サプライズから始まる異世界転移   作:ウキヨライフ

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サプライズから始まる異世界転移

 ユグドラシルのサービス最終日。数体のNPCに見守られながら、モモンガは独り玉座につく。

 ギルドメンバー41人中、引退してアカウントを消したのは37人。最後だからと顔を出してくれたのは3人。

 サービス終了まで付き合ってくれる者はいなかった。

 

 長い黒髪からのぞく黒い角に、腰から生える一対の翼。胸元を大きく開けた白いドレスの階層守護者統括、アルベド。ナザリック地下大墳墓の執事(バトラー)であるセバス・チャン。そしてその部下である6人の戦闘メイド(プレアデス)

 NPCの彼らだけがこの死の支配者(オーバーロード)たるモモンガと共に、ギルドの最後、ユグドラシルの最後を迎える。

 

 サーバーダウンまであと少し。玉座の間を見渡せば、広間の左右に各ギルドメンバーたちを表す旗が列なっている。

 

「そうだ、楽しかったんだ」

 旗ひとつひとつに目をやれば、賑わってた頃の記憶がよみがえる。こうして最後を独りで迎えることになっても、あの頃の思い出が色褪せるわけではない。

 

 モモンガは立ち上がり、ギルドの結晶“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”を、皮も肉も無い骨の手に取る。

 無言で終えるには忍びない。最後を締めくくる台詞を考える。悪の組織に相応しい言葉を。

 

「よし」

 モモンガは杖を天に掲げ、そして広間全体に響くように声を張る。

 

「――アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

 

 我ながら臭い演技に苦笑が漏れる。

 

『パスワードを確認』

「は?」

『ジャッジ、勝者、タブラ・スマラグディナ。アルベドへの命令をキャンセル。“レメゲトンの悪魔像”への命令をキャンセル。〈魔封じの水晶〉の使用をキャンセル』

「攻撃?! タブラさん?」

 メッセージは人工音声だが、馴染み深いメンバーの名前に注意を奪われる。

 

『起動、召喚、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)技能(スキル)、〈魂と引き換えの奇跡〉、〈魔法最強化(マキシマイズマジック)上位反応減少(グレーター・リフレックス・デクリース)〉。多重召喚、“上位・手癖の悪い悪魔(グレーター・ライトフィンガード・デーモン)”。判定、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗――』

「え、ちょちょ、待って!?」

 大量の悪魔に身体をまさぐられて、モモンガは思わず身をよじる。さらには視界を埋め尽くす“抵抗(レジスト)ログ”に周囲の状況を隠されて混乱に拍車がかる。

 

『――失敗、失敗、失敗、成功。モモンガ玉を確認』

「はあ?!」

『起動、世界(ワールド)アイテム、世界樹の種。対象、モモンガ。種族レベル、技能(スキル)レベル取得シークエンス起動』

 

「ななっ?!」

 目の前にいくつものパネルが現れ、目視できない速度でプログラムのソースコードが流れていく。そして、止める間もなくモモンガの身体が光に包まれた。

 

 

 

 

 

「……」

 眩しかった視界が戻り、最初に覚えた違和感は低くなった視線。

 種族を調べようとコンソールを開こうとしたところで、アバターの“手”が生身になっていることに気づく。

「人間、か?」

 

 再び人工音声が流れる。

『シークエンス終了。不可知化(アンノウアブル)、解除』

「ゴーレム、だと」

 姿を現した小型のゴーレムに、タブラ以外にも某クラフターが関わっていたと確信する。

 

『メッセージを再生。録音、タブラ・スマラグディナ。――もしこれを聞いているなら、ふふ、モモンガさん。私の予想通り、最後まで魔王ロールをしてくれたんですね。信じていましたよ』

 まるで見透かされていたかのようで、気恥ずかしい。こうしている間にもどこからか見られているようで落ち着かない。

 

『――戸惑っているだろうから説明を。モモンガさんがサービス最終日に玉座の間に行くと仮定して、そこでどんな独り言を漏らすか、何人かで賭けをしたんです。正解者の設定したトラップが発動するようにね』

「そういうことか……」

 百歩譲って賭けはいい。だが、罠を張る必要はあったのだろうか。

 

『今、ホムンクルスの最上位種になっているはずです。せっかくなら死の真逆にしようってね。絶対的な死の支配者に対して、錬金術によって生み出された生命の結晶。単純に天使系にしないあたり私らしいでしょ?』

 確かにアインズ・ウール・ゴウンの大錬金術師、タブラ・スマラグディナらしい選択だ。きっとビルドもそれらしく構築されているのだろう。

 

『――まあ、なんというか、ごめんなさい。本当は直接会うべきなんだろうけど、顔を合わせづらくて。サプライズに頼ってしまいました。――え、長い? はいはい、じゃあ、モモンガさん、この埋め合わせはまた今度。では』

 

 メッセージの再生が終わり、玉座の間に静寂が戻る。

 

「はは、あははっ……。なんだよ、それ。最後ぐらい、一緒に遊んでくれたっていいじゃん」

 とんでもないサプライズだ。でも怒りはない。

 メールは届いていた。

 

(届いて、いたんだ)

 今はそれだけで十分だ。

 ゲーム内での再会は叶わなかったが、意外なほどに心が軽い。

 

 モモンガは杖を握り直すと改めて天に掲げる。

 今なら自信を持って言える。

 

「アインズ・ウール・ゴウン、万歳!!」

 

 

 

 

 

「ん? 万歳!! なんだ、これ」

 自分でも驚くほど声変わりをしている。まるで少年のような声音だ。

「おいおい、最後の最後でな――、ぐわっ!?」

 すわバグかと苛立つ間もなく、身体に強い衝撃を受けて横倒しになる。

 

「ああ、モモンガ様!! アインズ・ウール・ゴウン万歳! タブラ・スマラグディナ様万歳! モモンガ様を受肉して頂けるなんて!!」

「ア、アルベド!? なんでNPCが、ってコレもトラップか!!?」

 アルベドにのし掛かられて身動きが取れない。

 豊満な胸を顔に押し付けられて息苦しい。

 

「罠ではありません、むしろご褒美です!! こんな()()()()()()()姿()、お誘いになられているんですよね?! お任せください! 不肖アルベドが筆下ろしを務めさせていただきます!」

 身体に指を這わされて気づく。

 

(素っ裸じゃねーか!)

 

 種族変更に伴って、装備していたアイテムが強制解除されることはある。ゲームをしていると無装備状態のことを全裸と呼ぶこともままあることだ。しかし、今置かれている状況は文字通り一糸まとわぬ姿、生まれたままの姿というやつだ。このままではサービス終了とBANのどちらが早いか、チキチキ・チキンレースが始まってしまう。

 いや、それ以上にこの身が危ない。

 

 打開策を求めて辺りを見渡すと、鋭い眼光でこちらを窺うセバスが目にはいる。迫真の表情だが助けに入る様子がない。戦闘メイド(プレアデス)たちも騒ぎこそしていないものの、顔を赤らめながら興味津々と見つめる始末。

 

(これはあれか、アルベドが仲間だから襲撃とは見なされていないのか? 命令、できるのか?)

 迷っている暇はない。

 このままでは色々と大切なものを失なう。

「セバス、助けろ! アルベドを引き剥がせ!!」

「はっ!」

 セバスの行動は早かった。

 階下から一足飛びに駆け上がるとアルベドの背後を取る。

「あ、ちょっと! 放しなさい――って角を掴まないで!」

「離れるのは、貴女の方です!」

 アルベドはミシミシと角から嫌な音をさせながら引き剥がされ、直後に鋭い手刀で意識を刈られる。

 

「た、助かった。しかし、次からはもう少し早く助けてほしいぞ」

「申し訳ありません。アルベドを正妻に迎えられたものと思いまして」

「な!?」

 

()()改変がバレている!? いや、位置的に見えるはずがないし、声に出した記憶もない。タブラさんに何か吹き込まれたか、それとも偶然か?)

 

「正・妻っ!!」

「ヒィ!?」

 ガバリと身を起こしたアルベドに恐怖を覚えるが、当の彼女は妄想の世界に飛んだまま恍惚としている。

 下手に正気を取り戻すと面倒なことになりそうなので放置だ。

 

「コンソールもGMコールも利かない。この状況にタブラさんたちは無関係か」

 セバスと戦闘メイド(プレアデス)たちを見やる。

 ひとりで状況を確認するより彼らにも手伝ってもらった方が効率的だろうか。

 

「セバス、ナザリック地下大墳墓を出て、周囲1キロを調べろ。情報を持っていそうな者を見つけたら友好的に接し、ここまで連れてこい。そうだな、ソリュシャンを連れていけ。索敵に役立つだろう」

『畏まりました、モモンガ様』

 セバスとソリュシャンが了解の意を示すと、2人揃って扉の向こうへと消える。

 

(ナザリックを出るのに迷いがない。ゲームシステムに囚われていない?)

 

「残りの戦闘メイド(プレアデス)は各階層守護者のもとへ赴き、1時間後に第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)に来るよう伝えよ」

『承知いたしました。我らが主よ』

 ユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ、シズ・デルタ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの5人が玉座の間を後にする。

 

(ユグドラシルに忠誠心なんて無かったと思うけど。信じて良いのか?)

 少なくともプレイヤーから見たステータス欄には該当する項目は無かった。実は運営が“マスクデータ”として実装していた――、なんて事はあるかもしれないが、謎だ。

 

「あとは……」

 アルベドに目を向けると平伏していた。

「正気に戻ったのか?」

「はい! 先ほどは緊急事態にもかかわらず、己が欲望を優先させてしまい、申し訳ありませんでした」

「よい。タブラさんのサプライズで混乱していたからな。お前の全てを許そう。――それよりもだ。お前にもやってもらいたいことがある」

「なんなりとお命じください」

 アルベドの種族が夢魔(サキュバス)であることを考えれば、先ほどの行動も納得できる。もっとも設定を改変してしまった手前、彼女に強く出れないのも確かなのだが。

 

「メイド長と共に第九階層に異変がないか調べろ。それが終わったら他の守護者と同様、1時間後に第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)に集合だ」

「畏まりました、モモンガ様。第九階層をメイド長と調査し、1時間後に第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)に集合いたします」

 復唱するアルベドに頷き返す。

「よし、行け」

 

 立ち去るアルベドを見送り、モモンガも自室に向かう。

「――お前も付いてこい」

 トラップゴーレム(仮)を従えて歩き出す。台詞だけなら威風堂々としたものだが、実際は両手で股間を隠し、やや前屈みでの移動だ。途中、何名かの一般メイドとすれ違ったが、その視線がどうしても股間に集まるのを感じる。

 不思議なことに一般メイドの彼女たちは、初見にもかかわらず外見の変わったモモンガをきちんと“モモンガ”として認識しているようだった。

 穴があったら入りたい。

 

 

* * *

 

 

 第九階層の私室。ロイヤルスイートをイメージした豪華な内装が現実のものとなり、モモンガはやや気後れしてしまう。蒸気風呂(スチームバス)しか利用経験のない身には巨大な浴室が気になって仕方がないが、まずはドレスルームに放り込んだままの大量の装備アイテムから着られるものを探さなければならない。

 

「――勝手にサイズが合うのは便利だな」

 大きな姿見には法衣を着た10代前半の黒髪の少年が映っている。顔立ちは整っているものの平凡。身長はエントマとほぼ同じ。

 高身長の骸骨が、低身長のショタだ。

 仕掛け人がタブラさんなのでこれも“ギャップ萌え”なのだろうか。

 

「それに、装備も使いまわせそうでよかった」

 今の装備は個人の手持ちから見繕ったため聖遺物級(レリック)だが、ゆくゆくは宝物殿から伝説級(レジェンド)を探したい。

「材料はあるだろうけど……、神器級(ゴッズ)は高望みか」

 最上位のハイレアドロップのデータクリスタル数個と、超希少金属必須の器、その両方を要求する神器級(ゴッズ)は、製作難易度が非常に高い。ひとつも持っていないレベル100のカンストプレイヤーも珍しくないほどだ。宝物殿を探せば引退した仲間の神器級(ゴッズ)があるはずだが――。

「――宝物殿、か」

 そこに居るであろうNPCが動き出したと思うと腰が重くなる。

 

 気を取り直し、例のゴーレムが持っていたメモ用紙に視線を落とす。

 内容はタブラさんが書き残した箇条書きされたビルド説明だ。

 錬金生命体(ホムンクルス)を起点に種族ツリーが伸びており、職業(クラス)は錬金術と相乗効果の有るものや信仰系のものでまとまっている。死の支配者(オーバーロード)の時は状況に応じた臨機応変な役割を担っていたが、どうやら戦闘スタイルを支援型に変える必要があるようだ。

 うろ覚えだが、錬金生命体(ホムンクルス)は筋力と素早さが伸びやすい種族のはず。それを前衛職にせず後衛職にしているのは「そういうロールプレイをしろ」というタブラさんからのメッセージだろう。

 もっとも、このトラップを踏むタイミングによっては後々PKに巻き込まれる可能性がゼロではなかったので危なかった。ユグドラシルにおいて強化クエストを未修得のビルドは、中の上、良くて上の下くらいの強さにしかならない。ナザリックに攻め込むようなレベルのプレイヤーに勝てる気がしない。

 

「魔法の目減りは痛いが、攻撃手段があるだけましか……」

 特殊イベントを挟まずに転生したので、魔法取得数が大幅に減ってしまっている。

 ただありがたいことに魔法職寄りなので、種族や職業(クラス)制限のある装備を除けば手持ちの装備がほぼ使いまわせるのは救いだ。

 

「おい、モモンガ玉を返せ」

 ゴーレムから赤い玉を受け取り、腹に当てて押し込む。

「うお、入った。――これ、装備して意味があるのか?」

 モモンガ玉は死の支配者(オーバーロード)のモモンガが装備して初めて最大効果を発揮するものだ。だからこそ世界(ワールド)アイテムにもかかわらず個人所有が認められていたのだが――。

 

「まあいいか。今は世界(ワールド)対策だと割り切ろう」

 

 

* * *

 

 

 守護者たちに言い渡した時間にはまだ早いが、一足先に第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)で魔法と技能(スキル)を確かめた。

 

 死の支配者(オーバーロード)から明確に変わったのは最大HPの増加と強力な自己回復力、純粋に打たれ強くなった。生命力に満ち溢れていると言える。

 その生命力は魔法や技能(スキル)にも表れていて、多彩な回復魔法や高い不死魔法耐性、他者とHPを共有するものまである。

 

「こいつの扱いに慣れないとな」

 モモンガの周囲に複数の光の刃が、頭上には光の玉が5個も浮いている。刃は非実体で物理防御を無視、光の玉は中近距離用の迎撃魔法で分類的には“攻撃的な防御魔法”だ。

 

 そして召喚魔法も不死系から精霊系に変わった。その延長線というか、職業技能(クラススキル)の奥義が強力で、自身の肉体をエレメンタル化する〈肉体元素化〉を発動すれば物理攻撃完全耐性を得る。

 

 再び例のメモを取り出す。

水薬(ポーション)効果の強化か」

 錬金生命体(ホムンクルス)の特性で錬金術師(アルケミスト)との相性が良い。ナザリックの大錬金術師と謳われたタブラさんとペアを組めば1ランク上の狩場も行けるはずだ。

 

「その場合、前衛はタブラさんか?」

 錬金術師はフラスコで水薬(ポーション)を作ったり、自分の代わりに錬金生命体(ホムンクルス)に戦わせたりするイメージを持たれがちだが、自前の水薬(ポーション)でしこたまドーピングして物理で殴る“脳筋スタイル”も割りと人気があった。

 この場に彼が居ないことが残念でならない。

 

「モモンガ様、お次はどうなされますか?」

 第六階層守護者の双子の闇妖精(ダークエルフ)、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレが揃ってモモンガを見上げる。

「そろそろ時間だし、実験はここまでだ」

 2人は人間の外見年齢に例えると10歳くらいの容姿だ。制作者である“ぶくぶく茶釜”の趣味か、女の子のアウラは男装で、男の子のマーレは女装だったりする。随分と前に見たきりだったので懐かしいが、かつての身長差は今や50センチほどまで縮まっていた。

 

(この2人より高くてよかった)

 守護者の誰よりも低かったら威厳を保つのさえままならない。

 

「2人の協力で助かった、ありがとう」

「ありがとうだなんて! モモンガ様にお仕えするのはシモベとして当然です!」

「お、お姉ちゃんの言うとおりです! それに、モ、モモンガ様との共同作業も、とても楽しかったです!」

 

 アウラとマーレに捲し立てられ、モモンガは少し複雑な気持ちになる。この異常事態に際し、ギルドマスターとしての立場を固持しなければならないと思う反面、ギルドメンバーが創造したNPCたちは言わば彼らの子供。特に目の前の2人はその幼さが際立つので、“子供を従わせている”状態に罪悪感が芽生える。

 

(この辺は課題としてなんとかしないとなあ)

 モモンガが「せめて親戚の叔父さんポジションを」と考えていると、広場に扉のような形の黒い霧が現れる。転移魔法の〈転移門(ゲート)〉だ。

 そこから姿を現したのは、黒いボールガウンに身を包んだ第一から第三階層の階層守護者、吸血鬼(ヴァンパイア)のシャルティア・ブラッドフォールン。モモンガを見る目がアルベドと似たような艶を放っている。

 

(これは、想像以上に前途多難なのでは……)

 

 そして、シャルティアの登場を皮切りに、第五階層守護者の蟲王(ヴァーミンロード)、コキュートス。第七階層守護者の最上位悪魔(アーチデヴィル)、デミウルゴス。階層守護者統括の夢魔(サキュバス)、アルベドたちも姿を現す。

 いずれの階層守護者もレベルが100とカンストしており、ナザリック内においてもその役職に見合った強さを持つ。

 

「時間通りだな」

「第四、第八階層を除く各階層守護者、御身の前に。――ご命令を、モモンガ様」

 階層守護者統括のアルベドが代表して挨拶し、全員が頭を下げる。

 一様に下げられた頭を前に、モモンガの緊張が高まる。

 

「さて、集まってもらったのは他でもない、今現在、ナザリック地下大墳墓に起こっている原因不明の事態に関して、情報共有をしようと思う。――だがその前に、この身に起こった事を先んじて話そう」

 

 

* * *

 

 

 モモンガは自身に起こった転生の原因と結果、今までに判明した事を階層守護者たちに伝えた。また、その最中に外から帰ってきたセバスの報告を受けた各階層守護者たちは、ナザリック地下大墳墓の周辺状況を知り、表情を引き締める。

 毒の沼地、ヘルヘイムのグランデラ沼地にあった筈のギルド拠点が、未知の土地へと転移した。その事の重大さに気づいたのだ。

 

「各守護者よ、聞いての通りだ。この転移が何によるものか不明だが、まずは各階層の警備を強化しろ」

『畏まりました』

「先ほども言ったが、私の転生はタブラ・スマラグディナを含むギルドメンバー数名による戯れだ。ナザリックを取り巻く事態とは切り離して考えてよい。何か質問はあるか?」

 モモンガが質問を促すと、セバスが手を挙げる。

「モモンガ様、その法衣はルプスレギナのものと酷似しておりますが、聖職者になられたと考えて宜しいのでしょうか」

 

「ふむ、気づいたか」

 新たに装備した法衣は種類こそ違うものの、意匠はルプスレギナのそれと同じ。部下と同じ雰囲気の装備が気になったのだろう。

「察しの通り、同じ意匠データを使っている。メコン川さんに譲ってもらったものだ。ただ聖職者かと問われると微妙だ。信仰系魔法詠唱者であることには変わりないがな」

 ユグドラシルの魔法系統は4種しかない。そのため割と強引に“信仰系”に分類されている職業(クラス)などもある。例えば“聖職者”の概念のない神話などをモチーフしたものだ。

 

「モモンガ様、ひとつ宜しいでしょうか」

「どうした、デミウルゴス」

「転生したその御姿、マーレのように女性の格好はなさらないのですか?」

「ん゛ん!?」

「このナザリック地下大墳墓においては女装こそが少年の正装、男装こそが少女の正装だと思っていたのですが」

 丸眼鏡をキラリとさせながらとんでもない質問をするデミウルゴスだが、その表情は至って真剣だ。確かにぶくぶく茶釜の意向でマーレは女装をしている。しかしそれは男の子ならぬ“男の娘”として製作したからであって、決してアインズ・ウール・ゴウンのルールではない。

 

(それにシャルティア! 顔を伏せて表情を隠しているつもりだろうけど、笑っているな!? さては“男の娘”を知っているな? 肩が震えているぞ!!)

 ぶくぶく茶釜とシャルティアの創造主であるペロロンチーノは実の姉弟だ。片やロリ系エロゲ声優で、片やエロゲー狂い。懐かしい友人をNPCたちから感じ取れて嬉しいものの複雑な気持ちだ。

 

(しかし、どう答える?)

 否定するのは容易い。

 しかし、安易に否定してしまうとマーレやアウラを傷つけてしまう可能性がある。

 慎重に言葉を選ばねばならない。

 

「ふふ、その理論だとシズやエントマ辺りも男装する必要がでてくるぞ? ――アウラとマーレは『特別』なのだ。私がぶくぶく茶釜の特別を奪ってしまっては悪いだろう?」

「そういう事でしたか」

 

(納得するんだ)

 説明にもなっていない言葉に何を見出したのか分からないが、デミウルゴスは満足げに頷いている。アウラとマーレも目をキラキラとさせているので間違ってはいなそうだ。

 

「他に質問がなければ解散とするが――、ふむ、どうやら無いようだな。では、各員に改めて命ずる。これより各階層に戻り警備を強化しろ。追って今後の方針を伝える。それまでは魔法や技能(スキル)の確認をしておくように。――行動を開始せよ」

『はっ! 畏まりました』

 

 

* * *

 

 

 モモンガは平伏す守護者たちを残して第九階層の私室に転移した。

「ふぅ、疲れた……。風呂、入るか」

 異変からずっと頭を使い続けたせいで精神的に来るものがある。

 今こそ気になっていた風呂を試す時だ。

 

「いや、ここは部屋の風呂より、せっかくだから大浴場に行くべきか」

 同じ階層にはスパリゾートをイメージして作られた大浴場、“スパリゾートナザリック”がある。ジャングル風の風呂、古代ローマ風の風呂、柚風呂、炭酸風呂、ジェットバス、電気風呂、炭を浮かべた水風呂、青白く光るチェレンコフ湯、男女混浴の露天風呂。他にもサウナや岩盤浴、リラクゼーションルームまで、現実(リアル)では叶わない贅の限りをギルドメンバーたちがゲーム内で再現したものだ。

 

「そうと決まれば行動あるのみ!」

 丹精込めて作り上げられた風呂を楽しもうと、意気揚々と大浴場に足を運ぶ。

 

 しかし、そこに待ち受けていたのは――。

 

 

 

 

 

「お加減は如何ですか?」

「う、うむ。良い具合だ」

「では、このまま続けさせて頂きます」

 

 モモンガは今、新たに得た瑞々しい少年の裸体を、風呂付きのメイドたちの手によって洗って貰っていた。洗い場の椅子に座り、股間だけを薄布で隠し、左右から泡たっぷりのスポンジで、優しく、懇切丁寧に洗われていた。

 

(どうしてこうなった。御方の湯浴みってなんだ!?)

 

 いや、原因は分りきっている。断り切れなかったモモンガに非がある。

 一度は羞恥心から断ったのだが、まるで世界の終わりと言わんばかりに絶望の表情を浮かべた一般メイドたちに、モモンガの心が折れたのだ。

 

 そして了承の意を示した次の瞬間には剥かれていた。

 

 そこから今に至るまではあっという間だった。

 別に乱暴に脱がされたとかではなく、女性経験のないモモンガが若い年頃の女性に身体を自由にされて思考がオーバーヒートしたのだ。

 身体の隅々まで洗われるモモンガに時間を感じる余裕は無く、ただひたすら“変な気分”にならないよう、精神を静めることに必死だったのだ。

 

(やれやれだ)

 

 身体を洗い終わり、モモンガは湯船に浸かる。メイドたちの手からは解放されたが、相変わらず傍に控えているので落ち着かない。

 それに今度は別の問題、――気持ちが落ち着いて冷静になったことで、湯船から出るときに“覚悟”が必要になってしまった。裸体を晒しながらスッと立てば良いのか、それとも先にメイドに声をかけてタオルを持ってきてもらうべきか、のぼせる前に決めなければならない。

 

 

 

 

 

 それから間もなくして、覚悟を決めたモモンガが無事に大浴場を後にし、這々の体で私室に戻る。

 その直後、“やっと休める”との期待が裏切られることになるのだが、羞恥に塗れた出来事に関してここでは深くは語るまい。

 

 何はともあれ、転移初日の夜は更けていった。

 

 新たな世界、新たな身体、それに動きだしたシモベたち。

 解決しなければならない問題が山積みだ。

 

 それでもモモンガならゆっくりと、そして着実に、その長い道のりを歩んで行くだろう。

 どこまでも。そう、どこまでも遠くへ――――。

 

 

 

 

 




独自設定と補足

レベル100(内訳未定)
属性、中立、カルマ値、+100 
種族カテゴリー、異形種
種族、錬金生命体()、15Lv
種族、造魔の大賢者()、10Lv
職業、生命の探究者、10Lv
年齢、12歳(外見)
身長、150cm
体重、45kg
性別、男

・色々とガバガバ
・ヘロヘロも内通者。モモンガがギルドメンバーにメールした時期は不明だが、アカウントを作りなおした人をギルド非加入のままナザリック内に招き入れて、サプライズの準備などに協力していた。
・トラップゴーレムが走らせたプログラムは現実的に考えて有りえない。前半はともかく、後半のプレイヤーの種族や技能(スキル)構成を改竄できるような穴を制作会社が見逃すとは思えない。
・本来、手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)はカンストしているモモンガから世界級(ワールド)を盗めない。なので色々とそれっぽく見えるようにそれっぽい何かを羅列。そりゃモモンガさんも驚きます。
・タブラ・スマラグディナの口調。
・アルベドの改変内容は原作のまま。
錬金生命体(ホムンクルス)の説明全般。また転生したモモンガの種族や職業(クラス)、魔法の取得内容に整合性が取れているか調べていません。というかD&Dに詳しくないので分かりません。
・デミウルゴスの“正装”に関する認識。原作はマーレの話を受けてのもの。
・シャルティアは“男の娘”を知っていそう。

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