「一番いいのが欲しいらしいっすよ。ツアレ?」
「あ、はい。えっと……お嬢ちゃんおつかいかなー?偉いねー。はい!これをどうぞっ」
そう言ってツアレが差し出したのはパイ生地でクリームを包んだ菓子、シュークリームだ。エントマ牧場で作られた極上の小麦や卵、牛乳により作られた、ルプー監督のもと料理スキルを向上させたツアレによりナザリック製には劣るもののこの世界基準で言えば極上たる一品となっている。
一方それを受け取った幼女はツアレとシュークリームへと視線を交互に動かすと、その甘い香りに耐え切れなくなったのか口を運んだ。
「んっ!?んんっ!これは!甘あああい!これは良い!これを肴に酒でも飲み……」
またもや幼女とは思えないことを口に出そうしたことにルプーとツアレが再度、顔を見合わせ視線を外した瞬間───またもや炸裂音がこだまする。
「……」
シュークリームを咥えたまま涙目で後ろを見上げる幼女。そして後ろの男性の手にはスリッパが握られていた。しかし、ツアレがそれに目を向けた途端、サッとそれは背に隠されている。
「あ、あの……そちらの男性はお父さんかなぁ?」
「何をす……もぐもぐ……何をする……もぐもぐ」
頭を押さえつつもシュークリームを飲み下し、幼女は後ろの男性に詰め寄る。
「ちょっとこっちへ来い」
幼女は男性に小声で素早く言うとその場を離れていってしまった。残されたツアレには訳が分からない。変わった二人組である。
一方、男性を建物の影まで引っ張っていった幼女は怒りもあらわに食って掛かっていた。
「おい!一国の国王を宰相がぶったな!二度もぶったな!どういうつもりだ!」
「どういうつもりだはこっちですよ陛下!これ以上ふざけているならもう一発喰らわせますよ!」
幼女陛下と呼びつつも、男性の幼女に対する敬意はまったくないようである。臣下が国王に対するものではない。しかし、それもそのはず。
「約束したでしょう、陛下!あなたはその姿で竜王国の現状を憂い、悲嘆にくれる幼子として涙目で相手の同情を誘う。そういう作戦だったでしょう。何を菓子に夢中になってるんですか!竜王国の女王、ドラウディロン・オーリウクルスともあろう方が!」
「結局その作戦もあのジルクニフには通じなかったではないか!作戦通り涙目で見つめたら……鼻で笑われたのだぞ!鼻で!しかも帰り際小声であいつロリババアって言った!ぐぬぬ……あの若造め……」
「まぁ、それはあってるんですけど……あれはきっと陛下の本当の年齢知ってますね……」
そう、今は幼女の姿ではあるものの彼女こそ竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスであった。傍に控える男性はその補佐をしている竜王国の宰相である。
竜王国。それはバハルス帝国の南東、スレイン法国の東に位置する国である。年がら年中ビーストマンの侵攻を受けており、今や滅亡寸前。そのあまりの窮状に支援を求めて国王自らバハルス帝国へと赴いていたのだ。
そんな状況で言い争いをする彼らに思わぬところから声がかかる。
「へぇ……一目見て人間じゃないとは思ってたっすけど……じゃあ実際は何歳なんすか?」
「「え……」」
ドラウと宰相が振り返るとそこには軍帽を被った赤毛のメイドが立っていた。建物の影の暗がりでもその目は猛禽類のように爛々と輝いている。そんな彼女が足音も気配もなく突然現れたことに二人は固まってしまう。
「はっはっは。驚いたっすか?いやぁー人を驚かすのは楽しいっすね。まぁ、こんなところで喧嘩していないで、隠し事をしないって言うんなら店の中で話を聞くっすよ?」
顔を見合せたままコクコクと頷く二人を見てルプーはニコリと笑うのだった。
♦
店に戻ったルプーは竜王国の二人を応接室へと案内する。主人が二人を客だと判断したのであればツアレ達メイドの仕事は決まっている。精一杯の接待をするため、お茶とお菓子を用意する。
テーブルに飲み物と菓子が出され、案内された椅子に座った二人は、ポツリポツリとた竜王国の現状を話し始めるのだった。
「人が食べられてるんですか……それで支援を求めて帝国へ……。それにこんな小さな子供まで連れて……。お可哀そうに……」
ドラウの見た目にすっかり騙されているツアレは、なぜか膝の上に乗せたドラウの頭を優しくなでるながら同情している。ツアレはビーストマンという存在はしらないものの、食料として襲われる人々と、道具として扱われていた自分を重ねて心を痛めているのだ。
「ですので、世界に名高いロフーレ商会の支援をいただけないかとお願いに参った次第です。なにとぞお力添えを!」
宰相は机に頭を突っ伏し、ちらりとドラウを見るとウィンクで合図を送る。ドラウはその合図に頷くと目を潤ませてルプーを見つめるのだった。その仕草にルプーは眉を顰める。
「支援ねぇ……。食料とか道具を売ってほしいってことっすか?」
「いえ、それも必要ですが今まさに必要としているのはビーストマンを撃退するだけの力。強力な兵力を必要としています」
「兵力?お二人は何を勘違いしてるか知らないっすけどここは魔道具店っすよ?ロフーレ商会としては色々ものを売ってるっすけど兵士は扱ってないっす」
「そのとおりです!ルプー様はそんなこといたしません!」
「ツアレの言う通りっすよ。そもそも一介の商会が勝手に武力を持てるわけないじゃないっすか。兵士が貸してほしいなら皇帝陛下に頼むべきっすよね」
ルプーの言葉に宰相は眉を顰め、肩を落とす。
「当然各国へ支援をもとめました。しかし兵を出してくれる国はなく、バハルス帝国の皇帝にも断られてしましました……」
「まぁ、そりゃそうっすね。見返りもなく他国を助けるわけないっすからね」
ルプーの言葉にツアレも頷く。ツアレ達自身、その心のうちは別としてルプーとは相互に利益を与え合う契約で結ばれた関係だ。もちろんツアレとしては契約が無くなろうがルプーに恩を返すのをやめるつもりはないのだが……。
「そのとおりです。金銭や領土の割譲等も提案させていただきましたがとても割に合うものではなかったようで……いい返事はもらえませんでした。そこで思い出したのがロフーレ商会の名なのです」
「ほぅ……?」
「今やロフーレ商会の名は我が国にも轟いております。武具や魔法道具を用いて戦争を勝利に導いたとの話も聞きました。そして食料においては味や品質、そして生産量とも他の追随を許さないほどだとか……」
宰相の言う通り、この数年でロフーレ商会は規模はさらなる拡大を続けていた。その原因としては特にトブの大森林を開拓したことが大きい。
エントマ牧場では至高の存在の力によりその大地は栄養素の詰まった豊饒な大地へと変貌し、そこで育つ野菜、それらを食べて育った家畜の品質は他の追随を許さない。生産量でさえ大陸の食糧庫たるリ・エスティーゼ王国を超えるほどであった。
それらをロフーレ商会は安価で販売することにより、他の商会や貴族に大打撃を与えていた。しかしそこは飴と鞭である。
他の商会や貴族へロフーレ商会への加入を促すことも忘れない。敵対するのであれば徹底的に潰し、敵対しないのであればロフーレ商会へと取り込む。最後の最後まで抵抗する貴族などもいたが、質の悪い高値の食料がいつまでも売れるわけもなく、経営が傾き結局はロフーレの名のもとに下ることとなった。
その版図はすでに国家の垣根を超え、あらゆる国へと広がっている。
「今やロフーレの名を知らない国はありません。そこで我々が求めるものはただ一つ。世界をまたにかけ商売を行うロフーレ商会でしたらお持ちではないでしょうか。聖遺物を譲っていただきたい」
「聖遺物……?兵力ではなくてっすか?」
「ええ。ビーストマンを撃退するだけの兵力が必要なのは変わりません。もうお隠しししていても仕方ないでしょう。今まで竜王国ではスレイン法国の陽光聖典の方々に依頼し、ビーストマンを撃退していただいていたのです」
「ほぅ……?」
スレイン法国と聞いてルプーの目が細くなる。
「スレイン法国の特殊部隊、陽光聖典は亜人討伐に特化した部隊です。人類の守り手を名乗るだけはあり、スレイン法国は報酬こそ必要になるものの我が国の危機にもにも力を貸してくださっていました。しかし……ある時を境に依頼に対して返事が重くなり……ここ数年一切手を貸してくださらなくなったのです」
宰相は顔を手で覆うと表情暗くする。ルプーがふとドラウ見ると相変わらずこちらを涙目で見つめていた。ルプーの眉間の皺が増える。
「噂では陽光聖典がトブの大森林に潜む白ブリーフ軍団なるものにやられたとか聞きますが……本当かどうかは定かではありません。ですが、スレイン法国が動いてくれなくなったのも事実です」
「あー……そういえば……」
ルプーはこの世界に飛ばされたばかりの事を思い出す。トブの大森林で夜空を駆けた男たちのことを。しかし沈黙は金とばかりに黙っておく。
「そこで聖遺物です。法国は人類の守護のため様々な魔法道具を集めていると聞きます。神の遺産たる聖遺物の収集には特に力を入れているでしょう。それを差し出すと言えば支援を断ることはないでしょう」
「ほぅ……?」
これはルプーにとって渡りに船であった。スレイン法国については行ってみたかったが収集が不足しているため後回しになっていたのだ。ジルクニフとフールーダからの情報ではスルシャーナなるアンデッドの神がいたという話もある。
しかし、ルプー魔道具店として何の見返りもなく話に食いついては怪しまれるだろう。
「聖遺物かどうかはともかく、それに匹敵するものはロフーレ商会の力であれば用意できるっす。でもその見返りにあなた方は何を支払うっすか?」
「そ、それは……ビーストマンが撃退した折には国を挙げて謝礼をお渡しいたします……後払いとなることに疑問もあるでしょうが……お頼み申す!なにとぞ慈悲を!」
「ルプーお姉ちゃん……おねがいですぅ~」
頭を下げる宰相に合わせるように手を胸の前で組んだドラウが祈るように潤ませた目をルプーに向け続けている。そしてそこがルプーの我慢の限界であった。
ルプーは右手の指でVの字を作るとそれをドラウの両目に突き立てた。
「ギャアアアアアアアアアア!!目が!目がああああああああああああ!」
「《大治癒》!ああ!鬱陶しい!何すかそれは!その下手な演技を今すぐやめるっすよ!見てられないっす!」
即座に治癒魔法でドラウの目を癒しつつルプーは悪態をつく。至高なる存在よりアクターの名を賜り、あらゆる存在への変化を可能とし、至高の存在すべてにさえ模倣し演ずることを許された身として、ドラウのあまりにも稚拙な変身と演技に我慢の限界を迎えたのだ。
「ああ、もう腹立たしい!!可愛らしい幼女を演ずるならもっと勉強するっすよ!憐れみを乞いたいならもっと悲壮で可憐さをアピールするっすよ!そんな投げやりな演技で誰の心を打てるって言うんすか!そんなので騙されるのはバカなロリコンくらいっすよ!」
「た、確かに……」
ルプーの指摘に宰相が頷く。竜王国のアダマンタイト級冒険者である変態を思い出したのだ。
「ああっ!お助けくださいませ!竜王国は今危機に瀕しておりますっ!私のこの身であればどうなってもかまいません!私のすべてを捧げます!どうかっ!どうかお慈悲をいただけないでしょうかっ!」
ルプーはその美貌をそのままに悲壮感を醸し出す。汚れるのも構わず床に跪き、宰相を見上げる目は本気そのもの。まさに亡国の姫君であった。その姿に演技と分かっている宰相でさえ心を打たれる。至高の存在の頂点たる創造主にそうあれとして作られた
「っとまぁ、このくらいやってほしいっすね、まったく。ロリババア、次その下手な演技をしたら両目を潰すっすよ」
「もう潰したではないか!……って。あ、あれ、治っておる……?」
ドラウはペタペタと不思議そうに両目を触りながら不思議がっている。あまりの事態にロリババアと呼ばれたことには気づかなかったようだ。
「あの……陛下が失礼いたしました。それで……謝礼は後払いでは駄目……でしょうか……」
「そうっすね……」
恐る恐る尋ねる宰相はそれが無理を言っていると分かっているのだろう。滅びに瀕しようという国が脅威が去ったからと言ってすぐに謝礼ができるはずもない。
これはルプーとしても困った問題である。無料で引き受けることもできるがその噂が広がるのはよろしくない。商売とは信用が第一なのだ。初対面の信用も置けない人間に掛払いをしたなどと知られれば現金で支払おうと言う者はいなくなるだろう。
しかし、意外なところから助け船が出される。
「なんだ金か?金ならあるぞ。ほれっ」
眼を潰された混乱から戻ってきたドラウがテーブルに革袋をドンと置く。その縁から白金貨が零れ落ちていた。
「はぁ!?へ、陛下!?これはどこから出したので……?」
「ふふふっ、こんなこともあろうかと国庫から持ってきたのだ。どうだ、私を尊敬し、崇め奉り、今までの無礼を謝罪するが良い!」
自身を大きく見せるためだろうか。ドラウはツアレに抱かれたまま腰に手をやりない胸を精一杯に張る。
「そ、それで陛下。財務の人間はそのお金の支出を認めたのでしょうか?」
「ははは、馬鹿を言うな。おかしな奴め。言ったら止められるに決まっておるだろう。黙って持ってきたの痛い痛い痛い頬が千切れるうううううう」
宰相は財務の人間が今ごろ右往左往している状況を想像して、ドラウがすべてを白状する前にその頬っぺたを思いきりつねり上げていた。
「ほ、放っておけばどうせ我々はビーストマンの食料なのだ。飢えて助けを待つか食料になって死ぬかしか選択肢がないのであればこうするしかないだろう!」
ドラウの言葉に宰相はしぶしぶその手を放す。確かにそのとおりなのだ。国が滅びてしまえば金銭など持っていようと意味はない。今を生きることを求められている。それほどまでに竜王国は追い詰められているのだ。
「話はまとまったっすね。まぁ依頼料はこれでいいとするっす。ただし……アイテムの代金としては少なすぎるから条件を出すっすよ?」
「じょ、条件ですと?」
「
竜王国の二人があまりの条件に絶句する中、ルプーはその桜色の唇を歪に歪めて笑うと、小声でつぶやくのだった。
(ふふふふっ……欲しくてたまらなかった外装が手に入りそうですね……)