原発「処理水」を、なぜマスコミは「汚染水」と呼び続けたのか

「科学を振りかざすな」に対する違和感
林 智裕 プロフィール

「処理水」と「汚染水」の違い

本題に入る前に、まずは今回話題となっている「処理水」、そして「汚染水」がどのようなものであるかご存知でしょうか。

未処理の「汚染水」と最終的な「処理水」とでは、健康や環境に与えるリスクが全く異なりますから、これらは明確に別物であると言えます。

簡単に説明すると、「汚染水」とは原子炉内で溶けて固まった燃料を冷却するために使用した後の水、及びそれらが建屋内に流入した地下水や雨水と混ざったものです。燃料由来の有害な放射性物質が含まれているため、そのまま海洋に放出すれば相応の「汚染」が起こります。

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一方の「処理水」とは、汚染水から有害な放射性物質を除去し、無害化させたものです。自然界のあらゆる水の中に存在する三重水素(トリチウム)だけは除去が難しいものの、これは適切に希釈すれば、海洋放出しても健康リスクを上昇させるような「汚染」は起こらないため、世界中で大量に海洋放出され続けています。

もちろん、明確なエビデンスのある健康被害も報告されていませんし、そもそも環境中のトリチウム量は冷戦時代に核実験が盛んに行われていた頃の方が現在よりもはるかに多かったのです。

原田前大臣や松井市長が言及した「処理水」とは、このように世界中で環境処理されている状態のものを指しています(東電福島第一原発のタンクに現在貯蔵されているトリチウム総量は約1000兆Bqとされており、世界で日常的に排出されている量と比べても極端に多いとは言えません。トリチウムの詳しい性質については、資源エネルギー庁のページで解説されています)。

実は、現在福島第一原発から発生し続けている汚染水のリスクも、 2013年から本格稼働しているALPS(多核種除去設備・Advanced Liquid Processing System)によって、最終的にはこれらの「処理水」と同等の水準まで無害化することが可能になっています。

ただし、汚染水を無害化する過程にはいくつかの段階があり、それに応じて安全性にもグラデーションが生じます。現在繰り広げられている「汚染水」をめぐる議論の多くでは、こうした事実の報道や周知が不十分か、あるいは意図的に混同されているために、誤解や風評、的外れな批判も広まっているといえるでしょう。

下記は厳格な定義ではありませんが、「処理水」と呼ばれるものを大きく3つの段階に分類してみると、理解の手助けになります。

1つ目の段階は、2013年頃までに貯蔵された「放射性セシウムのみを除去された初期の処理水」です。これは、現在稼働しているALPSの開発以前にタンクに貯蔵された処理水で、未処理の汚染水に比べれば放射線量は大幅に低下しているものの、依然として比較的高い値が検出されます。

2番目と3番目の段階は、いずれもALPSで処理をした「ALPS処理水」と呼ばれるものです。初期処理水に比べて放射線量は大幅に低下しているものの、これも「応急処理を行い、タンク貯蔵基準のみを満たした処理水」と、それを追加処理し「環境処理可能な水準まで有害放射性物質が除去された、最終的な処理水」とに分類できます。