270.お披露目の打診
「これで、全部です!」
商業ギルド内、ロセッティ商会で借りている部屋で、ダリヤは本日最後の羊皮紙に署名をした。
「お疲れ様でした、会長!」
イヴァーノは笑顔でそれを受け取ると、次々と赤茶の革箱に入れ、同色の革紐できっちり封をしていく。
中身は、以前、各種スライムの実験をし、いろいろと素材を作り出した後、開発が決まった物の報告と利益契約書の写し、そして御礼の手紙である。
宛先はスカルファロット家武具制作部門のヨナス、ベルニージ、そしてグイード。
冒険者ギルドのアウグストにイデア。
服飾ギルドのフォルトにルチア。
なお、商業ギルド長のレオーネの分は、すでにイヴァーノが届けてきた。
「メーナ、馬場にいるマルチェラと一緒にこれを服飾ギルドへ、こちらは冒険者ギルドへ届けてください。それが終わったら今日は二人とも直帰でいいです」
「ありがとうございます。なんなら、そちらも今日の内にスカルファロット家にお届けしてきましょうか? まだそんなに遅い時間じゃないですから」
「いえ、スカルファロット家の武具部門は俺がまとめて持っていくので」
「そうですか。じゃ、お先に失礼します!」
メーナは笑顔で挨拶をし、四つの革箱をしっかりと抱きかかえて部屋を出て行った。
それを見送ると、ダリヤはようやくほっとする。
ここ二日、ひたすらに書類を確認してサインをしていた。
正式な販売は来春以降になるそうだが、スライム関連はいろいろと進んだ。
イエロースライムの粉からできた『軽度防御布』『衝撃吸収材』、そして『
それぞれ、防御目的のベストやマント、ベッドマット、クッション、防具の裏、義手義足の内部など、用途は広範囲になった。
魔物討伐部隊が最優先で試し、よい物から取り入れる、その後に騎士団、国の警備兵へと回って行く予定だ。
ただし、開発者に関しては優先して回すことが決まっている。
ルチアがリアルな胸パッドや肩パッドを開発中だ。
レッドスライムの粉による『人肌保温材』は、ベルニージに任せた。
今は神殿と地区の病院に一定数を無償提供し、乳幼児や病人の低体温防止パッドとして試してもらっている。
安全のためにクラーケン革で本体をカバー、かつ、その上に布カバーを付けたが、最初は通気性の問題が出た。皮膚に密着すると、子供は汗疹になりやすい。
現在は、凹凸を付ける形で改良している。
残念ながら、量産するには値段がネックになっている。
イデアによるレッドスライムの増産を待ちたいところだ。
ブルースライムの粉からの『冷却剤』は、スカルファロット武具工房が進めている。
こちらも、神殿と地区の病院に一部無償提供をして試してもらっているそうだ。
そして、この冷却剤は、魔物討伐部隊の鍛錬後の筋肉痛を冷やすのにも使われ始めたという。
ひどい筋肉痛なら治癒魔法をと思ったが、それでは鍛えられないのだとヴォルフに聞いた。
仕組みはわからないが、身体を鍛えるのはやはり大変なようだ。
グリーンスライムの
ただし、輸送が便利になるのはありがたいが、戦争になど使われたくはない。それだけはヨナスに話したが、神殿契約を申し出られ、あわてて断った。
どうにも貴族は約束というと神殿契約を持ってくるものらしい。
振り返って考えつつペンを片付けると、ノックの音が響いた。
「失礼します、本日午後分のお手紙です」
商業ギルド員からイヴァーノが手紙の束を受け取り、テーブルの上で分類していく。
そのうちの一通、白に金色の縁取りのあるそれを、ダリヤに両手で渡してきた。
「ジルド様からですね……」
一際白い封筒と宛先の数文字で、確認しなくても差出人がわかった。
びくびくしながら封を切ると、読み進めるにつれて顔が下がり、背中が丸まっていく。
「男爵授与前の、お披露目のお話です。二週間後に二十四組での舞踏会、四週間後に四十組での舞踏会のどちらがいいかと……」
「少ないのは期間が近すぎますかね。多ければ顔が売れますが、緊張はしますよね」
お披露目をして頂く当人である、文句は言えぬ。
しかし、期間が遠く、数が少なくという選択肢があればとつい思ってしまう。
「お茶会や晩餐会は仕事が忙しいと言ってあるので断ってもよい、ってあるんですが?」
手紙はロセッティ商会宛てでもあるので、そのままイヴァーノにも見せた。
「あー、これは、お茶会や晩餐会の誘いがあったら断れって忠告ですね」
女性だけのお茶会ならば少しは緊張しないのでは――そう思いかけていたがやめることにする。
相手が全員貴族である。
礼儀もルールもわからないのだ、参加しない方がいいのだろう。
「舞踏会ということは、絶対踊らなきゃいけないんでしょうか?」
「そうなりますね。会長、基本三曲踊れます?」
「はい、一応ですが。高等学院で選択しましたので」
高等学院は必須教科に音楽がある。
楽器演奏と声楽を避けると、ダンス以外に選択肢がなかった。
幸い三曲の定番は、小さい頃、メイドのソフィアから教わっていた。
遊びのついでではあったが、おかげで授業は苦労せずに済んだ。
「最初の曲は婚約者か恋人、もしくはご家族かご親戚、他家でのお披露目ならそこの当主、まあ、この場合はジルド様でしょうね」
ジルドとのダンスがまったく想像できない。
ただし、足を踏みそうなのと、曲の後に謝罪することになりそうなのだけはわかる。
「お披露目の舞踏会は、最初の一曲を踊ったら、次の二、三曲はそれに準ずる形で、あとは踊っても歓談してもいいそうです。ジルド様が主催ですから、踊った後の歓談はジルド様か奥様が仕切ってくださるでしょう。ただ、会長は独身ですから、先に踊る相手は決めておいた方がいいでしょうね」
「踊る相手と言われても……」
「ジルド様を除くと、お勧めはヴォルフ様、グイード様、グラート様、ベルニージ様ですね。どれも仕事つながりと言いきれます。誰が呼ばれるかによりけりですが」
踊るなら、ヴォルフがいい――
よほど自分は弱気になっているらしい。浮かんだ考えを振り払い、ダリヤはイヴァーノに尋ねる。
「やっぱり、お披露目は舞踏会じゃなきゃいけないんでしょうか?」
晩餐会やお茶会でお披露目をする形もあると聞いた。
そちらの方がハードルは低くないだろうか。
「舞踏会が一番いいと思いますよ。失礼ながら――会長、腹芸は苦手でしょう?」
「苦手というより、この先も無理ではないかと……話術もまるでだめですし」
イヴァーノに格好を付けても仕方がない。ダリヤは本音で答えた。
「舞踏会が一番、会話が短く浅く済むんですよ。晩餐会だと立食なら誰が近づいてくるか微妙ですし、こちらは相手の爵位や状況がわからないので、応対に非があるとまずいです。テーブル式での晩餐とお茶会は特定の相手と話す時間が長いですから、探りを入れられやすい上に、いらぬ
「あぁ……」
貴族との商売をするようになったせいか、イヴァーノがくわしく知っていた。
いや、自分が勉強不足なのかもしれない。
しかし、貴族向けの礼儀の本は読んでいるが、こんな内容は一切ない。
「俺、ジルド様とお話しする機会を時々頂いてるんですけど、慣れない若者が貴族の既婚女性のお茶会に参加した日には、胃痛じゃ済まないそうですから」
「そんなにですか?」
「ええ。あのジルド様でさえ、若い時分は茶会が終わってから転がるほど苦労したとか……貴族の腹の探り合いは、『男は笑顔で陣地取り』『女は笑顔で背後取り』とおっしゃってました」
どんな怖い世界だ、どちらも全力で遠慮したい。
いや、その前に言葉の裏が読めぬ庶民の自分には、理解できそうにない。
「あと、お手紙に『ドレスはこちらで準備させて頂きたく』とあるんですが、ジルド様にそこまでして頂くわけには……」
「やっぱり侯爵家ですから格が必要なのと、奥様と色がかぶらないようにとか、いろいろあるんでしょう。会長、お願いしてしまった方がいいですよ」
笑顔で話す途中、紺藍の目が手紙の一部でぴたりと止まった。
「あれ? 追伸に『財務部に一日お茶を飲みにいらして頂きたい』ってありますけど?」
一日お茶を飲むとは一体何だろう? お腹が紅茶でいっぱいになりそうだ。
もしや、先日、魔導具制作部で話した、先取りで素材をお得に買えるかもしれぬ方法の件だろうか。それとも、安全管理による費用対効果の件だろうか。
イヴァーノに少し説明をすると、深く深くうなずかれた。
「あきらめて講義に行くしかないですね。ドレスは授業代として、堂々と受け取ればいいですよ」
「授業料、ですか……」
それでいいのかと思うが、お披露目会をして頂き、ドレスまで頂く以上、ダリヤに断る選択肢はない。
お披露目とともに財務部に行く日を想像し、つい、胃に手が伸びた。
「会長、これが今までで一番効いたので、よろしかったらどうぞ」
笑顔の部下が机の上に置いたのは、薄紙に包まれた赤い粉が三つ。
「えっと、これは?」
「レッドワイバーンの胆入りの胃薬です。お高いですけど、よく効きますよ」
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