計測の基礎
はじめに
計測技術は科学研究、工業農業生産、エネルギー、健康医療、物流運輸、土木建築、リテール、生活家電、のありとあらゆる場面に利用され深く浸透している。その利用は、年とともに拡大の一途をたどっている。製造業の設計開発技術者に要求される重要な素養の一つが計測工学である。計測技術の最近の急速な進歩を見ると、以前は機械式やアナログ式の原理に基づいたものが大半を占めていたが、現在これらはことごとく電子式あるいはデジタル式のものに置き換わっている。言い変えると、計測技術を支える専門分野は機械工学から電気電子工学分野(情報工学分野も含めて)に移行している。電気電子工学科の卒業生の就職先が引く手あまたなのはこのためである。せっかくの就職機会を逃さないためにも、本講義内容を是非とも真剣に学んでもらいたい。
計測とは何か
計測とは何かということを一言で言えば、我々の身の回りに存在する様々な物理量(長さ、時間、力/重量、温度、照度、速度、騒音、速度、流速、回転数など、あるいは物理量に限らず生化学量の場合もある)を定量的(数量的)に定める操作である。また、対象となる物理量を精度よく測るための装置や器具を考究することが、計測工学の使命である。計測の概念や適用範囲の違いを反映して、良く似た意味の用語として、センシング、測定、計量といった用語もよく使われる。これらの言葉を辞書で引くと、各々は次のように説明されている。
センシング:「様々な自然的事象の状態や変化を感知すること」
計測:「なんらかの目的をもって事物を量的にとらえるための方法,手段を考究し実施し,その結果を用いること」
測定: 「現象から定量的な情報を取り出す操作」 測定量=基準量×測定値
計量: 「物の取引のような公的な取引に関わる計測」
これらの言葉の包含関係を概念的に表したのが図1.1である。センシングという用語は、従来の計測の範疇を超えたより広い意味で使われる(新しさを強調した用語)。一方、測定や計量という用語は、計測よりも少し狭い特化した意味で使われる。
[図1.1 「計測」と「センシング」,「測定」,「計量」の関係]
人の感覚、昔からある機械式計測器から現代の電子式計測器まで
湯船のお湯に手を触れて、湯加減(お湯の温度が熱いかぬるいか)をみる場合を考えてみよう。湯に触れて温度がわかるのは、人の皮膚に存在する温覚受容器の働きによっている(感覚受容器が温度センサの役割を果たしている)。湯に触れた際に温覚受容器に加えられた温度刺激が電気信号に変換され、その電気信号が感覚神経を介して脳に送られて、最終的に温度を感知できるのである。しかし、湯に触れてわかるのは、測定者個人の感覚的な温度であり、客観性、定量性に欠ける。これに対して、人工的に作られた計測器(温度計)は何Cという形で定量的な結果を提供することができる。昔から使われているガラス管液体温度計の例で考えてみよう。この温度計はガラス管に封入された赤色アルコール液柱の体積が温度とともに伸縮する現象を利用している。すなわち、計測対象である媒質中の温度をアルコール液柱の高さという機械量に変換するセンサの仕組みが施されている。さらに液柱の高さ方向に温度に応じた目盛りをふっておくことにより、温度が液柱の高さという形でアナログ表示されている。人が目でみて、目盛りと液柱高さを比較することにより、温度を数量的に読み取ることができるようになる(液柱先端の目盛りを目で見て読み取る)。
ガラス管液体温度計はアナログ表示された液柱高さを目盛りから読み取らなければならない。その際、視差(目視の方向による違い)などの影響によって測定する度に読み取り値が異なってしまい、曖昧さ(読み取り誤差)が避けられない。これに対して、最近の殆の計測器は測定結果がデジタル(数字)で表示される。デジタル式計器の長所は、読み取り誤差の問題がなく、誰が測定しても同じ結果が得られることである(他にも長所があるが、それについてはおいおい述べる)。デジタル式温度計には、機械式でなく電子式の温度センサが使われている。 その一つである熱電対は、ゼーベック効果という物理現象に基づいて、温度に比例した電圧に変換する。変換電圧を測ることにより、測定対象の温度が測定できるようになる。他にも、温度に比例して抵抗が変化する特性に基づいたサーミスタや白金抵抗測温体などが電子式温度計に利用されるセンサである。
センサの役割と計測器の構成
上記の温度計測の例に限らず、対象となる物理量に比例した電気量や機械量に変換するセンサが、計測の根幹となる働きをしている。 センサというと、通常は物理量を電気量に変換する電子式の素子を指す。温度に限らず、圧力、重量、変位などを測るために使われるセンサが、どのような物理現象に基づいて、どのような電気信号に変換するかを、表1.1に列挙して示してある。 図1.2に示すように、センサを含めた計測器全体の一般的な構成は、(i)センサによる物理量の検出、(ii)基準量との比較、(iii)測定値の表示、などからなる。先の液体温度計の例では、(i)のガラス管液柱が温度センサの働きをしている。また液柱高さに一致する目盛りを読むことが(ii)の比較操作にあたっている。同時に、液柱の長さがそのまま(iii)の温度のアナログ表示にあたっている。一方、電子式温度計の場合、センサとその検出回路により、物理量に比例した電気信号(電圧や抵抗の変化)を取り出す。さらに、デジタル式の場合、AD変換器(基準量との比較)を用いてデジタル量に変換される。適当な演算処理を経た後、最終的に液晶画面に測定値がデジタル表示される。
[図1.2 計測におけるセンサの役割]
表1.1 センサの例
物理量 | センサ | 変換量 | 利用する物理現象 |
---|---|---|---|
温度 | 熱電対 | 電圧 | ゼーベック効果 |
圧力 | 半導体ひずみゲージ | 電気抵抗 | ピエゾ抵抗効果 |
重量 | バネ | バネの伸び | フックの法則 |
変位 | コンデンサ | 静電容量 | 静電気現象 |
測定法の分類
機械計測と電子計測
センサもしくは検出器として測定量を機械量に変換する計測器と、電気量に変換する計測器に分類することができる。前者は機械計測であり、 その後の表示を含めてすべてが機械式の機構で構成される(図1.3(a))。 機械計測は、電源が不要なため、電源供給が困難な場所での利用や停電時にも動作して欲しい用途に適している。 これに対して、後者の電子計測には、センサの検出信号をアナログ量のまま処理・表示する構成のもの(図1.3(b))、および電気量を一旦アナログ-デジタル変換器(AD変換器)でデジタル量に変換し、デジタル表示する構成のものとがある(図1.3(c))。これらの電子式は、電源が必要という欠点はあるが、増幅、伝送、演算、表示、記録などの操作が容易なため、現代のほとんどの計測器に広く使わわれている(デジタル式のものは特に)。
機械計測器の例として、力に比例してバネが伸びる現象を利用して 物体の重量を測るばね秤をあげることができる。また、熱膨張現象によってガラス管液体が伸縮すること利用して温度を測る液体温度計がある。 一方、電子計測器の例として、熱伝対による温度測定(電圧測定)、サーミスタによる温度測定(抵抗測定)、ロータリエンコーダによる回転数の測定(光→電気信号→パルス数の計数)、ひずみゲージによる力測定(抵抗測定)など、様々なものをあげることができる。
[図1.3 機械計測器と電子計測器の構成]
アナログ式とデジタル式
機械式計測器の殆どは、アナログ計測器であるといってよい(先の例にあげた液体温度計やばね秤など)。これに対して、電子式計測器の殆どはデジタル計測器であるが、例外的にアナログ式のものもある。 時計を例にとると、アナログ時計(針式時計)は時間の経過を針の連続的な回転で表現する(図1.4(a))。文字盤が針式(アナログ表示)であっても、本体も機械式のものと、本体は電子式のものとがあるので注意を要する。すなわち、前者の機械式は本体も歯車やゼンマイバネ等の機械部品だけで構成されている(ぜんまいばねの力をエネルギー源とする)。一方、後者の電子式の時計本体は、水晶(クォーツ)発振回路の発振パルス信号でステッピングモータを回転させる仕組みによって構成されている(クォーツ時計と呼ばれ、電池をエネルギー源としている)。 これに対して、デジタル時計は時間を液晶画面の数字で表示する(図1.4(b))。途中までは上記と同じ水晶発振回路で構成されているが、発振信号のパルス数をカウンタ回路で数えた値をデジタル表示するのが、デジタル時計である(デジタル時計は電子部品のみで構成されるため、針式アナログ時計より安価に作ることができる)。
[図1.4 アナログ時計とデジタル時計]
直接測定と間接測定
直接測定は、測定量をそれと同種類の基準量と比較して行う測定である。 例えば、ものさしで長さを測る場合、同じ長さ同士を比較することで、 長さを直接測っている。同様に電流計(電圧計も同様)は、電流や電圧を直接に測る。これらは直接測定に分類される。 一方、間接測定は、測定量と一定の関係にあるいくつかの要素の量について測定を行って、それらの要素の測定から関係式を使って測定量の値を導き出す測定法である(測定量を間接的に測っている)。間接測定は直接測定が難しい場合に適用される。例えば、長方形の形をした部屋の面積を求めるのに、長辺と短辺の各々の長さをメジャーで測って、の公式に代入して面積を求める方法である。同じように、抵抗を測定する問題を考える。そのために、抵抗に電池を接続し、抵抗に並列に電圧計を接続して抵抗両端の電圧を測る。同時に抵抗に直列に電流計を接続して抵抗を流れる電流を測る。オームの法則が成立することを利用して、この式にの測定結果を代入すれば抵抗値を求めることができる。これらの方法は間接測定である。
[図1.5 間接測定の例]
偏位法と零位法
測定法の原理に関連した分類として、すべての測定原理を偏位法と零位法の二つのどちらかに分けることができる。最初の偏位法は、測定量に比例した指示を示す物理法則やメカニズムを利用して、その指示値を読取ることにより直接的に測定量を知る方法である。これに対して、零位法は基準量と測定量の釣り合い(平衡)を取る操作を何度も繰り返し、釣り合いがとれたときの基準量を読み取ることにより、測定量を知る方法である。各々には次のような長所と短所がある。 まず、偏位法の長所は1回の測定で済み、測定に手間や時間がかからないことである。一方、理想的な比例検出器を実現するのが困難なため、精度が劣る欠点がある。 これに対して零位法の長所は、釣り合いをとるための比較器の感度と、基準量の正確さだけに精度が左右される。これらを精巧に作ることは容易なため測定精度に優れている。一方、短所は平衡をとるための操作を何回も繰り返す必要があり、測定に手間や時間がかかることである。
[図1.6 偏位法の構成]
[図1.7 零位法の構成]
重さを測るための測定器としてばね秤と天秤をとりあげることができる。 最初のばね秤(台秤も同様)は偏位法にあたる測定器であり、原理と測定方法は次のように説明できる。ばね係数のばねの先端に質量の物体を吊り下げる。この時、ばねの伸びは、フックの法則よりとなり、質量に比例する。この関係に基づいて、ばねの伸びに比例したの目盛りをふっておく。物体を吊り下げた時のばねの伸びを読めば重さがわかる。
[図1.8 ばね秤による重量測定]
次に天秤は零位法にあたる測定器であり、原理と測定方法は次のように説明できる。 天秤は、左右の皿に載せた物体の釣り合い状態を判定する。一方の皿に測定したい質量の物体、他方の皿に重さが既知の基準量として分銅を載せる。質量の分銅を載せた時に、天秤が釣り合ったとすると、左右の皿の上の物体の質量が等しい。すなわち、より質量が測定できる。
[図1.9 天秤による重量測定]
身近にある計測器の原理
身近に使われている計測器の多くは長年に渡る改良が施されて現在に至っている。昔からの機械式計器は起源や発明者さえも定かでないものが多い。一見単純そうに見えて何気なく使っているものであっても、実に巧妙で奥深い仕組みや考えが隠されていることに驚かされる。それらの根底にある原理や考え方は、現代の計測器にも共通しており、将来の新しい計測方法の発明工夫のヒントにもなる。そうした意味で、新旧を問わずさまざまな計測器の仕組みや工夫について探索することは、工学技術者にとって興味深く有意義なことである。それらをことごとく網羅できないが、以下ではその2,3の例のみを取り上げてみる。
ノギスを用いた寸法測定
長さを測る道具として我々は、ものさしを使う。通常のものさしは1mm間隔で目盛がふられていて、それ以下の細かさで読むことができない。より細かく読むために、0.1mmの間隔で目盛をふったとしても、人の肉眼で識別できないからである。 機械工作の現場では部品の寸法を測る道具としてノギスが使われる。ノギスの主尺には例えば1mm間隔の目盛が、副尺(バーニア)には0.9mm間隔の目盛がふってある。測定対象物を挟んだときに、挟んだ物体の厚さの分だけノギスの副尺が右方向に移動する(本尺は物体左端の位置に固定した状態で)。本尺と副尺が一致している目盛線を読むことにより、 0.1mmの精度で物体の厚さ寸法を測ることができる。 例えば、ある物体を挟んだときに、図1.10に示すように副尺の目盛0が本尺の1 mmと2 mmの間にあり、副尺の4番目の線が本尺の目盛5と一致していたとする。このときの測定値は1.4 mmと読むことができる。どのような仕組みになっているのだろうか?
[図1.10ノギスによる寸法測定]
[演習問題1] ノギスを用いて図1.10のの長さを測る。 ここで、ノギスの副尺の1目盛は、本尺9mmを10等分した長さとなるようにしている。
(1) 図では副尺の4番目の目盛が本尺の目盛に一致している。はいくらか。
(2) 副尺の番目の目盛が一致するとき、はいくらになるか。
(3) どのような原理で、からを求めることができるかについて説明せよ。
地球の円周長さの推定
BC230年の古代ギリシャの学者エラストテネスは、地球の円周の長さを推定した。当時の交通手段で地球を1周して直接測ることができないことはもちろんである。 どのように推定したのだろうか?その答えは次のようである。まず、アレクサンドリアにおいて夏至の日の南中時間に太陽による棒の影の長さから南中角度が7°12’と測定された。また、アレクサンドリアから南下した北回帰線の位置にある町シェネにおいて、夏至の日の南中時に深い井戸の水面に太陽が映ることから、南中角度が0°であると知ることができた。一方、アレクサンドリア-シエネ間の距離は、2つの町を徒歩やラクダに乗って移動したときの歩数や所要時間から925 kmであると推測された。もう一つは、天体観察の結果をもとに、地球が球形であることや、太陽までの距離は地球の大きさに比べて十分遠方にあること(太陽光は平行線であること)、を知っていた。 これらの知識と三つの観測結果をもとに、地球の円周の長さを925360/7.2=46250 km と推定した。
[図1.12 太陽の方角と地球上の観測結果との関係]
[演習問題2] どのような考え方で地球の円周の長さを推定したのか説明せよ。