古き死の王の目覚め   作:流星カナリア

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今回の話は、今後の展開に関わって来る重要な話になります。500年前に一体何が起きたのか……。


第14話 500年前

 この世界には始原の魔法と呼ばれる、魂を用いて発動させる魔法が存在している。

 

 ある時、それらの魔法を扱う特に優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)達は、魂を消費するというリスクをどうにか出来ないものかと頭を悩ませていた。このリスクさえ無ければ、より効率的で高度な魔法を作れるだろうと考えていたのだ。

「しかし、我々だけの力で新たな魔法を開発するなど、流石に厳しいのではないか?」

「ならば、アイツに協力を仰ぐというのはどうだろう?」

 一人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の発言で、その場の空気がやけに重くなった。

「アイツか……」

「確かに奴は我らよりも遥かに優秀だろう」

「だが、問題が多過ぎる」

 ざわざわと会議室が騒がしくなる。

 彼らが『アイツ』と呼ぶ魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、この場にいる全員よりも遥かに強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)だった。だが、彼は少々性格が歪んでおり、多くの魔法詠唱者(マジック・キャスター)達から忌避されている。出来れば、関わりたくはない存在だった。

「全く、どうして奴はああも性格が捻じ曲がっているんだ?」

「ご両親は素晴らしい人格者だというのにな」

「仕方ないだろう。奴は元々孤児だ。養子として御二方に引き取られた事は、不幸中の幸いだろう。もしもあのまま孤児として成長していたら、今頃世界に対して反逆の狼煙を上げていたかも知れないぞ?」

 その言葉に、一同は神妙な面持ちで頷いた。

「――それを考えると、まだマシだと思った方が良さそうだな」

「えぇ、そう思った方が良いわ」

「それで? どうするのだね?」

 一人の男が問いかけた。

 

「奴に協力を仰ぐのかい? あの、ウルベルト・アレイン・オードルに」

 

 

   ・

 

 

 ウルベルト・アレイン・オードルは、世界の全てを呪っていた。

 

 孤児だった自分を引き取ってくれた両親には、唯一感謝しているが。

 お陰で、自分が魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての才能を持っている事に気付く事が出来た。

 彼ら自身は魔法の才能が無いものの、伝手を使って魔法詠唱者(マジック・キャスター)を家に呼び、魔法の知識を学ばせてくれたのである。

 その甲斐あってか、ウルベルトは膨大な知識を得る事が出来た。その中で彼は、悪魔を召喚する魔法など、闇属性に偏った魔法を好んで習得していった。勿論それは、両親や教師達には秘密にしていたが。

 

 ウルベルトは「悪」に対して並々ならぬ情熱を注いでいたのだ。

 

 孤児として生きてきたウルベルトは、悪意にとても敏感だった。汚らわしいものを見るような冷たい瞳。嘲笑うように己を蹴った、醜悪な男の顔。そのどれもが澱んだ悪意で満ちており、ウルベルトはそんな奴らをいつか殺してやると幼心に思っていたものだ。

 そして時は流れ、今の両親に引き取られて様々な常識を学んだ結果、ウルベルトはあれらの悪意は所詮薄っぺらいものだったのだと気が付いた。あれは、自分よりも下の者を見る事で、己の立場の優位性を何とか取り繕っていた、弱い人間の行動だったのだろう。何とも情けないじゃないか。

「だったら俺が、本当の『悪』というものを見せてやる」

 本当の悪とは、あんな薄っぺらいものではなく、より圧倒的に他者に対して力を振るうものだとウルベルトは考えている。己を批判する者達を、その反抗心が沸き上がらない程に力の差で捻じ伏せる。優雅に、大胆に、美しく悪として降臨する。それがウルベルトの目指す悪だった。

 自分は下を見て満足などしない。より上を目指すのだ。その為にもより多くの魔法を習得し、薄っぺらい悪を振り翳す連中共を殺す。

 

 ウルベルトは日々そう考えて、黙々と研究に時間を費やしていた。

 

 

 

 そんな矢先の事である。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の組合から連絡が届いたのは。

 

 

   ・

 

 

「それで? 都合が良い時だけ俺の手を借りたいと?」

 ジッと目を細めながら問いかけると、組合のメンバー達は居心地が悪そうに視線を逸らした。

「そういうわけではない。ただ、此処にいる我々よりも、君の力の方が圧倒的に上だ。だからこそ、君の手を借りたいと思ったんだよ」

 組合の長がそう説明するが、ウルベルトは「ハッ」と鼻で笑う。

「そんなんはどうせ建前だろう? ま、別にイイがな。お前らが俺の事をどう思ってるかなんて、当の昔に知ってるさ」

 そう言って肩を竦めて見せた。

「それに、新しい魔法を開発するって案は俺も興味がある。魂を消費せずに魔法が使えるようになれば、効率性は格段に上がるしな」

「では、協力してくれるのかい?」

 ウルベルトは、ニヤリと口角を上げた。

「あぁ。いいぜ。手伝ってやるよ」

 その言葉に、一同はあからさまにホッとしていた。恐らく、ウルベルトの協力が得られなければ、新たな魔法の開発も諦めていた事だろう。そんな彼らを見て、ウルベルトは冷ややかな感情が心の内を占めるのを感じていた。

(まずは自分達でやってやろうって気持ちは無いようだな。だから嫌なんだ。誰かの救いの手を求め、自分達は何もしない。そんな連中はクソ野郎だ。本当に望みがあるのならば、何が何でも成し遂げるべきだろう。どんな手を使ってでもな。それがこの世界で生きる為に必要な事だ)

 孤児だった自分だからこそ分かる事。ウルベルトは、この世界の残酷さを嫌という程理解している。

 目の前の連中は、恐らくそれを分かっちゃいないのだろう。だがまぁそんな事はどうでも良い。ウルベルトとしては、その新たな魔法とやらを開発して、より強大な悪の魔法を生み出してやる。それが目的だった。

(恐らくその頃には、父さん達は死んでるだろうしな……)

 

 彼らは幼いウルベルトを引き取った時点で、そこそこの年齢だった。今ではもう、歩くのもやっとといったところか。

 ウルベルトは、両親にだけは唯一感謝していた。だから、彼らが生きている間は『少し性格が捻くれている青年』を演じようと思っていたのである。彼らは自分に対し、愛情を注いでここまで育ててくれたのだ。そんな彼らを悲しませるような事はしたくはない。

 だから、二人が天寿を全うした後に、ウルベルトは悪として本格的に活動しようと計画していた。

 

 そんなウルベルトの内心を知る由も無く、一同は今後の研究について話し合っている。

 

(精々利用させて貰うとしよう)

 

 

 

――こうして、ウルベルト達は新たな魔法の開発に着手する事となる。

 

 そしてその一年後。彼らは遂に新たなる魔法、その名も『位階魔法』の開発に成功したのだった。

 

 

   ・

 

 

「父さん、母さん。今までありがとうな」

 

 両親の墓の前で、ウルベルトは穏やかな声色で別れを告げる。

 

 位階魔法の開発に成功し、それを両親に報告した翌日の事だった。

 二人が、眠るように息を引き取ったのは。

 彼らは自分の死期を悟っていたのだろう。葬儀の手配や、今後の手続き等が書かれた手紙が残されていた。

 そのお陰で目立った混乱も無く葬儀が執り行われ、ウルベルトは改めて二人への感謝の念を抱いたものだ。

 

「これで、二人に心配をかけさせる事も無い」

 シルクハットを深く被り、マントを翻してその場を去る。恐らく、もう二度と此処には来ないだろう。

 

 位階魔法を開発した事で、ウルベルトは自身の魔力に応じた強大な魔法を会得する事に成功していた。

 これならば、そろそろ計画を発動させても大丈夫な筈だ。

「さて、ではまず何処から襲撃するかね」

 この数週間の間、ウルベルトは情報収集に精を出し、様々な『悪』の実態を確認していた。勿論、その情報収集に使ったのは悪魔達である。

 その中で特に気になったのは、あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)達の中で、秘密裏にとあるアイテムを作成している連中がいた事だ。

 どうやら奴らは、始原の魔法と位階魔法を組み合わせて、強力な効果のあるアイテムを作成していたらしい。しかもそれは、ウルベルトを殺す為のようだった。

「ククク……まさに『悪』じゃないか!」

 彼らは恐らく、ウルベルトが闇の魔術について研究している事に気付いたのだろう。しかも彼らは、ウルベルトの才能が自分達を遥かに上回っていると理解している。だからこそ、このままでは危険だと判断したに違いない。

 闇の魔術は悪への道ともいわれており、その魔術に傾倒する者達は例外無く世界に危機を及ぼす。勿論ウルベルトはそれを知った上でそれらの魔法を研究していた。

 

 彼らは機を狙って襲撃を企てているようだが、それらの情報はウルベルトが放った悪魔達から伝えられており、全て筒抜けだった。

 

「せっかくだ。あの計画を前倒しにするか。きっと奴らは驚くぞ」

 

 ウルベルトは、まるで悪魔のような笑みを浮かべる。己の内で蠢く魔力が、どんどん膨れ上がってくるのを感じた。

 

「――儀式の準備をしよう」

 

 

 

   ・

 

 

 

 崩れ落ちた教会。その祭壇の前で、ウルベルトはまるで指揮者のように優雅に手を動かしていた。

 目の前には、荒縄で縛られて床に転がった男達。

 そこに本来ある筈だった長椅子は、廃教会という事もあり、全て朽ちて崩れ落ちている。それらを祭壇の両脇に退けて、空いた空間に男達を並べていた。そして、その床には巨大な魔法陣が描かれている。

「やぁやぁ。今宵は良い夜だ。月も無く、常闇が全てを支配している」

 カツンと踵を鳴らして、ウルベルトは男達に声をかけた。

「それで? どうだい? 俺に全てが筒抜けだった感想は?」

「クソッ、何故バレたんだ⁉ 計画は完璧だった筈だ……」

 男の一人が苦し紛れに吐き捨てる。それを見たウルベルトは、可笑しくて堪らないとばかりに腹を抱えた。

「お前それ本気で言ってんのか? なぁ、考えなかったのかよ。俺が悪に傾倒してるのならさ、悪魔を使役出来るって事くらい」

 なぁ? と首を傾げる。その足元の影が、ぞわりと蠢いたのを彼らは見てしまった。

「ひぃッ!」

「ま、そういうワケだ。お陰で俺も計画を前倒しにする事にしたんだがな。本当はお前らじゃなくて、別な連中を使おうって考えてたんだけど、お前らは一応魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。だから、お前らから魔力と命を奪っちまえば、恐らく成功するだろうって考えたのさ」

 ゆっくりと彼らに近付くと、面白い位に彼らの表情が引き攣った。

「い、一体何をする気なんだ⁉」

「その前に。お前ら、この床の魔法陣が何で出来てるか分かるか?」

 ウルベルトの言葉を聞いて、彼らは床に描かれた魔法陣を見た。それは、赤黒い液体だ。既に描かれてから時間が経っているようで、完全に乾いている。だが、よくよく匂いを嗅ぐと、どことなく生臭い匂いがした。

「……ま、まさか、これは」

 恐る恐るウルベルトを見上げる彼らに、ウルベルトは金色の瞳を楽しげに歪めた。

「血だよ。お前らの長のな。全く、馬鹿な奴だ。俺を殺そうとするなんてなァ。その為に作ったアイテム――聖者殺しの槍(ロンギヌス)だったか。アイツはまんまと騙されて、俺の幻影に向かって使ったのさ。その結果、幻影は完全に消滅し、アイツも死んだ。どうやらあのアイテムは、使用者と相手の両方を殺すアイテムだったようだな。そうまでして俺を脅威だと考えたのは、正直正しいと思うぜ? 結局は無駄だったけどよ」

「あ、ああぁぁ……ッ」

 一同の悲鳴が、ウルベルトの耳に心地良く届く。

「さぁ、儀式を始めよう」

 その一言と共に、魔法陣がぶわりと光り出した。それと同時に、教会内に膨大な魔力の渦が吹き荒れる。

 その中心で、ウルベルトは両手を広げて天を仰いだ。

「君達という生贄に感謝しようじゃないか!」

 ウルベルト自身の膨大な魔力と、床に転がった男達の魔力、そして命。それら全てが混ざり合い、勢い良くウルベルトを飲み込んだ。黒く、悍ましい力の奔流がウルベルトの体を包み込み、彼らの呪詛が己の力に変化していくのが理解出来る。

 断末魔の叫び。消えゆく命の最期の足掻き。その全てが心地良く、自らの肉体と精神が人間とは違うものへと変質していくのを実感した。

 

 

 

 

――その日、ウルベルト・アレイン・オードルは、自ら人の器を捨てたのだった。

 

 

   ・

 

 

「たっちさん、本当に行くんですか?」

 とある街の工房。そこに、一人の聖騎士が訪れていた。

 その工房の主は、心配そうに彼に声をかける。だが、彼の決意は揺るがなかった。

「えぇ。招集がかかりましたし、何より人間だった頃の彼を知る身としては、放っておく事は出来ませんから」

 複雑そうな表情を浮かべる男――たっち・みーは、今世間を騒がせている恐ろしい悪魔の事をよく知っていた。

 

 

 一ヵ月前の事だ。

 突然、膨大な魔力を持った悪魔が街に姿を現した。

 彼はバフォメットのような山羊頭の悪魔で、スーツにシルクハット、そしてマントを身に着けた、見るからに高貴な悪魔だった。左肩には大輪の赤い薔薇が飾られており、まるで社交場にでも舞い降りた貴公子のようにも見える。

 彼は金色の瞳を光らせながら、驚く人間達を見て楽しげに笑みを浮かべた。

「初めまして。俺の名はウルベルト・アレイン・オードル。皆さんに絶望を与える存在ですよ」

 優雅にお辞儀をすると、ウルベルトはスッと天空を指差した。そして、一言呪文を唱える。

「……隕石落下(メテオフォール)

 その瞬間、雲を引き裂き巨大な隕石が空から落下してくる。それは、燃え盛る炎を纏って一気に地上へ向けて接近してきた。恐怖に叫ぶ住民達を見ながら、ウルベルトは笑う。

「ここの連中、確か麻薬を作ってるんだってなァ。それで人生狂って死んじまう奴らも多いんだとさ」

 教会の屋根の上に浮かびながら、ウルベルトは地上へ落ちていく隕石を満足そうに眺めていた。

「じゃあな、人間共」

 

 ウルベルトの姿がフッと消える。

 

 次の瞬間、この街は跡形も無く吹き飛んだのだった。

 

 

 

 その後、僅かに生き残った人間達は口々に語る。

『あれは大災厄の魔だ』と。

 

 

 

「――彼と初め出て会ったのは、私が聖騎士として街を巡回している時でした」

 その時のウルベルトは、路地裏にみすぼらしく座り込んだ、小さな子供だった。明らかに孤児だと分かるその姿に、たっち・みーは思わず眉を顰めた。

「直ぐにでも保護するべきだと思ったんです。ですが、当時私と共に巡回していた騎士達は、それは自分達のするべき事ではないと言ったんですよ。それは違う部署の連中が担当している内容だってね。自分達はあくまでも窃盗等、何か事件が無いかを見て回るのが仕事だと」

 苦しげに顔を歪めて、たっち・みーは吐き出した。

「正直、憤りはしましたよ。命を救うのに理由が必要なのかと。でも、私は結局、彼に救いの手を伸ばす事が出来なかった。誰かが助けるだろうと、そう判断してその場を去ったんです」

 

 遠く嘗ての記憶が蘇る。

 あの日を忘れた事は無い。組織を理由に己の正義を曲げた日を。あれはたっち・みーにとって、拭いきれぬ罪となって未だに心を蝕んでいるのだから。

 

「たっちさん……」

 心配そうにコチラを見上げるあまのまひとつに気付き、たっち・みーは再び口を開けた。

「時は少し遡ります。以前、私は賊に襲われそうになっていた、ある貴族のご夫妻を助けた事がありました。その一件から彼らと交流する機会が増えたんですがね。ある日、彼らから養子を迎え入れたと連絡があったんですよ。そして、彼らに招かれてその子と対面したんですが――」

 たっち・みーはその日の事を思い出したのだろう。苦しげに息を吐いた。

「その子は、私が以前手を差し伸べる事が出来なかった少年でした。向こうも私を覚えていたらしく、一瞬、どこか蔑むような笑みを浮かべてこちらを見たんです。それで確信しました。この子は、人間の汚さを私なんかよりも沢山見てきて、その汚さの中には、あの日の私が含まれているんだと」

 あんな目を向けられた事は今まで一度だって無かった。だからこそ、衝撃的だったのだ。

 それもあり、たっち・みーは彼の事を『ウルベルトさん』と呼んでいた。

 どう考えても、普通の子供のように接する事など出来なかったからである。

 

 項垂れるたっち・みーに、あまのまひとつは何も言えなかった。だが、彼はある事を決意する。

 自分がたっち・みーに出来る事は、一つしかない。

 

「すみません、こんな事急に話しても困りますよね」

 たっち・みーは無理に明るく笑うと、工房の奥の方へ視線を向けた。

「それで、頼んでいた鎧は完成しましたか?」

「えぇ。特注ですから少々時間がかかりましたが、無事完成していますよ。悪属性への耐性を付与した特殊な鎧。たっちさん専用の鎧です」

 ですが、とあまのまひとつは続ける。

「それを渡す前に一つお願いがあるんです」

「?」

 不思議そうに首を傾げるたっち・みーに、あまのまひとつは真剣な表情を浮かべた。

「私も共に行かせては貰えないでしょうかね?」

「な⁉」

 驚くたっち・みーを見て、あまのまひとつは更に続けた。

「今回作った鎧はたっちさん専用に作った物なんで、点検など素人には任せられないんですよ。だから、何かあった時の為に、私も同行して鎧の調子を確認しつつ、たっちさんに戦って貰った方が良いかと思いましてね」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 何言ってるんですかあまのまさん! 今のウルベルトさんは悪魔です! 人を殺す行為に何の躊躇もしない! 死ぬかも知れないんですよ⁉」

 あまのまひとつの肩に手を置き、必死にそう訴えるたっち・みー。だが、あまのまひとつはそれも承知の上だと頷いた。

「たっちさん。私がたっちさんにこうして装備品を提供するようになったのは、貴方の正義に惹かれたからです。それを貫くのは確かに難しい。でも、それでもその正義の心を持ち続ける貴方が、とても眩しかった。だから、少しでも役に立ちたくて、私はせっせと防具や武器を作り続けていたんです」

「あまのまさん……そんな、私はそこまで高尚な人間じゃないですよ。この正義心だって、結局は自己満足に過ぎない。組織に組み込まれてしまえば、その正義から目を逸らすしかない時もある。ウルベルトさんの事だって――」

 瞳を曇らせる彼に、あまのまひとつはゆるりと首を横に振った。

「正義の心が無い人は、そんな風に悩んだりしませんよ。だからこそ、そんなたっちさんが万全に戦えるように私は手伝いたい。なぁに、工房の方は弟子達に任せれば大丈夫です! アイツらもなかなか腕が良くなってきてますからねぇ!」

 そう言って腕を組むあまのまひとつに、たっち・みーはまだ何か言いたげな顔をしていたが、やがて諦めたように溜息を吐いた。

「……本当に危なくなったら私を置いて逃げて下さいね?」

「まぁそうなったらたっちさんもヤバイ時でしょうがね」

 あまのまひとつの言葉に、たっち・みーは思わず苦笑を浮かべた。

 それもそうだろうなと思ったからだ。

 だが、彼のその言葉は、少しでもたっち・みーの心を軽くさせようとする軽口だと、彼は分かっていた。

 

「――ありがとうございます、あまのまさん」

 そう礼を告げると、あまのまひとつは「気にしないで下さいよ」と肩を竦めた。

「そんじゃ、頼まれていた鎧、持ってきますね」

 あまのまひとつは、工房の奥から一際大きな鎧を運んできた。

 その美しさに、たっち・みーは目を見開く。

「これがたっちさん専用の鎧です。鎧自体には悪属性への耐性を付与していますが、胸の部分の巨大なサファイアには、それに加えて装備者の善属性を上げる効果を付与しました」

 目の前に置かれた鎧は、穢れのない純白の鎧だった。それと同じように純白の盾も手渡される。それらを大事そうに受け取りながら、たっち・みーは力強く瞳を光らせた。

「あまのまさんには感謝してもしきれませんね……。では、準備が出来次第出発しましょう。騎士達への招集は、緊急事態なので各々で動けという意味での招集なんです。ですから、割と自由が利くんですよ」

 そう言ってたっち・みーは瞳を光らせた。

「それもあって私は、確実にウルベルトさんを倒せるように、タイミングよく彼に接触しようと考えました」

 スッと懐から小さな羊皮紙を取り出す。その中には何かが書かれていた。それを覗き込みつつ、あまのまひとつは尋ねる。

「これは?」

「ウルベルトさんの行動パターンをメモしたものです。彼はこの短期間で都市を幾つも落としていますが、どうやらそこで使用した魔力は直ぐには回復出来ない、と考えて良いでしょう。彼は魔法を使用した後、およそ三日間は沈黙を貫いている」

 そして、とたっち・みーはメモを指差した。

「前回の都市への襲撃は昨日。よって今日、彼は何処かに身を潜めているに違いないんです」

「成程……でも、一体何処へ?」

「この街から北東に進むと、エ・ランテルがありますよね? そこに行く途中に大きな山脈があります。そこは人間も寄り付かない場所。ですから、この近くで身を隠すとなると、そこが考えられるんですよ」

 憶測でしかないが、今はこの可能性にかけるしかない。たっち・みーは、今日中にウルベルトを見付けるべきだと考えていた。これ以上被害を広げない為にも。そして、これ以上彼が罪を犯さない為にも。

 

 最初、ウルベルトは麻薬栽培をしている街や、奴隷商人の街など、所謂悪人の集まっている箇所を集中的に襲撃していた。だが、最近はどうやら無差別に破壊し回っているらしい。

 恐らく、精神が悪魔の肉体に引き摺られているのかも知れない。悪魔は人間の悲鳴や絶望を好む。今後、より多くの人間が集まる都市に拠点を移動する可能性も否めない。そうなる前に、彼を止めるべきだ。

 

「でも、あれだけ強力な悪魔を本当に倒せる術があるんですか?」

 恐る恐るあまのまひとつは尋ねる。

 話に聞くだけでも、ウルベルトに勝てる要素が思い浮かばなかったのだ。勿論、勝てる見込みが無くてもたっち・みーに着いて行く気ではあるが。

 たっち・みーは顎に手を当て、暫し考え込んだ。

「――厳密に言えば、倒すわけではない。私は彼を封印しようと考えています」

「封印?」

 思いもよらなかった案に、あまのまひとつは目を大きく見開いた。

「私は聖騎士です。光属性の魔法も幾つか習得している。だから、その魔法と私の剣技を自己流で合体させて、封印術を編み出しました。ただし、これが上手くいく保証は無い。ぶっつけ本番でウルベルトさんにぶつけるしかないんです」

「……たっちさん、貴方もしかして最初から単騎で彼に挑もうと考えていたんですか?」

 たっち・みーの今の言葉は、どう考えても最初から自分だけでウルベルトに挑もうとする内容だ。咎めるような声色に、たっち・みーは僅かに苦笑を浮かべた。

「そこはご想像にお任せしますよ。さて、私はこの新しい鎧に着替えてきます。時間はそれ程かからないと思いますが、ついでにアイテムの補充等もしようと考えていますので……1時間位は必要ですかね。あまのまさんも、その間に必要な物を揃えて置いて下さい」

 色々と言いたい事はあったが、あまのまひとつは静かに頷いた。

 どうもこの人は自己犠牲の精神が強い。

 やはり自分も共に行くと言って正解だった。

 

 

   ・

 

 

 山脈までの道程は特に問題なく進んだ。

 というのも、たっち・みーは騎士団の中でも屈指の実力を持つ存在。彼の手にかかれば、そこら辺のモンスターなど敵では無かった。

 襲い掛かって来るモンスター達を蹴散らしながら、二人は山脈へと進んで行く。

 途中、あまのまひとつは鎧の調子を確認していたが、どうやら不具合等は無さそうだった。これなら、万全の状態でウルベルトに挑めるだろう。

 

 やがて二人は目的の山脈へと到着した。時間は半日と掛からなかった。

 その理由の一つに、鍛冶職であるあまのまひとつも、ある程度なら戦えた事が大きい。

 彼は素材を集める為に一人で散策する事も多々あったので、戦闘職ではなくても自力で身を守る程度の力は持っていた。その為、一般の人間と比べると、そこそこ戦闘能力が高かったのだ。お陰で、道中二人で協力しながら戦闘を行う事が出来たのは、たっち・みーにとっても有り難かった。

 

「此処まで来ると、流石にモンスター達も出て来ませんね」

 鬱蒼とした森は、人間だけではなくモンスターの侵入も防いでいるようだ。リス等の小動物の姿は確認出来たが、ゴブリンやトロール等の姿は見えない。

「えぇ。それがきっとウルベルトさんにとっては好都合かも知れません。ゆっくりと魔力を回復させる事が出来ますからね……」

 地面から盛り上がるように生えている太い木の根を跨ぎながら、たっち・みーは注意深く周囲へと神経を研ぎ澄ませる。

(微かだが悪の気配を感じる。恐らく、向こうも私達がこの森に来た事に気付いた筈だ)

 たっち・みーの鎧の胸部にある巨大なサファイア。それは、装備者の善属性を上げる効果があるとあまのまひとつは言っていた。その性能故か、微かな悪の気配も敏感に感じ取れるらしい。

 ウルベルトはこの森の何処かに居る。だが、此処からはまだ距離があるのだろう。現在たっち・みーが感じ取れている悪の気配は、まだ微弱なものだ。

「あまのまさん。僅かですが悪の気配を感じます。しかし、此処からではまだ距離があるようです。もう少し奥まで進まなければ、恐らく居場所は掴めないでしょう」

「――人間であるたっちさんが気付いたという事は、悪魔である彼も気付いたと思って良いんですよね?」

 確認するように尋ねるあまのまひとつに、たっち・みーは頷く。

「しかし、その彼が動く気配は無い。どうやら、お前らの方から来いという事だろうな」

 まるで深い闇への入り口のように、森の奥は薄暗い。彼がどれ程奥へ居るのかは分からないが、道なりに進んで行くしかないようだ。たっち・みーは周囲への警戒を怠らずにそのまま進んで行く。後に続くように、あまのまひとつも歩を進めた。

 

 

 どれ位歩いただろうか。

 気が付くと、かなり深い所まで二人は進んでいた。

 そしてたっち・みーは、周囲の空気が変わった事を察し、素早く剣を抜いた。

「たっちさん⁉」

 慌てるあまのまひとつに、たっち・みーはサッと目配せをする。それを見て、あまのまひとつも腰に下げていた剣を抜き、緊張した表情を浮かべた。

「来ます」

「‼」

 たっち・みーがそう呟いた瞬間、目の前で強風が吹き荒れた。それを盾で防ぎつつ顔を上げる。

 そこには、天から優雅に舞い降りて来る一人の悪魔がいた。

 

「ウルベルトさん」

 

 黒を基調としたスーツとシルクハット。そしてマントを身に着けた山羊の顔。

 金色の瞳は探るように二人を見下ろしている。

 嘗て見た人間としての姿とはかけ離れた、悪魔としてのウルベルトだ。

 たっち・みーは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「何やら目障りな気配を感じたと思えば――やはり貴方でしたか、たっちさん。それと、隣に居るのは確か鍛冶師だったかな? よく、たっちさんが装備品を買いに行っていると、父さん達から聞いた事がありますね」

 チラッとウルベルトはあまのまひとつを見る。その金色の瞳孔に見つめられた彼は、びくりと体を震わせた。

「どうやら余計な物を作ってくれたようで。たっちさんからいつも以上に目障りな気配が出てるんですよねぇ。まぁ、お陰でこの森に侵入して来た事が分かりましたが」

 そう言ってウルベルトは肩を竦める。そのどこまでも余裕そうな姿に、たっち・みーは更に警戒心を強めた。

「それで? 他にお仲間はいないようですが……あぁ、もしかしていつもの偽善ですか? 貴方は私に対して負い目を感じていますからね。せめてこれ以上、人間を傷付ける前に自分で手を下そうとでも思ったんですか?」

 ニヤリと口角を上げて、ウルベルトが問いかける。たっち・みーはギリッと剣を握る手に力を込めた。

「君の言う通りさ。私は君に対して負い目を感じている。だからこそ、他の人間ではなく私が君を終わらせるべきだと思ったんだ」

 その返答に、ウルベルトはスッと目を細めた。

「本当に貴方は身勝手な人間ですね。自分に都合の良い正義を振り翳している。さぞ気持ち良いだろうな。上に立って底辺の人間達を眺めるのはさ」

「――ッ私は決してそんな事は!」

「したじゃないか。あの時アンタは俺を見た。そして哀れんだだろう? 何て可哀想な人間だろうとな。そういうのが一番ムカつくんだよ……ッ」

 先程までの丁寧な口調とは打って変わり、ウルベルトは素の口調で声を荒げた。隠し切れぬ憎悪がその声色には宿っている。

「この世界は生まれた段階で二極化され過ぎている。不公平なんだよ、何もかもなァ。だからさ、一度全部真っさらにしちまおうって考えたんだ」

 大仰に両手を広げてウルベルトはそう告げた。その内容に、あまのまひとつは思わず目を見開く。

 

 ようするに、彼は世界を滅ぼす気でいるのだ。

 

「た、たっちさん」

「えぇ、分かっていますよ。恐らく貴方が今考えた事と、私が今考えた事は同じです」

 二人の様子を見て、ウルベルトは楽しげに笑みを浮かべた。

「そう、その通り。アンタらが考えた事は正解だよ。俺はこの世界を滅ぼすつもりだ。そして一から作り直すのさ。世界を悪魔で埋め尽くして、平等に支配させる」

「そんなもの正気の沙汰じゃない……! それのどこが平等なんだ⁉ それは君達悪魔の奴隷だろう⁉」

 どう考えても、そんな世界は地獄でしかない。全ての生き物は悪魔の奴隷として平等に扱われるだろう。それは真の平等では無い。

(やはり、悪魔になった事で精神が歪んでしまっている――)

 たっち・みーはそう察した。明らかにこれは、今までの彼の意志とは違い過ぎる。彼が望んでいた平等とは、決してそんな世界では無かった筈だ。

 

 ギリッと奥歯を噛み締めて、己の剣を真っ直ぐにウルベルトへと向けた。

 

「もうこれ以上、君を歪ませる訳にはいかない。此処で終わりにしよう、ウルベルト・アレイン・オードル」

 敢えてその名で呼んだ。オードル家の子供だった、ウルベルトという人間がいたのだと、たっち・みーはそう主張したかった。

 たっち・みーの決意を、あまのまひとつは眩しそうに見つめる。何処までもこの人は高潔であり、そして人間の良心を信じたいと願える存在だと思う。だからこそ、彼と共にウルベルトに挑むべきだろう。剣を構えて、同じようにウルベルトを睨み付けた。

「へぇ? たった二人で本気で俺と戦う気なのか? 馬鹿げた奴等だ」

 嘲るように嗤うウルベルトに、こちらも笑みを浮かべた。

「貴方は昨日魔法を使ったばかりだ。まだ魔力は回復しきっていない筈。今の貴方にならば、勝機はありますよ」

 たっち・みーがそう告げると、ウルベルトは途端に忌々しげに瞳孔を細めた。

「――なら、やってみろよ」

 低く唸り声を上げながら、ウルベルトが右手を上げる。

 すると、彼の背後に突如として黒い空間が出現し、その中から無数の悪魔達が姿を現した。それらが一斉に二人に襲い掛かって来る。

 素早くたっち・みーが盾を構えて、そのまま彼らに突進した。あまのまひとつが作ったこの盾は、かなり頑丈だ。そのまま悪魔達を押し退け、真っ直ぐにウルベルトへと向かっていく。

「たっちさん! そのままウルベルトさんをお願いします! コイツらは私に任せて下さい!」

「えぇ! 頼みましたよ!」

 振り返らずにそう返答し、たっち・みーは地面を蹴る。

 攻撃は当たらなくても良い。彼の注意がこちらに向いてくれればそれで良かった。

 案の定、剣を振り翳したたっち・みーへとウルベルトは顔を向ける。

「遅ぇんだよ!」

 ウルベルトは、グローブに生えている長い爪で力強く剣を弾いた。その瞬間、たっち・みーは小声で何かを呟く。

「……?」

 だが、それはウルベルトの耳には届かない。しかし、何か呪文のような言葉を彼が紡いだと、彼の口の動きからウルベルトは気付いた。

「お前、今何て言ったんだ?」

 訝しげに問うウルベルトへ、たっち・みーは何も返さない。それを見て彼は腹立たしげに舌を打った。

「何をしようと意味は無い。お前達は此処で死んで、俺が勝つ。それだけだ!」

 ウルベルトはたっち・みー目掛け、叫んだ。

焼夷(ナパーム)!」

 本来ならば、もっと上位の魔法を使えた筈だった。それこそ、都市を襲撃する際に使用している魔法は第10位階魔法である。だが、ウルベルトの魔力はまだ回復しきれていない。それでも、今の魔力の量ならば第7位階魔法までは使用可能だった。

 たっち・みーの足元から、天空目がけて火柱が吹き上がる。

「チッ!」

 反射的にそれを避けたが、僅かに炎が鎧を掠めた。左足を覆う鎧の表面が少し溶けてしまっている。しかし、そのまま彼はウルベルトへと突進した。

 地面が抉れ、土埃が舞う。砂塵を掻き分けるように、たっち・みーは斬り込んだ。

「……ッ!」

 再び爪でそれを弾く。そして、やはりたっち・みーは何かを唱えていた。

「お前、一体何を企んでやがる⁉」

 たっち・みーの実力ならば、ウルベルトにもっと深い攻撃を加える事も可能だ。だが、それをせずに斬り込んでは下がり、また斬り込んでは下がる。薄気味悪さを覚え、ウルベルトは苛立たしげに爪で襲い掛かった。

 それを剣で受け止めつつ、たっち・みーは真っ直ぐにウルベルトを見据える。

 そして、今度こそはっきりとその呪文を口にした。

「――我が剣は祈り、我が剣は楔……」

「な、んだそれは?」

 聞いた事も無い呪文に、ウルベルトは一瞬戸惑う。その隙を逃さず、たっち・みーは剣を受け止めているウルベルトの爪を勢い良く斬り落とした。

「‼」

 ハッとして後ろに飛び退くが、装備していたグローブの爪は全て粉々になっていた。

「てめぇ……」

 再び魔法を唱えようとするも、その時間を与えずにたっち・みーが斬りつけて来る。

 元々魔法職であるウルベルトは接近戦が苦手だ。遠距離から魔法を発動させる事に長けている。しかし、聖騎士であるたっち・みーにとっては接近戦こそが得意とする戦術だろう。

 ちらりと彼の背後を見れば、召喚した悪魔達があまのまひとつと戦闘している姿が視界に入る。どうやらあまのまひとつは、鍛冶職の癖にそこそこ戦闘も出来るようで、見たところ五分五分といった戦いを繰り広げていた。

(さっさと片付けちまわねぇと面倒だな)

 しかし魔法を詠唱しようにもその隙を与えずにたっち・みーが攻撃を仕掛けて来る。それならばこちらも接近戦で挑むしかなく、それはウルベルトにとって大変不快なものでもあった。

 

 コイツの目が嫌いなのだ。

 

 その身が清廉潔白では無いと理解している癖に、それでもまだ正義を貫こうとする。その意思を宿した目を、間近で見る羽目になる。それが気に食わないし心底腹立たしい。

 

「お前は俺を救えない」

 剣を振り上げ、無防備になった腹部へと蹴りを入れる。その衝撃で後方へと吹っ飛んだが、それでもたっち・みーは立ち上がった。口の中で呪文を唱えながら。

「――贖罪の剣よ、断罪の剣よ、我が祈りを聞き届け給え」

 僅かに剣が光を帯びる。

 忌々しい善属性の光を感じ取り、ウルベルトは顔を歪めた。

 それと同時に、何故か自分の体が動かない事に気付く。

「な……⁉」

 驚くウルベルトに対し、たっち・みーは冷静に呪文を唱え続けている。その背後で、悪魔達の断末魔の叫びが轟いた。

 どうやら、あまのまひとつが勝利を収めたようだ。

「糞ッたれが‼」

 無理矢理体を動かそうとするも、まるで地面に足を縫い留められたかのようにビクともしない。

 そうこうしている間に、たっち・みーの隣へあまのまひとつが駆けて来た。

「こっちは終わりましたよ!」

「ありがとうございます。こちらも予定通りです」

 そう告げると、再び視線をウルベルトへと向ける。そして、呪文を唱え続けた。

「――汝の罪を此処で断つ!」

 地面へと剣を突き刺す。そこから光の線が現れ、ウルベルトを取り囲むように魔法陣が描かれた。

 それはウルベルトが知るものではない。恐らく、この男が独自に編み出した魔法だろう。その事実にウルベルトは深い憎悪を滾らせた。

「糞ッ! 糞ッ! 何だこの魔法は⁉」

「貴方を封じる為の魔法ですよ」

 静かにそう告げるたっち・みー。彼がそう呟いた瞬間、魔法陣が強く輝き出した。

「‼」

 そしてそれは、ウルベルトの足元から結晶を作り出す。そのスピードはウルベルトの抵抗を上回る速さでどんどん彼の体を飲み込んでいく。

「てめ、ぇ、よくもッ」

 もう体の半分まで結晶に埋もれてしまった。そんなウルベルトを、たっち・みーはジッと見つめている。

「……貴方は此処で終わるべきです。もうこれ以上、人間の心を失わない為にも」

 そう告げるたっち・みーを見てウルベルトは何かを思い付いたらしい。

 もう肩まで結晶がその身を包み込んでいたが、彼は高らかに笑い声を上げた。

「そうか、そうか――お前らは、人間である事に誇りを持っているんだなぁ……」

 だったら、と低く呟くと、ウルベルトは自身に残された全ての魔力を放出した。

 

――目の前の、二人目掛けて。

 

「だったらそんなお前らの意思を潰してやるよ‼」

「⁉」

 

 膨大な魔力の奔流が、二人を包み込んだ。その瞬間、ウルベルトの体が全て結晶の中へと包み込まれる。

 彼の最期の足掻きが、たっち・みーとあまのまひとつへ襲い掛かったのだ。

 

 それは恐ろしくも濃い呪詛の塊だった。

 

 その質量は想像以上に重く、苦しく、二人は地面へと倒れ込んでしまう。

 だが、辛うじて意識を保っていると、やがてそれは何とか収まった。

 

「だ、大丈夫ですか、たっちさ――」

 直ぐにたっち・みーの無事を確認しようと、あまのまひとつが声をかける。

 だが、それは途中で止まってしまった。

「えぇ、何とか大丈夫で……」

 顔を上げたたっち・みーも、同じように言葉を失ってしまう。

「たっち、さん……?」

「あまのまさん、ですよね?」

 

 ウルベルトを封じ込めた結晶の表面が、ガラスのように二人の姿を映し出す。

 

 

 そこにいたのは、悍ましいトンボのような姿をした蟲人と、蟹の怪人だった。

 

 

「ッ‼」

 たっち・みーは、咄嗟に吐き気が込み上がってきて、思わず口に手を当て再び崩れ落ちてしまった。

「たっちさん!」

 後ろを振り返らずとも、今の自分は、背後で慌てるあまのまひとつの姿がハッキリと見えた。

 何故ならば、この体は自分の真後ろまで視界が広がっているからである。

 そして、口に触れた事で牙のようなものが生えている事も分かり、たっち・みーは震える手でそれを触った。舌は触手のように蠢いており、それが生理的な嫌悪感を生み出している。

 

 対するあまのまひとつは、たっち・みーに駆け寄りつつ、やけに背中が重いと感じていた。

 チラッと結晶の表面へ視線を向ける。そこに映し出された姿は、どう見ても巨大な蟹だった。

 どうやら背中が重いのは、己が背負った大きな甲羅のせいなのかも知れない。そして、その甲羅からは二本の大きな爪が腕のように生えており、それらも相まってずっしりと重みを感じていた。足も完全に蟹のものになっていて、尖端が地面を抉って何本かの線を刻んでいる。

 知らずギチギチと音を立てているのは、自身の口だった。扉のように左右に顎脚が付いており、それが無意識に音を立てていたのである。慌てて意識を集中させてそれを抑えると、たっち・みーの背中へと手を伸ばした。

 

 しかし、自身の手が触れそうになったところで、思わずそれを止めてしまった。

 何と声を掛ければいいのか分からないからだ。

 自分だって混乱していると言うのに、ましてや彼に掛ける言葉など思い浮かぶ筈が無い。

 

 結局、あまのまひとつはその手を下ろし、視線を彷徨わせた。

 

 

「――ウルベルトさん」

 ゆっくりと顔を上げて、たっち・みーはウルベルトを見る。

 結晶の中で、ウルベルトは勝ち誇ったような笑みを浮かべたまま、物言わぬ存在となって己を見下ろしていた。

「確かに私では、貴方を救えないのでしょうね」

 ポツリと零れ落ちた言葉は、悔しげに震えている。

 

 先程までの戦闘が嘘のように静まり返った森の中。二人の元人間は、様々な思いを胸に宿し佇んでいた。

 

 

 

 こうして、一人の悪魔の放った呪詛は、二人の運命を大きく変えたのだった。

 

 

 




何だかんだ言って、一番人間臭いのはウルベルトさんだと思います。

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