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読書人紙面掲載 特集
更新日:2020年4月4日 / 新聞掲載日:2020年4月3日(第3334号)

ジャン=リュック・ゴダール
純真な信徒〔フィデル・カンディード〕
『イメージの本』からの発言(翻訳=久保宏樹)

第6回
映画のための政治?

今日になって私の映画に対して、どちらかといえば舞台で見せるという考えが立ち現れてきたのは、「映画の世界への合図」のためではありません。そんなことはもう考えていません。そのようなものは、暗礁に乗り上げ、機能しなくなっています。現在の映画にはもう似つかわしくありませんが、皆が同じものを見るという事柄には、何か面白いところがあります。人々が同じ方向を見ることはもうありません。私の考えでは、映画にもそのことに関する責任があり、そのような事柄に値しなくなっているのです。もし同じ方向を向かせたいならば、一本の作品を作ることができなければいけませんが、その一本の作品を作るということがよくわからなくなっているのです。

つまり、映画から遠くない別の場所において、おそらく舞台で、それに加えてアラブ圏かブルキナファソの学校の教室や古いガレージでも、見せることができるかもしれません。そこでは、アメリカやヨーロッパでは失われた品位といったものが依然としてあります。やるだけ無駄なことがあります。「国際的成功を収めた映画」という表現によって成功を語る際には、その映画が生み出した金銭が語られているだけです。「映画」と呼ばれているものとは別の場所を再発明するのならば、それは「映画のための政治」ということになりますが、実現させられる見込みはありません。そう信じて、継続している人々もいますが……時々、孤立した作品はあります。しかしもし成功を収めるのであれば、つまり経済的成功を収めるのであれば、私の考えでは、良い作品にはなり得ません。おそらく有名な映画祭において「良い映画」として見られることはあるのでしょうが……。

いつでも、そのようであったわけではありません。状況が変わったのです。ヒッチコックは非常に興味深い立場にいました。『映画史』の中で、それについて話したと思います。そのうえで、『映画史』のいくつかの瞬間を『イメージの本』で選び取りました。
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