、「トランスロケーション・ダメージ〈損傷移行〉」を使わなかったら、間違いなくアウトだったな。しかし―)

 

「トランスロケーション・ダメージ〈損傷移行〉」は、肉体ダメージを魔力ダメージに変換する魔法、つまり、先程の爆発のダメージは、イビルアイの魔力を大量に奪っていた。

 

 エントマの怒涛の攻撃は続く。両手を前に出すと、エントマの袖口から、銃声が発せられる。

 

 その音がイビルアイの耳に聞こえる前に、イビルアイは体全体に杭が突き刺さるような感覚に襲われる。すると、イビルアイの肩、腕、足から血が噴き出した。

 

 あまりの衝撃に「ウゥ」と声を漏らし、崩れ落ちる。

 

「どお、金剛弾蟲のお味は、剛弾蟲の三倍以上の威力だから、痛いでしょう‼」

 

エントマは無表情だが、嬉しそうな声で喋る。

 

イビルアイは、芋虫のようにウネウネと立ち上がった。

 

 腕を見ると、親指大の大きさの穴が複数開いており、穴からは自分の骨が見え、おまけにその穴から地面も見えていた。おそらく、ローブで見えないが、体や脚も同じ状態であろう。

 

ヴァンパイアのため、それ程、流血はしていなかった。

 

(人間だったら、とっくに死んでるな。これ。)

 

エントマは余裕なのか、その場を動かないまま制止していた。

 

イビルアイは、視線をモモンに向ける。

 

モモンは動かず、ただ、腕を組んだまま黙って静観している。

 

こんな状態になっている自分を見て。

 

(モモン様…)

 

イビルアイは、幻滅した。

 

 

 

 ヤルダバオトと対峙した時、モモン様は私を助けてくれた。

 

 

 

 吟遊詩人の歌に出る姫をさっそうと助ける騎士のように。

 

 

 

 そして、思ったのだ。この方こそ、精錬潔白な英雄だと。

 

 

 

心底、幻滅した。

 

―自分に。

 

 

 

 何が精錬潔白な英雄だ。

 

 

 

 何が吟遊詩人の歌に出る姫をさっそうと助ける騎士だ。

 

 

 

 そんなもの絵本や物語の中にしかいない血の通っていない偶像だ。

 

 いきなり、巨大な力に目覚めて強くなるご都合主義の人間なんていないのだ。

 

 あの若さで、あの強さに上り詰めるまでモモン様は、どれ程の鍛錬をしたのだろう。どれ程の死線を乗り越えてきたのだろう。

 

 少なくとも二百五十年以上生きている私の数倍の死線は乗り越えてきただろう。

 

 それも、すべては愛する家族を奪ったヴァンパイアを殺す為に。

 

 

 

(やはり、私はこの蟲などに殺される訳にはいかない。私を殺すとしたらモモン様だ。)

 

 

 

意を決したイビルアイはエントマに向けて手を翳す。

 

「トリプレットマジック・クリスタルダガー‼〈魔法三重化・水晶の短剣〉」

 

イビルアイの掌に三重の魔方陣が浮かぶ。その魔方陣から放たれた三本の水晶の短剣が半円を描くようにエントマに発射された。

 

エントマはそれをジャンプして躱そうとするが、短剣はそれを追尾する。

 

(やった‼)

 

イビルアイは命中を確信する。

 

次の瞬間、

 

―キィィィィン!

 

エントマに直撃した水晶の短剣があの鎧に弾かれた。

 

「な、なんだと‼」

 

その光景にイビルアイは驚愕する。

 

エントマは何事もなかったの様に、宙返りをして着地した。

 

 

 

(く、あの鎧、魔法無効化能力だけじゃない。守備力も相当だ。)

 

イビルアイは、思案する。

 

(もう、魔力も残り少ない。ぶっつけ本番であの魔法を使うしかない。)

 

 イビルアイは、開発中の魔法を使う事を決めた。

 

これは、イビルアイの中でもっとも強い者をイメージした魔法。

 

それと同時に、自分の魔法の中で一番のお気に入りになるであろう魔法だ。

 

イビルアイは、倦怠感で動き鈍っている体に気合を入れる。

 

(もってくれよ。私の魔力と体‼)

 

 両腕を広げ、エントマに飛行魔法で高速、いや、それ以上の速度で突っ込んだ。

 

装備に自信があるエントマは、微動だにせず、カウンターでの攻撃を狙う。

 

 突っ込んだイビルアイの両手に大きい魔方陣が浮かぶ。

 

 

 

「喰らうがいい。マキシマイズマジック・クリスタルカリバー‼〈魔法最強化・水晶英雄剣〉」

 

 

 

 イビルアイの両手には、二本の巨大な水晶の剣が現れる。そう、その形は、モモンの装備している巨剣と同じ形をしていた。しかし、大きさはその数倍あった。

 

イビルアイはその巨剣を十字に振りかざす。

 

 その剣戟はエントマに直撃し、そして地面に突き刺さって消滅する。その衝撃で周りには多量の砂埃が舞った。

 

 イビルアイは、その勢いのまま、地面に滑りこんだ。

 

うつ伏せの状態で、顔だけを砂埃の方へ向ける。

 

(もう、魔力も尽きた。体も動かない。これで倒せていないとアウトだ…)

 

砂の粉塵が晴れた時、イビルアイは絶望する。

 

 

 

エントマは、無傷であった。

 

 正確に言うと、”聖遺物級鎧・龍動屍軽装鎧”は、今の攻撃で吹き飛んだが、

 

エントマ自身のダメージは皆無であった。

 

 しかし、エントマの怒りは頂点に達していた。

 

「ア、ア、アインズ様ニ貸シテ頂イタ鎧ヲヨクモォォォ。」

 

顔は変わっていないが、エントマ本来の声が漏れ出る。

 

 

 

(あの鎧を破壊するとはやるなあ。でも、今ので魔力が尽きたから勝負あったな。さて、遺体はどう処理しようか。)

 

静観していたモモン―アインズは思った。

 

すると、イビルアイは震えながらゆっくりと立ち上がる。

 

そして、モモンを見る。

 

 

 

イビルアイは倒れこみながら思った。

 

 

 

(死ぬな、これ。二百五十年以上生きたのだ。もう、楽になってもいいのかな。)

 

いろんな人々と出会った。そして、いろんな人々を看取った。

 

(こんだけ生きて、死にきれない。とか、ないだろ。)

 

そう思った時、死にきれない理由が一つあった事に気付いた。

 

 

 

「私は、モモン様に本当の事を何も言っていない・・・」

 

立ち上がったイビルアイは呟いた。

 

 

 

(ヴァンパイアの私が死ねば、モモン様の心の傷は少しでも軽くなりますか?)

 

 

 

(もし、そうなら私は喜んで死にます。)

 

 

 

(愛していますモモン様。)

 

 

 

イビルアイは、仮面を外し、フードを脱ぎ、素顔を晒した。

 

そして、叫ぶ。

 

 

 

「私の名は、イビルアイ‼かつて、「国堕とし」と呼ばれたヴァンパイア。滅ぼせるものなら、滅ぼしてみろ‼」

 

 

 

エントマは、剣刀蟲を突き出し、イビルアイに踏み込んだ。

 

イビルアイは当然の事ながら動けない。

 

イビルアイの胸に剣刀蟲が突き刺さる寸前―

 

 

 

―ガキィィィィィン‼

 

金属音が轟くと共にエントマの剣刀蟲が黒い巨剣にはじかれる。

 

 

 

イビルアイの視界には、あの時のように超巨大な城壁が目の前に生まれた。

 

 

 

そして、心の底から安堵と安心感に満たされるまま意識を失った。

 

 


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