追加条項 反社会的勢力の排除

1 元請負人及び下請負人は、相手方に対し、次の各号の事項を表明し、保証する。
一 自らが、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成三年法律第七十七号)第二条第六号に規定する暴力団員(以下この号において「暴力団員」という。)、同法第二条第二号に規定する暴力団(以下この号において「暴力団員」という。)、東京都暴力団排除条例2条4号の規定する暴力団関係者若しくはこれらに準ずる者又はその構成員(以下総称して「反社会的勢力」という。)ではないこと。
二 自らの役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、以下「役員等」という。)が反社会的勢力ではないこと。
三 役員等が、反社会的勢力に対して資金等を供給し、又は便宜を供与するなど直接的あるいは積極的に反社会的勢力の維持、運営に協力し、若しくは関与していないこと
四 役員等が反社会的勢力とゴルフ等を行うこと、旅行すること、反社会的勢力に対し住宅等を提供すること等社会的に非難されるべき関係を有しないこと
五 反社会的勢力が経営に実質的に関与していないこと
六 反社会的勢力に自己の名義を利用させ、本契約を締結するものでないこと。
2 元請負人及び下請負人は以下の各号の一に当たる行為をしてはならない。
一 反社会的勢力を利用すること
二 自らまたは第三者を利用して、相手方または相手方の関係者に対し、詐術、暴力的行為または脅迫的言辞を用いること。
3 元請負人は、元請工事の発注者が第1項1号から6号までのいずれかに該当することを知り、または知り得る場合、この契約を締結してはならない。
4 下請負人は、元請負人から請け負った工事をさらに下請させる契約又は資材、原材料の購入契約その他の契約に当たり、その相手方が第1項1号から6号までのいずれかに該当することを知り、または知りうる場合、当該者と契約を締結してはならない。
5 前4項の規定に違背した場合、違背した者の反対当事者は、何ら催告なくしてこの契約を解除することができる。また、この契約が解除された場合、違背した者はこの契約の反対当事者に対し、請負代金額の十分の○に相当する額を違約罰としてただちに支払わなければならない。なお、損害賠償請求を妨げない。

概要
本約款には反社会勢力の排除についての条項が設けられておりませんが、暴力団排除条例の制定に伴い、請負契約においてこうした条項は一般的に規定されるようになりました。本約款の改正時には同旨の規定が盛り込まれるべきですし、現約款を使用する場合にも特約するべきと考えます。

説明
1 暴力団排除条例
以下、東京都暴力団排除条例(以下「都条例」といいます。)を参照しながら請負契約に関連する事項をご説明します。
1 定義
(1)暴力団
暴力団とは、その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体をいいます(都条例2条2号、暴力的不法行為等 暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律 (平成3年法律第77号。 以下 「法」 といいます。)2条2号)。
(2)暴力団員
暴力団員とは暴力団の構成員といいます(都条例2条3号、法2条6号)。
(3)暴力団関係者
暴力団関係者とは、暴力団員又は暴力団若しくは暴力団員と密接な関係を有する者をいいます(都条例2条4号)。

2 事業者の契約締結時に於ける措置(都条例18条)
(1)暴力団関係者でないことの確認
都条例において、事業者は、その行う事業に関する契約が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる疑いがあると認める場合には、当該事業に関する契約の相手方、 代理又は媒介をする者その他の関係者が暴力団関係者でないことを確認するよう努めるよう規定しています(都条例18条1項)。
(2)暴力団関係者であることが判明した場合の措置
事業者は、その行う事業に関する契約を書面により締結する場合において、当該事業に関する契約の相手方又は代理若しくは媒介をする者が暴力団関係者であることが判明したときは、 当該事業者は催告することなく当該事業に関する契約を解除することができる旨の特約を契約書その他の書面に定めるよう努めるように定められています(18条2項1号)。

2 反社会的勢力の排除のための表明保証(1項)
1 自らが反社会的勢力でないことの表明保証(1項1号)
本条項において、元請負人及び下請負人は、自らが、暴力団、暴力団員、暴力団関係者若しくはこれらに準ずる者又はその構成員ではないことを表明し、保証するものとされています(1項1号)。都条例18条1項が、事業者は、その行う事業に関する契約が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる疑いがあると認められる場合について規定しているのに対し、本条項は、そうした疑いがあると認められることを前提とせず、契約締結段階で自らが反社会的勢力でないことを表明し、保証させることで都条例18条1項の実効性を担保しております。

2 法人の役員が反社会的勢力でないことの表明保証(1項2号)
自らの役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいう。)である者が暴力団員である場合、当該法人は暴力団員と密接な関係を有するものとして(都条例2条4号)、暴力団関係者(都条例2条4号)に該当することがあるものと考えられます。そこで本契約においては自らの役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいう。)である者が反社会的勢力でないことを表明し、保証するものとしております。

3 役員等が反社会的勢力の維持、運営に協力等するものでないこと (1項3号)
役員等が反社会的勢力には該当しない場合にも、役員等が、反社会的勢力に対して資金等を供給し、又は便宜を供与するなどするときには、実質的には反社会的勢力と同視しうること、また、役員等が反社会的勢力であることについて立証できない場合にも、役員等が、反社会的勢力に対して資金等を供給し、又は便宜を供与していることは立証可能なことがあることから、役員等が、反社会的勢力に対して直接的あるいは積極的に反社会的勢力の維持、運営に協力し、若しくは関与していないことを表明し、保証するものとしています。

4 役員等が反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有しないこと(1項4号)
役員等が、反社会的勢力とゴルフをしたり、住宅を提供するなどして密接な関係を有しないことを表明し、保証するものとしています。

5 反社会的勢力が経営に実質的に関与していないこと(1項5号)
反社会的勢力が経営に実質的に関与していないことを表明し、保証するものとしています。経営に実質的に関与するとは、反社会的勢力が役員に就任していない場合でも、会社の経理財務を管理したり、人事権を掌握したりしている場合がこれに当たります。

6 反社会的勢力に自己の名義を利用させ、本契約を締結するものでないこと(1項6号)
反社会的勢力に自己の名義を利用させ、本契約を締結するものではないことを表明し、保証するものとしています。契約当事者は反社会的勢力ではなくても実質的に反社会的勢力と契約することを回避するための規定です。

3 反社会的勢力の利用の禁止(2項)
本条2項は前項の表明保証を受け、禁止される行為を列挙したものです。
1 ①反社会的勢力を利用することの禁止(2項1号)
例えば、工事請負契約を遂行する際、当事者が法的なトラブルに陥ることがありますが、その解決に際し、反社会的勢力を利用することを禁止しています。

2 ②自らまたは第三者を利用して、相手方または相手方の関係者に対し、詐術、暴力的行為または脅迫的言辞を用いることの禁止(2項2号)
相手方が反社会勢力に該当するとの主張立証ができない場合においても、詐術、暴力的行為または脅迫的言辞を用いた場合には契約を解除できるようにしたものです。

3 発注者について反社会的勢力を排除すること(3項)
本条項において、元請負人は、元請工事の発注者が第1項1号から6号までのいずれかに該当することを知り、知りうるときはこの契約を締結してはならないと規定しております(3項)。この条項は、元請負人が反社会的勢力あるいはその関係者でないとしても、発注者が反社会的勢力あるいはその関係者である場合、実質的に本条が保護しようとしている利益を確保することができないことから設けられました。

4 二次下請負人について反社会的勢力を排除すること(4項)
下請負人は、元請負人から請け負った工事をさらに下請させる契約又は資材、原材料の購入契約その他の契約に当たり、その相手方及び相手方よりもさらに下請負人が第1項1号から6号までのいずれかに該当することを知り、または知りうるときは、当該者と契約を締結してはならないとされています(4項)。仮に下請負人が反社会的勢力をその下請業者として用いた場合には容易に1項、2項に抵触することを回避することができることから定められたものです。

5 無催告解除条項(5項)
都条例においては、事業者は、その行う事業に係る契約を書面により締結する場合には、工事における事業に係る契約の相手方と下請負人との契約等当該事業に係る契約に関連する契約(以下この条において「関連契約」という。)の当事者又は代理若しくは媒介をする者が暴力団関係者であることが判明した場合には、当該事業者は当該事業に係る契約の相手方に対し、当該関連契約の解除その他の必要な措置を講ずるよう求めることができることを定める旨規定されております(18条2項1号)。
本条項においても前3項の規定に違背した場合、違背した者の反対当事者は、何ら催告なくしてこの契約を解除することができるものとしました(5項)。
また、この契約が解除された場合、違背した者はこの契約の反対当事者に対し、請負代金額の十分の○に相当する額を違約罰としてただちに支払わなければならないとし、損害賠償請求を妨げないと規定しています。請負契約の相手方が反社会的勢力であることが判明し、請負契約の解除に至る場合には有形無形の損害が発生することは確実ですが、立証が困難であったり、煩瑣であることが多いと思われます。そこで予め違約罰を定めることによりこうした立証の問題を回避することができます。

5 発注者暴力団と密接な関係を有する者であることを知らないで請負契約を締結した場合に契約の錯誤無効が認められた判例
事実自体が参考になることから以下詳しくご紹介いたします。
<関連判例> 東京地判平成24年12月21日 金融・商事判例1421号48頁
請負人において注文者が暴力団と密接な関係を有する者であるとは知らないで当該注文者の自宅になるという建物の建築工事の請負契約を締結した場合において、当該注文者が暴力団と密接な関係を有する者であったため、請負人の黙示に表示された動機に錯誤があって、かつ、請負人に重過失があるとは認められない判示の事実関係の下においては、当該請負契約は、請負人の錯誤を理由に、無効であるとした判例。

【事案】
●発注者(原告)の主張
1 発注者(原告)と請負業者(被告Y1)は、請負業者(被告Y1)が発注者(原告)から工事代金を19億7400万円で建物(以下「本件建築予定建物」という。)を建築する工事(以下「本件工事」という。)を請け負う旨の建築請負契約(以下「本件契約」という。)を締結。
2 請負業者(被告Y1)は、本件契約において、平成23年8月10日までに本件建築予定建物を完成させて発注者(原告)にこれを引き渡すことができないときは、発注者(原告)に対して遅滞日数1日につき請負代金額(ただし、消費税相当額を除いた額)から工事の出来形部分並びに検査済みの工事材料及び建築設備の機器に対する請負代金相当額を控除した額の1万分の4に相当する額の違約金(1日当たり75万2000円)を支払う旨を約した。
3 被告Y2は被告Y1の代表取締役であり、被告Y3は被告Y1の取締役。

●発注者(原告)請求
1 被告Y1に対しては工事の履行と遅延損害金1日75万2000円の支払い
2 被告Y2及び被告Y3に対しては会社法429条1項【コメント:役員の個人責任】又は民法709条【コメント:不法行為】に基づく損害賠償請求

●請負業者(被告Y1)らの反論
請負業者(被告Y1)は、本件契約は、その要素に錯誤があるから無効であると反論しました。
1 動機の表示
請負業者(被告Y1)は、本件契約に先立ち、発注者(原告)が暴力団と密接な関係を有する者(① 暴力団に所属していた者、② 警察当局から暴力団の資金的基盤と目されている者、又は③ 暴力団員と親密な交際を有する者(暴力団が関与する賭博や無尽に参加し、暴力団若しくはその家族に関する行事(結婚式、還暦祝い、旅行、会食、ゴルフ競技会等)に出席する者、暴力団と共同して刑法犯罪に及ぶ者、暴力団員を自らの営業に利用する者又は暴力団の庇護の下にある者、暴力団を称揚するのに資金を拠出する者など))でないこと、本件建築予定建物の建築について近隣住民の反対運動が行われていないことを動機として本件契約を締結する旨を表示した。

2 錯誤
(1)発注者(原告)は過去に暴力団員であった者であり、暴力団員と親密な交際をしていた上、警察当局から暴力団の資金的基盤と目されているのであるから、暴力団と密接な関係を有している。また、本件契約が締結された当時、本件建築予定建物の建築に対する近隣住民の大規模な反対運動が起きていた。
(2)請負業者(被告Y1)は、本件契約を締結するに際し、発注者(原告)が暴力団と密接な関係を有する者ではなく、本件建築予定建物の建築に対する近隣住民の反対運動も存在しないと信じた。
3 要素性
請負業者(被告Y1)は、発注者(原告)が暴力団と密接な関係を有する者であることや近隣住民による反対運動の存在を認識していれば、本件契約を締結しなかったし、一般の建設業者もこれを締結しなかった。

●認定された事実
1 企業取引等における暴力団排除の動きと請負業者(被告Y1)の対応
(1)政府は、近年、暴力団が企業活動を装ったり、政治活動や社会運動を標榜したりするなど、その活動形態の不透明化、巧妙化が進行している等の社会情勢に鑑み、平成19年6月19日、犯罪対策閣僚会議の幹事会の申合せとして、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」を策定し、企業の対応の指針として、暴力団等の反社会的勢力とは通常の取引を含めた一切の関係をもたないこと、反社会的勢力とは知らずに何らかの関係を有してしまった場合には、相手方が反社会的勢力であると判明した時点や反社会的勢力であるとの疑いが生じた時点で、速やかに関係を解消することなどを明記した。上記指針の策定等の動きを受け、国、地方公共団体、各種業界団体等において、暴力団排除条例を制定したり、自主規制規則や取引約款に暴力団排除条項を設けたりするなど、暴力団排除のための広範な取組が行われていたところ、これらの暴力団排除条例や暴力団排除条項においては、暴力団だけでなく、その資金獲得活動に協力しその威力を背景とした経済取引等によって利益を得て暴力団と共生する個人や団体、暴力団と社会的に非難されるべき関係(暴力団員の主催するゴルフ競技会に参加する、暴力団員と頻繁に飲食を共にする、暴力団員が関与する賭博等に参加するなど)を有している個人や団体など、暴力団と密接な関係を有する者も取引の相手方等から排除し、これらの者との関係を根絶すべきこととされている。
(2)請負業者(被告Y1)は、東京証券取引所第一部に株式を上場している株式会社であって、全国において営業活動を展開しているところ、上記のような暴力団排除の動きに合わせて、企業コンプライアンスの一層の充実・強化を図る観点から、平成21年6月11日までに、「市民社会の秩序や安全に影響を与えるような反社会的勢力や団体との関係は断固拒絶し、これらに関係する企業、団体、個人とは一切取引を行わないものとする」ことを取締役会において決議し、その決議内容を有価証券報告書に記載するなどして公表した。

2 発注者(原告)と暴力団員との交際状況等
(1)発注者(原告)は、昭和62年6月12日に愛知県警察本部捜査四課等が広域暴力団D組系H会系の暴力団組織の一斉摘発を行った際、D組系I会J組幹部として賭博罪の嫌疑で逮捕されたことがある。
(2)発注者(原告)は、平成13年7月、同年11月及び平成16年10月、D組六代目若頭(二代目E会会長)と共に出国して外国を旅行したことがある。
(3)発注者(原告)は、愛知県内に本拠を置くD組系E会K組の若頭F(以下「F」という。)とは、20年以上にわたって交友関係があり、一緒に飲食やゴルフをするなど親密な交際をしている。
(4)発注者(原告)は、平成17年9月下旬ころ、Fから当時Fと交際していた女性の住居を探すように依頼を受け、発注者(原告)名義で銀行から住宅取得のための低金利の融資を受けて購入したマンションにその女性を無償で住まわせた。
(5)発注者(原告)は、平成22年10月13日、発注者(原告)が会員権を有する長野県内のゴルフ場において、同ゴルフ場が暴力団員の入場や施設利用を禁止しているのを知りながら、Fが暴力団員であることを隠して、Fと共にゴルフをした。
(6)発注者(原告)は、かつて、愛知県警察本部に対して、暴力団からの脱退届を提出したことがあり、現在も同本部作成の資料「E会壊滅戦略」において、E会の資金的基盤として位置づけられ、発注者(原告)が率いる「風俗業界 Xグループ」は、「壊滅戦略」の対象とされている。
(7)発注者(原告)は、平成23年4月と6月に、Fと共謀して住宅取得融資制度を悪用して融資金を詐取した嫌疑、Fと共謀して暴力団員の入場や施設利用を断っているゴルフ場でFが暴力団員であることを秘してゴルフをさせた詐欺の嫌疑等、4件の被疑事実で逮捕されて、その後起訴され、平成24年3月、これらの犯罪について有罪判決を受けた。上記刑事被告事件の公判において、発注者(原告)の弁護人は、「発注者(原告)が、暴力団を始めとする一切の反社会的勢力と絶縁すること、暴力団との癒着の温床となった風俗関連事業から完全撤退をすることを決意している」旨の弁論を行い、発注者(原告)が暴力団と「癒着」と評価される関係にあったことを認めた。

3 発注者(原告)と請負業者(被告Y1)との本件契約の締結交渉開始前の状況
(1)発注者(原告)は、平成20年8月18日、本件土地を購入したところ、同年10月、発注者(原告)とE会との関係を指摘し、本件建築予定建物が暴力団の拠点として使用される予定であるとする差出人不明の文書が複数の近隣住民宅に配布された。
(2)その後、本件建築予定建物については、周囲に擁壁や塀を張り巡らせる外観や完成時期等から、平成23年春に懲役刑の執行を終えるD組六代目組長の自宅等として使用されるのではないかとの噂が流れ、近隣住民の反対運動が広まり、近隣住民の要求により同年7月から8月にかけて施主側による説明会が数回開催された。発注者(原告)は、同月26日開催の説明会に自ら出席し、発注者(原告)がD組六代目組長ともその出身母体であるE会とも関係がないこと、本件建築予定建物は発注者(原告)とその家族が住む個人住宅であること、本件建築予定建物を暴力団に使用させたり譲渡したりしないことなどを言明し、近隣住民に対してその旨記載した確認書を差し入れた。
(3)しかし、その後も近隣住民の反対運動は収まらず、平成21年9月から12月にかけて、全国で販売される週刊誌に本件建築予定建物の建築計画やそれに対する近隣住民の動きを報じる記事が掲載された。
(4)発注者(原告)は、平成21年6月に本件建築予定建物の設計図が完成してから平成22年1月頃までの間、C建設株式会社等の東京証券取引所第一部に株式を上場する大手の総合建設業者10社程度に本件工事の受注を打診したが、本件建築予定建物の用途に関する噂や近隣住民の反対運動の存在などの理由から、いずれからも断られた。

4 発注者(原告)と請負業者(被告Y1)との本件契約の締結交渉開始から締結までの経緯
(1)請負業者(被告Y1)は、平成22年2月3日、かねて取引関係にあったゴルフ場開発等を業とするL株式会社の社長であるM(以下「M」という。)から、本件工事の受注を打診され、被告Y2と被告Y3が同年2月3日にLの事務所を訪問してM及び同社の部長であったB(以下「B」という。)と面談し、本件工事に対する近隣住民の反対運動の理由や施主である発注者(原告)の素性等について尋ねたところ、Mらは、発注者(原告)が名古屋市内で風俗業を営む実業家であり、何ら問題のない人物であると説明した。
(2)その後、請負業者(被告Y1)は、被告Y2、被告Y3及び名古屋営業所長のN(以下「N」という。)が本件建築予定建物を設計したOを訪問してその設計図面を確認し、被告Y3がBを介して発注者(原告)と交渉して契約条件を詰めるなどして、本件工事の請負契約締結に向けた準備作業を進めた。
(3)発注者(原告)は、請負業者(被告Y1)が本件工事を受注する見通しとなった平成22年3月、発注者(原告)をLに紹介したA(以下「A」という。)を訪問したが、その際、同人から、E会会長等の暴力団員との交際の有無を尋ねられ、請負業者(被告Y1)が発注者(原告)と暴力団ないし暴力団関係者との交際の有無に関心を持っていることを認識した。
(4)発注者(原告)は、平成22年3月8日に被告Y3、請負業者(被告Y1)の関西支店長である被告Y4及びNが挨拶のために発注者(原告)宅を訪れた際、初対面の被告Y3らに対して、自分の側から、発注者(原告)と暴力団との関係が噂されていることや、近隣住民が本件工事に対する反対運動を展開していることを話題に出し、本件建築予定建物について、D組六代目組長が入居することは絶対にないし、これを転売することもしない、発注者(原告)の自宅用の建物として建築するものであるなどと力説し、発注者(原告)と暴力団との関係を否定した。
(5)請負業者(被告Y1)は、平成22年3月15日までに、本件工事の代金額の見積作業を終えて、社内の受注委員会で本件工事を受注することを正式に決定し、同月19日に発注者(原告)宅を訪れて本件工事の請負契約を締結することとした。
(6)被告Y3から同被告が同月8日に発注者(原告)と面談した際の発注者(原告)の発言内容の報告を受けた被告Y2は、本件工事の請負契約の締結に先立って発注者(原告)が暴力団関係者でないことを確認する必要があると考えていたところ、平成22年3月19日、被告Y4並びに関西支店及び名古屋支店の担当者と共に本件工事の請負契約締結のために発注者(原告)宅を訪れた際、契約書の調印に先立つやりとりの中で、発注者(原告)からC建設等の他の建設業者に本件工事の受注を断られた旨の発言がされたことから、発注者(原告)に対し、それらの業者に受注を断られた理由や経緯を尋ねた。これに対し発注者(原告)は、本件建築予定建物の建築計画に関する週刊誌の報道や近隣住民に対する説明会開催の経緯などを説明した上、「自分は決して暴力団と関係する者ではなく、自分が暴力団と関係がないということを書面で交わしても構わない。」という趣旨のことを述べた。そこで、被告Y2は、発注者(原告)に噂されているような暴力団ないし暴力団員との交際等の問題はないと信じて、本件契約を締結した。

【判旨】
請負人の黙示に表示された動機に錯誤があって、かつ、請負人に重過失があるとは認められない判示の事実関係の下においては、当該請負契約は、請負人の錯誤を理由に、無効である。

【コメント】
本件は、工事請負契約書に本条項のような条項がなかったために、黙示に表示された動機に錯誤があり、それに基づく契約の無効が認められた事案です。本条項を設けておけば明確です。
なお、民法改正前の事案であるため、錯誤取消ではなく、錯誤無効の主張がなされております。
下請負人からの質問
Q●
暴力団等の反社会的勢力から工事を請け負うと大変なことになることが良く分かりました。反社会的勢力は一見それと分からない名義で契約をしようとする場合があるように思いますが、どのようにすれば、相手方が実質的には反社会的勢力であることを看破することができるのでしょうか?

A  相手方の事務所に出向き、雰囲気を感得することが重要です。相手方が元請工事を受注しうるような実態を有しているか等できる範囲で調査し、その結果反社会的勢力である虞を感じたときはそうした資料とともに、事前に所轄の警察に照会することが考えられます。照会に際しては、身分証明書、自社及び相手方の現在事項証明書、現場の説明書等を持参するとよいでしょう。

下請負人からの質問
Q●
一通りの調査をして契約しましたが、どうも元請業者が反社会的勢力であるらしいことが判明しました。契約上は解除することができると規定されていますが、実際に解除すると嫌がらせをされるのではないかと思われ、怖くて解除できません。具体的にはどのようにしたらよいでしょうか?

A  所轄の警察に相談するのがよいでしょう。その際には、身分証明書、自社及び相手方の現在事項証明書、現場の説明書、工事請負契約書等を持参するとともに、一連の経緯をまとめた経緯書を持参して相談することをお勧めします。
なお、実際に明渡を求めていく場合には法的手続をとらざるを得ない場合が多いので、この種の事件に慣れた弁護士に相談するのが得策です。
以上