チベタン・スマイル
現在インドのダラムサラに亡命中のダライラマ法王(14世)が、45年間にわたって中国の弾圧に非暴力の抵抗を続けていることはご存じだと思う。
法王がその非暴力の対話路線を崩さないことは国際社会で高く評価され、ノーベル平和賞を受賞されたことも周知の事実だ。にもかかわらず、中国の反発と圧力を懼れる近代国家の対応が及び腰であることも事実なのだ。その最たるものが日本政府の対応であろう。
先進国家の中で、日本への亡命者はわずか数十人。各国と比べて一番少ないという。因みにスイスには数千人の亡命者がいるという。
ここにも各国のチベット問題に対する意識の差が現れる。
外国政府に対して中国は、チベット問題に口出しすることは内政干渉だと抗議する。だが、これは中国への内政干渉云々の遙か以前に、豊富な天然資源に目を付けた中国のチベットへの侵略が存在したことを忘れてはならない。日本が中国に第二次世界大戦時の侵略行為で責められるならば、明らかにこのチベットへの侵略で中国もまた国際社会から責められるべきなのだ。
そのダライラマ法王に従って国外に亡命したチベット人は当時8万人、その後も亡命が後を絶たず、現在では13万人が海外で暮らす。チベットからインドへの亡命の道は実に険しい。4千メートル級のヒマラヤ山脈を越える苦行だ。中には命を、あるいは凍傷で手足を失う亡命者も多かったという。また、せめて子供達だけでも亡命させたいという親も少なくなかった。
こうした命がけの亡命の結果、亡命したものの親と離ればなれになった、あるいは親と一緒に亡命できたものの、様々な理由で一緒に暮らせない子供達が、インド国内だけで現在一万五千人もいるという。その子供達の面倒を見ているのが「チベット子供村(TCV)」という非営利組織であり、今回初来日したダライラマ法王の妹であるジェツン・ペマ女史が、その代表なのだ。
映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」の中で、若き日の法王の母親役を演じられていた方、と紹介した方が親しみやすいかもしれない。
このジェツン・ペマさんとご主人で元内務大臣だったテンパ・ツェリンさん、それに加えてアメリカでスタンフォード大学の講師として活躍をしているテンジン・テトンさんの三人をお招きしたのは、私と木内みどりが日本でお預かりをしていた「ノルブリンカ ジャパン」という非営利組織だ。祖国では中国の漢化政策のもと絶滅させられそうなチベットの伝統文化を守るべく、ダライラマ法王が自ら会長となって設立された団体である。
私たちがこのチベット亡命政府の援助活動に注力すると、必ず「他にももっと貧しい、様々な問題を抱えた国があるのになぜチベットなんですか?」と問われる。答えは簡単である。
チベットの貧困は無知故の貧困ではなく、中国の植民地政策によるものであること。それよりも大きな罪は、あらゆる仏教文化の源流に位置するチベット仏教を否定しようとしていることであろう。西洋文明による異文化への支配が様々な軋轢を生じているイラク問題を例に引かずとも、文化の破壊は精神の破壊を意味する。