山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信

イギリス

もはや”前例がない”という言い訳は許されない。他国から学ぼう!

イギリス滞在の信頼できる知人から下記の提言を頂きました。新型コロナウイルスは、当初は前例のない脅威でした。しかし、私達より先んじて、他国がウイルスとの壮絶な戦いを進めています。もはや、前例がない、と言う言い訳はできません。他国から学ぶべきです。

(以下、知人からの提言)
1  英国政府の見事な対応、それでも感染拡大と死者の増加を防げていない
 英国政府の対応は、もちろん色々な問題はあるものの、全体としてみれば、科学的検知に基づいて政策を立て、経済社会的コストを覚悟して大胆な外出禁止策をとり、影響を緩和するために補償措置を打ち出し,一貫したメッセージを国民に打ち出し続け、国内の医療リソースを大車輪で動員しており,見事だと思います。それでも、外出禁止導入の遅れや、医療体制整備の遅れがあって、感染のオーバーシュートを防げず、4月2日には1日で569人の死者を出しています。感染者数は38000人を超え,死者累計2900人を超えました(いずれも4月3日現在)。英国の対応から何を学べるかについて個人的に気付いたことを山中先生にお伝えしたいと思いパソコンに向かいました。英国の感染状況の推移、検査数、感染者数、死亡者数は、次のサイトで確認できます。

https://www.gov.uk/guidance/coronavirus-covid-19-information-for-the-public
https://www.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/f94c3c90da5b4e9f9a0b19484dd4bb14 (こちらは感染情報ダッシュボード,一目で数字やグラフが見られます。)

 2  政府の一貫したメッセージジング「外に出るな、NHSを守れ、そして命を救え」+政策が科学的根拠に基づくという安心感
 英国政府の政策は、感染拡大を抑制し、感染者のピークの山をなだらかにすることで体制強化の時間を稼ぎ、増える重病者の数をできるだけ医療対応能力の範囲に抑えることで死者を減らすというもので、これは日本と変わらないと思います。他方、英国政府は、徹底した外出禁止措置を実施し,この政策を「Stay at home, protect the NHS, and save lives」という分かりやすいパンチのある標語にまとめ、ありとあらゆる政府のメッセージングに使っています。毎日定例の閣僚による記者会見がありますが、記者会見の終わりには、必ずこの標語を閣僚が述べて終わります。一人一人が外出を控えれば,NHSを守ることができ,命を救える,というこのメッセージは国民に極めて効果的に浸透していると思います。
 また、毎日の記者会見には、必ず閣僚(首相、大臣が日替わり)と科学者(政府のChief Scientific Advisorだったり、 NHSの幹部の医師であったり、Chief Medical Officerだったり毎日変わります)が並んで立ち、専門家ができるだけ分かりやすい言葉で政策の科学的裏づけを説明しています。こうした様子を見て、国民は政策が科学的根拠に基づいているという安心感を持つことができ,政府を信じて政府の要請に沿った行動をとるのだと思います。

3  徹底した外出禁止措置とその問題点

(1)措置の概要
 323日夜から英国全土で実施された外出禁止措置は、(1)外出が認められるのは、必要最低限の買い物,一日一回の運動,医療上の必要、真に必要な通勤という目的に限られる、(2)生活必需品以外を扱う商店や施設は閉鎖し、3人以上が公共の場で集うことや、結婚式等を含む社会的行事を中止する、(3)ルールに従わなければ,警察は罰金や集会の解散を含む対応を取る、こととなっています。相当徹底していると思いますが、大陸(イタリア、スペイン、フランス)にくらべれは例外が広くで生温いということになります。

 これに加えて、コロナ悪化につながりうる既往症がある人、または、年齢70歳以上の脆弱な人に対しては一人ひとりに手紙が送付され、「12週間は家から一歩も出ない」ことが要請されました。生活必需品や薬が必要で家族親族友人の支援を得られない対象者は、政府が食料と医薬品を個別に届けることになりました。

 外出禁止は実施されてから10日になりますが、街はゴーストタウンのようです。店は、食料品を扱うスーパー、薬局、一部の郵便局や銀行程度しか空いていません。これら空いているお店は入場制限をしており、スーパーに行くと入り口前に2メートル間隔の列があります。当然のことながら学校も休校。禁止措置の内容は細かく見れば「何が真に必要な通勤か」の判断基準が曖昧等々の問題はありますが、国民の大半はこれを支持し、従っています。詳細については英国政府の次のウエッブサイトのとおりです。

https://www.gov.uk/government/publications/full-guidance-on-staying-at-home-and-away-from-others/full-guidance-on-staying-at-home-and-away-from-others

(2)社会経済的コストの巨大さ、対応策、問題点

 しかしながら、外出禁止の社会経済的コストは膨大です。英国政府はコロナ対策に4.4兆円(300億ポンド)を3月始めの当初予算で投入しましたが、強制力を伴う外出禁止措置を導入した結果、それに伴う経済損失を政府が責任をもって補填せねばならなくなりました。影響を受ける企業に対する46兆円(3300億ポンド)の緊急融資、休業を強いられる非雇用者に対する給与の8割補償(上限は月約40万円、2500ポンド)、家賃滞納の容認、納税期限の来年への延期等々の次々と手当てをしています。英政府のビジネス支援策は次のサイトで説明されています。 https://www.gov.uk/government/publications/guidance-to-employers-and-businesses-about-covid-19/covid-19-support-for-businesses#support-for-businesses-through-the-coronavirus-business-interruption-loan-scheme )

 こうした巨額の保障措置があっても,国民生活への影響は甚大です。給付の対象になるのか,実際に何時になれば手元に届くのか,措置発表前に解雇された人はどうなるのか、自営業者はどうなるのか、といった途方に暮れる人々の姿が連日ニュースでは取り上げられています。商工会議所の調査では、企業の6割が手元現金を3ヶ月しか保有しておらず、数週間から数ヶ月のうちに多数の企業が倒産に追い込まれるのではないかと懸念されています。教育の機会を奪われた子供たちはどうなるのか等々問題は尽きません。外出禁止という劇薬を打つにあたっては、相当の混乱、経済社会への打撃を覚悟する必要があり,効果とコストを勘案してタイミングを選ぶ必要があるとお見ます。そのコストは国全体で追わねばなりません。これは極めて難しい判断だと思いますが,コストを恐れて措置を遅らせれば,感染が拡大しさらなる命が失われることにもなりかねません。

 (3)なぜ外出禁止措置導入が遅れたか

政府の対応については,イタリアの状況を数週間遅れで追っているとの認識がありながらも,外出禁止の導入が遅くなり感染拡大を許してしまったのではないかという批判があります。上述のように深刻な経済社会的副作用が予想され,強制力を持った措置をとれば政府が補償を行わざるえず,その検討も必要だったと思われますが,他にもいくつかの原因が指摘されています。

(ア)自由制限への躊躇

背景には、英国人の国民性,個人の自由を最大限尊重したいという保守党政権の考えがあったという指摘があります。始め政府は各個人が責任をもって対応することを期待して「自粛の呼びかけ」を行いました。316日には、首相自ら国民に対して、「できるだけ自宅勤務に移行し,不要不急の対人接触を避けるためにパブやレストランに行かないでほしい」と訴えました。しかし、効果が薄いため、20日夕、再び首相が記者会見して「パブ、レストラン、劇場、室内ジム等の閉鎖」を指示します。それでも週末に人出が思ったほど減らず、感染が更に拡大したことから、23日夕に再度首相が会見し「罰則を伴った外出禁止」を導入しました。強制的な措置を嫌った結果、一週間の遅れが生じたと批判されています。

(イ)当初の予想死者数見積もりの誤り

 さらに指摘されているのは、当初の政府対応のベースになった分析の妥当性です。英政府は当初はcontainment (感染者が出るたびに、そこからの感染拡大を一つ一つ潰し、拡大を封じ込める)を試みました。振り返れば、英国のようなオープンな国で(いまだにいずれの国からの入国も拒否していません)containmentは初めから無理があったのかもしれません。感染の広がりを受けて、次にmitigation に転じます。政府は,独自の分析に基づき,感染拡大を緩和してピークの山を低く遅らせることで時間を稼ぎ,その間に対応体制を高めておいて重症患者に治療を行う、その間は,症状が軽い・もしくは無症状の感染者が拡大することを容認し、人口の6-8割程度の人々が免疫(hard immiunity)を獲得することにより社会としてこの伝染病に対する強い耐性を築く、その過程で10万人の死亡者が発生する可能性は受忍せざるを得ない、というものでした。

 これに対して異を唱えたのがインペリアル・カレッジの研究グループでした。22日付サンディ・タイムズ紙によれば、312日に政府が緊急事態に開催する科学顧問会合(SAGEScientific Advisory Group for Emergencies)でインペリアル・カレッジの報告書が検討され,現行の政策を維持した場合51万人の死者が発生しうること、mitigation措置をとったとしても25万人の死者が出るとの内容が紹介されたこと,当初の死者数予測(10万人)を大きく上回る予想結果を受けて政府内で政策の見直しが始まり,16日以降,次々と感染拡大防止措置強化が始まったと報じています。しかしながら,政策転換を決めてからも23日の外出禁止の導入まで一週間の遅れがあり,英国は目の前にイタリアというモデルがあったにもかかわらず,政府の対応の遅れで数週間の時間を失ってしまったと批判されています。 

 インペリアルカレッジのレポートは次の通りです。

https://www.imperial.ac.uk/media/imperial-college/medicine/sph/ide/gida-fellowships/Imperial-College-COVID19-NPI-modelling-16-03-2020.pdf

(4)いつまで続くのか、国民は長期の外出禁止に耐えられるのか

 外出禁止措置は3週間後に見直すとされています。毎日の定例記者会見等において、政府は、措置の効果が初めて検証できるタイミングが3週間なのでそのタイミングで見直しを行うが、そもそも感染抑制は長期的な取り組みであり、状況を見ながら制限措置を調整する必要があり、長ければ6か月にわたり何らかの措置が続くこともありうるとのメッセージを出しています。長期化の可能性に対して,国民の意識を準備しようとしていいるようです。しかし,それだけ長い間、国民が政府を信じて外出禁止を受け入れ続けられかは予想が困難です。外出禁止措置が成果を揚げて措置緩和が早期に可能となるのか,政府の種々の補償措置がどのようなスピードと規模で実際に必要な人々に届くのかといった要素にもよると思います。厳しい措置を導入する際には,出口戦略をしっかり持っておくことが必要だということを示していると思います。

 

4 感染が疑われた場合、英国はどのように扱うか:軽症は自宅で自分で直せ

(1)   まずは自宅で自分で直す

英国NHSは感染が疑われる場合は,次の通りに対処せよとしています。(以下,在英国日本大使館のHPよりコピーしました。)

(ア)発熱,または新規に発生した継続的な咳等の疑わしい症状がある場合には、病院,薬局等に行かず,自己隔離(Self-isolation)をした上で,NHSのオンライン症状チェッカー(https://111.nhs.uk/covid-19/)で採るべき対応をご確認ください。その結果に応じ、救急車要請、NHS 111への電話相談、7日間の自己隔離等が推奨されます。例えば,症状が軽い場合は,7日間は自己隔離の上で十分な水分をとりパラセタノールを摂取すること等が推奨されます。

(イ)症状のある人と同じ家に住む人(発症者の家族、発症者とハウスシェアをしている人)は、症状のある人が発症した日から14日間の自宅隔離(Household-isolation)をする必要があります。

(ウ)328日より、NHSによるテキスト・サービスが新たに開始されました。上記の症状チェッカー利用時に携帯電話番号を登録すると、情報へのリンクや体調確認のテキスト・メッセージを連日受け取れます。

なお,詳細は英国政府/NHSのサイトをご参照ください。

NHS 111 オンライン症状チェッカー:NHS111online Check if you have coronavirus symptoms“ https://111.nhs.uk/covid-19/

・疑わしい症状がでた際の対応について:Public Health England Stay at home: guidance for households with possible coronavirus (COVID-19) infection

・脆弱者の保護について:Public Health England Guidance on shielding and protecting people defined on medical grounds as extremely vulnerable from COVID-19

・健康な精神状態の維持について:NHS Every Mind Matters Mental wellbeing while staying at home

(2) 重症者を救うために必要な医療リソースを開放する

この対応(自宅待機で市販の薬を飲んで自分で直すべく頑張れ)は、コロナの場合は多くは発病しても軽傷で治ること、限られた医療リソース一は重症者の救命に割り振らねばならないことを踏まえた結論だと思います。日本でも軽症者の自宅待機が可能になるようですが,英国の場合は「症状が出ても病院,医院,薬局に行くな。ウエッブでとるべき措置をチェックして軽症ならば家で市販薬を飲んで自己隔離せよ。検査は不要」という明快なガイダンスを出し,限られた医療リソースを重症者の治療に集中投入しようとしています。

ただし、この方法が効果を発揮するのは自宅待機・隔離がきちんと守られることが必要です。また、国民の理解も重要です。日本人は軽い病気でもお医者さんに診てもらることに慣れていますので(これは日本の医療システムの素晴らしさだと思います)、疑わしい症状がある人に「診察不要。市販の薬を飲んで自宅で頑張れ」とまではとても言えないと思います。私は医療には素人ですが,軽症者が病院を埋め尽くさないようにするためには,簡単ではないと思いますが,遠隔診察(例えば電話診療)により処方薬が入手可能にするといった手立てが必要かもしれません。

他方,こうした英国式対応については,感染者可能性がある人への検査が行われない欠点があると指摘されています。自宅待機で治ってしまえば病院に行くこともなく、NHSに電話することすらなく,検査を受けることもなく,したがってコロナに感染していたのかすら分かりません。検査のあり方,検査数については英国内で大きな議論が起こっています。

 

5.英国の対応を日本にどう生かすか

両国の間には,感染状況,医療システム,人口構成,社会のあり方等々,様々な違いがあって一概に比較はできないと思います。また,英国政府の対応は完璧からはほど遠いことも事実です。しかし,感染の急速拡大に直面して英国がどう対応したのかを知り,そこから教訓を引き出すことには大きな意義があると思いました。この他にも,検査数の少なさについては政府は国内で厳しい批判に直面しており(韓国,ドイツより圧倒的に検査数が少ないとの批判を受けて,政府は125千件のテスト実施を目指す,4月末までには一日1万テストを達成するとしています),医療体制の強化(ベッド増床,人工心肺装置の増産・調達,医師看護師の動員,防護服の調達配布,介護関係者が後回し等々)に大車輪で取り組んでいますが,まだまだ不十分との指摘があります。他方では,英政府はオリンピック跡地の会議場を使って「ナイチンゲール病院」(当面500床,4000床まで拡張可能)を9日間で立ち上げることに成功しました。英国政府のこうした取り組みについて,機会があれば山中先生にまた報告できればと思っています。僅かでも参考になれば幸いです。

イギリスの手厚い対応

私の友人がイギリスで飲食店を営業しています。

下記、友人からの便りです。

 「小さな事業者の私達には早速救済の第一の金銭支給がされて昨日振り込まれて助かったよ。来週の給与日の約30名全員の給与8割を国が取り敢えず3ヶ月出してくれるんだ。事業税(ビジネスチャージ)も向こう1年支払わなくて良いんだって。すごくありがたい。税金払っててよかった。ちゃんと申告しててよかった。」

 その後、さらに追伸が来ました。

「ロックダウンの後の感染の恐怖の中、国民を団結させ、精神的に破壊される事が回避出来ている理由の一つにこの政府からの政策指標が大きな意味を持っています。ウィルスに関する情報も、医療機関の現状もタイムリー把握して動く事が出来ます。また、私達のような企業でさえ、今週水曜日に既にキャムデンカウンシルから300万近い(2万五千ポンド)の入金がありました。来週の給与日のスタッフ四十人近くの8割負担も、経営者として感謝です。ここを更に頑張って乗り越えようという力が湧いてきます。どんな事でもして医療と社会を助けたいとさらに強く思えます。」

 

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