原発「処理水」を、なぜマスコミは「汚染水」と呼び続けたのか

「科学を振りかざすな」に対する違和感
林 智裕 プロフィール

新聞報道のミスリード

ところが、これまで縷々説明したような事実は、まだ広く知られていないのが現状です。

特に、本来これらを周知する役割を担うはずだったマスメディアがこの8年間以上の間、福島や原発事故に関する正しい情報を十分に伝えてこなかったばかりか、むしろ誤解を拡散させてきたケースも珍しくなかったことが問題に追い打ちをかけています。

一例として、昨年2018年9月に朝日新聞が報じた「汚染水」に関する記事を確認してみましょう。

タイトルには「東電、汚染水処理ずさん 基準値超え、指摘受けるまで未公表」とあり、「汚染水の8割超が基準値を超えていた」「東京五輪に向け問題を矮小(わいしょう)化してきた」と、極めて強い論調で批判を展開しています。

「朝日新聞デジタル」上記記事ページより引用

ただし、いままで解説した内容を踏まえれば、この記事が性質の異なる「汚染水」と「処理水」を混同した報道の典型であることが、すぐに判るのではないでしょうか。

記事には「放出基準に比べ最大2万倍の放射能濃度が判明」「処分の場合は再処理が必要」とありますが、タンクに貯蔵された環境放出基準を前提としない処理水が「環境放出基準を超えている」ことも、「処分の場合は再処理が必要」なのも、すでに説明したように当然のことです。

しかし、記事にはそうした解説も見られず、これではまるで「基準値超えを隠蔽していたタンクの汚染水を、そのまま海洋放出しようとしていた」かのように読めてしまいます。これはいわゆる、「ウソはついていないが、本当のことも言っていない」記事であると言えるでしょう。

 

一部のメディアが繰り返してきたこのような報道姿勢に関しても、松井大阪市長は今回の会見の中で「メディアは汚染水という表現はやめた方がいい。あれは処理水」と発言したうえで、朝日新聞や毎日新聞などを名指しして批判していることも動画で確認できます。

ところが、この会見を報道した朝日新聞記事のタイトルには、今回も「福島の汚染水、大阪湾で放出?」などと掲げられていました。

残念ながら、こうした報道手法は、処理水の現状や松井市長発言の主旨をなかば意図的に無視しており、誤解と風評被害を拡散させかねないものだと言えるでしょう。