納まりはしたらしい
その日、クリンゲの街はお祭り騒ぎであった。
街のあちこちは飾り立てられ、大通りには魔王討伐に参加した兵士達や、その主役となった勇者達の姿を一目見ようと住人達がこぞって集まっている。
花びらやら紙吹雪やらが舞い散る中を、どこか得意げな顔をした兵士達が行進し、その中で際立って飾り立てられている馬車からは、何故だか非常に微妙な表情の勇者達が、沿道に立ち並ぶ住民達に向けて、手を振ったりしていた。
この日だけは、クリンゲの街そのものがほぼ無礼講となっている。
領主である伯爵家からは振る舞いの酒やら料理やらが出されており、魔王という脅威が取り除かれたのだということを喜ぶ民の声が、あちこちに響き渡っていた。
「レンヤさんは~参加しないの~?」
間延びした女性の声に、蓮弥は遠くに見えるそんな光景から視線を部屋の中へと戻す。
場所はクリンゲの蓮弥の城。
その中の一室に蓮弥はトライデン公国の大公とシオン、それにカレンといった面々と共に集まっていたのだ。
自分以外の者が全員、部屋に一つだけあるテーブルについているのを見ながら蓮弥は本当に嫌そうに顔を顰めながら言う。
「あくまで魔王討伐の主役は勇者じゃなきゃならないだろう。俺がでしゃばったところでいいことなど何一つない」
「でも~実際は~」
「大公陛下? 後々の歴史に勇者はどこぞの伯爵にぶん投げられて魔王を倒しました、なんていう一文を刻まれたいのか?」
「それはちょっと嫌かな~」
恰好がつかないことこの上ない、と蓮弥は思う。
こういう話は嘘が混じっていたとしても、それなりに恰好をつけなければ色々と困った話が出てこないとも限らないのだ。
例えば真実を話したとして、それが高じて魔王とは勇者を投げつけて倒すもの、などといった考えが後の世で蔓延しようものならば、その発端となった伯爵の名前も歴史に刻まれるかもしれず、さらに後の勇者達にどれだけその名前が恨まれるか分かったものではない。
「それはともかくとして、今回のことは本当に申し訳ない。俺の力不足だった」
話をするためにテーブルへとついた蓮弥は、大公に向かった深々と頭を下げる。
その意図するところが分からずに首を傾げた大公へ、蓮弥は言わなければならないだろうと考えていたことを告げた。
「シオンのことだ。死なせてしまった。これについてはいくら責められても構わない」
「でも~、シオンちゃんはそこにいるわけだし~? ちゃんと神様からの依頼を遂行したら~、なかったことにしてもらえるんでしょ~?」
大公への事情説眼はほぼ終わっていた。
事が事であるだけに、人族領域では最大の勢力であるトライデン公国の協力は、これからのことにどうしても必要であったので、包み隠さず全てを蓮弥は大公へ話している。
元々蓮弥がこの世界に降り立った理由が、神からの依頼によるものなどという最初から突拍子もない話をすることは、蓮弥からしてみれば信じてもらえないだろうと思っていたのだが、大公は内心どう思っているのかは別として、意外にあっさりとその話を信じた。
「レンヤさんくらい突拍子もない存在を前にすると~神様が遣わしたって考えた方が~しっくりくるのよね~」
そういうものだろうかと首を傾げる蓮弥なのだが、どんな理由であったとしても大公が話を信じてくれるというのであれば、助かる話で無駄に突っ込む必要はないだろうと考える。
「つまり~世界を安定させるために~そのリソースとかいうものを造る建物を世界中に建てればいいのよね~」
「そういうことになるがただ建てたんじゃ意味がない。ご神体も必要だ」
「そこは~勇者さん達に~お願いするしかないわね~」
魔王との戦いが終わったからといって勇者がその力を失うわけではない。
いろいろと比較対象の問題から大したことがないと思われがちな勇者ではあるのだが、やはり普通の兵士などと比べればその力は隔絶していると言える。
そんな存在が何もしないで保持されているという状況はあまり好ましいとは言えず、大公は勇者達に世界各地の遺跡や迷宮を探索してもらい、リソース発生設備のご神体に使えそうなものを発掘させるという考えを提示した。
下手に戦争などに使われるよりはずっと平和的な勇者の力の利用方法であり、蓮弥としても反対する余地は全くない。
「事はエルフや獣人族とも連携する必要があるよ」
人族の大陸だけに設備を造っても、必要とされるリソースを賄いきれないことをシオンは告げる。
現状では勢力に数えられない龍人族や魔族の大陸にも設備を建てなければならないとするならば、どうしても三つの種族の協力が必要なことは明白であった。
「そこも問題よね~、こっちはレンヤさんのおかげである程度は息がつけたけど」
瘴気の森から湧き出してくる正体不明の触手の群れは、間違いなく獣人族やエルフ族の大陸にも被害を及ぼしているはずであった。
その対処に追われているだろう二つの種族が、リソース発生設備の建設に力を貸してくれるかと考えれば、なかなか難しいように思える。
「あぁ、そっちには俺が回ることにしよう」
魔王城からクリンゲへ討伐軍を帰還させる一連の出来事の中で、蓮弥が保有する魔力の量はさらに増大していた。
このまま増え続けていって本当に大丈夫なのだろうかと心配にもなったりする蓮弥なのだが、今はそのありあまる魔力でもって獣人族やエルフ族の窮地を助け、協力してもらうことこそが肝要であり、一個人に過ぎない存在がそんな大量の魔力を保有し続けて、何も問題が発生しないのだろうかという心配は、あとからゆっくりしようと蓮弥は考える。
「まぁまずは足元を固めるのが最優先だから、少しはクリンゲに残るけどな」
触手の群れから街を防衛するということ自体は成功している現状ではあるのだが、さすがに無傷でというわけにはいっていなかった。
兵士達の中には負傷者が多数存在しており、防衛戦において命を失った兵士も少なからず存在している。
世界を滅亡から遠ざけるという作業も大切ではあるのだが、まずは街の修復を行い、戦死した兵士達を弔い、残された者に保護を与えなくてはならないということは、蓮弥にもよく分かることで、それを放り出して外へ行くということはできなかった。
「蓮弥不在の間は、影武者としてカレンを立てておけばいいよね」
ちょうどいいとばかりに笑顔でシオンがそう言えば、カレンは渋い顔になった。
「俺かよ……まぁ、それでこれまでのことを不問にしてくれるなら、仕事として引き受けないでもないが、影武者は御免蒙る」
蓮弥が帰還している最中クリンゲの兵士を指揮し、防衛を行っていたのはカレンである。
その功績だけでこれまでのことは不問にしてしまってもいいのではないか、と蓮弥は考えていたのだが、これに待ったをかけたのはシオンと大公だった。
それほど魔王に与した罪というのは重いというのが、この世界における判断なのであれば、蓮弥としても無理にカレンを擁護するようなことはできず、カレンの身柄の処置については大公に一任する形となっている。
「不服~?」
ねめつけるような視線で大公が問えば、カレンはすぐに首と手を振りながらそれを否定した。
「いや別に。引き続きクリンゲ防衛の任務に就かさせてもらう」
「俺のフリしててもいいぞ?」
伯爵の待遇でもてなされるのであれば、多少はいい思いもできるのではないかと考えた蓮弥だったのだが、その言葉はカレンの渋面をさらに強いものにするだけであった。
「何かと無茶振りされそうな気がするから、お断りだ」
伯爵によく似た防衛戦責任者と、伯爵の影武者とでは難易度が天地ほどに違うとカレンはシオンや蓮弥の提案を即座に断った。
下手に伯爵のふりをして手に負えないような話を持ち込まれても困るというのがカレンの言い分であったのだが、そんな無茶なことを持ち込む者がいるだろうかと蓮弥は思う。
「嫌だというのを無理にとは言わないがな」
「街の防衛はちゃんとやるから、伯爵は不在ってことにしてちゃんと俺は別人だと知らしめておいてくれよ」
「分かった。俺っぽい人」
頷く蓮弥に対して、カレンは無言でテーブルの上へと突っ伏してしまう。
そんな反応をするほど、自分っぽい人扱いが堪えていたのだろうかと思う蓮弥であるが、カレンが復活してくる気配がまるでないのを見て取ると、とりあえず話を先に進めてしまおうと大公へと向き直る。
「そういうわけなので、これからも協力してもらいたい」
「おっけ~。とりあえず人族の各国家の扱いは私にま~かせて~」
いかにトライデン公国が人族の領域で最大の勢力であったとしても、大陸中に設備を建てるのであれば、大なり小なり他の国家の協力も必要となってくる。
その辺りの話は自分に任せろと大公が力強く自分の胸を叩くと、衝撃で大質量が揺れて服の合わせがきわどく緩んだ。
思わず蓮弥とカレンの視線がそこへ向く。
「蓮弥さん?」
「これはもう男の条件反射のようなものではなかろうか」
冷たい雰囲気を漂わせながら貼りつけたような笑みのまま尋ねてくるシオンに、蓮弥はやや焦ったような口調で弁解する。
以前のシオンであったのならば、多少のことは洒落で済んでいたのだが、今のシオンが何かしようとすれば、下手をすると蓮弥の手にすら負えない可能性があり、蓮弥としても下手は打ちたくない相手となっていた。
「俺は問題ないよな?」
「カレンさんは~視線がやらしいという理由で~不敬罪でしょっぴいちゃうぞ~」
独身であるカレンは、自分だけ助かろうとしてそんなことを言ったのだが、すぐに大公に釘を刺され、慌てて大公の胸元から視線を背けて体を震わせる。
シオンに睨まれてやや焦っている蓮弥と、なるたけ大公の方を見ないようにし始めたカレンの姿をにこにこと見守っていた大公は、しばらくしてから顔を引き締め、真剣な表情を見せた。
「シオンにレンヤさん、そしてカレンさん。事は人族に留まらずこの世界に住まう全ての存在に係ることです。我が国もできる限りの協力はしますが、みなさんの力添えがどうしても不可欠です。何卒ご協力を」
そう告げて、深々と頭を下げる大公。
先程までの緩い雰囲気とはことなり、真剣みを帯びた声と表情にその場に居合わせた三人は即座に表情を引き締め姿勢を正すと、頭を下げ続けている大公に揃って頷きを返したのであった。
●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。 【書籍七巻 2020/04/08 発売中!】 ●コミックウォーカー様、ドラゴンエイジ様でコミカラ//
地球の運命神と異世界ガルダルディアの主神が、ある日、賭け事をした。 運命神は賭けに負け、十の凡庸な魂を見繕い、異世界ガルダルディアの主神へ渡した。 その凡庸な魂//
アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。 自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//
◆漫画版2巻6月24日発売。書籍は9巻まで発売中です◆ ニートの山野マサル(23)は、ハロワに行って面白そうな求人を見つける。【剣と魔法のファンタジー世界でテ//
《アニメ公式サイト》http://shieldhero-anime.jp/ ※WEB版と書籍版、アニメ版では内容に差異があります。 盾の勇者として異世界に召還さ//
とある世界に魔法戦闘を極め、『賢者』とまで呼ばれた者がいた。 彼は最強の戦術を求め、世界に存在するあらゆる魔法、戦術を研究し尽くした。 そうして導き出された//
アニメ、制作進行中です! 公式サイトが公開されました。 ●シリーズ累計100万部突破! ●書籍1~8巻、ホビージャパン様のHJノベルスより発売中です。 ●コミカ//
◆◇ノベルス6巻 12月15日 & コミック3巻 12月13日より発売予定です◇◆ 通り魔から幼馴染の妹をかばうために刺され死んでしまった主人公、椎名和也はカ//
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
世界最強のエージェントと呼ばれた男は、引退を機に後進を育てる教育者となった。 弟子を育て、六十を過ぎた頃、上の陰謀により受けた作戦によって命を落とすが、記憶を持//
『金色の文字使い』は「コンジキのワードマスター」と読んで下さい。 あらすじ ある日、主人公である丘村日色は異世界へと飛ばされた。四人の勇者に巻き込まれて召喚//
柊誠一は、不細工・気持ち悪い・汚い・臭い・デブといった、罵倒する言葉が次々と浮かんでくるほどの容姿の持ち主だった。そんな誠一が何時も通りに学校で虐められ、何とか//
放課後の学校に残っていた人がまとめて異世界に転移することになった。 呼び出されたのは王宮で、魔王を倒してほしいと言われる。転移の際に1人1つギフトを貰い勇者//
2020.3.8 web版完結しました! ◆カドカワBOOKSより、書籍版19巻+EX巻、コミカライズ版10巻+EX巻発売中! アニメBDは6巻まで発売中。 【//
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
VRRPG『ソード・アンド・ソーサリス』をプレイしていた大迫聡は、そのゲーム内に封印されていた邪神を倒してしまい、呪詛を受けて死亡する。 そんな彼が目覚めた//
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
記憶を無くした主人公が召喚術を駆使し、成り上がっていく異世界転生物語。主人公は名前をケルヴィンと変えて転生し、コツコツとレベルを上げ、スキルを会得し配下を増や//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//
ゲームだと思っていたら異世界に飛び込んでしまった男の物語。迷宮のあるゲーム的な世界でチートな設定を使ってがんばります。そこは、身分差があり、奴隷もいる社会。とな//
あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。 世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//
神様の手違いで死んでしまった主人公は、異世界で第二の人生をスタートさせる。彼にあるのは神様から底上げしてもらった身体と、異世界でも使用可能にしてもらったスマー//
突如、コンビニ帰りに異世界へ召喚されたひきこもり学生の菜月昴。知識も技術も武力もコミュ能力もない、ないない尽くしの凡人が、チートボーナスを与えられることもなく放//
■2020年1月25日に書籍8巻発売決定! ドラマCD第2弾付き特装版も同時発売! 本編コミック5巻と外伝コミック3巻も同日発売。■ 《オーバーラップノベルス様//
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//
主人公テオドールが異母兄弟によって水路に突き落されて目を覚ました時、唐突に前世の記憶が蘇る。しかしその前世の記憶とは日本人、霧島景久の物であり、しかも「テオド//
この世界には、レベルという概念が存在する。 モンスター討伐を生業としている者達以外、そのほとんどがLV1から5の間程度でしかない。 また、誰もがモンス//