マスクも防護服も足りない医療現場の窮状を訴える医師に当局が口封じの圧力をかける-。コロナ禍が深刻なロシアの出来事だ。医師の不審な転落死も続いた。透けて見えるのは体制の病弊である。
現地メディアによると、モスクワ郊外にある宇宙飛行士訓練施設「星の町」で四月、新型コロナウイルスに感染した医師が病院の窓から転落して死亡した。
医師は感染を広げたと周囲から非難されていた。それを苦にした自殺との見方もあるが、真相は不明だ。
その翌日にはシベリア・クラスノヤルスク地方の病院でも院長代理が五階の窓から転落死した。院長代理は地元保健当局からコロナ患者の受け入れを求められたが、人員と設備の不足を理由に反対していたという。
五月初めに南西部ボロネジ州の病院二階から転落して重傷の医師は、同僚とともに動画サイトで病院の装備不足を暴露し、自分も感染したのに仕事を続けるよう病院当局に強要されたと訴えた。のちにこの医師は「感情的になってしまった」と発言を撤回した。
一方、同僚の医師は以前にもネットを通じて病院の防疫態勢の不備を訴えたことが偽情報を拡散したととがめられ、警察の取り調べを受けた経緯がある。
医療現場の窮状が広まれば、プーチン政権への世論の風当たりは強くなる。政権に耳障りな情報を封じようとする病院上層部や地方当局は、自分の責任問題になるのを恐れて保身に走るのだろう。
有無を言わせぬ権威主義的体制と、そこにはびこる硬直した官僚主義。これでは、第一線で闘う人々の悲痛な叫びが政権中枢に届いているのかどうか、気掛かりだ。加えて、医師の不可解な死という異常な悲劇には息をのむ。
ロシアの感染者は約三十万人(政府集計)で、米国に次いで二番目に多い。ただ、五月に入って新たな感染者が一日に一万人の割合で膨れ上がってきたが、このところ増加のペースが落ちる兆しが表れてはいる。
深刻なのは、予防態勢が整っていない医療機関が主な感染源になっていることだ。集団感染が相次ぎ、死亡した医療従事者も多い。これ以上の医療崩壊を防ぐためにも、政府は医療現場向けの防護用品の確保に全力を挙げるべきだ。
医療従事者で組織する労組や国際人権団体は医師への圧力をやめるよう求めている。政府はこの問題も放置してはならない。
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