PCR検査の特性と限界

最終更新日:2020年05月20日

 新型コロナウイルスのPCR検査の感度は高くても70%程度です。つまり、30%以上の人は感染しているのに「陰性」と判定され、「偽陰性」となります。検査をすり抜けた感染者が必ずいることを、決して忘れないでください。つまり、検査は、病原体の非存在証明にはならないのです。「安心」を目標とする検査は有害です。

 ここで、PCRの原理について簡単に触れておきましょう。PCRとはPolymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の頭文字で、特定の遺伝子を捕まえて増幅させる技術です。つまり、ウイルスが対象ではなく遺伝子なのです。PCR検査では、この新型コロナウイルスに特徴的な遺伝子の配列を探してきて、対になっている遺伝子を分離させ、ポリメラーゼという酵素の働きを利用して遺伝子を増幅させます。こうやってウイルスの遺伝子を増やし、見える形にしてウイルスがいるかいないか判断するというのがPCRの原理です。

 さらにもう少し詳しく述べることとします。このような病原体の検査をするときに出てくる言葉を整理しましょう。それは「感度」と「特異度」です。

 感度とは実際に疾患があるときに、正しく陽性が出る確率を示します。そして特異度は実際に疾患がないときに、正しく陰性が出る確率を示します。感度にしても特異度にしてもなかなか100%にはならないのが現実なのです。これが臨床上で起こってくる問題点なのです。中には実際には病気ではないのに検査は陽性だったという場合が起こります。このように病気ではないのに検査が陽性になることを「偽陽性」といいます。そして、反対に実際には病気であったのに検査は陰性になる場合を「偽陰性」と呼びます。繰り返しますが、PCR検査でウイルスに感染しているかいないかを100%正しく判定するわけにはいかないのです。ウイルス感染の有無を判定する検査は、必ず誤判定をともないます。

 その検査がどれだけ高い精度をもっているのかを見極める指標となるのが、「感度」と「特異度」です。感度とは病気の人のなかで、検査で陽性と判定される人の割合のことです。PCR検査の感度は70%ほどと考えられています。つまり、新型コロナウイルスに感染している人が100人いたとき、70人が陽性と判定されてしまいます。ということは、本当は感染しているのに陰性と判定されることで感染を見逃される人が30%はいることになります。これが偽陰性なのです。

 一方、「特異度」とは病気ではない人のなかで、検査で陰性と判定される人の割合です。特異度(コロナに感染していない人の検体を正しく陰性と出す割合)に関しては、感染者の目的とは異なる体液などが一部混入してしまうContaminationや十分な検体内容が採取できないなどの検体採取の問題や死菌(すでに活性を失ったウィルス)までを拾い上げてしまう特性上、特異度は100%にはならないことを考慮しなければなりません。PCRは特異度が高い検査と言われており、偽陽性の問題は比較的起こりにくいと言われています。実験室的には「SARSコロナウイルスと同じ科に属する他のコロナウイルス及び発熱の臨床症状を引き起こすインフルエンザウイルス等のウイルスについて調べましたが、全て陰性であり交差反応は認められませんでした」という表現が用いられ、100%ということができます。しかし実験系での検討と異なり、臨床現場におけるPCR検査は患者さんから検体を採取してPCRの機械にかけるまでの一連のプロセスを指すという点に注意が必要ですし、100例そして1000例と検査人数が増えていけばさまざまな因子が重複していきます。鼻咽頭より唾液からの検査が注目されていますが、採取の際にさまざまな因子がその特異度を低下させてしまいます。ウイルス検査、特にPCR検査などの遺伝子検出法検討の際には、特異度を100%未満として、例えば仮想例(罹患率10%、感度70%、特異度99%)を想定して具体的な計算法を設定するのが通例です。特異度は特定のウイルスと菌を誤認しないかどうかを示しますが、PCR検査に限って言えば特異度は100%に限りなく近い100未満の値を用い、ベイズの定理などを拠り所にして検討します。感染症学において、市中の感染状態を検討する際に常識的にとる手法が以下となります。

 そこで仮にPCR検査の特異度は99%とします。このことは新型コロナウイルスに感染していない人が100人いたとき、99人が陰性と判定されるということです。ということは、本当は感染していないのに陽性と判定される人が1%存在することになります。

 PCR検査の精度向上により、実験的に少ない症例での検討ですが、特異度が100%と称するものも出てくるようになりました。そこで多人数に臨床的に用いるという前提で100%に限りなく近い値として、特異度99.9%として計算してみます。たとえば人口を1000万人としたとき、全員がPCR検査を行えばどうなるのかを学んでいきたいと思います。感染症専門医の忽那賢志先生が情報発信をされています。「今日から新型コロナPCR検査が保険適用にPCRの限界を知っておこう」のなかに、具体的な計算値がしめされています。

 物事を理解するために、数値を設定します。まず、計算上感染者数を設定しなければなりません。感染者数を4400人として計算します。

PCR検査の感度70%・特異度99.9%として1000万人(うち真の感染者4400人)を検査した場合(忽那賢志先生作成)

 計算をしてみましょう。本当の感染者の方を4400人とします。感度を70%とすれば検査で陽性と判定される人は3080人になります。そうすると1320人もの人が偽陰性と診断されます。すると1320の人は本当に感染しているにもかかわらず見逃されて、自粛ということを守らないと感染源になってしまいます。

 さらに問題となるのは偽陽性者の存在です。本当の非感染者は999万5600人います。そして、このうち998万5604人は陰性と正しく判定されますが、実に9996人もの人が本当は感染していないのに陽性と判定されることになります。

 整理すると、1000万人にPCR検査を行えば、1320人もの感染者が見逃されて、市中感染の元になってしまいます。そして、その10倍にあたる9996人の非感染者が感染者と間違って判定され、病院のベッドを占有してしまうことになります。特異性に関して、100%ということは現実的には考えられず、また99.9%などの極端なこともないのですが、感染者の体液などが一部混入や十分な検体採取が出来ないなどの問題や死菌までを拾い上げてしまう可能性をギリギリに排除した99.9%にしたところで、感度70%ということが感染症の実状の中では大きな問題となってしまうのです。

 繰り返しになりますが、感度が70%ですから、陰性の判定が出たとしても安心して外出していいということにはならないのです。30%の確率で感染しているかもしれず、偽陰性の人が街に出て安易に他人と接触することで市中感染が広がることになるのです。陰性と言われても、人にうつさないように細心の注意を払うことを念頭にした行動制限は必要ということになります。

 希望すれば全員が検査を受けられるという検査体制にしてもよいのですが、偽陽性と偽陽性の問題が常に付いてまわるということになります。検査件数をいたずらに増やせば偽陽性の人は確実に増え、入院してのベッドの確保も医療現場はその無駄な対応に追われるばかりでなく、偽陰性の人は自覚なく動き回り感染を拡大して、医療現場はその対応に追われ、従来維持してきた交通事故や脳卒中・心筋梗塞などの救急患者に対する医療体制が崩壊してしまうのです。心配なので安心したいからと安易に検査を求める人が多ければ多いほど、本当に検査が必要な人が受けることができなくなり、治療への速度が落ちてしまいます。感染疑いのある人を速やかに検査して、治療に結び付けたいのです。