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幸せってなんだっけ?~迷子娘と加害者たち~ 作者:立木 るでゆん
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75、砦陥落

 平和に過ごす千早にその一報がもたらされたのは、一ヶ月近い時間がたってからだった。


「え……ベヘムが」


 千早は予定よりもベヘムの帰還が遅れていることを心配し、イスファンに問い合わせた。数日後、気まずそうな表情を浮かべたイスファンとナシゴレンの二人が訪ねてきたのだった。


「ご安心ください。ベヘムは無事です。ただこちらへと戻る方法が今のところなく……」


「どうして?」


「四十八防衛砦、ティハヤ様がこの地に来られるときに寄った砦ですが、あちらが魔物の襲撃を受け、落ちました。防衛砦に避難していた民と兵士の一部は何とか街へと逃げ込み、現在も籠城しています」


「街って前から誘われていた近くで一番大きいところ? マチュロスのほうが近いのになんであっちに?」


「マチュロス側には魔物の群れがおり、少しでも安全に逃げるためにはそれしかなかったと聞いております。

 大丈夫です。あちらは昔からの城壁都市で備蓄も多く、兵士の数にも余裕があります。すぐに魔物にどうこうされる心配はありません。ご安心ください」


 安心しろと言いつつも、イスファンの表情は晴れない。


「でも帰っては来られない?」


「そうですね。今は難しいでしょう」


「今は?」


「解放のための増援部隊を編成しています。砦から落ち延び、近くの村で隠れすんでいた兵士たちや動員された村人たちで組織されます」


「そうなんですね。安全ならいいけど……あの、ならここは大丈夫なんですか?」


 マチュロスの安全を気にする千早に、二人は大きく頷いた。


「マチュロスは深い谷に囲まれた地です。ここと外を繋ぐのは我々が守護する吊り橋砦しかありません。万一にも守りきれないとなったら、吊り橋を落としてしまえばいいだけです」


「でも空を飛ぶマモノもいるんじゃ」


「空を飛ぶ種類は少ないですし、霧に阻まれこの地に立ち入ることは出来ないようです。これもティハヤ様のお生まれになった世界の力なのやもしれませんね」


 安心させるように微笑みかけたイスファンは姿勢を正した。


「ティハヤ様、お願いがございます」


「お願い?」


「吊り橋砦からも救援隊を出します。その指揮に一部我々罪人が同行したいのです。お許し頂けませんか?」


「なんで?」


「最も魔物との戦闘経験を積んでいるのはやはり我々ですから。街の領主やラッセルハウザー閣下や、女王陛下からも出来れば加勢をと依頼を受けております」


「それに我々が行けば、ベヘムを連れて帰ることも出来ます」


「危ないんじゃ」


「まあ、安全とは言えませんが、それが仕事ですので」


「ご安心ください。我々はこの程度の激戦ならば複数回経験があります」


 自信に満ちた表情で千早の許可を待つ二人には迷いはなかった。寄せ集めに等しい救援隊をせめてまとめる人員として、百戦錬磨の懲罰隊のメンバーはうってつけだった。


「でも……」


「どうしてもおいやならば諦めます。ですがその場合、ベヘムの……いえ街の存続自体が危なくなるでしょう」


「そうなの?」


「安全な穀倉地帯を守護していた兵に近隣住民ですので致し方ありません」


「東からの増援を待つことも考えましたが、南の法王領への備えも必要な現在、どれ程の準備期間が必要になるか分かりません」


「法王領って魔物のせいで連絡がつかなくなったんだよね?」


「女王陛下に命じられた決死隊が内部の情報を入手しました。法王領は半壊状態。既に法秩序は失われているようです。

 それに加え魔物の跳梁は酷く、勇者の多くは既に死亡しているとの噂もあります」


 情報を入手し戻った部隊の人員も半数を割っていたと哀しげに続けたイスファンを千早は見つめる。


「知ってる人だったの?」


「昔同じ部隊におりました。血気盛んでとても優秀な若者でしたよ」


 一度瞑目してから、穏やかにそう答えたイスファンに、千早は好きにしていいと許可を与えた。


「イスファンさんたちはこの世界の人だもんね。知り合いだっているだろうし、大切な人たちだっている。

 そんな誰かを守るためなら、私は止められないから、気をつけて…………いってらっしゃい」


 痛みを堪えるような表情でそう話す千早に、二人は深々と頭を下げた。


「全員無事に帰ることは約束できませんが、できうる限りのことはいたします。当然ですが吊り橋砦にも十分な人員を残しますし、万一の場合は我々の帰還を待たずに橋を落とすように命じておきます。

 この地にはミュゼやジン、エリックもおります。ティハヤ様にご不便はおかけしません」


「ティハヤ様、許可を頂きありがとうございます。どうかその様な顔をなさらないでください。我々とティハヤ様との繋がりは神によって封じられました。我々がいくら傷つこうとも、ティハヤ様からお力を盗むことはありません」


 千早はピントのずれた慰めを口にしたナシゴレンを睨む。普段見ないその表情にナシゴレンが動揺した。


「申し訳ございません」


 何が千早の怒りに触れたのかもわからずに反射的に謝ったナシゴレンをイスファンは呆れを隠しきれない無表情で見つめていた。


「私の力を受けとることが出来るなら、幾らでも使っていい。どうせ私に戻ったって使い方すら分からないんだから。

 だからお願い。無事に戻ってきて」


 千早の願いを聞いたナシゴレンは深く頷き不用意な失言をした自身を恥じた。


「必ず」


「出発まで数日かかります。ご挨拶には参れないと思います。

 ティハヤ様、どうかご自愛ください」


 ナシゴレンを促して立ち上がったイスファンが別れの挨拶を贈る。


「イスファン隊長も皆さんも気をつけて。必ず無事に戻ってください」


「分かりました。我々はティハヤ様の罪人です。御身の願いを叶えることが我らの全て。

 わがままをお許しくださったティハヤ様のご命令です。必ず目的を果たし、ベヘムたちを連れて無事に帰ります」


 迷いのない足取りで帰っていくイスファンたちを千早はいつまでも見送っていた。





 イスファンたちが準備を整え、吊り橋砦から出撃してからしばし、千早の生活は今までと変わらず穏やかなものであった。


 朝早くから起き出す兵士たちは、人数こそ減ったが献身的に働き、動物たちも日々のんびりと日常を送っている。


 だが千早だけは時折何かを気にするように空を見上げることが多くなっていた。


 くぅーん……。


 千早がぼんやりすると決まって犬猫たちが近寄ってくる。そのまま足に身を擦り付けたり、鼻にかかった甘えた声で千早の気を引いていた。


 夜になっても普段と違う様子の千早を心配したのか、集まってきたギンたちがベッドや窓枠に陣取り見守っている。


「私は大丈夫だよ? エリックの所に戻ったら? きっと寂しがってる」


 たまにそんなことを聞いてみるが、聞こえないとでも言うように丸くなって眠るギンジャケがエリックの住む納屋に戻ることはなかった。


 猫たちにベッドの半分は占拠され、犬たちで床の半分は見えない。そんな夜が続いたある日、千早は妙な胸騒ぎがして夜中に起き出した。


 千早が起きたことに気がついて瞳を光らせるギンとクロを一撫でして、カーテンをそっと捲る。


 遠くに人影が見えて驚いたが、よく見ればエリックだった。目が冴えてしまった千早は、久しぶりに見かけたエリックの姿に、外へと出ることにする。


「どうした?」


 千早が動き出したら、熟睡していた犬たちも含めて全員がついてきてしまった。ぞろぞろと大所帯で近づいてきた千早に気がついていたエリックは不思議そうにしている。


「目が覚めちゃっただけ。エリックは?」


「少しは繋がっているのか?

 それともただの偶然か」


 小声で呟かれた内容だったが深夜ということもあり、千早の耳にも届いた。


「どういうこと? 何かあったの?」


「街のある方角が騒がしい」


「音なんかしないけど」


「音ではない。リソース、神力、歪み、そういった諸々の流れが荒れている」


「どういうこと?」


「恐らく激戦中だろうってことだ」


「分かるの?」


「ああ、これだけ派手にやりあっていればな。かなり劣勢なようだ」


 瞳を細めて何かを感じているエリックは、乾いていた唇を舐めて湿らせる。


「歪みは強く感じられるから分かりやすいが、本来、人の力は多数に紛れてわからない。それがこれ程輝くならば死力を尽くした戦いだと思わざるをえんな。

 お前は心配せずに寝ろ。俺が戦況を見ておく。街が陥落したならば吊り橋を落とさなくてはならないだろう。どうなるにしろここは安全だ」


 エリックは無愛想ながらも千早を心配して休むように勧めた。


「負けそう?」


「さあな。五分五分よりかは、分が悪いだろうよ」


 どうでもいいと言いたげに答えたエリックは、千早を追い払うように手首から上だけを振る。


「…………イヤだよ。そんなのは嫌だ。

 イスファン隊長もナシゴレンさんも戻ると約束してくれたんだもん。ベヘムを連れて帰るから安心して待っているようにって約束したのに」


「なら大丈夫だろ。ほら、さっさと家に入れ。ダイズたちが限界そうだ」


 お座りしたまま半分眠っている犬を指差してエリックは繰り返した。


「ねえ、エリック」


「なんだ?」


 嫌そうな表情を浮かべたエリックは空を見ていた顔を下げて千早と目を合わせる。


「何とかならない?」


「なんとか?」


「私のリソースをイスファン隊長たちに送れないかな? そうすれば死なないんでしょ」


「馬鹿なことを言うな」


「でも」


「でもじゃない。お前のリソースをこれ以上奪うことは出来ない。神が許さないし、あいつらもそれを望んではいない」


「私に出来るのはそれくらいしかないのに。どうしてだめなの? また私は優しくしてくれる人たちを失わないといけないの?

 もう嫌なのに。

 神様、アマテラス様、オシラ様、地球の神様、オルフェストランス様、誰でもいい、どうか助けて。もうこれ以上お別れはいや」


 啜り泣く千早を見つめていたエリックが、しばらくして乱暴に頭を抱えた。


「わかった! 分かったから泣くな。お前が泣くと神気が荒ぶる。どうすればいいって言うんだ。身の安全は守れ。望みは叶えろだと、無茶を命じてくれるものだな」


 見えない誰かにひとしきり文句を言うとエリックは千早を睨み付けた。


「イスファンたちに力を送るとしても、一度かなり近づかなきゃならない。強制的にリソースを共有化する術をかけるからな。

 街までいく。

 命賭けになるぞ。それでもいいのか?」


「そんなこと出来るの?」


「前にお前と罪人たちを繋いだのは俺だ。最初のは神が繋がりを切ったが、互いの同意を得て新たに繋ぐことは出来るだろう。この世界で稀に行われている術だからな」


「あるんだ」


「生命力を補い、一時的に共有する術だがな。今回はそれで十分だろう」


 そう話すと千早の腕を乱暴に掴み、空を飛ぶ為の術を使う。


「何を」


「助けたいなら急ぐぞ。お前の身は守るが俺は騎士ではない。守ることに特化している訳じゃないからな。街についたら従ってもらう」


 舌打ちしながらであったが、千早の希望を叶える為にエリックは最高速度で夜の空を駈けた。




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