盾になった少女
「ふざけるな!」
アトラが何を伝えたいのかわかった。
それで尚、俺は首を横に振る。
「それがどういう意味かわかっているのか!」
「はい……百も承知で述べております」
その表情は、冗談を言う顔ではなかった。
俺はフォウルの方に顔を向ける。
フォウルは……俺を睨んだまま、立ちつくしていた。
ここで横やりを入れて欲しいと言うのに、何故黙って見ている。
血が出るほど強く握り拳を作っているのに、何故……。
「そして、更なるワガママをお許しください」
「なん――」
俺がフォウルからアトラに視線を戻すと、アトラは力を振り絞って、俺の唇に……キスをした。
初めての女の子からのキスは……血の味がした。
どさっと力が抜けたアトラが、倒れこむ。
「ずっと、狙っていたんですよ。やっと、叶いました」
「こんな時に何を色ボケた事を……」
「ラフタリアさん」
「な、なんですか」
ずっと黙って俺達を見ていたラフタリアにアトラが声を掛ける。
「絶対に譲れないと続けていた私達の攻防は……もう終わりのようです」
「いいえ、まだ……ずっと続くものです!」
「うふふ……ラフタリアさんまでそう言う事を言うのですね。少し嬉しいです。わかっているとは思いますが、私はラフタリアさんに嫉妬していました。どんなに頑張っても尚文様の一番にはなれないと、わかっていたんです」
「まだ決まってません! アトラさんと私で勝負して、これからも……これからも……」
大粒の涙を流すラフタリアにアトラは微笑み掛ける。
そして全てを悟ったかの様に語りかけた。
「ラフタリアさんはお優しいですね。尚文様が好いた理由がわかりました。ですが、一つだけ聞いてください」
「一つだけじゃなくて、もっと言ってください。一度位ナオフミ様を譲っても良いですから」
「ラフタリアさん、尚文様は……ラフタリアさんが考える以上に女の方が好きです。普通の男の方なんです。ですから、もう少し尚文様を良く、見てあげてください」
「……わかりました。ですが、それはアトラさんも一緒にです。諦めないでください!」
ラフタリアが必死に、懇願するかの様に言うが、アトラは既に気で誰がどこにいるのかわからない程、弱っている。
それだけで残された時間が少ないと……冷たい現実が語っていた。
アトラはやがて、何かに気付いた様に、誰に言うでもない言葉を紡いだ。
「ああ……そうだったんですね。ラフタリアさんと一緒に、尚文様と共に過ごせば良かったのかもしれません。どうしてこんな簡単な事に気付かなかったのでしょう……こんな風に考えると、生きたいと、叶わない願いをしたくなります」
「生きるんですよ! きっとナオフミ様なら治せます!」
「ああ!」
アトラはゆっくりと、先ほどよりも弱々しく首を振る。
「尚文様……どうかお気付きください」
「なんだ?」
「私は常々、尚文様の一番になりたいが為に頑張ってきました。ですが……それは叶わないようです」
「どういう……」
「尚文様。尚文様御自身は……過去に負った心の傷から考えないように……していたのでしょう。ですが、御自覚ください。ラフタリアさんは、尚文様の事を……異性として好いています。私と同じように」
「こんな時に何を言っているんだ!」
「こんな……時でもない限り、尚文様は、聞きいれて下さりませんのを私は存じています。どうか、信じて……ゲホ」
アトラの力が先ほどよりも弱くなっていくのを感じる。
く……イグドラシル薬剤とリベレイション・ヒールをもっと掛ければ――
「約束を……してください。ワガママばかり言っている私の最後のお願いです。どうか……尚文様の事を好きだと思っている者達が居る事を、御自覚してください。そして答えてあげて下さい。お願い……します」
「ああ! わかった! わかったからもう無理をするな!」
神様……どうか! どうか目の前で、俺を信じる者達をどうか助けて下さい。
生まれてから今まで、ここまで神に奇跡を願う事なんて無かった。
ヴィッチに美人局に遭い、騙されて追い出されてもここまで願う事は無い。
「約束……ですよ。いっぱい、お願いしちゃいましたけど……」
「わかったから……叶えてやるから……」
「うふふ……尚文様に、こんなにも大切にしてもらって……わたし……しあわせ……で……」
と、続ける言葉の途中でアトラは、静かになった。
「アト、ラ……?」
俺が必死に揺すって意識を保たせようとするが、アトラは優しく笑う表情のままピクリとも動かない。
「アトラさん!」
「アトラアアアアアアアアアアアアアアアア!」
俺の叫びに……アトラは答えてくれなかった……。
どれくらい放心していたか分からない。
ラフタリアはずっと泣いていて、フォウルはただ、じっと俺を睨みつけているだけだ。
「……」
もう、アトラの命はここには無い。
ここに横たわっているのは……。
俺はフォウルの方を向いて呟く。
「俺を……憎め」
命よりも大切にしていたはずの妹を我が身可愛さに助けられなかった俺を……憎んでくれていい。
そう、呟いた瞬間、フォウルは俺の胸倉を掴んで握りこぶしを……止める。
「憎むものか! 憎んで、お前を楽になんてさせてやるもんか!」
「な……」
「アトラはなぁ! アトラは、最後まで、お前の事を好いていたんだ! お前の為に、犠牲になる事を選んだんだ! なら俺は……お前を恨む事も、憎む事もしない! 助けられなかったのは俺も同じなんだ。あの時、俺が止めればこんな事にはならなかった!」
「だが……」
もしもと言う可能性が俺の頭に浮かぶ。
あの時、こうしていたらアトラは死ななかった。
あの時、どうしてアトラの想いに答えてやらなかったと。
「あの時、出会わなかったらアトラは……死ぬ事も無かった」
と、呟いた瞬間、視界が横に吹き飛ぶ。
フォウルに殴られたのだと気付いたのは殴られた後の事だった。
「間違ってもそんな事を言うんじゃない!」
「だが! それは事実――」
「あの時、お前に出会えなかったらアトラは死んでいた! 俺にアトラを延命させる為の薬の代金を捻出なんて出来なかった。次に発作が出たら死ぬだけだったんだ! なのに……自由に歩いて俺と喧嘩するまでになったのはお前のお陰だったんだ! なのに、そのお前がそんな事を言うだなんて許さない!」
「それでも……こんな――」
「アトラの誇りをこれ以上汚すな!」
フォウルは俺に背を向けて言い放つ。
その手は握り過ぎて血が出るほどだ。
金属の様に堅い俺を殴って、痛いはずなのに、だ。
血が滴となって地に落ちる。
「アトラが言ったんだ。あの村の子達をアトラだと思って守ってほしいと、俺はアトラの遺言を守らなきゃいけないんだ! お前なんて……義兄と呼ぶべき奴を憎んでいられるか! 憎んでなんてやるもんかぁあああああああああああああ!」
フォウルの叫びが木霊する。
その叫びが……何を呼び寄越したのか、拠点にしていた寺院から眩いばかりの光が飛んできてフォウルに振りかかる。
思わず、目を瞑る程の光が一瞬で消え失せ……フォウルの手に、小手として現れた。
「これは……」
フォウルの手を覆う見覚えのある小手……。
フォウルの心の叫びに伝説の小手が答えたとでも言うつもりか?
仕組まれた偶然と、昨日までの俺だったら嘲るだろう。
だけど、今の俺にはそんな余裕は無かった。
もう、全てが遅いんだ……。
「絶対に、アトラとの約束を守れよ! 俺は……俺も、アトラとの約束を守りに行く!」
涙を流しながらフォウルは走り去って行った。
戦場で戦っている者達を守るために。
俺は……俺は……。
泣きじゃくるラフタリアを宥め……俺を慕う、少女が残した遺言を反芻する。
「少し、一人にしてほしい」
アトラの亡き骸を抱きしめて俺は……ラフタリアとラト、そして治療師達に頼んだ。
「……わかったわ。でも、戦いは続いているのを忘れてはダメよ」
「ああ、わかっている」
「うっく……」
ラトとラフタリアは頷き、去った。
俺は……ぼんやりとしたまま、アトラとの思い出を、反芻していた。
俺の部屋で初めて寝に来たあの夜。
『俺は盾の勇者だから、守る事しか基本的には出来ないんだよ』
と自分の役目を蔑みながら言った。
『……そうですね。この村を見ていますと、尚文様の翼にみんなが守られているように感じます』
『翼ねー』
『みんな、尚文様に守られていずれ巣立つ時を待っていると思うのです』
『巣立つのは良いが、この村を最終的に守れよ。じゃなきゃ罰則があるぞ』
『ですが……尚文様を、誰が守るのですか?』
『は?』
『私は思うのです。ラフタリアさんが尚文様の剣ならば、私は尚文様を守る盾になりたいです』
『盾ねー……そんな良い物じゃないぞ』
その願いは、こうして、命を賭けて叶えた。
ならば、俺はアトラの遺言に応えなければならない。
守る事さえ出来なかった俺は、せめてその願いを叶えねば……自分を許せない。
そう……例え俺をどう蔑み、罵倒する存在が現れようとも、他者を守れなかった俺は、この約束を、この約束だけでも守らねばならない――!
「………………っ!」
これから俺は――禁忌を犯す。
人の命を買い、酷使し、使い捨てた犯罪者の分際で罪悪感に苛まれるのかと嘲る。
アトラの身体を眺める。
こんな俺を好いてくれた少女だ。
どこまでも俺の全てを無条件に受け止めてくれた存在だ。
そんな女の子を、これから盾に入れるのだ。
怯え、恐怖、絶望、慟哭。
ありとあらゆる感情が渦の様に巻き起こる。
体が震えて止まらない。
それでもしなくてはならない。
あれだけ願ったのに奇跡を起こさないのなら、こんな理不尽を見て見ぬフリをするのなら……きっと神様はいないのだろう。
いや、神なんて奴が存在してはいけないんだ。
存在してたまるか!
こんな事をまかり通らせる神が存在するのなら、俺が絶対に許さない。
何があっても絶対に殺す。
だっておかしいじゃないか!?
何もかもうまく行っていた。
十分な注意も払った。
犠牲を出さずに勝てる戦いだった!
あの光さえ無ければアトラは死なずに済んだ。
何が勇者だ。
何が神だ。
何が波だ。
何が……。
こんな……こんな理不尽な世界に誰が……。
「アトラ……お前がこの世界に還りたくないと言った理由、少しだけわかるぞ……」
二度と話す事ができない少女の体は、あまりにも軽かった。
それでも、約束を守る。
絶対に破らない。
こんなクソみたいな世界に、アトラを渡したりはしない。
「くっ……!」
少女の体が盾へと消える。
それは今まで魔物や物を入れた時と、まったく同じ輝きだった。
カースシリーズ。ラースシールド、ブレッシング!
ブレスシリーズ。慈悲の盾が強制解放されました!
ソウルシールドの条件が解放されました!
亜人シリーズ強制解放! コンプリートしました!
奴隷使いシリーズ強制解放! コンプリートしました!
仲間シリーズ強制解放! コンプリートしました!
ブルートオプファーの呪いが解除されました!
『ブレスシリーズ』
ブレスシリーズはカースを乗り越えし者にのみ授けられる強力な武器のシリーズです。
デフォルトの盾として存在し、変化する武器の力を付与させます。
装備ボーナスは変化させた盾に依存します。
ブレスシリーズ
慈悲の盾
能力解放……装備ボーナス、スキル「チェンジシールド(攻)」「アイアンメイデン」「流星壁」
専用効果 慈悲の誘い エンチャント 祝福 オールレジスト スペルサポート
盲目の少女と共に……心が生み出す、慈悲の盾。