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盾の勇者の成り上がり 作者:アネコユサギ

盾の勇者の成り上がり

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VS鳳凰 終結

 とてもシンプルな、それでいて温かな木漏れ日の様な優しさのある盾だった。

 効果は今までの盾の中でもっとも高い。


 エンチャントとは別の盾にこの盾の効果を上乗せ出来ると言う事だ。

 それだけで俺の防御力は果てしなく上昇する。


 そして……亜人シリーズと奴隷使いシリーズ、そして仲間シリーズが強制的に解放された。

 装備ボーナスも含まれる。

 つまり、奴隷や亜人、仲間は全て能力が飛躍的に上昇すると言う事に他ならない。


 普段通り霊亀甲に変える。


 成長する力によるグロウアップ!

 霊亀甲の盾に変化しました!


 余計なアップが作動している。

 どんな能力アップしたのか、今は見ている余裕が無い……。


 治療していた者達も、いつの間にか治療を終えていた。

 治療師達は奇跡だと騒いでいる。

 だけど……。


 テントから前に出て、空を舞う、羽虫に目を向ける。


「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 うるさい虫だ。

 今はお前等の相手などしたいような気分じゃない。

 だけど、お前等が居るから、戦いが終わらず、静かにならない。

 ならば俺がする事は一つしかないだろう。


「フィーロ!」


 大きく、羽虫を相手に善戦しているフィーロを呼び寄せる。


「……なーに?」


 俺の表情と、アトラの容体を気にしていたフィーロは、悲しげな表情で舞い降りて尋ねてくる。

 今まではわからなかった、フィーロの優しさが見えた。

 それがアトラの力なのか、それとも慈悲の盾の力なのかはわからない。

 憎しみだけでは無い、優しい物が混在した……矛盾した物が胸に沸きがっている。

 だが、この感覚が盾の影響だとは思いたくない。


「高い方に居る奴の所へ俺を連れて行け」

「うん……やるんだよね」

「ああ、さっさと延長戦を終わらせる!」


 フィーロの背に乗り、俺は高高度を維持する羽虫の方へ飛んでいく。


「フィーロ、タイミングを合わせろよ」

「わかったー」

「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 羽虫が俺達に目を向けて爪で引き裂こうとしてくる。


 平静と例えるのが一番だろうか。

 憎むべき相手を眼前にしても、心が黒く染まらない。


 だが、痛みは解る。

 世界の理不尽がわかる。

 受けた傷……失った者の悲しみがわかる。

 理解できるからこそ、怒らなければならない。


「うるさい」


 ガシッと俺は羽虫の爪を片手で受け止め……そのまま羽虫を地面に向けて投げ捨てる。


「キュイイイイ!?」


 目を回しながら羽虫は、空中で姿勢を取り、こっちに向けて羽ばたいてくる。


「フィーロ、蹴り飛ばせ」

「う、うん!」


 俺の指示に従い。フィーロは高高度から落下するように羽虫に向けて一直線に降り立つ。

 ガスっと良い音がしたな。

 その直後、俺はフィーロから羽虫に飛び乗る。


「ごしゅじんさま!?」

「良いからフィーロ、着地直前に俺を受け止めろよ」

「う、うん!」


 俺がドスを聞かせながらフィーロに宣言し、グラビティフィールドを作動させた。

 前は作動しても効果が無かったけど、今は出来る。


「キュ……キュイイイイ!」


 俺が乗った重さで飛べない羽虫は必死に高く飛ぼうと羽ばたきを繰り返すが、高さを維持できない。

 そのまま低高度の羽虫が居る場所へ落ちて行く。


「フィーロ!」


 地面にぶつかる直前、俺は跳躍し、フィーロに捕まる。

 そして、そのまま砂煙の上がる戦場で、二匹の羽虫をそれぞれ掴んで、周りにいる連中に宣言する。


「みんな! やれ!」

「な、尚文!?」

「何をしているんだ? 早くコイツを仕留めろ」

「わかった! タイガーブレイク!」


 一番早く行動したのはフォウルだ。

 そりゃあそうだろう。

 今、俺はお前の気持ちが何よりも理解できる……気がする。


 もちろん、肉親を失った気持ちは俺もわからないかもしれない。

 だけど、アトラがどんな子だったかは俺だってわかる。


「俺の事は気にするな。一刻も早く、コイツを仕留めるんだ。ちゃんと、同時に殺すんだぞ!」

「「おお!」」


 絶句していた連中が頷き、各々の必殺攻撃を放つ。


「尚文、アトラは……」


 錬が攻撃の合い間に尋ねる。


「……」


 俺は無言で目を逸らした。

 今はその事を考えたくない。


「くっ……」


 意図が理解できたのか、錬は苦しそうな声を漏らした。

 同時に剣に込める力を強める。


「体が……軽い!」


 キールの突進噛み付きが羽虫を穿つ。


「うん。まるでさっきとは……動きが全然違う」


 奴隷共や俺と部隊を組んでいる連中の動きが目に見えてよくなり、攻撃が鋭くなっている。

 奴隷シリーズ、そして仲間シリーズの強制解放による能力アップだろう。

 確認してはいないが、膨大な量の効果があるに違いない。

 全て、アトラのお陰だ。


「早くだ。もっと早く仕留めるぞ。ここにある理不尽を、悲しみを……一秒でも早く滅ぼす」


 羽虫が二匹揃って各々の攻撃を俺にしてくるが痛くも痒くもない。

 爪もブレスも羽ばたきも全て無意味だ。

 一箇所で動けない敵など獲物と同じ、全員が一方的に仕留められる。


「重力剣!」

「ブリューナク!」

「バードハンティング!」

「トルネードスロー!」

「八極陣天命剣!」

「すぱいらる・すとらいく!」


 羽虫との戦いで火力の高い連中がそれぞれの羽虫に向けて必殺攻撃を放ち……。


「「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」」


 片方が悲鳴を上げると同時にもう片方が変な鼓動を開始する。

 そう、自爆だ。

 もちろん、そんな事はさせない。


「タイガーランペイジ!」


 やがて全員の、フォウルの必殺攻撃が命中して二匹がほぼ同時に羽根となって消え去った。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 勝利の雄たけびが辺りに木霊する。

 羽根が雪のように振り、その中を俺はただ、静かに佇む。


「アトラ……やったぞ」


 盾を高らかに上げて、俺は勝利の報告をする。

 本当はお前を犠牲にしなくても、勝てたはずだったんだ。

 絶対に……こんな事をした奴を許すつもりは無い。


「錬! わかっているな?」

「ああ!」

「女王にも伝えろ。こんな真似をした奴を炙りだせ! 絶対に許すな!」


 遅れてやってくるとか言う七星勇者である可能性が高過ぎる。

 この責任、どうしてくれようか!


 俺はフィーロを呼び寄せて、あの閃光が放たれた根源に向かう様に指示した。

 錬もガエリオンに乗って付いてくる。

 だが、その日、日が落ちるまで探したが、犯人らしき人物は見つかる事は無かった。



「くそっ! 犯人はどこに消えた!」

「これ以上の捜索は無意味だ。尚文、お前は先に休め」


 錬が事もあろうに俺に指図してくる。


「何を言ってんだ!」

「見つかったら報告する。それまで辛抱してくれ」

「だが――」

「頼む……」


 反論しようとする俺に、錬が諭す様に言った。

 その表情は悲しみと怒りが混じった複雑な物だった。


「尚文、怒っているのはお前だけじゃない。俺も例えようも無い怒りで一杯だ」

「……そうか」

「尚文にだから言うけどさ。さっき憤怒の剣が出現したよ。もちろん使う気は無いけど、あの時、尚文はこんな気分だったのかと驚いた」

「…………」

「俺も犯人を許すつもりは無い。だけど、もう少しだけ冷静になってくれ」


 そう言われて……少しだけ冷静になる。

 真に怒りがこみ上げると、冷静になったと錯覚してしまう気がする。


 今の感情は……一言で説明出来ない。

 ヴィッチに裏切られた時とは異質の怒りが頭を支配している気がした。

 今は少しだけ、休むべきかもしれない。


 守るべき相手と怒るべき相手を分別できる程度には休むべきだ。

 そう、冷静だと思う心の俺が注意している。


「……わかった。すまない。後は任せる」


 俺は日が沈みかけた寺院の脇で座り込む。

 捜索はまだ続いている。

 錬に休めと注意されて休んでいると、俺はこれまでにないくらい怒っていたのを自覚する。


 慈悲の盾によって、身を焦す様な怒りは薄まってはいるのは確かだ。

 だが、それ以上に許せないのだ。

 あまりにも深い理不尽、悲しみ、苦しみ……それ等が解るが故に。


 怒りが少しだけ冷めてくると、次は胸にぽっかりと穴が開いた様な喪失感が心を支配してくる。

 気が付くとラフタリアが俺の前に立っていた。


「アトラさんは……卑怯です。私は、私の力でナオフミ様に振り向いて貰おうと思っていたのに……」

「そうか……だが……今は」

「わかっています。わかっていますから……どうか、泣きやんでください」


 と、言うラフタリアが一番泣いている。

 誰かの痛みを理解できる、そんな心の籠った涙だ。


「俺は泣いてなんかいない」


 言ったと同時に、頬を伝う何かに気が付いた。

 これは……涙か?

 テントを出てから泣いていた自覚は無かった。

 けれど……みんなは知っていたのかもしれない。

 泣いているのだろう。


「うう……」


 それを自覚した途端、虚無感は俺の思考を支配し始めた。


「ナオフミ様……」


 俺は思わずラフタリアに抱き付いて泣き出してしまった。

 城で決闘した後、もう泣かないと決めたつもりだった。


 涙が止まらない。

 泣かないようにするたびに涙が溢れてくる。


 誰かの悲しみを、苦しみを、痛みが解ってしまう。

 それが恥ずべき事では無い、正しい事なのだと、今なら理解できる。


 誰よりも近い、盾になった少女の事を想い……今はただ……静かに、泣いていたい。

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