権力の暴走を防ぐためにどんな仕組みをつくるか。三権の均衡と抑制をいかに図るか――。この民主主義の基本を首相は理解していないし、理解しようともしない。その事実が改めて明らかになった答弁だ。
先週末、検察官の定年を延長する検察庁法改正案の審議を強行した安倍政権に対し、SNS上で批判や抗議が広がった。きのう衆参両院の予算委員会でそのことを問われた首相は、検察官もふつうの国家公務員と変わらないとの認識を示し、「高齢職員の知識と経験を活用するための改正だ」と繰り返した。
なぜこれだけ多くの市民が懸念をもち、異を唱えているのか立ち止まって考えるべきだ。
定年を延長することが問題だと言っているのではない。法案は、次長検事や高検検事長ら幹部は63歳になったらその地位を退くとしつつ、政府が「公務の運営に著しい支障が生じる」と判断すれば留任できる規定を潜り込ませている。現在65歳が定年の検事総長も、政府の意向次第でその年齢を超えてトップの座にとどまれるようになる。
社説で何度も指摘してきたように、検察官は行政府の一員ではあるが特有の権限と責務をもつ。捜査や裁判を通じて司法に深く関わり、ときにその行方が政権の浮沈を左右することもある。政治権力からの独立性が強く求められるゆえんだ。
だからこそ戦後制定された現行検察庁法は、ふつうの国家公務員とは異なる独自の定年制を設け、裁判官に準じて身分や報酬を保証した。歴代内閣はその趣旨を踏まえ、幹部人事についても、現場の意向を尊重して謙抑的に振る舞ってきた。
だがこの法案が成立すれば、誰を幹部にとどめ、誰を退任させるかは時の政権の判断に委ねられる。検察の独立、そして権力の分立という、戦後積み重ねてきた営為を無にするものだ。
きのう安倍首相は「内閣が恣意(しい)的に人事をするという懸念は当たらない」と述べた。だがことし1月、長年の法解釈をあっさり覆して、東京高検検事長の定年を延長したのは、当の安倍内閣ではないか。法案は、この脱法的な行為を事後的に正当化するものに他ならない。
加えて政権は、検察庁法を所管する森雅子法相を法案審議の場に出席させないという暴挙に出た。「公務の運営に著しい支障が生じる」とはどんな場合を想定しているのか。検察官の職責をどう考えるのか。法相に問うべきことは山ほどある。
コロナ禍で人々は検察庁法どころではないし、最後はいつも通り数の力で押し切ればいい。政権がそう思っているとしたら国民を愚弄(ぐろう)すること甚だしい。
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