【Women In Filmmaking :撮る女子! #10 伊藤詩織】声は必ず誰かに届く。だから大事なのは、伝え続けること。

こ数年、業界の男女格差を是正する動きは盛んになっているものの、日本では「商業映画の97%が男性監督によるもの」という驚くべきデータが発表されるなど、その格差は圧倒的だ。「女子による、女子のための、女子の映画」の現場には、どんな苦労があり、どんな問題があり、どんな喜びがあるのか? そして映画業界に、女子の未来は描けるのか? 映画ライター/コラムニストの渥美志保さんが、そのリアルに迫る! 3月はドキュメンタリー部門で注目される3人をピックアップ。一人目はジャーナリストとしても活躍する伊藤詩織さん。

これまでの「撮る女子!」を読む

NAHOKO MORIMOTO

ロンドンを拠点に、ドキュメンタリーの映像作家として、着実に歩を進めている伊藤詩織さん。現在はYahoo! JAPANクリエイターズプログラムで作品を発表し、昨年は「ドキュメンタリー 年間最優秀賞」を受賞。現在は企画コンペ「Tokyo Docs 2019」で最優秀企画賞に選ばれたドキュメンタリー「ユーパロのミチ」も製作中です。今回は現在ネットストリーミングで見ることができる「COMPLETE WOMAN(コンプリート・ウーマン)」について、お話を伺いました。

主人公であるシエラレオネの少女たちを取り巻く、古い社会の同調圧力と抑圧を、「日本の今を生きる女性たちにも「自分ごと」として見てもらえたら」と語る伊藤さん。そこにはドキュメンタリーの監督として、これまでも、これからも信じ続ける、ある希望があります。

今を生きる女性たちにも「自分ごと」として受け止めてもらいたい

2つのエピソードからなる「COMPLETE WOMAN」はYahoo!JAPANにて公開中。https://creators.yahoo.co.jp/itoshiori/020003589
YAHOO! JAPANクリエイターズプログラム

―今回受賞した作品『COMPLETE WOMAN』は、西アフリカのシエラレオネの女の子たちを撮った作品ですね。

シエラレオネはエボラ出血熱が最近まで流行していた国で、2016年に終結宣言がなされたのですが、エボラ出血熱が流行していた2年間、学校が閉鎖になったんです。その期間に、学校に行けなくなりコミュニティーにとどまった子どもや、親を失い、行き場を失った、子どもへの性暴力の数が増加したんです。さらにその後、政府から「妊娠した女子生徒は学校に来てはいけない」という宣言が出された。性暴力の被害者になった上に、さらに教育の場も奪われる――そうした状況を国が作り出していることに、大きなショックを受けました。

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―たどり着くことすら大変そうな場所のような…。取材は大変だったのでは?

たまたまガーナユネスコの報道の自由デーのイベントがあったことがきっかけでガーナで取材をしていたので、「近い!」と思って足を伸ばすことにしたんです。でもシエラレオネでイメージが強いのは「ブラッド・タイヤモンド」や「内戦」そしてエボラ出血熱などですよね。知人もツテもなかったので、ガーナで知り合った人に「シエラレオネに知ってる人います?」と聞いたりしながら、手探りで。行く先々で出会いに恵まれて、助けてもらいながら取材を行うことができました。

取材に応じてくれた二人の少女、アジャイとファタマタ。
SHIHORI ITO

―作品のテーマであるFGM(女性器切除)について教えて下さい。

取材をすすめる中で、「9割の女性や女の子がFGMを経験している」という事実を知ったんです。FGMは、女性に貞操を強いる目的で、性的快感を得るクリトリスを切除したり、外陰部の広範囲を切除して縫い付けセックスができないようにするものです。その一方で、「大人になるための通過儀礼」でもあり、FGMを受ければ「一人前の女性」となります。裏を返せばFGMは、まだ幼い少女を「結婚や、性の対象にしていい」というお墨付きを与えてしまう可能性もあります。

取材した二人の少女のうち、アジャイはラジオでFGMで死亡した女の子のニュースを耳にし、自分の意思で拒否し、母親からもサポートを受けながらFGMを行わずにすみました。しかし一方の少女ファタマタは、5歳の時に強制的に受けさせられています。

―衝撃的です……。

シエラレオネのFGMがより複雑なのは、「ボンド・ソサエティ」という秘密結社が関わっていることです。これはFGMを受けた女性たちが属することができる組織で、ソウェイと呼ばれる長老の女性たちが、実際の女性器切除を行います。親たちは娘にFGMを受けさせるために、彼女たちに200~300ドルも支払うんです。人口の半分が1日2ドル以下で暮らしていることを考えると大変大きな負担となる金額です。そして、FGMを受けなければソサエティの一員として認めてもらえず、村八分にされたり、結婚や仕事ができなくなってしまうこともあります。

取材中の伊藤さん。
SHIORI ITO
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ただただ消費されるのではない、スロージャーナリズムを目指したい

―この仕事を目指したきっかけを教えて下さい。

もともとの志望はフォトジャーナリストで。言葉がなくても様々な情報が伝えられる、写真の持つストーリーテリングの強さに惹かれました。

最初に働き始めた通信社の映像ニュース部では、三分間のニュース素材をとにかく集めていました。でも誰もが使い勝手のいい3分の素材を作るとなると、ただただ消費されるだけの情報になってしまうんですよ。そんな時に「孤独死」をテーマにした自分の企画が通り、気づいたんですよね。私は物事をじっくりと伝えるスロージャーナリズムがやりたいんだな、ならばドキュメンタリーがいいのかも、と。でもニュース映像からシフトする際には、自分の中にいろいろなストラグルがあって。

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(クラウドファンディングによって現在制作されている「My Beautiful Dying City: Yuparo」)

―それはどういったものでしょうか?

ニュースでは、例えば取材対象に「もう一度あのそこから入ってきてもらえますか」というような演出をつけることはしない、絶対にやってはいけないことなんですよね。

でもドキュメンタリーの現場で一緒に作業する方の中には、それをよしとする方もいて。それは違うんじゃないかと毎回戦いましたね。もちろんジャーナリズムにおいても、自分の聞きたい質問をしてるわけですから、100%作為がない、とはいえないんですが。

―取材する上で大事にしていることは?

その人の生活の中に入り、自然な姿をできるだけ追いかけること。セットアップしたスタジオなどでお話を伺うより、その人が普段いる環境で会話すること。

今の時代は本当にいろんな情報が溢れ、どんどん右から左に流れていきます。そういう中で、ドキュメンタリーを他人事でなく「自分ごと」として見るためには、登場する人物のヒューマンストーリーとして描くことが大事だと思うんです。その人物の背景にあるものや、社会状況が、主人公の考えや視点を通じて、どんな風に見えるのか。

SHIORI ITO

今回の作品でもFGMは日本ではあまり聞きなれない慣習だけれども「女性だからこうあるべき」という「〜だからという」決めつけは多く存在すると思います。例えば昨年、流行語大賞にノミネートされた#KuTooや、ある職業で女性はメガネを禁止されているという実態も重なるものがあると思います。

主人公のアジャイが「一人前の女性ならこうであるべき」とされ続けられているFGMを拒否しながら、実際にその社会で生きていくことの圧力は、「アフリカの話だから」ということではなく、日本でも「自分ごと」として感じられる部分があると思うし、そういうきっかけを作れる作品になれば良いなと思います。

―世界的な#MeTooの流れの中、日本の映画やマスコミの女性差別も話題になっています。思うところを教えて下さい。

気持ちよく仕事ができる環境ってなんだろうと一人一人が考えて、恐れず発信してゆくことが大事だなと思います。最近、深田晃司監督にお会いしたのですが、彼が行った映画業界の中でのセクハラに関するステートメントはすごく大きな事ですし、監督として尊敬します。あのステートメントは男性スタッフも含めて、本当にいろいろな人達を揺さぶったと思います。

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(「カルバン・クライン」の #MY STATEMENTキャンペーンに参加。さまざまな方面から女性のエンパワメントをサポーする活動を続けている)

発信するのは自分の力にするためではなく誰かに届けるため

―伊藤さんはご自身は、声を上げることに恐怖感はなかったのですか?

その後に何が起きるのかっていうのは、もちろん想像はしたし考えましたが、その時はもうそれしか道がない、それ以外に選択肢がないと思いながらやっていましたから、恐怖というものはあまり感じてはいませんでした。

NAHOKO MORIMOTO
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―発信することそれ自体によって、ご自身がエンパワーメントされたというような?

発信するのは、自身の力にするというよりは、声を上げれば必ずどこかに届くと信じているからです。返ってくるのは3年後5年後かもしれない、投げたボールは返ってこないかもしれない。でも必ず誰かに届いてはいる、続けて投げ続けてさえいれば。

私が一番最初に会見を行った時は、むしろ自分の生活なんてもうおしまいだと思っていて、でも声を上げることが唯一の希望でした。それはやっぱり私自身が、今までいろんな人の声に支えられてきたから。また、思いがけないところ飛んできたボールに救われたことがあったから。だもちろんそれによって背負った苦労もありましたが、そこから動き出したこともある。だからこそ同じような人々の意義ある声を、一緒に伝える仕事にしていきたいなと思っているんです。


5QUESTIONS ABOUT MOVIE

1.おすすめのドキュメンタリー映画を教えて下さい。
昨年見た中のベストは『娘は戦場で生まれた』です。シリア内戦のさなかに娘を生んだシリア人女性が、自身をドキュメントした作品です。シリアで撮影されたドキュメンタリーはこれまでも素晴らしい作品がありましたが、その多くが男性の目線から、戦争の悲惨さを捉えたものでした。この作品では戦火が襲う前の、学校に通ったり恋愛をしたり、どこにでもあるような平和な日常から内戦が拡大しながらも結婚、出産、子育てを経験する監督自身が母親として見つめる変わりゆく日常が描かれています。

2.作品を作る過程で一番好きなのは?
もちろん現場にいる時です。撮ってる時は、その人の話を聞くことに集中してしまうので、撮り方とか、何を見せるかはあまり考えず、話に耳を傾けます。心情としてすごく近い距離感で聞いてしまうので、編集で迷ってしまったりします。冷静に判断するためにも、編集は信頼できる編集者に任せています。

3.海外に出て感じる日本のジェンダーバランスをどう感じますか?
言葉からまず感じます。英語でコミュニケーションをとると日本語にある敬語や女性語がないので、性別や年齢に関係なくフラットに会話できる。だからインタビューも英語だとやりやすいなと感じることがあります。

4.仕事上で「女性だからできる」「女性だからできない」という体験はありますか?
自分が女性だからこそ入れる場所はあると思います。FGMの取材も男性だったら入っていくのが難しい現場だったと思います。 ただそれはそれも性格やコミュニケーションの仕方で人それぞれなので、性別で変わることでもないと思います。

5.座右の銘は?
動物の写真に惹かれ小学生の時に初めて自分のお小遣いで買った本The Blue days bookにゾウに踏み潰されそうな子ライオンの写真とともに書いてあった‘Live everyday as if it were your last, because oneday it will be.’ 「今日が最後の日と思って毎日を生きよう。いずれその日はやって来るのだから」という一言は子どもながらに衝撃的で常に頭の中にある言葉です。


伊藤詩織/ドキュメンタリー映像作家・ジャーナリスト。イギリスを拠点にBBC、アルジャジーラ、エコノミストなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。2018年にHanashi Filmsを共同設立。国際的メディアコンクールNew York Festivals では初監督したドキュメンタリー『Lonely Death』(CNA)や『Racing in Cocaine Valley』(Al Jazeera)が2部門で銀賞を受賞。性暴力被害についてのノンフィクション『Black Box』(文藝春秋社)は本屋大賞ノンフィクション部門にノミネートされる。第7回自由報道協会賞では大賞を受賞し、5ヶ国語で翻訳される。
https://www.shioriito.com/


『COMPLETE WOMEN』
西アフリカのシエラレオネ共和国で伝統として行われている「女性器切除(FGM)」をテーマにしたショートドキュメンタリーフィルム。切除の儀式を受けた女性、受けなかった女性、儀式を行う女性や現地のジャーナリストなど、各方面への取材を通じ、伝統と性暴力の狭間にある葛藤や闘いを描く。取材・撮影から編集まで、伊藤さんがほぼ一人でこなしYahoo! JAPAN クリエイターズプログラムの「ドキュメンタリー年間最優秀賞(2019年)」を受賞した。
https://creators.yahoo.co.jp/itoshiori/0200035892


Yahoo! JAPANクリエイターズプログラム

厳選されたクリエイターやインフルエンサーが自身の作品や動画コンテンツなどを投稿できる新たなプラットフォーム。世の中の才能と情熱を持ったクリエイターの制作活動をサポートし、Yahoo! JAPAN上での発信を通じてユーザーに「明日の行動」につながる良質なコンテンツを届けるプログラム。
https://creators.yahoo.co.jp/

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