事務局 三浦です。
障害者に対してそうでない人を対比して何か言わなければならないケースに遭遇することがありませんか。その時「そうでない人」をどう言っているでしょうか?
よくあるのが「健常者」という言い方で、方々で見かけたり聞いたりします。ここを「普通の人」と言ったりすると、途端にクレームがつくでしょう。 ~障害者は普通の人ではないのかと。
辞書的に、あるいは一般的に健常者という言葉は障害者の対義語と考えられており、ある意味この健常者との言い方はまちがっているとも言えないのかもわかりません。でも私は何故かすっきりせず、ずっと前から引っかかっていました。
ウィキペディアなんかではこう書いてあります。「健常者(けんじょうしゃ、able-bodied person)とは、障害者・病者に対していわれる表現で、特定の慢性疾患を抱えておらず、日常生活行動にも支障のない人をいう。・・・」また「これは「normal person」という意味ではなく、あくまで「able-bodied」という意味である。「普通」というのは、障害や疾患がないということではない。障害者でなくても、その大多数が大なり小なり、疾患や外的、内的な障害と共存しているのが実態であり、健常者とは、たまたま現在、障害や疾患で、その日常生活の中でのさまざまな活動や行動に支障を抱えていない「一時的健常者」という意味である。」と。 一時的健常者という言い回しは面白いですね。
またWHO憲章前文では「健康」について、次のように定義しています。1948年の事です。
『健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。』(日本WHO協会訳)
その後1999年に『健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない。』との定義を総会提案とすることが執行理事会では採択されています(ただWHOとしては1948年定義を維持しているとの事です)。どういったいきさつかはわかりませんが、ここではspiritual(訳では霊的)とdynamic(同じく 動的)という語が付加されています。spiritualに霊的という訳語をあてはめるのが適切かどうかは置くとして、mentalとspiritualが問題となり、そして疾病と健康の状態を固定的に見ていないという事が重要だと見て取れと思います。
そこで健常者という語を使う場合、自分が心身ともに常に健やかなのかと問いかけてみると、どうでしょう。事情が変わってきます。今という時代は疾病とは認められないけれど心が病んでいる人があまりにも多いのではと。そして一方、障害があってもずっと健やかに生きている人たちがいることを。
ということで私は前述のような場合、障害者に対比しては単純に非障害者という言い方を用いる事にしています。レトリックかも知れませんし、まだ引っかかりはありますが・・・・