すでに2年前の筆者の記事でも言及しましたが、実は、漁業者を含めてこうした状況を理解し、処理水を溜め続けることで増えるリスクを懸念している福島県民も少なくありません。 福島に暮らす人の一部から、今回の松井市長らの発言に歓迎の声もあがったのはこのためです。
ただし、同じ県内でも利害関係や当事者性にはグラデーションがあり、また、仮にどれだけ県内外で理解が深まったとしても、海洋放出に踏み切ればやはり福島県民が最前線で偏見や利益面などでのダメージを受けることも避けられないでしょう。
そうした中で処理を進めるためには、従来に加えさらに重い負担を強いられる人たちを、さまざまな不利益から護っていく必要もあります。
特に福島に暮らす人たちは、ただ福島で普通に暮らしているというだけでこの8年半、ことあるごとに理不尽なクレームや言い掛かりを受け続けてきました。社会は今まで、そうした暴力から当事者を十分に護ってきたとは言い難いでしょう。この状況を、今度こそ変えていかなければなりません。
残念なことに、現状ではまだ、諸外国と同様の処理を行うだけでも誤解と風評がさらに広がるであろう状況に見えます。福島への誤解や風評とは、基本的に「県外からの視線」が主ですから、県内の当事者ができる対策には限界があります。
そのような状況を創り出してきた原因を是正し、社会に正しい情報と理解を広め、多くの国民が解決に向けて協力することこそが「当事者の苦労をこれ以上大きくさせない」ため、そして日本全体の損失を拡大させないために不可欠と言えるでしょう。
その点では、今回起こった「汚染水」「処理水」をめぐる論争は、まさに「科学的根拠を無視した風評被害を払拭する突破口になる」のかもしれません。この閉塞感が打ち破られることを、私自身も福島に暮らす一人の個人として切に願っています。