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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

約束のクリスマス

作者:

 十二月二十四日。クリスマスイブの夜。しんしんと雪が降る中、人気のない神社の大木の下で、小柄な少女が立っていた。


「お兄ちゃん、まだかなぁ」


 小さくそう呟くと、少女は冷たくなった手に息を吹きかけて地面に積もった雪を爪先で軽く蹴る。


 少女は寒空の下、一つ年上の、高校二年生になる兄を待っていた。


 腰の辺りまで伸ばされた黒髪は、誕生日に兄から貰った真っ白いリボンを使い、ツーサイドアップにされている。


 首には一年前、離れる前に兄にねだって買った、兄とお揃いの白いマフラー。兄に選んで貰った純白のワンピースを着、お気に入りの白いロングコートを羽織っている。足元は黒のタイツに白いブーツ。それと肩から白いショルダーバッグを下げていた。


 全身に白をまとった少女は、俯きながら兄の顔を思い浮かべ、笑みを零した。


 それとほぼ同時に、ざくざくと、勢いよく雪を踏みしめる音が辺りに響く。少女が顔を上げて辺りを見回すと、男がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


 男は少女の前まで行くと、荒れた息を整えるために小さく深呼吸をした。


 少女は男が付けている、自分がしている物と同じ白いマフラーを見ると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「悪い、バスが渋滞に巻き込まれて……待ったよな?」


 男の──兄の言葉に少女は苦笑を零す。


「ん、割と。でも渋滞なら仕方ないよ」

「そうだけど……それでも、ごめん。寒かったよな」


 兄がそう言って妹の頭を撫でると、妹は気持ちよさそうに目を閉じた。


「お兄ちゃんがぎゅーってしてくれたら雪花(ゆきか)、温まるかも」


 そう言って少女は──雪花は甘えるように兄を見上げる。一年前と変わらぬ妹の姿に、兄は思わず笑みを零していた。


「雪花は変わらないな」

「ぎゅーってしてくれないの?」


 雪花がそう言って不服そうな顔をするので、兄は大げさに肩をすくめて返し、それから妹の背中に両手を回し、要望通りむぎゅりと抱きしめた。


「お兄ちゃんあったかい」

「さっきまで暖房が効いてたバスの中にいたしな」


 申し訳なさそうに兄がそう言うと、雪花は兄のコートの裾を掴み、そのまま両手をコートの中に突っ込んだ。そして兄の腹に手を押し当て、暖を取る。その姿に兄は思わず苦笑を零す。


「手袋してこなかったのか?」

「忘れちゃった」


 妹の身体を解放した兄はコートのポケットを探り、そこからカイロを取り出す。そして妹に差し出した。

 雪花はそれを受け取ると、「ありがとう」と嬉しそうに微笑む。


 それから雪花は大木の下に腰を下ろす。兄もその隣に腰掛けた。


「服、汚れないか?」

「ん、気にしないから大丈夫」


 雪花はそう言って自分の両手に吐息を吹きかけた。


「お兄ちゃん、久しぶり、だね」


 妹の言葉に兄は「そうだな」と気まずそうに笑った。


「やっぱりダメだったな」

「うん……雪花も頑張ったんだけど……」


 兄妹は同時にため息を零す。


 兄妹はお互いのことが『異性としても』好きだった。

 妹が中学生になってすぐ、兄の気持ちに気づいていた妹の方から告白をし、兄も妹に自分の気持ちを伝えた。

 それがいけないことで、両親にばれたらよく思われないのは分かっていたが、兄妹は恋人同士になり、兄妹の一線を越えた。


 しばらくの間は何事もなく、兄妹として、恋人として、兄妹(ふたり)は幸せな日々を過ごしていたが、丁度一年前、兄妹の関係が、両親にばれてしまう。

 当然、兄妹はこっぴどく叱られた。


 兄妹は両親を説得しようとしたが、両親が兄妹の関係を認めることはなかった。


 そして兄妹を引き離すために、中学三年生だった妹は遠方の高校を受験することを強制され、入学式の前に兄を一人残して両親は妹と共に家を出る。


 一年間、兄はひたすらバイトをし、金を稼いだ。必死に勉強をし、成績も上げていった。そうしながら『二人には迷惑を掛けないから、妹と一緒に暮らさせて欲しい』と、行動で両親を説得しようとした。


 一方で妹は半端な気持ちで一線を越えたわけじゃない、本当に偽りなくお互いにお互いのことが好きなんだ──ということを両親に必死に伝え、言葉で説得しようとした。


 しかしそのどちらも成功することはなく、やはり、両親が兄妹(ふたり)の関係を認めることは決してなかった。


『離れている間にお互いに冷静になれ』


 両親はその一点張りで、兄妹の話を聞こうともしなかった。


 兄はまた小さくため息をつくと、妹の頭をくしゃりと撫でる。


「とりあえず……雪花、誕生日、おめでとう」

「ん、ありがとう」

「いい誕生日に出来ればよかったんだけど……」

「仕方ないよ」


 兄妹が離れる前にクリスマスイブの──妹の誕生日の夜、近状報告も兼ねて両親には内緒でここで会おうと兄妹は約束を交わしていた。


 苦笑を零した兄はごそごそとまたコートのポケットを漁ると、なにかを取り出す。


「誕生日プレゼント」


 と言って兄が差し出したのは、シルバーリングだった。妹はそれを見て目を見開いたと思ったら、ぼろぼろと涙をこぼし始める。それを見て兄は一瞬驚いた顔をするが、それをすぐに苦笑に変える。


「嬉し泣きより、笑ってくれた方が俺としては嬉しいな」


 兄がそう言うと、雪花はカイロを膝においてごしごしと目を擦る。


「そうだよね……お兄ちゃん、ごめんね……。すごく嬉しい。本当にありがとう」


 兄は照れた様子で微笑むと、妹の左手を取って薬指にリングをはめる。


 雪花は自分の手を見つめながら幸せそうに満面も笑みを浮かべた。その笑顔を見ながら兄も笑みを零す。それから兄はまたコートのポケットを漁り、そこからチェーンを取り出すと妹に渡す。


「今はいいけど、普段はそこに付けてちゃダメだぞ?」


 雪花は受け取ったチェーンをポケットにしまいながら「うん」と頷く。


「ちなみに、その……ペアリングだったりする?」


 雪花の言葉に兄は苦笑を零し、コートのボタンを外す。そして首から下げていたチェーンを服の下から引っ張り出す。そしてチェーンに通された、雪花が持っている物と同じシルバーリングを雪花に見せる。


「前に欲しいって言ってたからな」


 兄の言葉に妹は嬉しそうに笑った。


「お兄ちゃん、それ外して貰える?」


 妹の意図を察した兄はまた苦笑を浮かべるとチェーンを首から外し、リングを取る。そしてチェーンをポケットにしまいながらリングを妹に渡した。

 雪花は兄の左手を取ると、薬指にリングをはめる。そしてそれを見ながら満足そうににっこりと微笑んだ。


「お兄ちゃん大好きー」


 幸せそうに笑みを浮かべた雪花は兄の首に手を回し、ちゅっと兄にキスをしてからむぎゅりと抱きついた。突然の出来事に兄は目を丸くするが、すぐにそれを笑みに変えて妹の背中に両手を回して抱きしめた。


「雪花ってホントお揃いの物好きだよな」


 雪花は兄から僅かに身体を離すと、不服そうに兄を見た。


「お兄ちゃんは好きじゃない?」

「ペアリングはともかく、これはちょっと恥ずかしいな……」


 と言って兄は妹の首に巻かれたマフラーをつまむ。


「でも付けてきてくれたんだ?」

「そりゃ、付けてくるって約束したしな」

「やっぱりお兄ちゃん大好きー」


 弾んだ声でそう言った妹の頭を、兄はそっと撫でた。


 それから雪花は兄から身体を離すと、兄の肩に寄り掛かるようにしながら自分の左手を──正確には左手にはめられたリングを幸せそうに見つめる。

 その姿を見ながら、兄は笑みを零す。


「お兄ちゃんと一緒にいると、雪花、それだけですっごい幸せ。ずっとずっと一緒にいたい……もう、離れたくない」


 妹の呟きに、兄は暗い顔をした。


「雪花、今は俺達子供、だから……どうにも出来ないけど……。大人になったら、絶対に迎えに行くから。それまでは一緒に頑張ろうな」


 兄が俯きながらそう言うと、雪花は膝を抱えて縮こまる。その姿に兄は胸を痛めた。


「俺もこのまま一緒にいたい、けど……駆け落ちとかしたってどうにもならないし……。ごめんな……」

「……ねぇお兄ちゃん。目、閉じてて貰える?」


 妹の言葉に怪訝そうな顔をしながらも、兄は言われた通り目を閉じる。それを確認して、妹はもぞりと動くとバッグを開けて、中から用意をしていた物を取り出す。


 それを持ったまま雪花は兄の目の前に移動すると、目を閉じている兄にキスをした。そして更に兄と距離を詰めると、兄の肩に頬を押し当て、小さく息を吐き出す。


「雪花? どう、しっ!」


 胸に鋭い痛みが走り、兄は大きく目を見開いた。

 妹はもう一度小さく息を吐き出すと顔を上げてまた兄にキスをする。そして兄の胸に深く突き刺したナイフを、勢いよく引き抜いた。


「あっ……がっ……」


 血が噴き出し、痛む胸元を押さえながら兄は身体をくの字にした。そして息を荒くしながら小さくうめき声を上げる。


「お兄ちゃん、ごめんね。雪花、もう待てないの。もう我慢出来ないの」


 顔を上げて妹の表情を見た瞬間、兄はびくりと肩を跳ねさせた。


「こんな日常……お兄ちゃんが傍にいない日常はどうしようもないぐらいにつらくて……。いつかきっとまたお兄ちゃんと一緒に暮らせるから。二人で幸せになれるから。そう言い聞かせて頑張ってきたけど、やっぱりダメだったの。雪花、もうお兄ちゃんが傍にいない日々に耐えられないの。ごめんね、お兄ちゃん。ごめんなさい……。でも雪花には、こうする以外思いつかなかったの」

「雪花……」


 小さく妹の名前を呼んだ兄は、大きく息を吐き出し、それから大木に背中を預ける。


「一緒に、死のう? ずっと一緒にいよう? 生まれ変わってもずっとずっとずーっと、一緒にいよう?」


 そう言って微笑んだ雪花の瞳から、ぼろぼろと涙が溢れだす。それを見ながら兄は苦笑を浮かべた。


「ごめんね、お兄ちゃん。ごめんなさい、ごめんなさい。わがまま言って、ごめんなさい。痛いよね。ごめんなさい。雪花、どうしてもお兄ちゃんと一緒にいたかったの。ごめんね、ごめんなさい」

「あー、ほら、泣くなよ。大丈夫だから」


 兄はそう言って、血に染まった手で妹の頬を軽く引っ張る。雪花はこくりと小さく喉を鳴らして目元を拭うが、涙が止まることはなかった。


「雪花はホント、どうしようもないぐらいに兄ちゃんのこと、大好きだもんな」


 くしゃりと笑いながら兄がそう言うと、雪花は涙をこぼしながらこくりこくりと頷く。


「雪花の気持ちは分かってるから、大丈夫だよ。……とりあえず、雪花が兄ちゃんに抱きついてきてくれた、この痛いのもどうにかなりそうなんだけどなー」


 兄が茶化すようにそう言うと、雪花はまた目元をごしごしと拭い、それから甘えるように兄に抱きついた。雪花の白いマフラーとコートが、兄の血で赤く染まっていく。

 兄は力を振りしぼって妹の背中に両手を回し、抱きしめた。


「ごめんな。兄ちゃんがこうならないようにどうにか出来たらよかったんだけど……」


 雪花は勢いよく首を振った。


「お兄ちゃんは謝るようなこと、なにもしてないっ! 雪花が、雪花がわがままだから……。お兄ちゃんのこと、こうやって傷つけることしか出来なくて……」

「雪花」


 兄は雪花の肩を掴んで引き離すと、未だにぼろぼろと涙をこぼす妹にキスをする。唇を離した兄はにっこりと微笑んだ。


「ずっと一緒にいような」

「……うん」

「大好きだよ、雪花」

「うんっ……。うんっ! 雪花も、雪花もお兄ちゃんのこと、大好きっ。世界で一番、大好きっ」


 雪花は鼻をすすりながらまた兄に抱きつく。兄はそっと妹の頭を撫でた。


 しばらく兄妹は無言で抱き合っていたが、兄の手がだらんと、力なく脇に放り出される。雪花は慌てた様子で身体を離し、兄を見る。兄は真っ青な顔で雪花を見つめると、無理矢理笑った。雪花もそれに泣きながら笑顔を浮かべて返し、再び兄の身体に抱きつく。


 しばらくして、耳元でかすかに聞こえていた兄の呼吸音が聞こえなくなる。雪花はゆっくりと身体を離し、兄を見る。


「おにいちゃん?」


 目を閉じたまま、兄はなにも言わない。指一本、動かすことは無い。

 雪花は目元をごしごしと拭い、気を取り直そうと、勢いよく首を振る。


「お兄ちゃん、ずっとずっと一緒だよ。大好き」


 まだ温もりの残った兄の頬を両手で包み込むようにすると、妹はゆっくりと目を閉じて、兄に口付ける。

 地面に落としたナイフを拾い上げると、小さく深呼吸をした。そしてそのナイフで、思い切り自分の首をかっ切る。


 鋭い痛みに、雪花の目が大きく見開かれる。


 経験したことない痛みに、雪花は声にならない声を上げながら両手でざっくりと切れ傷口を、引っかいたり押さえたりする。


 浅く、荒い呼吸を繰り返しながら、雪花は痛みに泣き叫びたい気持ちを必死に堪え、兄の隣に移動し、兄の肩に寄り掛かる。そして右手を兄と恋人繋ぎにすると、左手の、自分の薬指にはめられたリングを見て、笑みを零す。


 雪花は小さく息を吐き出すと、ゆっくりと目を閉じる。


 これでもう、あんなに苦しい日々を過ごすことはなくなる。誰にも邪魔されずに、大好きな兄とずっと一緒にいられる。

 そう思ったら、雪花はどうしようもなく嬉しくて、この上なく幸せな心地に包まれた。


 隣にいる兄から、いつもだったら感じる吐息や体温を感じることはない。それは少しだけ悲しく寂しかったが、それでも雪花は幸せだった。


「おにぃ、ちゃ……ゆきか、おにいちゃん、と……いっしょにいられて、しあわせ、だよ……。ゆきか、おにぃちゃんのこと、だいす……き、だか、ら……。ずっと、ず……っと、いっしょに、いて……ふたり、で……しあわせに、なろう、ね……」


 雪花はそう言って恋人繋ぎにした手にぎゅっと力を込めた。

 兄が妹の言葉に返事をすることは当然なかった。


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