有史以来、微生物は人類の営みに深くかかわってきた。なかでも「医学」と「食」の両分野は微生物抜きに考えられない。
パンや酒を生み出す酵母がなければ、現在の食文化はかなり貧相なものになっていたはずである。食の分野では微生物を有効利用しようとの試みが各地で行われ、独自の食文化を育ててきた。日本でも特有の微生物による発酵技術が食生活の多様化に貢献した。味噌、しょうゆ、納豆など数えればきりがない
日本の近代産業が生み出した最高技術の一つであるアミノ酸や核酸発酵技術は「うま味」を効率的に生産する手法として幅広く発展。微生物利用の技術としても世界に誇るべきものだ。同技術は現在、調味料から医療用アミノ酸まで幅広い分野で活用されている。
一方、医学分野では細菌やウイルスなどの微生物と壮絶な戦いを繰り広げてきた。人類はペストや天然痘、黄熱病などの克服に多大な犠牲と労力を払った。現在もエイズやエボラ出血熱など新たな感染症を発生させた微生物との戦いも続く。微生物は今後もプラス、マイナスの両面で深く人類にかかわるだろう。
微生物活用のエネルギー源は無尽蔵
微生物の持つ力を産業に応用しようとの試みは、一段と活発化しそうだ。ここへきて従来のマーケット創出を上回るブレイクスルーとなりえる技術革新が具体化しつつある。
最も注目されているのが、新規のエネルギー開発での微生物活用である。微生物を利用して新たなエネルギー源を生み出そうという発想は新しいものではない。古くは、微生物を活用した石炭の液化プロジェクトなども存在した。しかし、自然に対する影響の深刻さ、石油、天然ガスなどにコスト競争力の面で劣るといった理由から本格的な実用化には至っていない。
新たに注目されているのは、藻類やミドリムシ、メタン生産菌などを活用した新エネルギーの開発である。最大の特徴は“無尽蔵”という点だ。環境面で優れていることも見逃せない。
藻類やミドリムシによるエネルギー開発は、光合成を利用するものだ。光合成は太陽エネルギーと水があれば、原則として生産能力に限界はない。ミドリムシは鞭毛虫の仲間だが、光合成を行うなど分類上は藻類と同じだ。無尽蔵の光合成によりエネルギーが生み出されれば、化石エネルギーに依存する必要はなくなるというわけだ。
これに対して、メタン生産菌によるエネルギー開発は、地中などに存在する二酸化炭素をメタンに変換しようというものである。二酸化炭素は温暖化の元凶の一つであり、削減が望まれている。このため、同技術の実現はエネルギーの調達と環境の両面からメリットが大きい。
ただ、これらの技術は一朝一夕に実現できるものではなく、超えるべきハードルは高い。藻類やミドリムシによるエネルギー開発では、すでにジェット燃料やディーゼル燃料で開発が具体化している。同技術を利用すれば、燃料の合成には何の問題もない。課題はコストだ。足元で原油価格が1バーレル100ドル程度から一気に60ドル台へ急落しているだけに、コストへの要求が一段と高まりつつある。
日本は微生物を効率的に繁殖させて目的物質を得るノウハウで先行する。前出のアミノ酸や核酸の大量合成の過程で開発された代謝制御発酵技術はその代表だ。
ミドリムシや藻類の活用ではやが他社をリード。ユーグレナは今2015年9月期にミドリムシを原料とするバイオジェット燃料の生産施設の建設着工に踏み切ると発表。投資額は43億円程度と同社の前14年9月期売上高(約30.5億円)を大幅に上回る。
同社はいすゞ自動車()とバイオディーゼル燃料の開発も推進中だ。これらのプロジェクトは20年頃に実用化の見通し、と先は長いが、実現すれば日本が中東の油田地帯に変貌するという壮大な話である。