障害者標記について

事務局の三浦です。

今回は障害者表記についてです。
障害者という表記は、1949年に身体障害者福祉法が制定されてからで、法令ではこの表記で統一
されています。それ以前は不具者等々今日的には非常に差別的な表記が用いられていました。

地方公共団体が「障害者」を「障がい者」と表記するようになったのは2000年(東京都多摩市)から
の事です。「障害」をひらがな表記で「障がい」や「しょうがい」にすることによって、否定的
なマイナスイメージを和らげようとする考えによるものです。これ以降、なにか流行のようにも
なっています(他に「子供」⇔「子ども」もあります)。

問題点は3つあるように思います。
ひとつは、本当に当事者からの多数の意見が尊重されての変更かという疑問です。
乙武さんのような考えの人が多いのではとも思われます。
http://news.livedoor.com/article/detail/8549348/
実際の所、当事者からは他にもっとやらなければならない事が多くあるのでは・・・というのが本音
ではないでしょうか。

 どこからか苦情が来て、露骨な表現を避けて波風を立てずに穏便にことを済まそうとしているのかと
も思われます。また単に表記の問題として言葉を安易に言い換えるのは物事の本質を曖昧にし覆い隠し、
それで何か進展したり解決したとし、1件落着とされかねません。

 他に視覚障害者については、現時点でのスクリーンリーダーや音声ブラウザのソフトとの関連で、「障がい者」は「さしさわりがいしゃ」と音声変換されてしまうため「障害者」と統一されているのがほとんどです。(余談ですが、私の業務の体験でも文書中の「河原町」は「かわらちょう」と音声変換されてしまい、そのまま「かわらまち」として文書の修正をした事がありました。)

 単に表記の問題にとどまらないのは明らかなので、障害者の立場から何が課題となっているのか、
を明らかにしていく必要があると思います。

 次に地方公共団体等が近年おしなべて「障がい者」表記を採用するようになってきています。
理由は「害」の字は、「害悪」「公害」等「負」のイメージが強く、別の言葉で表現すべきとの
意見があり、「害」の字の印象の悪さ、マイナス的なイメージにより、差別感や不快感を持つ方や
障害者団体が少しでもいるのであれば、人権尊重の観点からせめて「障害」を「障がい」とひらがな
表記に改める。というのが大方の地方公共団体等の共通した内容となっています。

 そして表記変更については、「障害」ということばが単語あるいは熟語として用いられ、前後の
文脈から人や人の状況を表す場合はひらがな表記の「障がい者」とし、ただ○○市身体障害者リハビリ
テーションセンター等は、固有名詞の例外扱いとしています(「障がい者」としている所もある)。
概ね右にならえで差異はありません。

 各団体の表記方法については、特段注文をつけるものではありませんし、尊重されるべきとは思いま
す。 しかし行政相互、あるいは他団体間の連携では表記方法で混乱が出てくるのではないでしょうか。
例えば京都在住の人が大阪の行政へ文書を出す場合とか大阪の学校へ文書を出す場合とかはどうでし
ょう。(私の体験でも訂正を要求されました。)
 つまりある団体で表記方法を定めるという事は、反面その団体では他団体・個人へもその表記方法を
強制することになっているのが現状です。 決めた表記方法しか認めないというある種の言葉狩りにな
っており、表記を越えた事態を生んでいます。堺市と大阪市との間ではどうなっているのでしょうね。

 最後にこのことは単に表記の問題にとどまるものでは無く、障害概念、障害者概念に関係せざるを
得ないからです。このことは下記でも述べますが、
「障害者制度改革推進会議」の資料2「障害の表記に関する検討結果について」
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_26/pdf/s2.pdf#search=’%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%A1%A8%E8%A8%98′
および同じく資料3「障害の表記に関する意見一覧」
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_5/pdf/s3.pdf#search=’%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%84%8F%E8%A6%8B%E4%B8%80%E8%A6%A7′
で表記に関する検討であるにもかかわらず、上記の障害概念等に多くの紙数を割いている事からも明らかです。

 語源からは「がい」を障礙、障碍、障害と見ていく事も有用ですが、言葉は本来の意味と、使われてどうかという時代による変遷がつきもので参考程度に留めざるをえません。
 ただ中国、韓国、台湾など漢字圏において、「しょうがい」は「障碍」または「障礙」と表記されているようです(NPO法人芦屋メンタルサポートセンター)。日本では常用漢字による制限があるので同列に考える事はできませんが。
また「障碍」と「障害」を、いずれも「しょうがい」と発音するのは日本に特有で、中国語で前者は「チャンアイ」後者を「チャンハイ」と、朝鮮語ではそれぞれ「チャンエ」、「チャンへ」と、発音上
も区別するようです(ウキペディア)。

 障害概念については上記意見一覧の、尾上委員の意見が参考になると思います。少し長くなりますが、
引用しておきます。
~ 障害者権利条約の批准に際して、求められているのは障害についての医学モデルから社会モデル
への転換であり、そのことをふまえた各種の法改正を行い、制度の谷間なく、必要な人が必要な支援
等を得て、地域での自立した生活を実現できるような社会をつくることである。そうした医学モデル
から社会モデルへの転換ということなく、表記だけを見直すことに積極的な意味を見いだすことはで
きない。権利条約では、「Impairment」は、視覚、聴覚、上下肢等の機能の不全等を意味する機能障
害を表し、「Disabilities」は、社会環境との相互作用において障害者の生活や行動が制限・制約され
る「社会的不利」を意味する。そして、第1条後段で、障害者は、「障害者(Persons with Disabilities)」
と定義され、「Impairment(機能障害)」のある人々は、その中に含まれると規定した。前文(e)にお
いても、同様の考え方を採用している。障害者の社会参加の不利の原因を、個人の機能障害に求める
ものではなく、機能障害と社会との相互の作用によって生じるもの、ということである。一方、個人
の機能障害に社会参加の不利の原因を求める考え方が「障害の医学モデル」である。障害の社会モデ
ルの考え方に立脚し、「障害」の表記の問題を考えた場合、「害」の字を「がい」に変えることは、妥
当であると考えることはできない。社会モデルの見地から考えた場合、「障害者」とは機能障害のある
人の社会参加を妨げる社会の側のさまざまな障壁によって、社会参加上の障害をもたされた者、とも
見ることができる。一方「害という漢字のイメージがよくない。」、「障害者は、社会や人に害悪を与え
る存在ではない。」という考えは、障害者個人に焦点を当てている考え方に立脚しているものであり、
機能障害をもつ人への社会の先入観や偏見を社会の側が取り除くという発想から来ているものとは
考えられない。建物や公共交通機関を利用できない、公衆浴場から入浴拒否されるといった状況は、
障害者の表記を変えれば無くなるものではなく、これらの社会参加の障壁は社会の側にその責任があ
る、ということを明確にしなければ、これらの障壁を無くす事は原理的に不可能である。また、こう
した表現に固守するのであれば「障」の文字を残すことに矛盾も残す。 ~
他には同じく、杉野昭博教授(関西学院大学人間福祉学部)からのヒアリングも引用しておきます。
~ 1)障害学における英米二つの社会モデル
イギリス社会モデルにおける障害の定義は、障害をimpairment とdisability という2つの要素に分
解する二元論であり、impairment(機能障害)を問題化する医学モデル(個人モデル)を批判して、
disability の方を問題化する社会モデルの立場をとっている。これは、機能障害と参加制約の二元論
をとるが、「参加制約」除去を最優先にする立場である。他方で、アメリカの社会モデルは、障害を個
人の属性と環境との相互作用によって発生するものとしてとらえる、いわゆる相互作用モデルであり、
これは障害を一面においては「個性(個別的属性)としての障害」としてとらえるものであるが、
参加制約除去を優先するという意味では、イギリス社会モデルと変わらないといえる。
2)英米障害学における「障害」の表記
イギリス障害学ではdisabled people が用いられており、disablement という名詞もよく用いられる
が、これらは社会制度によって無力化された集団という意味で使われている。アメリカではpersons
with disabilities が用いられているが、これは個別的属性としての障害のある人というような意味で
使われており、障害を否定的なimpairments ではなくて、例えば民族性、出自といった属性と同様
に属性の一つとしてとらえられている。
3)障害者権利条約における「障害」の表記
障害者権利条約は、個人と社会的障壁との相互作用論であるという点、タイトルにpersons with
disabilities と、個人の属性としての障害というのが用いられているという意味では、アメリカ社会
モデルを基本としている。 ~

 2)についてはイギリスでのdisabled peopleとアメリカでのpersons with disabilitiesでは、個人的には若干のニュアンスが異なるようにも思えます。また障害者権利条約は、タイトルにpersons with disabilitiesを使用しているのも気になる所ではあります。ITサポートセンターで使用している名刺にはfor the Disabled(person)となっています。

 しかしいずれにせよ、上記お二人の意見に本質があると思います。
また佐藤委員の意見のように「障害」という言葉が「不具・廃失」などが使われていた時代から身体障害者福祉法で新しい期待を込めて使われたという歴史的な意義を押さえておく必要があると思います。
全会一致で決まりましたといったインパクトの無いひらがな表記とは無関係に日本における障害概念、障害者概念、将来の障害者施策を考慮した新しい語の創造を避ける事はできないと思えます。

※ なおこの稿を考えるにあたって良かったのは中西委員の意見を発見した事でした。
~ むしろ障害者に相対する表現として「健常者」が、障害のない人たちによって無意識に用いられていることを問題とすべきである。この場合、最も受けいられやすいのは「非障害者」という表記であろう。 ~
2014/12/12のブログで「普通の人? 健常者?」を書きましたが、同じような考えを持っている方が居られるのに驚きました(良いかどうかは別ですが)。ただ施設の職員の方が障害者に相対する言い回しで自分たちの事を健常者と言うのはどうかとは思います。

ICFの障害概念の変更などもあり、いろいろ難しい問題がある為、自分の中でも整理しきれていないのが現状で、まとまりのない文章となってしまいました。

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