Stylish stalker

ただいま。

お疲れ様。

お帰りなさい。

お疲れ様。

ぎゅっとしましょう。

むぎゅっと抱きしめましょう。

菌よりも金を。

鱚よりもキスを。

GOOD NIGHT


君は、大事なことほど隠すのが上手い。人に弱みを見せるのを嫌って、ふわっと作り笑いをする。口端を上げて、にこりと笑うその表情はどこか寂しげで、消えてしまいそうなほどに儚い。


『人生、楽しい方がいいよ』


そうやって笑い飛ばしてくれる君に、俺は何度助けられたのだろう。"今度は俺の番"と手を伸ばしても、するっとかわされて行き場を失う指先。


瞳の奥に涙を溜めて、揺らす前髪がいじらしい。遠くを見つめて笑う唇。なんだか俺の胸の奥がギュッと痛んで、気が付いたら抱き締めていた。


『ちょ、どしたの?いきなり』


驚きを誤魔化すように尚も笑う。


「んや、俺がこうしたかっただけ。もう少し。ダメか?」


一層力のこもる腕に、君は一つ息をついて俺の頭を撫でる。

なんだよ、これじゃ俺が慰められてるみてぇじゃねぇか?


違くて、そうじゃないんだけど、なんかうまくいかない。なぁ、こっち向いて。俺の目をちゃんと見てよ。

ちゅ、っと唇を重ねる。確かめるように触れるだけの口づけ。はてなマークをたくさん並べる顔が可愛らしい。いい、それでいいから。なんとなく元気がなさそうなのは俺の勘違いかもしれないけど、今日はそばに居させてほしい。


たまには少し強引にしたってバチは当たらないだろう?


嫌なら俺を押しのけて逃げればいい。腕でも肩でも思い切り噛んで攻撃すればいい。そのくらいの力、あるはず。


『ちょ、まっ…』


次第に深くなっていく口づけ。絡まる舌と滴る唾液。君の手が俺の胸元をとんとんと叩く。けれども、手首を掴んで静止させる。


とろんと目尻を下げて、力なく俺にもたれてきて。頬を撫でてこちらを向かせると"はぁ"と漏れゆく吐息。


「…いい?」

聞くまでもない問いを投げかけて、答えを聞かぬままにベッドへ倒す。もう一度、今度は優しく"ちゅっ"とリップ音を立てながら口づけて。微かにしょっぱかったことには気付かなかったことにしよう。


汗ばむ首筋、透き通る鎖骨、赤く尖る突起、

君のパーツ全てが俺を掻き立てる。獣のように食べ尽くしてしまいたい。そんな衝動を堪えながら君のイイトコロヘと舌を這わしていく。時折、かぷっと甘噛みを残すとびくりと腰を跳ねさせて。なぁ、もう我慢できないよ。もっと、身を任せてくれていい。


心の中に押さえてきたもの、溜めてたもの全部見せろなんて言わない。少しずつでいい。苦しみも痛みもモヤモヤも包み込むから。


濡れる蜜を舌先で舐めとって、そのまま奥へ入り込む。ぬるっと生温かな感触がいやらしくて、じゅるっと音を立てて蜜を吸う。


『んっ…ぁ、だめ…』

まだ抵抗する素振りを見せる君。でも、ほら。君の手は俺の後頭部に添えられて、まるで離さないでって言ってるみたいだ。

口を離して顔を覗き込む。少ししょんぼりした顔をして


「…嫌だった?」

と聞くと、ふるふると首を横にふる君。

小さく『もっと…』と聞こえた時には、なんだか俺も泣きそうになった。少しだけ、頼ってくれたのかと思えたから。


君の膝を割ってゆっくりと中へ入っていく。すぐにでも動いてしまいたい気持ちを抑えつつも、君の表情を見てるだけでイキそう。


律動を繰り返して愛を貪る俺と君。上り詰めるまであと少し。淫らになったその顔が俺を翻弄する。

湿りのこもる室内。粘りを帯びた音。君と俺の汗の匂い。全てを今日の記憶に刻むようにぎゅっと抱きしめてしまう。声にならない[好き]の二文字は、二人だけにはっきり聞こえている。


眠そうに目をパチパチする君の鼻を摘んで、"おやすみ"と声をかける。どこかすっきりしたように頷いて目蓋を閉じた。


君の寝息が聞こえてくる。

この気持ちに名前をつけるなら、なんだろう。


“幸せ"じゃ、ありきたり。

"愛しい"じゃ、物足りない。


それなら…?はは、正解はわからない。


「おやすみ」


この言葉をかけて眠れる。きっとそういうことだ。

湯けむり遭難事件


「ねぇ、これ行きましょうよ!!」

俺がソファーに寝っ転がってうとうとしていると、隣の部屋からダッシュでこちらへ向かってくるお前。どうやら興奮しているらしい。


『んー?』


ジャンっ!という効果音がつきそうなほどに盛大に突き付けられた広告。最近取り始めた新聞と一緒に入っていたらしい。

大きな文字で「秘湯!絶景湯けむり温泉旅」と書かれているそれを掲げて、キラキラ光線を送ってきている。

その光線にたじろぎながら、広告の内容に目を通した。


1泊2日、朝晩食事付き。リニューアルオープンしたばかりの旅館で、別館には露天風呂があるらしい。雪景色を見ながら温泉につかる…。まあ、悪くない。


2日くらいなら休みも取れそうだし、快諾した。


ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる後ろ姿を見ていると、自然と口端が上がってしまう。

格好がつかねぇからお前の前では見せないけど、内心嬉しくなっている俺がいる。


先輩の懐に潜り込むのは俺も得意だった。

なのに、コイツは。俺以上に懐へ潜り込むのが上手い。多分、しばらく自分から心を開くことはないけど、相手の心を開かせるのが上手いんだろう。

後輩には奢らないといけないっていう意識が強くあって、自分から絡みに行くことはなかった。ただ、こうも上手く来られると俺は太刀打ちができないということを知った。ま、仕方がない。

自分の魅せ方を知っていて、案の定俺もそれにやられる。まあ、本人の前では絶対に言わないけども。


決まったとなると話が早い。ボストンバックに着替えと歯磨き、その他もろもろを詰める。携帯でマネージャーに電話して、2、3日暇をもらった。アイツも同じようにして休みを勝ち取ったようだ。


『楽しみですね!ね!』


と、本当に楽しそうに目を輝かせているお前を見ていると、こちらも頬がほころんでしまう。


「わーったから、ほら、寝るぞー」


俺の後ろ髪をいじりながら後ろをついてきて、ベッドへと向かう。ボスっと体を沈めて電気切った。俺より細くてひょろ長い体を引っ付けながらスースーと寝息を立てるお前。重たそうな前髪をひと撫でして、俺も眠りについた。


とりあえず、旅行までには仕事終わらせよう。そう心に誓う俺だった。




旅行当日。寒いだろうからとダウンを着込みバスへと乗り込む。東京からは3時間ほど移動するようだ。席についてシートベルトを締めると、おもむろにパンフレットを取り出してどこに行きたいとかこれを食いたいとか言っている。その考えている表情は怪盗十二面相のようだ。ころころと笑っている彼に微笑みつつ思考を巡らせる。雪が降る場所らしい。さみいだろうけど、浴衣で外歩いてみたり、雪のちらつく露天風呂もいい。うまいもんも食えるだろうし。楽しみだ。



『秘湯って、なんだかいやらしいですね』


「そういう気分になるかもなぁ」


なんつー会話してんだ、と自分でツッコミを入れつつ、そうこうしているうちに目的地へと着いた。


あっという間に銀世界と姿を変えた景色の中にポツンと佇む旅館。古くて趣のある外観ながら、中は綺麗に改装されていた。ああ、リニューアルとか書いてあったっけ。


“いらっしゃいませ”


若女将に手荷物を預け、部屋へと通される。おい、お前鼻の下のびのびだぞ、ばか!

異変に気がついて頭を小突くと てへっと言わんばかりのスマイル。はぁ…とため息をつきながら苦笑いの俺。


部屋に荷物を置きベランダへと出る。雪の積もった辺りは上品に光を反射している。


「ねぇ!見てください!」


声をかけられそっちの方へ向かっていく。襖のそばに立つお前はニヤニヤとしながら勢いよく襖を開いた。隣同士、ぴったりと敷いてある布団。


「じゃーん!今晩は熱い夜になりそうですね♡」


『おまっ、ばかだなぁ…』


呆れたような声を出しつつ、彼の肩を掴んではその布団へ押し倒して、


『寝かさねーかもな』なんて悪ノリ。


ほら、もうその気になってる。目がとろんとしてきた。


「ね、キスして?」


ぽってりとした唇が近づく。俺の薄い唇を重ねる間際に『風呂入りに行こうか』と笑って見せると、己の体と一緒にお前の体も起こしてやる。


不服そうな顔をしているけど、お構いなしに指を絡めて引いてやる。風呂の用意をして、専用バスに乗り込んだ。少し離れた露天風呂へ向かうのだ。


しんしんと雪の降る中、繋がれた手は依然として熱い。

10分ほどで着いた露天風呂。俺とお前の二人きりのようだ。


脱衣所でサッサと服を脱いで風呂場へ行く。

「洗いっこしましょ!」と言われるがままに背中を流される。ゴシゴシとこすられる感覚がくすぐったい。

『俺もお返し!』

髪の毛を洗ってやると泡をつけてモヒカンにしてやったり、泡まみれのブラジャーを作ったり、とにかく小学生ばりに泡で遊び、雪の積もる露天風呂に身を沈めた。


「んぁー、気持ちいい…」


『そうだなぁ…、久しぶりに二人でのんびりしたな…』


「そうですね…!」


宙に浮きそうなほどに、心地よい湯加減。ああ、これは本当に秘湯だな。揺らめく水面に俺らの姿が動く。

その時、ドン!!と地響きが鳴った。


「『ん?』」


二人で顔を見合わせる。遠くの方から迫ってくる雪の音…。


いや、いやいや、こんなベッタベタな展開って…!?露天風呂に向かって雪の層が降りてくる。俺たちは急いで脱衣所の方へと逃げた。


危機一髪として雪崩には飲み込まれなかったが、これは困った。外には出られない。…遭難。

スマホはもちろん圏外。夢なら覚めてほしい。脱衣所に備わっているインターホンで電話をかけると"明日の朝までなんとかそこにいてくれ"という。どうしたもんか…。


「遭難、しちゃいましたね…」

流石のこいつも事態のヤバさに気がついたようだ。急に潮らしくしている。

蓄電池のおかげで脱衣所は温かく保たれているのは不幸中の幸いだった。

濡れた髪を乾かしてやる。

もしゃもしゃと髪をといていると「へくしゅん」とくしゃみをしている。ああ、体冷えちゃった?


「少し、寒くないですか?」

鼻をすすりながらこちらを向いてくるもんだから、鼻を摘んでやった。


『んー、まあさみいなぁ。湯冷めしそう』


言い終わる前にぎゅっと抱きしめられる俺の体。


耳まで赤くしているお前が、蚊の鳴くような声で「あったまりたい…」なんて呟くから。俺は聞こえないフリなんてできるわけがない。


『さっきの続き、したかったんだろ?』


意地悪く吐息の交じる声で囁く。喉を鳴らすような低い声、お前好きだもんな。

焦らされた表情、たまらなく可愛いよ。理性が保てなくなり、噛み付くように唇を塞ぐ。

懸命に絡まそうとする舌。溢れる唾液。

さっきまで寒いと言っていたのが嘘のようだ。


白い首筋に痕を残して、丁寧に舐めていく。

華奢なライン。硬くなった突起。我慢できずによだれを垂らす自身。


その形に沿って扱くたびに、甘い吐息が空気に溶ける。もっと、その表情が見たい。


いつも同じ空間にいるのに、こうしてお前に触れるのはいつぶりだろう。のらりくらりとみんなから好かれているお前。ひた隠しにした独占欲。早くナカへ入りたくて仕方がない。


遠くで俺を嘲笑っている理性を引っ張り出し、深呼吸。舐めた指をゆっくりとナカに埋めていく。流石にキツいか?


「んっ…ぅ…」と息を殺すお前。その表情がまた愛おしい。


ゆっくりと出し入れを繰り返す。俺自身もそろそろ限界だ…。


『手、回して。肩、噛んでいいから…っ』

座った俺に跨がらせ首に腕を回させる。細い腰を掴むとそこへ当てがい、ゆっくりと腰をおろさせる。


甘く響く嬌声に、気が狂いそうだ。


一筋の涙を拭ってやり頬を撫でる。まだ潤んでいる瞳には俺以外誰も映っていない。

コツンと額を合わせたのを合図に腰を動かす。


「ぁっ…ん」


目を瞑るお前をずっと見つめる。もっと、いやらしく。気持ちよくなってよ、ほら。


奥を突くたびに跳ねる体。意識を保つのもやっとらしい。


ああ、やべぇ。俺もそろそろ。


速まる動きに耐えようと噛みつかれる肩。その痛みも快感に変わる。


飛び散る白濁に、ほっと息をついて。

眠たくなったのか、急に体が重くなる。


「不安、飛んじゃいました…」


眠そうな声で、ぼそりと一言。

可愛いやつ。よしよしと頭を撫でて服を着させる。色々とベタベタになっちまったけど、また明日風呂に入ればいい。


『俺がついてるよ、明日はうまいもん食って帰ろうな』


猫のように擦り寄る体をぎゅっと抱きしめ、二人で眠りにつく。





翌朝、無事に宿へと辿り着いた俺らは風呂に入り直してから旅館を後にした。もちろんうまい飯も食って。


「んやー、色々ありましたけど、楽しかったですね!」


『そうだなぁ。たまには旅行もいいもんだ』


「ね、次はこことかどうですか!!」


『んー?なになに?愛の世界へようこそ、秘宝館…ってお前、あのなぁ…』


「ほぁ?」


すっとぼけた顔するお前の頭をわしゃわしゃと乱して笑ってやる。


「わっ!何するんですかー!!」


お!怒ってる怒ってる。

ムッとする唇に一つキスを落として。目を点にしているお前にニヤッと笑う俺でしたとさ。

愛しくて、女々。

白、淡いピンク、グレー、水色。

床に並べられた、可愛らしく、清楚な服。

その前に、ピタリと正座をして、ジッと服を見つめている俺。

足、痺れてきたなぁ。てか、あと1時間であいつ帰ってくるじゃん。くっそ。なんだってこんな…。


あいつと付き合って、今日で一年になる。そう、まさに今日が記念日というやつ。もちろん周りのやつには、俺たちが付き合ってるっていうことは内緒だ。あんまり祝福してもらえないことくらい、わかってるから…。


俺たちは、幼稚園の頃からずっと一緒だった。普通に仲良くて、遊ぶのも、登下校も部活動も一緒。家族といるよりも長い時間、あいつと過ごしている気がする。

この気持ちに気付いたのは、中学の時。

それまでにお互い彼女がいたりしたけど、俺の方はなんか女の子がしっくりこなかった。

遊んでても、セックスしてても、思い浮かぶのはあいつの顔。

本当、嫌になる程あいつのことを考えていて、俺自身戸惑いはあったが、この感情を「恋」だと認知することにした。


でも、その頃あいつにはもちろん彼女がいて、そこから途切れることもなく。昨年、やっとの思いで、付き合うことになった。

少しずつ、ゆっくりと。時間はかかったけど、お前の隣にいる幸せとは比べ物にならない。

この一年間、たくさん笑いあったし、喧嘩もしてきた。

そんで、今日は記念日。なにか忘れられないような日にしたいと思って考えた結果、今に至る。

この服たちは、全部俺の姉ちゃんのものだ。勝手にこそっと借りてきた。バレたら無論叱られる。


やっぱ、女がいいんだよ。生物学的にいっても、メスとオスが性交することが自然なわけで、同性愛はタブー視されることもある。このご時世だって、少しは認知され始めたけれど、理解があるっていったって、街で同性がいちゃついていたら、どうも目で追ってしまうに違いない。

俺だってそうだもの。現実の世界では、まだ物珍しさが払拭できない。


なんで俺は、男に生まれてしまったんだろう。あいつとデートをするたびに、心が痛くなっていたのは確かだ。デートと言いつつ、周りを気にして手を繋ぐことも出来ない(俺の気にしすぎかもしれないが、俺自身が手を繋ぐのはとても億劫になる)外では"友達"としての振る舞いをしなきゃいけねーし、体だって、ヒゲも生えるし、ゴツゴツしてて。いい匂いだってしない。


抱きしめたら、ふんわりとした包容感、甘い香り、小さな体。柔らかい髪の毛に鼻を埋めたくなるんだろ?!おっぱいだってある。女って、なんでそんなに男に愛されるように作られているんだろう。羨ましい。狡い。望むことなら、今から女になったってバチは当たらないと思う。ただ、性転換とかは嫌だし、結局俺は男なわけで。


こんなもの、着たところで女になれるわけじゃねーのに。


ムムッと眉間に皺を寄せて、再び服に向き合う。ええい、これだ!

手にしたのは淡い水色のワンピース。ほんのりと花柄が女の子らしい。Tシャツを脱いで、ズボンを脱いで、恐る恐るワンピースに袖を通す。

ああ、女ってこんな気分なのか…。どうも、可愛いものに触れてしまうと、不思議と心が躍る。

姿見の前に立って、くるっと回ってみる。

ふむ、似合わなくはないが、肩がいかつい…。

脱ぎたくなる気持ちをグッと抑え背中のチャックを出来るだけあげる。体が硬いせいで3分の2ほどしか上がらない。まあいいか。


瞼に薄くシャドーを塗って、唇には紅を引いて。おー、結構変わるもんだな…。香水を天井に撒いて、その下をくぐってみる。もちろん、このやり方はネットで検索した。うん、いい感じ。


最後に、三段ボックスの奥の方に隠していたものを引っ張り出す。ネットで買い付けた、女物の下着。パンツ。ひらひらとした白い布。若干透けているように見えるが、これでいいのだろうか…?

足を通すだけで顔に血が集まるのがわかる。んあー、なんでこんなことしてんだろう。そんな気持ちに駆られながら、準備を着々と進めていった。


______


そんなこんなで1時間ほど経ってしまったが、あいつが帰って来る様子はない。ラインも既読がつかず、待ちぼうけている。なんだか、一人で盛り上がってしまった。なんだかもう、脱ぎたくなってきたな。

ダブルベッドに、ぼすっと倒れこむと気持ちが一気に落ち着いてしまった。枕がふわふわしていて気持ちがいい。瞼が次第に重くなったと思ったら、そのまま眠りについてしまった。


ギシ…。

少し重たい…?よく知っている、体温と重みにうっすらと目を開ける。


『あ、起きた?ごめん、遅くなって』


そう言いつつ俺の上に覆い被さってくる彼に、驚きを隠せない。


「ん…おせーよ」


わざとぶっきら棒に返事をすると、キスの雨。


『な、今日はなんでこんな可愛い格好してんの?』


耳もとで低く囁かれると、ぎゅっと目を瞑ってしまう。


『女の子みたいじゃん。珍しく。すげえ似合ってるけど』


「お前が、喜ぶと思って…」


ふいっとそっぽを向き、真っ赤に染まった顔を真正面から見られないようにする。こんなこと、恥ずかしくて堪らない。お前の答えを待っていると胸がドキドキとうるさい。


『え?俺のため?』


とぼけたような声を出し、首を傾げている。そうだよ、お前だ。お前、女の方が良いんじゃねーのか。


「いやになったりしねぇの?男とか。のんきなことばっか、言ってるけどさ。お前、優しいから…。我慢…させてんじゃねーかなとか…。好きだから。すげえ好きだからさ、考えちゃうんだよ色々と!」


口早に吐き出した本音。お前の方を向けないのは、悔しさと嫉妬からだ。一度出始めた血はしばらく止まらない。それと同じように、自然と言葉が溢れる。


「女の方が気持ちいいんじゃねぇかとか、隣に男ばっか連れてるのもどうなんだとか。結婚だって普通にできねーし、子供も生めねーし、体硬いし。ヒゲも生えるし。おっぱいないし。なんで男に生まれたんだろうとか、すげえ思い悩んでて、それで、お前が女のところに行っちゃうんじゃないかって…」



言っている途中、涙が溢れていたことに気づかなかった。視界がぼんやりと滲んできて、お前の顔がよく見えない。嗚咽がもれそうになって、手で顔を覆おうとした刹那、温もりが熱に変わった。

しっかりと抱き締められた体。俺の好きな肩のカタチ。


『バカ、考えすぎ。俺はちゃんとお前が好きだよ。女のところになんか、行くわけねーじゃん』


こんなに可愛いやつがいるんだから、と小声で呟いて額にちゅっと口付けられる。


「ほ、んとう?」


恐る恐る、聞き返す。俺の不安はまだ残っている。


『本当だよ』


その言葉を合図に噛み付くようなキス。首筋、鎖骨へと唇はおりていき、所々にキツく吸い付かれ、『俺の』という痕を残される。急にカッコよくなるのが狡い。俺の不安を一瞬で取っ払ってしまうお前は、本当に狡いよ。悔しいけど、好き。


服の上から主張した胸の突起を丁寧に舐め取られる。ちゅううっと吸い付かれると、腰がビクンと跳ねてしまう。


『うつ伏せになって』


言われるがままにうつ伏せになると、ジーっとファスナーを開けられる。"全部閉めらんなかったんだ"と笑われると、余計に恥ずかしくなる。少し怒った顔で振り返ると、クスリと笑われてしまった。そのまま脱がされて俺の体が露わになる。うっすらピンクに染まっていく体。あ、下着…忘れてた。


『これ、買ったの?』


尻の方へ下がっていくあいつが不思議そうに見ている。恥ずかしくて、顔も見ず一度だけ首を縦に振った。


くすっと笑われたような気がするも、パンツの裾から手が入ってくる。四つん這いになって、ピクリと体を震わせる。既に硬くなっていた俺自身。先走りを塗りつけるようにあいつの手が動く。グチュッと水音がなるたびに、耳を塞ぎたくなる。下着が濡れていくのも、露骨にわかってしまう。


「…脱ぎたい」


懇願するように声を絞り出すと、スーッと下着を脱がしてもらえた。


『すげえ、濡れちゃったね…』


下着についた先走りを指ですくい、口に入れられる。ヌルヌルと口の中に残る粘液がいやらしい。緩やかに刺激を受ける自身は膨らみを増していくのがわかる。くすぐったいような、気持ち良さ。脚がピクピクと震えてくる。


「ん…、なぁ…もうイっちゃう…」


切なく声を上げてしまっては、こうべを垂れて快感に耐える。それでも刺激を辞めてくれない。"んあっ"と声を上げると同時に、ドクドクと白濁の液をベッドに散らす。


その液を俺の蕾へ塗りつけて、ゆっくりと解されていく心と体。この感覚が心地よすぎて、いつまでも続いてほしいとさえ思う。いじらしいほどに愛おしい。やはりこの人と一緒にいたい。女になりたいと固執していたが、こいつが俺を俺のまま受け入れてくれるとするなら、俺は男でいることに喜びすら感じる。


腰をくねらせて、あいつを強請る。はやく、はやく。


『本当、可愛い…。このままでいいんだよ、お前は…っ』


後ろから迫りくる、指とは比べ物にならない質量に、体はビクビクと震えてしまう。気持ちいい…。この熱を待っていた。律動に合わせて腰を動かし、もう離れないようにと枕に願う。腰を掴まれて奥まで入れられると、思わずぎゅっと締め付けてしまう。


『こっち向いて』


仰向けにされ、覆い被さられると優しくも激しく愛される。たくさんのキスに込められた気持ちが、全て伝わってくるようだ。愛が心に染み込むように、俺はお前で満たされる。



「んっ…あ、あぁ…」


止まらない嬌声。女みたいだ。恥ずかしくて顔が見れない。

頰を掴まれて、無理矢理に顔を見させられると


『好きだ』


と、一言。そんなの、俺も好きに決まってる。

答えるかわりに、ぎゅっと体にしがみつき、離れてやらないと甘えてやる。


最奥を突かれた瞬間、二人同時に快感へ落ちた…。


___________


涙を零して眠りにつくお前の前髪をさらさらと分けてやる。"女になりたい"だなんて、そんなこと考えてたんだな。


本当、バカだ。考えすぎなんだよ。


今のままでいいんだよ。

その笑顔が好きだから。

今のおまえが好きだから。

おまえがどんなに不安になったって、

どれだけ愛が大きいか、教えてあげるから。

世界の人にしいたげられたって、

俺にはおまえ以外考えられないんだよ。


わかった?ん、いい子。…なんてな。


海よりも広くて、愛よりも深い感情。

その答えは、"お前"だな。


あ、そうそう。今日遅くなった理由なんだけどさ。指輪、選んでたんだよ。給料何ヶ月分だと思う?ま、それは教えねーけどさ。おまえ、起きたらなんて言うかな。喜んでくれたらいいな。


そんなことを考えながら、寝てるおまえをぎゅっと抱きしめてみる。気持ち良さそうに寝息なんかたてやがって。よし、俺も少し眠ることにしよう。

純情

夜が朝に変わる時、切なく焦がれる声が聞こえた。


「愛してる」と、何度も、何度も。


まだ夢の中なのか、はたまた夢は終わっているのか。


霞む視界に差し込む光は、俺を組み敷くあなたの背に影を落とす。


あなたの肩が揺れて見えるのは、抱かれながらに堪え切れない感情に襲われてしまったからだ。


そんな気を紛らわすように遠くをボヤッと見つめると、透明な月が揺らめいている。急に現実へ引き戻されたような、切ない感情。どうやら俺は、あなたの背の向こうにあるあの月に見張られているようだ。もう、悪さをしないように、嘘をつかないように、と。



ーーーーー


裏の世界で生きている俺は、澄んだ光を見たことがない。薄汚い世界では太陽が明るいと思ったこともないし、月が綺麗だと感じたこともない。汚いことをして生きてきた。カネを盗むことも、カラダを売ることも。全て生きるためだ。


カネに愛なんてない。必要ない。ただ、カラダを合わせて、快感を貪って、その場だけの満足と優越感に浸るのみ。10分もすれば、それはどうでもよくなっていて、次のカモを探しに行く。さて、17時過ぎか。あと一人くらいいけそうだな。


電柱に凭れて歩く人たちに目を凝らす。金持ちそうなババア。スカートの短い女子高生。不潔感漂うホームレス、ちょっとやばそうな兄ちゃんに、デブ親父。んー、ちょっと違うな、やっぱり、俺も人間だから顔や見てくれを気にしてしまう。…すると遠くの方から、人当たりの良さそうなお兄さん。高そうなキャメルのコート。革靴に革の鞄。身につけているものの割には、年齢は俺と変わらないくらいか?見るからにノンケだろうけど、押しに弱そうだし、きっといける。



「お兄さん、仕事終わりですか?」


横からすーっと追いついて、何気なく声を掛けてみる。



『ああ、仕事終わりだよ』


なんの疑いもなくにこりとこちらを向いて笑みを投げてくる。はじめまして、なんだけどな。なんだ?この落ち着き。


「あのー、俺今友達とはぐれてしまって…。ここまで行きたいので、道を教えていただけないっすかね?」


平然を装って道を聞く。大抵は道を教えてくれる。行き着く先はラブホで、そのままそういう雰囲気出して、連れ込んで。金もらって、欲も満たして、あとはバイバイ。

いつもの流れ、いつもの感じ。安く見積もっても3万は出しそうだ。

そんなことを考えていると、


『ああ、ここね。ここ、ラブホじゃない?』


「…え?」


意外な答えに思わず動揺する。え、なんで知ってんの?

戸惑いの表情を隠せずにいると、彼は続ける。


『お兄さん、僕を誘おうとしたでしょ?違う?僕今そんなにお金持ってないんだけど、それでもいいのなら』


まだ何も言ってないのに、こちらの考えていることなんかお見通しのように話している。でも、わかっているならそっちの方が早い。



「なんだ、話がわかってるなら早いじゃん」



彼の腕を引いて、足速にホテルへ向かう。

引っ張られるようにしてついてくる彼。

素早く支払いを済ませベッドに倒れこむ。ああ、でもシャワーくらい浴びてくるか。そう思い立ち上がろうとすると、真上から覆いかぶさってこられる。


『お兄さん慣れてる?』


にこっと笑っているのに、どこか冷たい。

こうやって、カネのためにたくさん体を重ねてきたけど、代償のように人の表情に敏感になってしまった。



「そりゃ、これで飯食ってるからね」



ぶっきらぼうに返すと、ふーんと相槌が降ってきて、唇を塞がれる。


『それじゃあ、楽しませてね』


ニヤリと笑う顔が寂しい。まあ、いいさ。この男とは今日が最初で最後なわけだし。

ただ、悲しいかな、この男は「男を抱くこと」に慣れていた。あっという間に脱がされる服。指遣い、舌遣い。

俺の気持ちよくなる部分をすぐに当ててくる。

潤滑液を細長い指に塗って、俺の内をほぐしてゆく。そりゃあ、こちらも慣れているけれど、こんなにも丁寧にされたのは初めてで、次第に息が上がっていく。


「ん…っ、はやく…」



『まだダメ。意外と、欲しがりさんなんだね?』


焦らすように耳元で囁かれると、ぴくりと背中が跳ねる。こんなの、知らない。知りたくないのに。


外の茜空はだんだんと闇に侵されていき、葡萄色に染まっていく。俺の体も同じように、少しずつ彼が充満していく。


ぐちゃぐちゃと掻き回され、内壁を広げられ、十分すぎるほどほぐされた穴。俺も彼を喜ばせないといけないのに、俺ばかりが気持ちよくなってしまう。


ピリッとゴムの袋の音がする。緩くなった入り口に、ぴとりと彼の熱が密着する。


『…入れるよ』


ゆっくりと押し迫ってくる質量。狭い中を分入って、粘膜を擦られると体が反応する。気持ちいい。体に力が入るほど、気持ち良さに耐えている証拠だ。


「んぁ…っ、あ…」


繰り返される律動とベッドの軋む音が比例する。部屋に響く水音、声、息。

快感の果てに、記憶は遠退いていく。



行為が終わると、カチリとライターの音が聞こえる。赤マルをスーッと吸って、細い煙をくゆらす彼。

隣でその姿を見ていると、


『いくら?』


と尋ねられる。


「3」


と静かに口を開けば、革の鞄から3枚の紙を取り、手渡された。

黙って受け取って、布団に潜る。


『なんでこんなことしてんの?』


独り言のように、彼が呟いた。なんのための詮索なのか。まあいい、こういう時には決まって言う。


「捨てられたんだよ、親に。一人で生きていかなきゃいけない」


真っ赤な嘘だった。俺の両親は健在で、未だに帰って来いと連絡が来る。他人から見たら、なんの変哲も無い幸せな家族。金に困ることもなく、暴力を振るわれることもない。ただ、俺の出来が悪いから、ソコだけが家族の汚点だった。


『そうか、なるほど』


疑うそぶりもなく、タバコをふかしている。しばらくして、吸い殻をもみ消しながら、


『俺もね、飼われてる身なんだよ。だからうまかったでしょう?本当はもう帰ってないといけない時間』


時計の針は21時を回っている。こんなに早く、帰らないといけないと言うところからも、この人が「飼われている」というのは嘘じゃなさそうだ。



「なんで、俺と?」


野暮な質問だ。俺らしくもない。

彼はこちらに見向きもせず、ぼんやりと天井を見つめたまま、


『さあ、わからないけど。でも…』



「?」



『でも…、なんとなく放っておけなかった』


そう言い残すと、体を起こして服を着始める。煙の香りが芳ばしい。息が止まるように苦しくなる香り。暗い部屋の窓に、昇りかけた月の光が差している。その光を背にしたあなたが、一瞬、鬼のように見えた。暗い影を持った、鬼。



『また、会おう』



そう言い残すと、ガチャリとドアの向こうへ消えていった。


______


あれから1ヶ月。


あなたとは何度か肌を重ねた。ホテルで、車の中で、夜の公園で。狭い車の中で、貪るように求め合うのも嫌いじゃなかったし、暗い公園の唯一の外灯に照らされて、肌をぶつけるのも良かった。

ただ、俺と夜を共にするたび、あなたの体に傷は増えていった。青いあざ、切れた口端。それでも、週に一回は俺に会いにきて、金を払って俺を抱く。


「っ…はぁ、んん…」


今日も、奥までねじ込まれたあなたの欲に溶かされて、身も心も取り込まれる。俺の欲も腫れ上がって、先走りが垂れていく。そこにあなたの細い指が絡むと、堪らなくて浅はかな体からは、直ぐに精子が溢れてくる。


『すご…。まだイケるじゃん』


そう言って、ずんずんと奥まで来られると、俺は唇が閉じなくなる。垂れる唾液に舌を這わされ、少し血の味のする彼の唇を重ねられる。

夢中で唇にすがり、後ろ髪をくしゃりと掴む。もっと、もっと。俺も連れていって。俺の腰を掴む手に、ググッと力が入る。キツくなっていく腰使い。



「あっ…あ、ダメッ…!」



彼にしがみついたまま仰け反って、白い液を飛ばす。その後で、ギュッと穴に力を入れると、追いかけるように、中へ熱が注がれる。


はぁはぁと荒い息が部屋に充満するとともに、


『一緒に、逃げるか…?』


と、小さく聞こえたような気がして。


「え?」


彼の方を向くと、『いや…』と困ったように笑う。その表情が、なんとも言えないほど、愛しくて、切なくて。俺の心をギュッと掴んで離さない。そして、今抱き締めておかないと、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がした。


『…なんだよ。どした?』


気付けば彼の胸へ擦り寄り、力無く抱き締めていた。最初についた嘘のこと、まだ謝ってもいない。本当は遊びだったはずなのに、少しずつ揺れる心がキリキリと痛む。"どこにも行くな"と、たった一言が言えず、返した言葉は「もう一回」



『いいよ』



もうすぐ明け方が近い。重なる二人の肌を、透明な月が照らしてくる。どうか、俺の心の内がこの人へ伝わりますように。もう、悪いことはしないから…。


“愛してる”


どちらとも取れない声が、微かに部屋へ反響した。



_________



目がさめると、一人ベッドの上だった。

ああ、今日もあの日の夢を見てしまったのか。

泣いた覚えはないのに、頬がしっとりと濡れている。枕にも、雫が垂れたらしい。乾きかけのシミが出来ていた。

あれからずっと連絡がない。どこかでのたれ死んでは居ないか、携帯もずっと圏外で、連絡の取りようがない。


俺はというと、相変わらず街に立っている。客はとらない。あの日、初めてあなたにあった日のように、もうずっと帰りを待っている。


今日で最後、明日で最後。そんなことを考えて、もう3ヶ月が過ぎた。もしかしたら、今日帰ってくるかもしれない。そんな、淡い期待を秘めて。

今日も既に18時を回ってる。あたりは黄昏時。空が緋色に染まっていく。


そろそろ帰ろうか。深いため息をついて家へと足を向かわせる。そう、また明日。どうせここにくる。あと半年、一年、いやそれ以上かもしれない。少しでも可能性があるなら、きっと俺はいつまでも待ち続けるだろう。

そうそう、名犬なんたらって犬がいたけど、あんな感じで。


トボトボと歩いていると、後ろの方からドタバタと忙しない靴の音がする。何かが俺を追ってきている?

怖くなって、後ろも振り向かないまま逃げようと走る。パタパタと数十メートル追いかけっこをした結果、追いつかれ肩を掴まれる。


『ちょ、待って…』


すごい力で静止させられ、その時初めて後ろを振り返った。どこか見覚えのある顔。少し短くなった髪の毛。クタクタの革の鞄。

すぐに誰だかわかってその顔をじっと見つめる。


『おまたせ…。ごめん』


俺の涙が溢れるより先に、ギュッと強く抱き締められる。前よりも、少し痩せた?首に腕を回し、強く強く抱き締め返す。

この苦しさにも似た感覚、どうやら夢ではないようだ。



「おせーよ、馬鹿」


溢れる雫を無視して、絞り出すように嘆いた。

待ってて良かった。好きでいて良かった。

あの日の、透明な月が頭に浮かぶ。彼の背中越し、暮れかかった夕日の向こうに、微かに見えるあの日の月。




どちらともなく、自然に言葉が溢れる。

顔は見えないけれど、きっと笑っているんだろうな。


“愛してるよ”

疲れた時ほど。

首筋、綺麗…。浮き出る血管に沿って舌を這わせていく。私の唾液が豆電球に照らされて、一筋だけ艶めかしく光る。


そのまま鎖骨のくぼみに舌をやる。噛みたい。噛んでいい?

ちゅっちゅ…と音を立てて、骨の形に吸い付いてみる。もちろん、歯型もつけて。


あ、ごめんなさい、痛かった?

でも、それもご愛嬌ってことで…。


私に跨がられているあなたを見下ろして、悦に浸る。少し顔を火照らして、恥ずかしそうにこちらを睨んでいて。


白いワイシャツのボタンを、一つずつ一つずつ外していく。胸の突起が現れたら、私の冷たい手のひらでそっと触れてみる。熱くて、硬くて、少し濃い色のそれはいやらしくて。パクリ、と口に含むと熱のこもった吐息を漏らすあなた。


さっきまで「疲れてるから」って言ってたくせに。今日は私が愛したくてたまらなくなったの。

はじめ、私に向けた背中に、人差し指で文字を書いた。


“寝ててもいいよ。ぜんぶ私がする”


背中に何度もキスをして、「んー、やめろ」ってこっちを向いたと思っては起き上がって跨って。

ちょうどお尻のところに、あなたのが当たってる。あなたに覆い被さるようにみせて、少し腰を動かしてみたりして。


すぐにひっくり返せるくせに、そうしないってことは…?ね、本当優しいのね。



突起をいじるたびにピクッと体が反応する。切なそうな表情でこっちを見つめて、大きな手で私の頰をさする。あなたの親指が私の唇を擦ると、それは「キスして」の合図。動かす手を止めず、体をあなたの方へと倒していくの。


ちゅっ…ちゅ…っ



部屋に響くリップ音。湿り気を帯びる吐息。


私の腰の下で、あなたの熱がどんどんと膨れ上がっていく。


『ね、欲しい…』


まだ、ほぐしていないけど濡れていることはもうわかっていた。あなたのほうも、きっと限界。結局、我慢ができなくなったのは私の方。


「まだ、ダメだよ…」



余裕なんてないくせに、焦らすあなた。

すっと手を伸ばしてきて、下着の上から私を撫でる。


「ほら、すげぇ濡れてる…」


クチャッという粘着音。擦られるたびに音が大きくなるのがわかる。もっと、と思うほどもどかしくなる刺激。自分から腰を動かして、あなたの指を催促する。



ぐちゅぐちゅと下着の端から指が入ってくる。ゴツゴツと骨ばった中指と薬指。自分の指じゃない圧迫感。熱過ぎるほどの体温が、私の中を溶かすように掻き回してくる。


入り口付近、ザラッとしたところを一心に擦られて、上り詰めそうになったら止められて…。

大きくのの字を書くように動かしながら、奥をずんずんと突いてこられると堪らなくなってしまう。


私の蜜があなたのお腹に垂れる。


その光景も、興奮の材料でしかない…。



「こっちにお尻向けて、俺の舐めて?」


じっと目を見つめられて、強請るように言うあなた。…そんなの狡い。


あなたにお尻を向けて、私はあなたの大きくなった欲をパンツから出してあげた。頬張ると口いっぱいが熱くなって、少し苦しい。舌を絡めて先っぽを舐める。先走りが少し苦くてしょっぱくて、いやらしい味。


『ん…』


少し苦しくったって、喉の奥まであなたを咥えてみたりして。その間にあなたは下着を引っ張って、私の蜜を舌で掬う。


びくっと腰を跳ねさせても、あなたはしっかりと腕を回して離してくれない。

ね、ダメ…。そんなにしたらすぐに…。


『ひゃ、あっ…ん…』


背中を仰け反らせて、声を上げてしまう…。

もうダメ、すぐにでも欲しい…。ね、ダメ?お願い。




パンツを脱いで、あなたに向かい合う。あなたの欲を手でそっと触れて、私の中へ誘っていく。ゆっくりとあてがって、2人の蜜を混ぜるように。どんどん下へ腰をおろしていく。



「っ…きつ」


あなたの声が低く響く。奥まで入ったらゆっくりと上下に動いてみる。


上から見る景色、あなたの表情。たまらなく興奮する、この感覚。


肌のぶつかる音が、余計にいやらしく聞こえてくれば、脳内まで侵された気分になる。


『あっ…あっ…!』



甲高い声が漏れると恥ずかしくなって顔を下に向ける。あなたの手が後ろ頭は伸びてきて、引き寄せられるとキスの雨。深くて甘い口づけをたくさんもらう。


『ん…、っあぁ…』


あなたの腰も一緒に動くと、イイところに届いてしまう。もっともっと、奥まで繋がりたい…。このまま、一つに、なんて…。



腰を掴まれて、されるがままに突き上げられて…。私もう、動けなくなっちゃう…。あなたの眉間にシワが寄ったのと同時に私の体はピクンと跳ねる。すると


「出すよっ…」


と低く唸る声が聞こえてきて、私は何度も首を縦に振った。ね、イって。私の中で気持ちよくなって。熱い白濁は全て私の中へと吐き出された瞬間だった。



あなたを中に入れたまま、その胸元へ体を預ける。はぁはぁと肩で息をして、首筋へちゅううっときつく吸い付いた。



「あ、見えるとこにつけたな?」


困ったように笑いながらデコピンをされる。


仕返しのように、首筋へ吸い付かれ、鬱血の跡が小さく残る。

こうして、じゃれ合いながら服を着て、あなたと過ごす至福のとき。


ね、エッチすると心も体もあなたでいっぱいになるの。

あなたもそうだったらいいのに。


「疲れてる」なんて、寂しいこと言わないでよ。そう言われたって、きっと私あなたを誘うわ。


たくさん魅せて。たくさん溺れて。

きっと、骨の髄まで幸せをあげるから。

愛執




「あっ…やぁ…」

甲高い私の声が、耳をくすぐる。絶え間なく押し寄せる、貴方の熱。ぱちゅ、と響く乾いた音。二人の吐息はどんどんと速くなり、果てはもうすぐだと感じさせられる。

私の好きなところを、何度も執念く擦り上げて不敵に笑みをこぼす。その表情が堪まらなく好きで、でも、そんなこと貴方には言えない。だって、言ったところで貴方、困っちゃうもの。悔しい、けど、気持ちいい。
眉間に皺を寄せて、自分からも腰を動かしてみる。「…っ」と息を漏らして私の腰を掴み、最奥まで押し込まれていく腰遣い。ね、お願い、まだ、イかないで。もう少し、このまま…。

貴方と私は仕事のお得意様同士。商談に出かけていった先で知り合ったのがきっかけ。何度か交渉を重ねるうちに貴方が番号を教えてくれた。それが嬉しくて、その晩すぐに電話をかけたことを覚えてる。
昼間より少し元気がないようで、「今外にいるから」と電話口で言われたら、頭より先に体が動いてしまった。冬の日、寒い中長めの茶色いコートに身を包んだ貴方が、たばこを吸って待っていた。

「…どうかされたんですか?」

思わず口にした言葉に、ただ眉を下げて笑う貴方。

『ちょっと、ね』

なんて、そんなの狡い。


近くのBARに入って、何杯かお酒を飲んで。その間も仕事の話ばかりで、深い話はしなかったけど、私はすぐに貴方の虜になった。もっと知りたいと思ってしまった。左手の指輪には気付かないフリをして…。

お互いほろ酔いになった頃、

『そろそろ、帰りますか』

と、貴方が口火を切った。
帰りたくない、と頭では思って、少し唇を噛む。でも、だめよ、そんなの。「まだ一緒にいたい」だなんて、言えるわけがなかった。
相手には家庭がある。

奥さんと喧嘩したのかな、とか、頭の中ではたくさんの妄想が論争を繰り広げている。払拭しようとしても、到底無理だった。考えないようにすればするほど、頭は貴方でいっぱいになる。
BARを後にしてタクシーを探す。どのタクシーも満車の文字が赤く光っていて、なかなか捕まらない。私は歩いてでも帰れる距離だけど、でも、やはり家路に足が向かなかった。せめて、タクシーが捕まるまで、なんて浅はかな空想。この人はきっと、私のことなんて気にしていないのに。

すると、ちょうど空車のタクシーが目の前に止まった。ああ、これで今日も終わり。笑顔を浮かべて「お疲れ様でした」を言わないと…。彼の方へ目を向けて、笑顔を浮かべてみる。??
何故か、びっくりした表情の彼がそこにはあった。なにか、何か言わなきゃ。そう思って口を開いても、声が出なかった。代わりに私の頬へすーっと一雫の雨が流れてくる。


「乗らないのー?」

タクシーの運転手さんが、少し大きな声で尋ねてきた。乗ります、乗りますとも。この人だけが。心にある言葉が、どうしても声に出ない。

『乗ります、この人も一緒に』

優しく大きな手で体を引かれ、あっという間に同じタクシーへ身を下ろす。なんで、一緒に。

『すみません、〇〇まで』

ハッキリとした声で、彼は行き先を告げた。きゅっと結ばれる手と手。あったかくて、でもどこか冷たい。
さっき告げた行き先。その街の名前を、私は知っている。


タクシーが止まると、凄い勢いで手を引かれ歩き出す。目が痛くなるほど奇抜に光るネオン街に頭をクラクラさせながら歩いて、一軒のラブホテルに入った。

ああ、ここで成されることなんて一つしかない。私、今晩、貴方の寝るんだわ。

部屋のドアを閉めると同時に、貴方は噛み付くように口づけを落としてきた。

「んん…」

抵抗できず、きゅっと長いコートを掴む。
歯の隙間から、ねっとりと舌を入れられて、上顎をなぞられれば、擽ったさに腰が引ける。それをわかっているかのように腕で引き寄せられ、いとも簡単にベッドの上へ押し倒されてしまう。

「わ、私…そんなつもりじゃ…」

慌てたように弁解を図るも、

『じゃあ、なんであんな顔をして泣いたの』

と言われてしまえば返す言葉がなく俯くしかない。泣くつもりはなかった。笑顔で見送ったつもりだった。やるせなさに溜息をつくと、唇へちゅっと軽く口づけをされる。

『俺、こんなだけど…』

左手の指輪をスルッと外してみせる。それをおもむろにポケットへしまって、こちらをじっと見つめられる。

『今は君のものっていうのは、狡いかな』

「…そんなの、狡いに決まってます」

言葉とは裏腹に彼の首へ腕を回した。ぎゅっと縋るように抱きしめる私の方が、実はずっと狡いのかもしれない。私が貴方を好きになったところで、貴方の心をもらえることはない。でも、それでいいと思えた。こんなにも、あなたに惹かれた。それだけでいい。嫉妬も、恨みも、羨望も関係なくて、ただ貴方がいい。眉に力を入れぐっと涙を堪える。ねぇ、好き。届けてはいけない想いを、そっと胸にしまいこみながら。

きっと、慣れているんだろう。女の体を彼はよくわかっていた。反り立つ突起に舌を這わせ、私の気持ちのいいように刺激を送ってくる。自分でも驚くほどに、下着を濡らしてしまった。

『洪水、だね』

と笑みを浮かべられると、私は貴方の顔が見れなくなる。

「あっ、あっん、ダメぇ…」

はしたない声が部屋中に響いて、同時に肌のぶつかる音が大きくなっていく。 その音にまでほだされて、私の頭は真っ白になる。彼の下へ囲われ、包まれるように抱きしめられると、ゆさゆさと体を揺さぶられる。ねぇ、私を見て。もっと、もっと。
煽るように耳元で囁くと、尚のこと激しさが増す。余裕のない貴方の表情。私だけのものになればいいのに。

奥の方をグリグリと当てられて、トロけるような感覚に一瞬意識が飛びそうになる。お尻の下が冷たくなっていることからして、私の粘液がシーツを汚していると悟った。こんなに感じたこと、今までにないのに。

一度動きが止まって、ピタリと目が合う。

『いい?』

と目で合図をもらえば、ひとつだけ頷いた。

彼の首へぴったりとしがみつき、その律動に耐えるように肌を噛む。どんどんと押し寄せてくる波にさらわれそうになりながら、この時が永遠になればいいだなんて、浅い願いを込めたりなんかして。

「んん…、ぁ、イク…!」

絶頂に飛び跳ねる体を彼が受け止めてくれる。ビクビクと絶え間ない快感に、脳内も空っぽになったようだ。はぁ…はぁ…と部屋に響く吐息。夢じゃないことだけが、唯一の救いだ。

服を整えて、もちろん指輪もしっかりつけて、今度こそ家路に着く。これ以上、この日は貴方と過ごせないとわかっていたから。貴方には帰る場所がある、帰らなければならない場所が。

でも、それって幸せなことだわ。私、少し羨ましいとさえ思う。喧嘩する相手がいて、愛し合える相手がいて。

でも、私を抱いてる時くらい、私のものだと思わせて。それだけでも、幸せになれるから。女だって、意外と単純だったりするのよ。
強がってみても、何もいいことなんてないのに。強がって、寂しさを紛らわすように暗示をかける。


腿の間が、まだ熱い。
次はいつだろう、なんてことを考える。どうやって、貴方を誘惑すれば良いかしら。きっと私、これから悪い女になるわ…。許してね。好きと言わない代わりに。

街灯も少ない暗闇を歩いていると、遠くの空でペテルギウスが輝いているのが見える。
たとえ、何万光年先だって、私待っているから。

ねぇ、愛ってそんなもんでしょ?

ヒトリ

街のネオンがピカピカと光り始める。赤、青、黄色、緑、ピンク。様々な色が、様々なところで。力強く、辺りを照らし始める。

すでにカラスのような色をした空に反射するように、強く強く。

 ベランダからまだぬるい風を浴びて、街を見下ろすのが好きだ。この街でも、至る所で愛は紡がれ、体を寄せ合っているのだろう。

 そう考えると、体が疼く。想像の中で、繋がりあう二人。ネオンの下で「待ちきれない」とキスをせがまれ、本能のままに求めるカラダ。風になびく清楚な白いカーテンさえ、いやらしく見えてしまう。

 

 今日もあなたは帰ってこない。私一人の夜。マンションの23階じゃあ誰も入ってこれないし、だれも私の声なんて聴いていない。ベランダから部屋へ戻ると網戸を閉め、薄く白いカーテンを引いた。たまに吹く風が、そよそよとカーテンをなびかす。美しいワンピースが、そよぐように、滑らかに。

 広すぎるベッドに転がって、じっと天井を見つめる。目に浮かぶのはあなたの顔。出張に出る二日前、このベッドであなたと体を重ねた。

 目を閉じると、耳もとにあなたの吐息を感じる。

低く、ごろごろとした声で「まだ、駄目だよ」だなんて。

 

 不覚にも、お腹の奥の方がキュンとしてしまう。想像だけで、たまらなくなって。ああ、我慢なんてできるわけがない。

 

 パジャマの前ボタンをゆっくりと一つずつ外していく。まるで焦らされているかのように。ドキドキと鼓動は高鳴っていく。今日は下着をつけていない。どうにも触りたくなると予感していたから。

ちゅっと右手の薬指を吸ってみる。指の腹を、やさしく。あなたの唇の代わりに。トロッと唾液が絡みつく。指で喉の中心からお臍まで真っ直ぐなぞってみる。

 

「人間って体の中心に急所があるという作りらしいよ」

 

そう言って私の体に触れるあなたの真似をして。

 

 「ん…」

 

 ピクリと体が跳ねる。こんなに容易い刺激で反応してしまうのも、全部あなたのせい。すると、胸の突起が痛むように疼き始める。熱を持って、まだ微かにかかっているパジャマを押しのけようとしている。布の上から少し爪を立てて擦ると、くすぐったいような、でも確実に体を熱くさせる快感がある。もう一度指を舐め、直接唾液を塗り広げるように触れると、反射的に目を瞑ってしまった。

 

 恐る恐る、次第に大胆に。こんなに感じるようになってしまったのも、あなたのせい。こんなにあなたを求めるようになったのだって…。

 

はあ…っと熱い息を吐いた。快感を紛らわすように、火照った体を冷ますように。でも到底無理だった。頭の中にはあなたがいる。まるで、あなたに触れられているかのように、脳内が洗脳されている。

 

 

「もう濡れてるでしょ。脚開いて?…開いて、俺に見せてごらん」

 

耳の奥から聞こえる声に従って、膝を立てて脚を開く。ふくらはぎを伝う汗すらも刺激になる。誰も見ていないのに視線を感じ、太腿よりも奥がジワッと熱を増す。荒くなる呼吸。高鳴る鼓動。早く触りたいのに、「まだ」と言うあなたの意を体してしまう。

 蜜が溢れているのがわかる。おしりを伝って、二日前から変えていないシーツにこぼれていく。かすかに残る、あなたの汗のにおい。時折、枕に顔を埋めたくなる。

 

 右手の中指と薬指を口へと埋めていく。あなたの熱だと思って咥えて、丁寧に舐める。いつもするみたいに喉奥まで入れて、舌を絡める。この苦しさも、堪らない。愛おしく思えて貪るように舌を這わす。チュ…と指先を吸って、口から放すと透明に伸びる糸。これだけでうっとりとしてしまう、浅はかな私。

 

 「いいよ、触って見せて」

 

 その合図で少しずつ下に降りていく私の手。茂みの奥の、突起を目指す。腫れ物に触るように、優しく。時には押し潰すように。緩急をつけて、撫でてみる。もじもじと膝を擦り合わせて、しかしながら、「見ていてほしい…」と言わんばかりに開ききる。

 蜜と唾液を交えるように、筋をなぞる。ぐちゅぐちゅっと水音が立つと、耳を塞ぎたくなるほどに恥ずかしい。顔に咲く火照りに堪えきれなくなりそうだった。しかし、私の体も堪えきれなかった。

 感情とは裏腹に、指は深みへと動いていく。つぷ…っと指先を飲み込んだら最後。二本とも奥深くまで誘われていく。

 

「んぁ…っ」

自分のものとは思えない、甲高い声。ゆっくりと出し入れされる指。いつも攻められる場所を、気持ちのいい場所を探して懸命に蠢く。空いている左手で胸を摘まめば、体の奥がギュッと締まる。あなたはいつもこうしてきて、私の体が喜ぶことを知っている。

尚も止むことのない音。何とも言えない蜜のにおい。質量の足りない指の動きを速めて、自分からも腰を動かしてみる。あなたに「上手」だと褒められたくて。もっと、あなたを感じさせたくて。

 

「あっ…ぁ…っ」

 

 ねえ、こっちを見て。目を合わせて。きちんと私を見て?あなたの余裕のない表情を、もっと見せて。きゅっとおしりに力を入れると、あなたの表情が歪む。多い被さって、腰を打ち付けて…。乾いた音が部屋に響くように。

 

 「ん…イク…っ」

 

 目を瞑って、イイトコロを擦れば簡単に体は飛び跳ねた。弛緩する割れ目の奥からは虚無にまみれた蜜が流れる。

するりと抜き取った指を、ゆっくりと舐める。白濁も混じるぬらりとした蜜は、少し酸い気がした。この気怠さが、心地いいとさえ感じてしまう。深呼吸をして息を整える。

 

今日は裸のまま、毛布にくるまって寝ることにしよう。窓を閉めて、クーラーを入れるのを忘れずに。

 

あなたが帰ってくるまで、あと三日。

寂しい夜に、あなたを想って自分を慰めた日の話。

怖気付いた?なんてね。


※完全自己責任で読んでくださいな、と。