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盾の勇者の成り上がり 作者:アネコユサギ

盾の勇者の成り上がり

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大き過ぎる代償

 俺は破裂する鳳凰の根元でラフタリアは元より、勇者や奴隷達、更には連合軍の連中を庇うために最前線で辺りを焦土と化す炎に立ち向かった。

 ブルートオプファーのダメージなんて気にしている暇は無い。

 ラースシールドの防御力に期待するほかない。

 霊亀甲でも良かったがまだ防御力はこっちの方が上だ。


「うおおおおおおおおおお!」


 声を張り出しながら炎を押し出す様に俺は一歩、また一歩と前に出る。

 俺が守る方向以外、炎は立ち上りながら焦土へと変貌させていく。


 ぐ……盾の守りを突破して、俺に灼熱の炎が浸食して行くのを感じる。

 手の先の感覚が火傷を通り越し、痛みが無くなっている。

 やばいと本能が囁く。


 咄嗟に霊亀甲に変えるか?

 付与効果でまだ炎の耐性が高いだろうし、と変化を思い浮かべる。

 すると、盾から……何かを感じた気がした。

 霊亀甲に変えたら、おそらく耐えきれない。


「チェンジシールド!」


 フロートシールドをチェンジシールドで霊亀甲に変化させて見た。

 ……一瞬で燃え尽きたぞ! 再出現した盾を再度俺の前に多重展開させて、時間を稼ぐ。

 ラースシールドでこれだけのダメージを受けるんだ。

 突破なんてされたら俺の後方に居る連中なんて消し炭になりかねない。


 辺りがスローに感じる。

 生命の危機と言う奴だな。昔、何かの本で読んだ覚えがある。人間は生命の危機になると、認識する速度が早まって、流れる時間が遅く感じると。

 鳳凰の放った無慈悲な炎は全てを焼き払うために俺を攻め立てる。


 辛うじて……抑えているけれど、それもまだ5秒にも満たない気がする。

 どれだけの時間を耐えきれば良いんだ?

 流星盾はとっくに展開し、即座に破壊されてしまった。


 反射系の盾は意味がないし、エアストシールドとセカンドシールドも既に展開済みだ。

 フロートシールドを多重展開して辛うじて抑えているに過ぎない。

 どうする?


「ドライファ・レジストファイア!」


 後方から動きの良い奴が……錬か? 俺に向かって炎耐性が上がる魔法が飛んでくる。

 リベレイションじゃないのは詠唱に時間が掛りすぎるからだな。

 聡明な判断だ。

 僅かに受けるダメージが下がった気がする。

 だが、それも焼け石に水か。


 !?

 鳳凰の炎の威力が上がった。

 まだ予兆だったとでも言うかのように火力が跳ね上がった炎が俺を焼き尽くす。

 盾の隙間から漏れ出した炎が、俺の肩を焼き焦がす。


「ナオフミ様!」

「尚文!」

「ぐ……」


 ラフタリアや他の連中が俺に声を掛ける。

 中には俺に回復魔法や援護魔法を唱えてくれる奴もいるが、この僅かな時間でよくやってくれたと感心する。

 ただ、それでも鳳凰の必殺攻撃を耐えきれる程では無い。


 ぐぐ……。

 押されて盾を持つ手が挙がって行くのを必死に抑えている。

 体は今にも吹き飛ばされそうな程の風を受けている。四肢は焼け焦げて炭に成りかけている。ちりちりと、俺の視界に浮かぶステータス魔法のHPも危険域にまで達し、このままではそのまま焼き焦がされるだろう。


 よくもまあ、過去の七星勇者はこんな化け物と戦って生き延びたもんだ。

 考えてみれば壁画の絵よりも範囲が広いんじゃないか?

 く……。

 後十数秒もしたら俺は吹き飛ばされるのではないか?


 いや、一つだけ方法がある。

 これを使えば、みんなの命が助かる。

 もしもこれを使ったら俺は確実に死ぬ――だろうな。

 だが。


「やるしかない!」


 俺が咄嗟に叫んだのとほぼ同時だった。

 隣に一人の少女が立つ。


「大丈夫です。みんなを……尚文様の願いを叶えて見せます」

「「な――」」


 俺と……その少女の兄が言葉を失う。

 その少女はコクリと、頷き……手を前にかざしながら飛びだした。

 無理をさせる訳にはいかない。咄嗟に手を伸ばす。


 だが、俺が伸ばした手はアトラに届かず……。

 変幻無双流に失伝している守りの気の使い方を俺と共に編み出したその少女は……作り出した技の一つである『集』を使って、炎の方角を自身に集め、壁を使って方角を定め、人の居ない方角へ炎の方向を向ける。


「アトラ!」


 その声に少女は優しく口元をほころばせる。

 額には噴き出すほどの汗を流し……手の肉は焼け焦げそれでも尚、気を使って方向を変えようとするその意志に……終末の炎は、従った。



 後に残ったのは耳を劈くほどの爆発音と目を開いていられない程の閃光だった。

 煙で何も見え無い。


「ゲホゲホ! アトラ!」


 俺は煙を払う様に手を振りながら叫ぶ。

 そして振り返りながら尋ねた。


「大丈夫か! お前等!」


 煙が晴れ、振り返ると、ぐったりとしたみんなが居る。

 どうにか炎の方向性を変える事は出来たのだろうが、変えきれなかった炎が連合軍に多大な被害を与えていた。

 死屍累々で倒れる者が多数いる。


 そんな事よりも、アトラだ。

 火元に居た俺の前に出て、方角を捻じ曲げるなんて荒技を行った少女を俺は探す。

 そして……ふと、空を見る。


 まるでボロクズのように何かが降ってくるのを俺は理解した。

 咄嗟に受け止める。


「あ……」


 ずしりと、重いと感じるようで、とても軽い……そのボロクズの様な何か……それが片腕が吹き飛び、両足が炭と化したアトラだったと理解するのに数秒の時間が掛った。


「アトラ!」


 フォウルが駆け寄ってくる。


「「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」」


 ほぼ同時に、空に二羽の巨鳥の影が舞う。


「尚文! 急いで下がれ!」


 錬が放心する俺に怒鳴る。


「あ……だ、だが……」

「今のお前じゃ戦えない! 最低限、傷を癒せ! それに……その子の治療を早くするんだ! 他にも倒れた者は居る。少しでも……この中で一番回復や治療が得意なお前が行くべきだ!」


 言葉が出てこない……どうする? どうしたらいいんだ?


「早くしろ! ここは俺達に任せるんだ!」

「わ、わかった」

「ラフタリアさん! 尚文とアトラを早く連れて行け! フォウルも下がれ!」

「は、はい! フィーロ!」

「うん!」


 錬の怒声に俺は、頭が真っ白になったまま、後方に連れて行かれた。



「あ……あ」


 言葉が出ない。

 今のアトラは瀕死の重傷だ。

 よくよく見ると、炭と化しているのは両足だけじゃない。へそより下はほぼ全て焼け焦げている。

 生きているのが不思議な位だ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 後方に設置された仮設テントの中で俺はアトラを寝かせて治療師たちと共に瀕死の重傷を負った者達の治療を始める。

 一番の重傷はアトラだ。

 他の連中は……生きている者だけを重点的に集めたらしい。

 真っ白になった頭の中で、聞いたことを反芻する。


「アトラ! しっかりしろ!」


 フォウルが寝かされたアトラの残った手を握りしめながら必死に話しかける。

 アトラはフォウルにボソボソと何かを話している。


 動揺するな……。

 今するべき事は傷の回復だ。

 一人でも多く、助けられる命を救うんだ。


 お前は勇者だろう。それも盾の勇者だ。

 防御と支援、そして回復だけは、この世界で誰よりも優秀な存在だろう。


 ……意識が集中できない。

 それでも……皆を、アトラを死なせる訳にはいかない。

 必死に冷静になるよう、意識を集中させて最上位の回復魔法を紡ぐ。


「リベレイション・ヒール!」


 光り輝く回復の魔法がアトラに向かって飛んでいく。

 しかし……その回復の光でアトラの失われた個所は戻らなかった。


「な、なんで!?」


 回復魔法って万能なんだよな!?

 そう言えば、後方に下がる間に掛けられた回復魔法で俺の傷は治ったが、アトラには効果が無いように見えた。

 いや……回復はしているのだろうけれど、それよりも傷が酷過ぎると言う事……なのか?

 ならば……と、俺は盾からイグドラシル薬剤を取り出し、アトラに服用させる。

 塗り薬としての効果も期待できるし、飲めば瀕死の病人でさえ起き上がるこの薬を併用すれば治せるはずだ。

 だが……。


「どうしてだよ!」


 アトラの傷は治る気配がない。

 俺は半ば八つ当たりをするかのように、治療師に尋ねた。


「どうして治らないんだ!」

「……治せる、癒せる土壌を超えているのよ」


 そこへラトがやって来て、呟く。


「どういう……事だ?」

「アトラちゃんは、生きているのさえ奇跡に等しい状況なの。治療師を始め、侯爵の魔法や薬で辛うじて、今は命を繋げているのが限界なのよ。それも……」

「ラフ……」


 ラトの腕の中でミー君の核が小さく鳴く。


「この子も体を張ってみんなを庇ってくれたわ。こんなにも無茶をして……」

「ラトさん。アトラさんを助けられないのですか?」

「どうにか出来ないのか! 例えばお前がミー君とやらにしたように延命するとか」

「魔物と亜人は違うわ。ホムンクルスの技術を使えば、手や足は辛うじて再生させる事は出来るけど、その子は臓器も焼けこげている。錬金術だって万能じゃない」

「そんな……」

「機材だって足りない。揃っていても助けられない」

「ウソだ!」


 俺は信じない! 絶対に、助ける手段があるはずなんだ!

 何処だ! 何処かに今のアトラを助ける事が出来る盾があるはずだ。

 何が盾の勇者だ。女の子一人を犠牲にして助かって何が……。


「尚文……様」


 声に俺はアトラの方を向く。


「みんなを、守れましたか?」

「ああ、そんな事よりお前の方が――」

「お兄様……尚文様を私の近くへ……」

「……ああ」


 フォウルが俺をドンとアトラの前にまで押す。


「……わかっております。残り時間がもう、無い事は」

「何を言っているんだ。まだ時間なんて腐るほどあるに決まってるだろ」


 俺の返答にアトラ弱々しくは首を振る。


「尚文様……もう良いのです。お気になさらず」

「気にするに決まっているだろ!」


 そうだ。イグドラシル薬剤が一つだからダメなんだもっと使えば一命を取り留めるに決まっている。

 念の為の予備が二つしかないが、後何個かあればきっと。

 俺は治療師を呼んでイグドラシル薬剤を持ってくるように指示する。


「やめなさい侯爵! さっきも言ったけど、限界を超えているのよ」

「やってみないとわからないだろ!」

「わかっているから言っているのよ!」


 ラトを無視してイグドラシル薬剤の二つ目をアトラに服用させる。

 まずは傷口に塗って……。

 だが、触れたその場で気付いた。

 炭になっている箇所がいつまでも取れない。


「すまんアトラ!」


 治療用のナイフで炭になった個所を切断して塗る。

 しかし……再生をする気配がない。


「はぁ……はぁ……」


 息をするのもやっとのアトラが残った手で俺の手に触れる。


「だから……もう、おやめ下さい」

「イヤだ!」


 俺の前でそんな事を言うんじゃない!

 どんな事があっても俺は諦めなかった。

 信じようと思った奴に裏切られても、悪魔と罵られても、殺されそうになったって諦めなかった。

 それなのに……こんな、こんな理不尽で諦めてたまるか!


「尚文……様。どうかご理解ください……私は、もう助からないでしょう。それは私が一番理解しています。一秒毎に体から気が抜けだして行っているから……わかります」

「だが、だけど――」


 枯れ果てたと思っていた目から滴が零れ落ちる。


「尚文様の奇跡の力によってこうして……話が出来ているに過ぎません。どうか……落ち付いて聞いてください」


 弱々しく、今にも崩れ落ちそうな力でアトラは俺の頬を撫でる。


「はぁ……はぁ……」

「……」


 俺が黙るとアトラは微笑んで、まるで母親が泣きじゃくる子供をあやす様な手付きで、俺の涙を拭う。


「尚文様、私は貴方の事をこの世界の誰よりも好いています。そして前に言いましたよね。私は貴方の盾に成りたい」

「……ああ」


 だから、こんな無謀な事をしたとでも言うつもりなのか!

 誰かの盾になって死なれたら、守られた人が、どんな気持ちになると言うのかわかっているのか!?


 そう思った所で、アトラが俺に何を伝えたいのかわかった。

 アトラがした事は、俺がやろうとした事だ。


 集で方向を集めて、別の方向へと導いて逃がす。

 もしも実行したらどうなったか、それは俺が一番わかっているはずだった。

 アトラが前に出なかったら……今、アトラが居る場所に俺が居るのだ。


「だからって……こんな」


 自分でも情けない、掠れるような声が喉から出てくる。


「私は……満足です。こうして、救って頂いた命で尚文様を守る事が出来たのですから」

「ダメだ……死ぬんじゃない。俺を庇って死ぬな」


 それは本来、俺がやらないといけない事だったんだ。

 死にたくなんかない。

 俺だったら助かったかもしれないんだ。


「尚文様……それに応える事は……きっと出来ません」

「なんで!」


 わかってる! わかっているんだ。

 それでも、奇跡を願う事しか俺には出来ない。


 誰か、誰でも良い。神様に祈ってやる。

 誰も信じられない俺が信じてやる!

 我が侭だと言うのは百も承知だ。

 例えこの世界の神様が四聖の勇者であろうとも、そんな物をかなぐり捨てる事で目の前の少女が助かるなら……俺は……。


「尚文様、どうか私のわがままを……どうか叶えて下さい」

「なんだ! なんだって叶えてやる。だから死ぬなんて真似は絶対にするんじゃない!」

「……私は、尚文様の盾になると願いました。それは今でも変わりません……そして……私は、血も肉も、魂さえもこの大地に還りたくないのです」

「え?」


 アトラは俺の手を握りしめたかと思うと、手を離して盾に触れる。


「私では尚文様の一番は無理だとわかっていました」

「何を……」

「それでも一番になりたかったのです。せめて体だけでも、誰よりも近くにいたかったのです」


 毎夜の様にやって来たアトラが思い出される。

 俺の傍に居たいとアトラは言った。


「例え肉体を失ったとしても、尚文様と共に……いさせてください」


 その意図に……俺は戦慄した。

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