このすばShort   作:ねむ井

20 / 48
『祝福』5,9,12、『続・爆焔』、Web版5部、既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。


この輝かしい爆裂道に回り道を!

 ――俺が魔王を倒してから、一年が経ったらしい。

 そんな事を今さらのように思うのは、商店街のあちこちに魔王討伐一周年感謝祭だとかいうポスターが貼られているからだ。

 ……なんでもかんでも商売のネタにするのはどうかと思うが。

 

「一年ですか。もうそんなに経つんですね」

 

 俺の隣を歩くめぐみんが、ポスターを見ながらそんな事を言う。

 一年経っても、髪が伸びたこと以外あまり変わらないめぐみんは、今日も爆裂散歩に行くところだ。

 商店街がそこそこの賑わいを見せる中、俺は通りかかった商店街の会長に。

 

「感謝祭って言うんだったら俺にも一言あっていいんじゃないですかねえ? なんていうか、ほら、俺って勇者じゃないですか。魔王を倒した英雄じゃないですか。別に売り上げの一部を寄越せなんて言わないけど、こういう事をするんだったら、事前に俺に話を通しておくのが筋ってもんじゃないんですか? 商人ってのはそういうつながりを大事にするもんじゃないんですか? どうせなら勇者サトウカズマフェアって事にして、もっと俺をチヤホヤしてくれても……」

「あなたは何をしているんですか! 勇者とか英雄とか言われてチヤホヤされたいんだったら、それなりの行動をするべきでしょう!」

 

 商店街の会長にネチネチと絡む俺を、めぐみんが強引に引っ張っていく。

 俺は高ステータスに物を言わせるめぐみんに引きずられながら。

 

「それなりの行動って言われても。だって、魔王を倒したんだぞ? 俺って世界を救ったんだぞ? ホントなら誰も彼もが俺を褒め称えて、甘やかしてくれるべきじゃないのか? 一生遊んで暮らしててもいいくらいじゃないのか? それがなんだよ! 勇者様勇者様ってありがたがってたのは最初のうちだけで、最近じゃ一体どんな狡すっからい手を使って魔王を倒したんですかって聞かれたり、魔王って実は弱かったんじゃないかって言われたりするんだぞ! もっと俺を称えろよ! 敬えよ! 褒めて褒めて、甘やかせよ!」

「言ってる事がアクアと同レベルですよ! そんなに甘やかしてほしいなら、私がいくらでも甘やかしてあげますから、少し落ち着いてください」

「お、おう……。最近のめぐみんは直球に磨きが掛かってるな。真っ昼間からそういう事を言われると流石に恥ずかしいんですが」

「違います! 違いますよ! そういう意味で言ったんじゃありません! あなたこそ真っ昼間から何を恥ずかしい事を考えているんですか!」

 

 俺の言葉に、瞳を紅く輝かせるめぐみんがそんな事を……。

 …………。

 

「なんだよ、違うのかよ! ていうか、またこんなんかよ! どうしてお前はそう男心を弄ぶんだよ! いい加減にしろ!」

「ちょっと待ってくださいよ。今のは私が悪いんですか? なんですか、子作りですか! いいですよ、だったら今夜はあなたの部屋に行きますからね!」

 

 瞳だけでなく顔まで赤くするめぐみんのすぐ傍を、親子連れが通りすぎて。

 ……めぐみんを興味津々で見つめる子供の手を引いて、母親が足早に去っていく。

 

「とりあえず少し落ち着きましょうか」

「そうしましょうか」

 

 俺とめぐみんは逃げるようにその場を離れる。

 

「まったく! カズマはまったく! 魔王を倒して一年経つというのに、そういうところはちっとも変わりませんね! 私だって乙女なのですから、たまにはムードとかそういう事も考えてくれてもいいと思うのですが!」

 

 ――魔王討伐の後。

 出発前夜の約束を果たした俺は、めぐみんルートに入った。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 めぐみんが魔法使い用のローブを新調したいと言うので、ウィズの魔道具店まで行く途中。

 

「こないだもローブを買いに行くって言ってなかったか? まあ、めぐみんは稼いだ金をほとんど使ってないから、少しくらい無駄遣いしてもいいと思うけどな」

「無駄遣いではありませんよ。私はまだ成長期ですからね。少しローブがきつくなってきたので、ウィズに仕立て直してもらおうかと思いまして」

「成長……? そ、そうだな。めぐみんももう十六になるっていうのに、見た目は相変わらずロリっ子だもんな。まだ成長するかもしれないよな」

「おい、本当にそう思っているなら私の目を見て言ってもらおうか。というか、私をロリっ子呼ばわりするという事は、あなたはロリコン呼ばわりされても反論できないのですがいいのですか?」

「見た目がロリっ子なだけで、十六ならセーフだろ。ちなみに見た目だけなら俺のタイプはダクネスみたいな体型だから、成長するならあんな感じになってくれると嬉しい」

「あなたがデリカシーのない人だという事は知っていますが、こ、恋人の前で他の女がタイプだとか言うのはどうかと思いますよ!」

 

 自分で恋人と言うのが恥ずかしいのか、めぐみんが顔を赤くしてそんな事を言う。

 

「恥ずかしいなら言わなけりゃいいのに」

「たまに口にしておかないと、カズマは本気で忘れそうな気がするので。私はあなたの恋人なのですから、そこのところを忘れないでくださいよ」

「お、おう……。いや、忘れるわけないだろ。お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

 

 そんな話をしながら、ウィズの店に辿り着くと。

 

「へいらっしゃい! やる事やってるくせに、これは浮気じゃないなどと言い訳をしながらとある店のサービスを受け続ける小僧と、小僧がちょくちょく外泊する理由に見当を付けつつも、貧乳が原因なら仕方ないのかもしれないと悶々としているネタ種族よ!」

 

 店先で掃除をしていたバニルが、聞き捨てならない挨拶をしてきた。

 

「おいちょっと待て。その話、詳しく……。いや、詳しく聞くと藪蛇になりそうなんだけど、でも詳しく聞いておいた方がいいような……。お前、初っ端から飛ばしすぎだろ。なんでもかんでも見通せるからって、余計な事を言うのはやめろよな」

「してません! してませんよ! 別にそんな事で悩んだりしてませんから!」

「フハハハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である! ネタ種族もそこの浮気性の男と乳繰り合うようになってから、なかなか良い悪感情を発するようになってきたな。ご馳走様です」

「おいやめろ。あとめぐみんはからかうのは好きだけどからかわれるのは苦手なんだから、やめてやれよ」

「カズマこそ私を性悪女のように言うのはやめてください。というか、私としてはバニルの言っている事が気になるのですが。カズマがサービスを受けているという、とある店について詳しく」

「おいやめろ。紅魔族は悪魔の言葉に耳を貸すなって教えられるんじゃないのか?」

 

 言い合う俺達に、バニルが懐から何かを取りだして。

 

「ところで、当店の節穴店主が例によって仕入れてきた欠陥魔道具があるのだが。これを買ってくれたお客様には、我輩サービスしてしまうかもしれん」

「買います」

「毎度あり!」

 

 即答するめぐみんに商品を渡そうとするバニルに、俺は。

 

「いやちょっと待て! 俺が買う! 買うからそのサービスは俺に頼む! 具体的には、めぐみんには黙っておいてください」

「なんと、欠陥魔道具がまさかの人気商品に。しかしこれはひとつしかないので、残念ながら一人にしか売る事は出来ぬ。ここはより高値を付けてくれたお客様に売るとしよう。まずは十万エリスから。さあ! この欠陥魔道具が今なら十万エリス! 十万エリスですよ!」

「お前、やっぱりロクでもないな。二十万」

「カズマ!? 欠陥魔道具と分かっているのに買うのは……。というか、魔道具の効果も分かっていないではないですか。それはどういう魔道具なんですか?」

「うむ。これは以前ネタ種族が欲しがっていた、爆裂魔法の威力を上げるポーションである。ただし、魔力を二倍使う上に、威力が上がった爆裂魔法は射程ギリギリに撃っても術者を巻きこむであろう」

「買います買います! 絶対買います! 自分の爆裂魔法に巻きこまれて死ぬなら望むところですよ!」

「バカ! お前はどうしてそう生き急ぐんだよ。もう魔王は倒したんだから、危ない事はせずに面白おかしく暮らしていけばいいじゃないか」

「魔王を倒しても爆裂道に終わりはありませんからね。……二十一万エリス」

「……!? おいめぐみん、いいのか? そんな無駄なもんに大金を使って、お前の心は痛まないのか? 三十万」

「この男! カズマこそ無駄なものと言いながらお金を使いすぎですよ! それに、カズマはさっき、少しくらい無駄遣いをしてもいいと言ってくれたではないですか! さ、三十万五千エリス……!」

「ダクネスの時とか魔王討伐の時とか、俺が時々金遣いが荒いのは知ってるだろ。俺は金を使った事を後悔してないし、これからも後悔しない。四十万」

「私だって、爆裂魔法のためなら大金を使ったって後悔しませんよ! ええ、しませんとも! よよよ、四十万二千エリス……!」

 

 口では強気な事を言いながら、めぐみんが上乗せする金額がどんどん少なくなっていっていた、そんな時。

 店のドアを開けて顔を出したアクアが。

 

「ねえ二人とも、お店の前で何をそんなに騒いでいるの? 近所の人達の迷惑になるから、とっとと中に入ったら?」

 

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 カウンターで店番をしていたウィズに歓迎され店に入ると。

 アクアが当たり前のような顔でお茶を飲み寛ぎ始めて。

 

「まったく! 二人とも、もう子供じゃないんだから周りの迷惑ってものを考えたらどうかしら? ウィズに美味しいお茶でも淹れてもらって、少しは落ち着きなさいな。ウィズ、私のお茶もなくなっちゃったから、お代わりをお願いね」

「分かりましたアクア様。ちょっと待ってくださいね」

 

 ウィズが当たり前のようにお茶を淹れ始めると、なぜか店の奥から現れたダクネスが。

 

「ウィズ、これはどこに置けばいいんだ?」

「あ、ダクネスさん。片付けを手伝ってもらってすいません。今お茶を淹れますから、ダクネスさんも休憩してください」

「……ん。それはありがたいな」

 

 めぐみんが、とある店については今度改めて聞きますからねと言ってローブを見に行く中、俺はダクネスに。

 

「おいダクネス。アクアは分かるが、どうしてお前までこの店にいるんだ? お前はクルセイダーなんだし、魔道具を使う事なんてそんなにないだろ」

「そ、それが……、最近は見合いの申し入れが多くなってきてな。私が住んでいる場所も知られてしまったらしく、屋敷にいても実家にいても見合いの申し入れが来るので、いちいち断るのも面倒になって、アクアにくっついてこの店に避難してきたんだ」

「お前ら、客でもないのにこの店に入り浸るのはやめてやれよ……」

 

 俺の言葉にダクネスは気まずそうな顔をする。

 一応はウィズに済まないと思っているらしく、店の片付けを手伝っているようだが……。

 と、ダクネスと違って周りの迷惑ってものをちっとも考えていないアクアに、俺とめぐみんに欠陥魔道具を売りつけ損ねて不機嫌なバニルが。

 

「この店を喫茶店代わりにするだけでは飽き足らず、せっかくの商談の機会をふいにしおって! もう勘弁ならん! 追いだしてくれよう疫病神め!」

「やれるもんならやってみなさい木っ端悪魔! あんたのへなちょこ光線が、魔王を倒して本来の力を取り戻した私には効かないって分かんないんですかー? なんでしたっけアレ、バニル式殺人光線? 殺人とか言ってますけど、あんなんじゃ夏場の鬱陶しい蚊くらいしか殺せないんじゃないですかー? プークスクス!」

 

 二人は険悪な雰囲気を醸し出しながら睨み合い……。

 

「『バニル式殺人光線』!」

「『リフレクト』!」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! あれだけ大口を叩いておいて、気合で消し飛ばすではなく、わざわざ魔法を使って反射するとは! その程度で本来の力とは笑わせてくれる!」

「そっちこそ、効きもしない貧弱光線をバカのひとつ覚えみたいに撃つだけで恥ずかしくないの? 地獄の公爵って蚊取り線香か何かなの? もう夏も終わったんだから押し入れに仕舞われちゃいなさいな!」

「おいお前ら、アクアが反射した殺人光線を食らって、ダクネスが焦げてるんだが」

 

 そんな俺の言葉を無視して。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」

「おっと私の魔法はあんたみたいな木っ端悪魔には強すぎたかしら! 消し飛ばすどころか反射も出来ずに避けるだなんて! 一寸の害虫にも五分の魂って言うじゃない? あんまり弱っちいから、叩き潰すのがちょっぴり可哀相になってきたわね地獄の公爵さん。まあ悪魔の穢れた魂なんて何の価値もないし、叩き潰すんですけど!」

「フハハハハハハハ! ここで我輩を倒しても、すぐに第二第三の我輩が現れるであろう! なんなら一匹見かけたら三十匹いるというアレのごとく、三十体の我輩が降臨しても構わぬぞ!」

「おいお前ら、バニルが避けた退魔魔法を食らって、ウィズが消えかけてるんだが」

 

 

 

 アクアがダクネスにヒールを掛け、バニルがウィズに水を飲ませて介抱する中。

 騒ぎをものともせずに魔道具を見ていためぐみんが。

 

「ウィズは消えかけていますし、今日のところは帰った方がいいかもしれませんね。ローブはまた今度買いに来る事にしましょう。この後は一緒に爆裂散歩に行きませんか?」

「それはいいけど、お前はもう少し周りを気に掛けてもいいと思うぞ」

 

 と、マイペースなめぐみんに、ウィズの介抱をしていたバニルが。

 

「しばし待つが良い、小僧と出掛ける事に内心ウキウキの娘よ」

「否定はしませんが、いちいち口に出すのはやめてください」

「うむ、なかなかの羞恥の悪感情である。なに、それほど時間は掛からん。ただ少し、気になる事があってな……」

 

 そう言って、じっとめぐみんを見つめるバニル。

 そんなバニルを、アクアが剣呑な目つきでじっと睨んでいるが……。

 と、バニルはいきなり笑いだし。

 

「フハハハハハハハ! やはりな! 爆裂道などというわけの分からぬ道をひた走る人生ネタ娘よ。貴様の腹の中には赤子がおるゆえ、あまり爆裂魔法を使わぬが吉。心身ともに健やかに過ごし、元気な赤子を産むが良い。我輩にとって貴様ら人間は美味しいご飯製造機。貴様の子が生まれた暁には、我輩は喜び庭駆け回るであろう」

 

 アクアに睨まれてやりにくそうにしながらも、バニルがそんな事を……。

 …………。

 

 ……………………何て?

 

「おい、人の人生をネタ扱いするのはやめてもらおうか。というか、今なんと言いましたか? 赤子……?」

 

 めぐみんのその言葉に、アクアのヒールで目を覚ましたダクネスが、ぼんやりした様子のまま。

 

「赤子というのは、赤ん坊の事だな」

 

 アクアがバニルを睨むのをやめ、めぐみんの腹の辺りをじっと見つめて。

 

「あらっ? 本当だわ。めぐみんのお腹の中に、もうひとつの生命を感じるわね! めぐみんったら、おめでたよ!」

 

 と、ダクネスが何かに気づいたように。

 

「……そ、そういえば、最近のめぐみんはやたらと食欲が増していたな。それに、酸っぱいものを食べたがったり、ちょっとした事でイライラしたり……」

 

 えっ……。

 いや、マジで?

 

「おい待てよ。お前らちょっと待ってくれ。何かの間違いじゃないのか? めぐみんがちょっとした事で怒りだして誰彼構わず襲いかかるなんて平常運転じゃないか」

「何よ、女神の見立てを疑うっていうの?」

「地獄の公爵にしてすべてを見通す大悪魔たる我輩の言葉を疑うというのか?」

「お前ら、ついさっきまで喧嘩してたくせに、どうしてこんな時だけ息ぴったりなんだよ!」

 

 口々に言う女神と悪魔に俺が叫び返した、そんな時。

 瞳を真っ赤に輝かせためぐみんが、震える声で。

 

「あ、赤ん坊……? 私のお腹の中に、カズマの子供がいるっていうんですか?」

 

 そんなめぐみんに、俺は……。

 

「……マ、マジで? 本当に俺の子?」

 

 …………。

 

「おい」

「いや待て! 待ってください! 今のはノーカンだ!」

「最低です! 本当に本当に、心の底から最低ですよあなたは! 流石にその発言は人としてどうかと思いますよ!」

「ちちち、違ーっ! 今のはそういう意味じゃなくてだな! その、ほら、アレだ。俺ってまだ二十歳にもなってないし、いきなり子供が出来たとか言われても現実感がないっていうか……! 別にめぐみんが俺以外とどうのこうのとか想像したわけじゃ……!」

「分かりました! 分かりましたからあなたは少し黙っていてください! 今あなたは本当に最低な事を口走っていますよ!」

 

 うろたえる俺はめぐみんに黙らされ。

 

「まったく! カズマはまったく! あなたがおかしな事を口走るせいで、赤ん坊が出来たと言われた衝撃がどこかへ行ってしまいましたよ。本当に、肝心な時に締まらない人ですね……」

 

 めぐみんが怒った表情を浮かべながら、なぜか口元をムニムニさせる。

 

「ううむ。そうした感情は我輩の好みではないのだが」

「うるさいですよ! それで、子供が出来たというのは本当なんですね? もし悪感情を得るための嘘だとか言ったら、この店ごと爆裂魔法で吹っ飛ばしますよ」

「この店がなくなると、そこで消えかかっている薄幸店主が泣くのでやめてもらいたい。見通す悪魔の名に懸けて、我輩は嘘など吐いておらぬ。貴様の腹の中に、そこの小僧の子がいるというのは事実であるので、しばらくは安静にするが吉。普通の魔法ならば問題はなかろうが、爆裂魔法は一度に激しく魔力が流動するため、赤子に悪影響があるやもしれぬ。この後の爆裂散歩とやらも控えた方が良いであろうな」

 

 爆裂魔法に人生を捧げてきたと言っても過言ではないめぐみんに、爆裂魔法を使うなと言うバニル。

 そんなバニルに、めぐみんは。

 

「分かりました。今日から爆裂魔法は封印する事にしましょう」

「お、お前……。いいのかよ?」

 

 あっさりと頷いためぐみんに、俺が聞くと。

 

「仕方ありませんよ。私はカズマのためなら爆裂魔法を使わなくても我慢できます。ただ、破壊神の生まれ変わりである私が、爆裂魔法を使わない事でボンってなりそうになったら、カズマがいつものようになんとかしてくださいね」

「お、おう……。なんていうか、俺の感動を返してくれ」

 

 結局いつもどおりのめぐみんに俺が呆れていると、アクアが。

 

「ねえめぐみんめぐみん、我慢は体に毒だって言うし、ちょっとくらいならいいんじゃないかしら? 赤ん坊の魂は柔らかいから、変な事になっても私がリザレクションを掛けてあげるわよ?」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアに、めぐみんは微笑んで。

 

「いえ、気持ちはありがたいですが、やめておきます。いくら私でも、誰かの命と引き換えに爆裂魔法を使うつもりはありませんよ。それが私とカズマの子だっていうなら、絶対です」

「よく言ったぞめぐみん。……不思議なものだな。めぐみんは私よりも年下なのに、すでに母親の顔をしているような気がする」

「ねえ二人とも! 私は私は? 女神である私に母性を感じる事ってないかしら?」

「「全然ない」」

「なんでよーっ!」

 

 三人がそんな、微笑ましいようなそうでもないようなやりとりをする中。

 俺は、悪魔のくせに嬉しそうにしているバニルを見て。

 

「なあなあ、悪感情が欲しいんなら今がチャンスなんじゃないか? 残念、ドッキリでした! ってやらないでいいのか?」

「あの爆裂娘の腹の中に貴様の子がいるのは事実だと言っておろうが。汝、いきなり父親だと言われてもさっぱり実感が湧かず、ドッキリだったらいいのにと思う自分に後ろめたさを抱く男よ。悪魔である我輩が言う事でもないが、若い男親など誰もがそのようなものなので、気にせんで良かろう」

「おいやめろ。悪魔のくせに慰めるなよ。何を企んでんだよ」

「今回は特に企みなどない。我輩にとって貴様ら人間は美味しいご飯製造機であるからして、そんな人間が増えるというのなら、便宜を計ってやらんでもない。なんなら育児を手伝ってやっても良いが?」

「い、いらない」

 

 と、アクアとダクネスと話していためぐみんが、俺の方を見て。

 

「以前にも似たような事を言いましたが、今度こそ爆裂魔法は封印します。子供を産んだ後も子育てがありますし、街の外まで出歩くわけにもいきませんから、一年か二年くらいは爆裂魔法を使う事は出来ないでしょう。爆裂道を極めるつもりでしたが、長い回り道になりそうですね」

 

 そんな事を言うめぐみんは、少し寂しそうに、けれど嬉しそうに微笑んでいて……。

 

 

 *****

 

 

 ある日の昼下がり。

 アクアはチヤホヤされてくると言ってアルカンレティアへ行き、ダクネスは見合いの申し入れを蹴散らすために王都へ行っていて、屋敷の広間には俺とめぐみんしかいない。

 俺の隣でソファーに座っているめぐみんが。

 

「……暇ですね」

 

 ――めぐみんの妊娠が発覚して、一週間が経った。

 この一週間というもの、日課であった爆裂散歩をやめためぐみんは、一日中、屋敷の広間でぼんやりして過ごしていた。

 爆裂魔法を封印したのが良かったのか、以前までの凶暴性は薄れ、突然暴れだすような事もなくなって、すっかり穏やかになっている。

 ……ひょっとして、人は爆裂魔法を使うと怒りやすくなるのかもしれない。

 

「暇ならゲームでもやってればいいじゃないか。俺が向こうの世界で引き篭もりをやっていた頃は、一か月くらい家から出なくてもまったく退屈なんか感じなかったぞ」

「その話は自慢げに話すような事なのですか? このところ、爆裂魔法を使っていないせいで、なんだか体がうずうずするのですよ。爆裂魔法が使えないのは我慢するとして、高いステータスに物を言わせて、喧嘩を売ってきたチンピラを返り討ちにしたりしたいのですが、妊娠している時というのは、あまり体を激しく動かしてはいけないらしいですからね。この街に子供を産んだ事のある知り合いなんていませんし、どこまでなら許されるのかが分かりません」

「そ、そうか……。お前、大人しくしてると思ったら中身は全然変わってないじゃないか。とりあえず、チンピラと喧嘩するのが駄目だっていうのは俺でも分かる」

「そんなに簡単に人の性格は変わりませんよ。カズマだって、魔王を倒して一年も経つというのに、ちっとも勇者らしくなっていないではないですか」

「まあ、最強の最弱職だとか呼ばれてるしな」

「私はどうですか? この一年で、少しは変わりましたか?」

 

 俺は、探るようにそんな事を言ってくるめぐみんに。

 

「髪が伸びた」

「……他には?」

 

 …………。

 

「背も少し伸びたな」

「ほうほう、それで?」

 

 胸も……。

 …………?

 

「おい、今どこを見て何を考えたのか詳しく教えてもらおうか」

「いやちょっと待ってくれ。めぐみんだって、一年経っても俺が変わってないって言ってたじゃないか。俺にばかり言わせるのはどうかと思う」

 

 俺の苦し紛れのそんな言葉に、めぐみんはクスクス笑いながら。

 

「私はカズマが勇者らしくないと言っただけですよ。……そうですね。一年前と比べて、カズマも背が伸びましたね。それに、少し大人っぽくなったかもしれません。性格はあまり変わっていませんし、以前とやっている事も変わりませんが、私の方を見る回数が増えましたね」

「そ、そうか。よく見てますねめぐみんさん」

「好きな人の事ですからね。この一年で私がどう変わったのか、カズマが分からなくても私は気にしませんから、気まずく感じなくてもいいですよ。私はカズマの、そんなどうしようもないところも嫌いではないですからね」

 

 ……一年前と比べて手玉に取られてる気がするんですけど。

 

 

 

 爆裂魔法を撃ちたくてうずうずしているめぐみんを宥めながら、ダラダラと過ごしていると。

 

「めぐみーん! めぐみん、いるー!?」

 

 玄関のドアが乱暴にバンバン叩かれ……。

 ……というか、この声は。

 ドアを開き姿を現したのは、いつも人に気を遣ってばかりのゆんゆんで。

 

「おや、ゆんゆんではないですか。そんなに慌ててどうしたのですか?」

 

 めぐみんの言うとおり、ゆんゆんがこんなに慌てている姿というのは珍しい。

 気を遣いすぎて、屋敷を訪ねてくるのもためらっていたくらいなのだが。

 

「どうしたのですかじゃないわよ! ねえめぐみん、どういう事? カズマさんとの間に子供が出来たって本当なの?」

「そういえばゆんゆんには言い忘れていましたが、そうらしいです。まだあまり実感は湧かないですが、アクアとバニルが言っていたので間違いないでしょう。私のお腹の中にはカズマの子供がいます」

 

 そんな事をドヤ顔で言うめぐみん。

 ……なんだコレ。

 俺はこんな時、どういう顔をしていればいいんだろうか?

 と、悩んでいる俺に気づいていないらしいゆんゆんは、めぐみんをガクガク揺らしながら。

 

「どうして私に話してくれないのよ! どうして私はそんな大事な事をあるえから聞かされないといけないの? 私達って、親友じゃなかったの?」

「ああもう! あなたも大概面倒くさいですね! そんな事で本気で泣かないでくださいよ! あなたに伝えていなかったのは、ちょっといろいろ忙しくて忘れていただけですよ!」

「忙しいって、どう見てもソファーで寛いでるだけじゃない! どうしてあるえには伝えたのに、私にだけ伝え忘れるのよお!」

「ち、違いますよ! 傍から見たら寛いでいるだけかもしれませんが、私だっていきなり子供が出来たとか言われて驚いているんですよ! 状況を受け入れるだけでもいっぱいいっぱいなのですから、言い忘れる事もありますよ! というか、あるえに伝えたのは、アジトに行った時にたまたまいたあるえに、母への報告の手紙を渡したからですよ。別にあなただけ仲間外れにしたわけではありません! ゆんゆんに頼もうと思っていたのに、いなかったのですから仕方ないでしょう! おい、身重の体なんだから乱暴にするのはやめてもらおうか! カズマ! 見てないで助けてください!」

「……キャットファイトって、なんかいいよな」

「この男!」

 

 ――しばらくして。

 落ち着いたゆんゆんが絨毯の上に正座していた。

 

「……お騒がせしました」

「本当ですよ! まったく、あなたは相変わらず妙なところで思いきりがいいですね。その思いきりの良さをきちんと活かせば、友達くらい簡単に出来ると思うのですが」

「う、うう……。それを言わないで……」

 

 めぐみんに責められしょんぼりするゆんゆんに、俺は淹れてきたお茶を差し出す。

 

「粗茶ですが」

「あ、ありがとうございます……。カズマさんも、お騒がせしてすいませんでした」

「いや、いいって。こいつらに比べればゆんゆんに掛けられる迷惑なんて可愛いもんだよ」

 

 そう言ってゆんゆんに笑いかける俺を、めぐみんがじっと見つめていて……。

 

「何か文句でもあるのか?」

「……なんでもないです」

 

 俺がめぐみんをじっと見つめると、めぐみんは目を逸らす。

 と、そんな俺達の様子に気を遣ったのか、ゆんゆんが手紙を取りだし。

 

「あ、あの! 今日はあるえから、めぐみんのお母さんの手紙を預かってきたんです」

 

 テレポートを覚えたあるえは、ふにふらやどどんことともに、めぐみん盗賊団のアジトに入り浸っているらしい。

 

「ありがとうございます。知り合いの中で出産経験があるのは母くらいですからね。気を付けなくてはいけない事や、心構えなんかを聞いておこうと思いまして」

 

 そう言いながら手紙の封を開けためぐみんは。

 

「そぉい!」

 

 手紙を見た途端、くしゃくしゃに丸めゴミ箱に向けて放り投げた。

 

「めぐみん!? 何やってるの? お母さんからの大事な手紙でしょ!」

 

 ゴミ箱に入らず床に落ちた手紙を拾いに行ったゆんゆんが、手紙のしわを延ばしながら戻ってきて。

 文面が目に入った途端、気まずそうな顔になった。

 ……そんな顔をされると何が書いてあるのか気になる。

 俺に見せようか隠そうか、ゆんゆんが悩んでいるうちに、俺は手紙を覗きこんで……。

 

 

 カズマさんの総資産額はいくらくらいかしら?

 

 

 …………。

 俺がめぐみんを見ると、めぐみんは視線を逸らして。

 

「その、母がすいません。一応言っておきますけど、私はカズマがお金持ちだから好きになったわけではありませんからね」

「えっと、いきなり子供が出来て不安がってると思って、お前の母ちゃんなりにジョークを飛ばしてみたのかも」

「いえ、あの人は本気です」

「そ、そうか……」

「ゆんゆん、それは捨てておいてください。二枚目からはまともな事が書いてあるようです」

 

 めぐみんは、手紙をざっと読み終わるとゆんゆんをじっと見て。

 

「な、何? 私に何かしてほしい事があるの? めぐみんに子供が出来るだなんて、……それも、こんなに早くに出来るなんて、紅魔の里にいた頃には考えもしなかったけど、めぐみんの子供のためなら、私、なんでもするわ!」

「ありがとうございます、ゆんゆん。そうですね、紅魔の里で恋人がどうのと話していた時には、私も子供を産む事になるなんて考えもしませんでしたよ。それで、母の手紙によると、激しい運動をしたり、強いストレスを受けるような事をするのは避けた方がいいそうなのです。そういう事なので、私にはめぐみん盗賊団の団長としての務めが果たせそうにありません。私が子供を産むまでの間、私の右腕であるゆんゆんが、団長代理として盗賊団を統率してくれますか?」

「わ、私が!? 統率って、そんな……、そんな事言われても……」

 

 頼もしい事を言っていたゆんゆんが、めぐみんの言葉にモジモジしだす。

 ……冒険者のパーティーにも入れずぼっちだったゆんゆんに、いきなりキワモノ揃いの盗賊団を率いるというのはハードルが高すぎるだろう。

 めぐみん盗賊団は、以前と比べ規模が大きくなっている。

 あるえとふにふら、どどんこがテレポートで入り浸るようになった事で、魔王が倒され暇を持て余していた紅魔の里のニート達もとい自警団までも集まってきて。

 さらに、アクアに近づこうとやってきたアクシズ教徒達が、アクシズ教会に入りきれずめぐみん盗賊団のアジトに住み着き。

 その上、魔王が倒されて平和になったために、アイリスが堂々と城を抜け出すようになり、同じく平和になったために仕事が減った騎士達が、警護のために屋敷に滞在していて。

 ……なんていうか、盗賊団というよりちょっとした軍隊みたいな規模になっている。

 

「ねえめぐみん。まさかとは思うんだけど、そんなはずないって信じてるけど、ひょっとして、規模が大きくなりすぎて手に負えなくなったからって、子供が出来たのをいい事に、私に押しつけようとしてないわよね?」

「ままま、まさか! そんなわけないじゃないですか! めぐみん盗賊団なのですから、団長は私に決まっているでしょう! まあ、私がいない間にゆんゆん盗賊団と改名しても構いませんよ」

「するわけないじゃない! めぐみん盗賊団なんだから最後まであんたが面倒見なさいよ!」

「うう……。仮面盗賊団を陰ながら手伝おうとしただけなのに、どうしてこんな事に……」

 

 めぐみんが恨めしそうに俺を見てくるが、俺の知らないところで勝手に始めたくせに、俺のせいにされても困る。

 めぐみんに厄介事を押しつけられたゆんゆんが、やる気を漲らせながらも、気が進まない様子で帰っていき……。

 その帰り際。

 見送りに出ためぐみんに振り返って、ゆんゆんが。

 

「言い忘れてたけど、おめでとう。元気な赤ちゃんを産んでね」

 

 そんなゆんゆんの言葉に、めぐみんが珍しく目を潤ませて頷いていた。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 

「カズマ、少し散歩に行きませんか? 爆裂散歩ではなくて、普通の散歩ですが」

 

 屋敷の広間でダラダラしていると、めぐみんがそんな事を言いだした。

 

「俺は構わないけど、散歩なんかして大丈夫なのか?」

「母からの手紙によると、歩くのは胎教に良いそうですから大丈夫でしょう。というか、まだお腹も大きくなっていないのですから、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。もしも途中で調子が悪くなったら、いつもみたいに負ぶってくださいね」

「まあ、いざとなったらテレポートで帰ってくればいいだろ。……テレポートって、赤ん坊にはどうなんだ? 俺も妊婦が気を付ける事については、元いた世界の常識くらいの知識はあるけど、魔法やスキルの事はさっぱり分からん。今度、エリス様にでも聞いておくよ」

「母の手紙によると、テレポートは大丈夫だそうですよ」

 

 そんな事を話しながら、屋敷を出て歩きだす。

 爆裂魔法を撃ちに行くわけでもないから、本当にただの散歩なのだが、なんとなく街の外まで出て。

 

「……爆裂散歩の時は街から離れてたから、習慣で街から出てきちまったが、良かったのか? あんまり激しい運動はしない方がいいって話だったよな」

「私はカズマより体力のステータスが高いですし、これくらいなら大丈夫ですよ。せっかくですから湖にでも行きましょうか。お弁当を持ってくれば良かったですね」

 

 ――アクセルの街近くの湖。

 その畔の芝生に腰を下ろして、俺とめぐみんはのんびりする。

 ここは、一時期めぐみんお気に入りの爆裂スポットで、ピクニックにもちょうどよかったので、よくアクアやダクネスと一緒に訪れていた。

 

「今日の爆裂、百点満点!」

 

 いきなりそんな事を叫ぶ俺に、めぐみんが不思議そうに。

 

「いきなりなんですか? 爆裂魔法を使えない私をからかっているというなら、私にも考えがありますよ」

「ち、違うよ。お前、爆裂魔法に関する事になると沸点が低すぎるだろ。ほら、爆裂魔法だって、ただ威力が高ければいいってもんじゃないだろ? 爆風を強めた方がいい事もあるし、水しぶきを上げて清涼感を出した方がいい事もある。だから時には、使えるのに使わない事が百点満点でもいいんじゃないかと思ってな。めぐみんは爆裂魔法使いとしては極まってる感もあるし、爆裂魔法を使わなくても百点が出る事もある」

「ついに私もそのレベルに至ってしまいましたか……」

 

 バカな事を言いだした俺に、めぐみんが嬉しそうに口元をニマニマさせる。

 それから、ふと寂しそうな顔になり。

 

「そういえば、以前はよく皆で一緒にピクニックに来てましたね」

 

 このところ、アクアとダクネスは忙しそうにしていて、ほとんど屋敷にいない。

 アクアはアクシズ教徒達にチヤホヤされてくると言っていたし、ダクネスはお見合いをぶち壊すためだと言っていたが、ひょっとすると俺達に気を遣っているのかもしれず……。

 …………。

 ……いや、ダクネスはともかく、アクアに限ってそれはないと思うが。

 

「仕方ないです。寂しいですけど、ダクネス達の気持ちも分かりますし、覚悟はしていました。ずっと皆と一緒にいたいと言っておきながら、関係が変わってしまうような事をしたのは私ですからね。それに、ダクネス達だって寂しいでしょうけど、私にはカズマがいますから。……何事も、変わらない事なんてありません。何百年と微動だにしなかった大岩も、私の爆裂魔法の前では木っ端微塵に砕け散ります」

 

 めぐみんは寂しさを誤魔化すように、強がるようにそんな事を……。

 …………。

 

「お、お前……。途中までちょっといい事言ってたっぽかったのに台無しだよ。なんでもかんでも爆裂魔法に結びつけて考えるのはやめろよな」

「何を言っているんですか。私は爆裂魔法使いなのですから、一日中爆裂魔法の事を考えているのは当たり前ですよ」

 

 ここ最近、コイツちょっと大人びてきたなとか思ったが気のせいだった!

 

 

 *****

 

 

 数日後。

 夕食が終わりめぐみんが風呂に入っている間、俺が広間のソファーでダラダラしていると、珍しく屋敷にいたアクアが。

 

「ねえねえカズマさん、実はめぐみんをびっくりさせるためにサプライズで結婚式を企画してるんだけど、めぐみんの指輪のサイズって分かるかしら?」

 

 …………。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。なんでわざわざサプライズにするのかとか、お前らが最近忙しそうにしてたのってそのせいなのかとか、聞きたい事はいろいろあるが、結婚式って、俺とめぐみんの結婚式だよな? それって俺に話してもいい事なのか?」

「……今のは聞かなかった事に」

「なるわけないだろ! 何やってんの? お前らは本当に何をやってんの? めぐみんは最近、俺とそういう感じになったせいで皆との関係が変わったんじゃないかって落ちこんでたんだぞ!」

「カズマさんったら何を言ってるの? バカなの? 私達の関係がそれくらいの事で変わるわけないじゃないの。それに、何を勘違いしてるのか知らないけど、私はあんたの事なんてちっとも気にしてないわよ。魔王を倒してチヤホヤされて、ちょっとモテたからって、クソニートのくせに調子に乗りすぎなんじゃないですかー?」

「お前の事はどうでもいいんだよ。そんな事より、サプライズってのを詳しく」

 

 俺の事なんて気にしていないと言ったくせに、どうでもいいと言われるのは嫌なようで、アクアは不機嫌そうに頬を膨らませながら。

 

「サプライズはサプライズよ! 聞いて聞いて。とっても楽しい計画なんだから! まず、この街のエリス教会で誓いのアレをやって、馬車で街中をパレードするでしょう? それから教会に戻ってくるんだけど、なんとびっくり! そこはアクシズ教会なのでした! めぐみんにはウチの子達もお世話になったっていう話だし、皆もお祝いがしたいって言ってたわ」

「それを言ってるのって、アクシズ教徒とお前だけだろ。他の連中は反対してるんじゃないか?」

「どうして分かったの? でも大丈夫よ。きっと皆を説得してみせるから! 最後には皆も分かってくれると思って、ウチの子達だけで準備も進めてるのよ」

「おいやめろ。お前が張りきるとロクな事にならないって、いい加減に分かってくれてもいいんじゃないか? 他の皆の言う事を聞いて、アクシズ教徒には大人しくさせとけよ」

「嫌よ! 私だってめぐみんに喜んでほしいのよ! 皆の意見は普通すぎるの。めぐみんはちょっと頭のおかしい子なんだから、アクシズ教徒のやる事だって、きっと笑って受け入れてくれるわ!」

「お前、とうとう自分のところの信者が頭おかしいって認めたな」

 

 ……というか、結婚式か。

 そもそも俺って、このままめぐみんと結婚するのか?

 出来婚というのは、以前、めぐみんが言っていたとおりで、あまり気が進まないのだが。

 いや、でも、子供が出来たんだから、そういう事も考えないといけないのか……?

 

「なあ、この世界でも子供が出来たら結婚しないといけないもんなのか? めぐみんの事は嫌いじゃないっていうか、むしろ好きだけど、この歳で結婚とか言われると流石に重いんだが」

「……こんなのが好きだなんて、めぐみんってやっぱり頭がおかしいんじゃないかしら?」

「おいやめろ。俺とめぐみんをまとめてディスるのはやめろよ。分かってるよ! 子供が出来たんだから結婚しないといけないって言うんだろ! それに、めぐみんの事は好きだしいつかはそうなってもいいかなって思う。でも今すぐってのは早すぎないか? 俺、まだ二十歳にもなってないんだぞ? めぐみんだってまだ十六だろ。向こうの世界ではどっちも子供じゃないか。こんなんで結婚なんかして、本当に大丈夫なのか? めぐみんは何事も変わらない事なんてないって言ってたけど、いきなり変わりすぎだろ」

「汝、迷えるロクでなしよ。未来を悲観し何もかも投げだしたくなってきてるあなたに、心が軽くなる教えを授けましょう。アクシズ教にはこんな教えがあります。『どうせダメならやってみなさい。失敗したなら逃げればいい』。今から悩んでてもどうにもならないんだし、いつもどおりにやんなさいな」

「おい、それ駄目なやつだろ。いくら俺が駄目人間でも、子供作って結婚までして逃げたりはしないぞ」

「子供が出来たのに結婚したくないとか言ってる時点で十分に駄目人間だと思うんですけど」

「分かってるよ! まだ決心がつかないから、誰かに背中を押してほしかったんだけど、お前に聞いた俺がバカだった!」

「何よ! 女神の啓示をありがたく受け取りなさいよ!」

「どうせならエリス様の啓示を授かりたい」

「ちょっとあんた何言ってんのよ! エリスなんかより、ずっと一緒にいる私の方が、カズマの役に立ってると思うんですけど! もっと私を敬って! たまには素直にありがとうって言いなさいな!」

「うるせーこの駄女神が! 敬ってほしければもっと女神らしいアドバイスしろよ!」

「わああああーっ! また駄女神って言った! 背教者め、天罰を下してやるーっ!」

 

 掴みかかってきたアクアを迎え撃ち、俺とアクアが取っ組み合っていた、そんな時。

 風呂から上がり広間に顔を出しためぐみんが。

 

「二人は相変わらず仲が良いですね。今度は何を喧嘩しているのですか?」

「ふわああああああーっ! カズマが! カズマがーっ!」

「おいやめろ。余計な事を言うのはやめろよな。ついさっきの俺とのやりとりを思いだせ」

 

 アクアを黙らせようとする俺を、めぐみんが不思議そうに見ていた。

 

 

 

「――どうも。めぐみんサプライズ結婚式のアドバイザーに就任したサトウカズマです」

 

 翌日。

 商店街の役員会議室にて。

 なぜか俺は、めぐみんのサプライズ結婚式を計画する人々の輪に加わって、アドバイザーをやる事になっていた。

 俺は、俺が現れると驚いた様子で絶句しているダクネスに。

 

「なあ、やっぱりおかしくないか? めぐみんの結婚式って事は、俺の結婚式でもあるはずだろ? 俺もサプライズされる側だと思うんだが」

「……ん。私もそう思って黙っていたんだが、どこから聞きつけてきたんだ? アクシズ教徒も、めぐみん盗賊団も、商店街の皆も、いつも爆裂魔法で驚かされているめぐみんを驚かしてやろうと乗り気で、秘密を漏らすような者はいなかったはずだが」

 

 黙っていた事が少し後ろめたいらしく、ダクネスがチラチラと視線を逸らしながらそんな事を言う。

 

「アクアが昨夜、うっかりバラしたんだよ。サプライズ結婚式やるんだけど、めぐみんの指輪のサイズが分からないとか言って。隠し事をしたいんだったら、あいつには教えない方が良かったんじゃないか?」

 

 俺の言葉に、ダクネスは会議室の一角でアクシズ教徒達と騒いでいるアクアを見て。

 

「めぐみんに子供が出来たと聞かされて、結婚式をするべきなのではないかと言ったのは私だが、どうせならサプライズにしてめぐみんを驚かせてやろうと言いだしたのはアクアだったからな。最初から、アクア抜きでやるわけには行かなかったんだ。ま、まあ、まだめぐみんにバレたわけではないのだし……。それに、お前が私達に協力してくれるというのなら、これほど心強い事もない。女神感謝祭の時のような、敏腕アドバイザーぶりを期待しているぞ」

「おい、あの時の事を蒸し返すのはやめろよ。もう十分謝ったし金も返しただろ。なんだかんだ言って、祭りも盛り上がったんだし良かったじゃないか! なあ、そうだろ?」

 

 俺が商店街の会長に聞くと、会長はにこやかに。

 

「そうですな! 祭りの時は、我々も随分と儲けさせてもらいました。どうですかな? 今回もエリス教徒だけでなく、アクシズ教徒を積極的に参加させるというのは……、…………」

 

 と、言いかけた会長が、ダクネスに睨まれて口を閉じる。

 そんな会長の様子に溜め息を吐いたダクネスは、仕方なさそうに俺を見て……。

 

「お前が参加するのだ。平穏に終わる事はないだろうが、せめてめぐみんが喜ぶような結婚式にしてほしい。お前だって、めぐみんがガッカリするところは見たくないだろう?」

「いやちょっと待て。今のはこのおっさんが言ってただけで、俺は最初からめぐみんの事を考えてるぞ。大体、俺は魔王の討伐賞金やら何やらで一生遊んで暮らせるくらいの金はあるんだからな。今さら商売の事なんか考えないよ」

「……ん。それもそうだな。では、せっかく皆がめぐみんのために集まってくれているのだし、その考えとやらを聞かせてくれ」

「任せれ」

 

 

 

「――そこで俺とめぐみんがゴンドラに乗って上から登場するわけだ」

「ちょっと待て! どうして結婚式でそんなわけの分からない演出が必要なんだ? 教会にそんな設備があるはずないだろう。というか、ゴンドラなんてどこから用意してくるつもりだ」

「何言ってんの? 結婚式でゴンドラに乗って登場するのって、よくある演出じゃないか」

「そんなわけないだろう! ……いや、それはひょっとして、その、お前の元いたという世界ではよくある事だったのか? だからと言って、そんな非常識な事は……」

「……でも、めぐみんは喜びそうだろ」

「た、確かに……!」

 

 

 

「――ゴンドラが駄目なら、こういうのはどうだ? ウェディングケーキってあるだろ? 人が中に入れるくらいのデカいケーキを用意して、なんだこのデカいケーキはと参加者がびっくりする中、さらにケーキがパカンと割れてめぐみんと俺が登場するってのはどうだ?」

「カズマったらバカなの? めぐみんが食べ物を粗末にするような事を許すわけがないじゃない。教会ごと爆裂魔法で吹っ飛ばされるのが嫌なら、バカみたいな演出はやめといた方がいいと思うんですけど」

「そうか。……で、お前は何をやってるんだっけ?」

「……参加者が名前を書く名簿をアクシズ教の入信書にするっていう案を出したら、ダクネスに叱られて正座させられてます」

「お前はもう会議が終わるまで大人しくしてればいいんじゃないかな」

 

 

 

「そうだ、スライドショーはいいんじゃないか? これなら、そんなに変な演出でもないし、誰も文句は言わないだろ」

「すいませんが、スライドショーというのは聞いた事がありませんな。どういうものですか?」

「あれっ? ……どういうって言われても。新郎新婦が生まれてから出会うまでとか、二人の馴れ初めなんかを、写真のスライドを使いながら語るんだ。何が面白いのか俺にはよく分からないが、皆やってたし面白いんじゃないか?」

「ほう、写真を……。流石は高名な成金冒険者のサトウさんですね! 借りるだけでも高額な魔導カメラをお持ちとは!」

「そんなもん持ってるわけない」

 

 

 

「――最後に、俺とめぐみんが馬車に乗って、そのまま馬車に括りつけた空き缶をガラガラ言わせながら、新婚旅行に行くわけだ」

「お前が何を言っているのかさっぱり分からん。どうしてそんな近所迷惑になるような事をする必要があるんだ? さっきから、お前の出す案は人目を引くために派手な演出をしているだけで、結婚式の守るべき礼節を無視しているように思えるのだが。というか、馬車はそれほど速度が出ないから、空き缶を括りつけてもガラガラ言わないぞ」

「畜生! なんなんだよ、さっきから! お前ら寄ってたかって俺の出す案に駄目出しばかりしやがって!」

「そ、そう言われても、お前の出す案はどれも非常識だったり実現不可能だ。それに、さっきから聞いていれば、お前の世界の結婚式でやる事ばかりじゃないか。めぐみんはこっちの世界の住人なんだから、お前の言うような結婚式をやったところで喜ばないのではないか?」

「そんな事ないわダクネス! だってめぐみんは結婚相手にカズマを選ぶような子なのよ! ちょっとくらい変な感じの方が喜ぶかもしれないわ!」

「おい、だから俺とめぐみんをまとめてディスるのはやめろっつってんだろ」

 

 ……会議は難航した。

 

 

 *****

 

 

 サプライズ結婚式の計画を立て始めて、数日。

 出掛けようとしているところをめぐみんに捕まった俺は、屋敷の広間で詰問されていた。

 

「カズマは最近よく出掛けていますが、どこに行っているのですか? 一人で屋敷にいると寂しいので、どこかに行くのなら私も連れていってほしいです」

 

 めぐみんは勘が良い。

 隠し事をしているとバレそうな気がするので、最近は生活時間を少しだけずらし、めぐみんが寝ている間に書き置きだけ残して出掛けていたのだが。

 俺は平静を装って。

 

「どこって、書き置きしておいただろ? 最近は商店街の人達に、商品のディスプレイの仕方を教えたり、新人教育を手伝ったりして、小銭を稼いでるんだよ。子供も出来る事だし、危険な冒険者稼業からは足を洗おうと思ってな」

「それくらいなら、私がいても邪魔にはならないでしょうし、一緒に行ってもいいですよね」

「い、いや、今日はそっちの用事じゃなくて、ただの買い物だぞ」

「買い物ですか。だったらどうして私を誘ってくれないんですか? 最近のカズマはおかしいですよ! こそこそと一人で出掛けたり、私の事を避けてるみたいではないですか!」

 

 避けているみたいではなくて、実際に避けていたのだが……。

 

「め、めぐみん? お前、なんか変だぞ。怒りっぽいのはいつもの事だが、怒り方がいつもと違うっていうか……」

「そりゃ変にもなりますよ! 子供が出来た途端、皆して私から離れていって……! あなたが隣にいてくれれば大丈夫だと思っていたのに、あなたまでいなくなったら私はどうすればいいんですか!」

「いや、その、あいつらは別にめぐみんから離れていったわけじゃないから、心配するな。それに、ほら、俺もいるしな」

「いないじゃないですか! 最近はずっと一人で出掛けて……!」

 

 と、目に涙を浮かべ叫んでいためぐみんが、唐突に口元を押さえ、台所に駆けていく。

 俺がめぐみんを追いかけて台所に行くと、めぐみんは流し台に向かって吐いていた。

 

 えっ……。

 

「ちょ!? めぐみん! 大丈夫か? そ、そうか、アレだ、つわりってやつだ! おおお、俺はどうすればいいんだ? 背中さすればいいのか? それとも触らない方がいいのか?」

「落ち着いてください。まったく、こんな時でもあなたって人は……」

 

 口をゆすいで振り返っためぐみんが苦笑いを浮かべていたので、俺はほっとする。

 と、そんな俺の腕を掴みめぐみんが。

 

「カズマはこのところ、アクアやダクネスと何をやっているんですか?」

 

 俺より腕力のステータスが高いめぐみんに捕まれ、逃げる事の出来ない俺は。

 

「お、お前……。いくらなんでもこれはどうかと思う。めちゃくちゃ心配したのに、さっきのは演技だったのかよ?」

「そんなわけないでしょう。イライラしていたのも気持ち悪かったのも本当の事ですよ。カズマの方こそ、身重の私をほったらかして、アクアやダクネスと何をやっているのですか。さっき、二人は私から離れていったわけではないと言っていましたが、それと関係があるのですか? 私に何を隠しているのですか?」

 

 妊娠して情緒不安定なめぐみんは、俺の肩をガクガク揺さぶって問いかける。

 

「おいやめろ。イライラしたり怒ったりっていうのは、胎児の情操教育に悪いらしいぞ」

「あなたが私をイライラさせているんですよ! 隠している事があるのなら話してくださいよ! 私には話してくれない秘密を二人と共有していると思うとイラッとするんですよ!」

「な、なんだよ、嫉妬か? ひょっとして、あの二人に嫉妬してんのか?」

「そうですよ。妊娠すると情緒不安定になるという話ですが、屋敷に一人でいるといろいろ不安な事を考えてしまうんです。あなたは以前、ダクネスの体型が好みだと言っていたではないですか。それに、カズマはちょっと誘われれば誰にでも簡単についていきそうですし、私はそういった事をしてあげられない状態なので、ついムラムラっと来て……とか……。そ、それに、ダクネスもカズマの事が好きですから、勢いで一線を越えた末に爛れた関係になっているんじゃないか……とか……。自分でもどうかと思いますが、いろいろと考えてしまうんですよ」

「おい、俺を見くびるなよ。いくら俺がクズマだのゲスマだの呼ばれてるからって、俺の子がお腹の中にいるめぐみんを放って浮気するほどクズでもゲスじゃない。それに、俺には心強い味方がいるからな。ムラムラっと来る事はないから安心しろ」

「……あの、あなたが心強い味方という、とあるサービスをしてくれる喫茶店とやらにも言いたい事があるのですが」

「!?」

 

 この話の流れで例の店が出てくるという事は、めぐみんはとあるサービスがなんなのか知っているという事だろう。

 しかし、この街の男性冒険者が、あの店の秘密を誰かにバラすはずは……!

 

「ど、どうしたのですか? 急に見た事もないような真面目な顔をして。心配しなくても誰にも言いませんよ。お店の話はこめっこから聞いたのです。なんでも、サキュバスが経営している喫茶店があるそうで」

 

 こめっこ、恐ろしい子……!

 なんというスパイ。

 というか、サキュバスのお姉さん達が情報を漏らしていたとか、もうコレどうしようもないな。

 

「一応言っておきますが、こめっこの話だけでは何も分かりませんでしたよ。以前からあなたがちょくちょく外泊している事や、その時の態度や発言なんかから考えてみただけです。だからこめっこも何をやっているお店かは知らないはずです。というか、あなたは一度、屋敷に現れたサキュバスを逃がしていましたよね。ダクネスの話では、その時のあなたはいつになく積極的だったという事でしたし、その辺から考えてみると分かりやすかったですよ」

「…………」

 

 マジかよ。

 紅魔族は知能が高いと言われているが、その知能の高さを初めて心底恐ろしいと思った。

 戦慄する俺に、めぐみんはにっこり笑って。

 

「この話を続けるのと、アクアとダクネスの話をするのと、どちらがいいですか」

 

 ……やっぱコイツ、悪女だわ。

 

 

 

「――というわけで、すまん。めぐみんにバレた」

 

 その日、商店街の役員会議室に集まった人達を前に、俺はそう言って頭を下げた。

 せっかく俺達のためにサプライズを計画してくれていたのに、俺のせいで台なしにしてしまったのだから、俺だって反省を……。

 と、サプライズを俺にバラしたアクアが、なぜか勝ち誇ったように笑いながら。

 

「信じて送りだしたカズマさんがあっさりネタ晴らしして戻ってきた件について!」

 

 ……この女!

 

「おいふざけんな。そもそもお前が俺にサプライズをバラさなけりゃこんな事にならなかっただろ。自分のやった事を棚に上げて俺を責めるのはどうかと思う。ていうか、俺は尋問されて抵抗空しく喋っちまったわけだが、お前はなんなの? 聞いてもないのに自分からバラしやがって。サプライズの意味が分かってんのか?」

「何よ! 清浄な水の女神である、清く正しいこの私が、嘘や隠し事が苦手なのはしょうがないじゃないの!」

「何が清く正しいだよ。お前が嘘や隠し事が下手なのは、女神だからじゃなくてバカだからだろ」

 

 と、アクアと言い合う俺の前にセシリーが現れ。

 

「待ちなさい! アクア様と親しくしているサトウさんといえど、それ以上我らが女神に無礼を働くというなら、鼻からところてんスライムを食べさせるわよ!」

「やってみろ! やれるもんならやってみろ! ていうか、お前らが甘やかすせいでアクアがどんどん駄目になってるんだよ。最近こいつのバカさに磨きが掛かってるのって、お前らのせいじゃないのか? 我らが女神とか言うんなら、甘やかしすぎないようにしてやれよ」

「何を言っているのかしら? アクア様を慈しみ甘やかす事こそ我々の喜びなのよ。アクア様が望むならいくらでもお世話させていただきますとも。私達がいないとなんにも出来なくなるというなら、すべてをお世話させていただくわ! アクア様、安心して駄目になってくださいね!」

「本当? それなら、王様っぽい椅子に座ってる私を、孔雀の羽で扇いでくれたりする?」

「もちろんです、アクア様!」

 

 ……こいつら駄目だ。

 孔雀の羽ってなんだよ。

 このところアルカンレティアに入り浸っていたアクアは、駄目さ加減が増している気がする。

 と、そんな俺達に、いつまでも会議を始められず困っている様子のダクネスが。

 

「アクア、それくらいで許してやったらどうだ? バレてしまったものは仕方がないだろう。というか、私は元々サプライズにはあまり乗り気ではなかったんだ。むしろバレてしまって清々した。結婚式というのは、女にとって一生に一度の晴れ舞台なのだ。自分の好きなように演出したいというのが女心というものだろう。バレてしまったのなら、めぐみんにも会議に参加してもらって、めぐみんの理想の結婚式を挙げさせてやった方がいいのではないか?」

 

 俺は、理想の結婚式だとか面倒くさい事を言いだしたダクネスに。

 

「めぐみんは、自分のために皆が準備してくれるのなら、どんなのでもいいって言ってたぞ。当日にびっくりしたいから、サプライズがバレたって事はバラさないでくれって言われたくらいだ」

「めぐみんはサプライズに付き合ってくれるつもりなのか? ……それを私達に話してしまって良かったのか?」

「まあ待て。これはいい機会だと思うんだ。普通にやってたんじゃ、俺達ではめぐみんにサプライズを仕掛けるなんて上手くいかないと思わないか? アクアが余計な事をしたり、ダクネスがうっかりしたりして、どうせやる前にバレるに決まってる」

「何よ、今回失敗したのはカズマじゃないの……痛い痛い! ちょっと! 私は本当の事を言っただけで、ほっぺたをつねられるのは納得行かないんですけど!」

「お前はちょっとの時間も黙ってられないのか? いいから聞けよ。今、めぐみんはサプライズ結婚式があるって心の準備をしてるだろ。でも、その心の準備を上回るような結婚式だったら、どうだ? 単にサプライズをするよりもびっくりさせられるんじゃないか?」

 

 俺の提案に、ダクネスは首を傾げ。

 

「どうしてそんなにびっくりさせる事にこだわるんだ? それよりも、めぐみんには思い出に残るような素敵な結婚式を挙げさせてやりたいのだが」

「びっくりした方が思い出に残るだろ。それに、最近めぐみんに手玉に取られてる気がするんだよ。たまにはめぐみんをびっくりさせて、こっちが手玉に取ってやりたい」

「またお前はそんなロクでもない事を……。結婚式だぞ? 一生に一度の思い出なんだぞ?」

「どうしてお前は時々そう面倒くさいんだよ。変態痴女なのか純情乙女なのかはっきりしろって言ってるだろ。それに、一生に一度とは限らないだろ。お前みたいなパターンもあるしな、バツネス」

「バ、バツネスはやめろ……。しかし、サプライズだと分かっているめぐみんをびっくりさせるのは大変ではないか?」

 

 俺は、心配そうに俺の顔を見てくるダクネスに。

 

「俺に考えがある」

 

 ……女神感謝祭の時によく言っていた台詞に、商店街の会長が不安そうな顔をしたが、見なかった事にしておいた。

 

 

 *****

 

 

「……俺って本当に結婚するんだなあ」

 

 結婚式の準備をしている時、ポツリと呟いた俺に、隣にいたダクネスが。

 

「お前は今さら何を言っているんだ? もう結婚式の準備もほとんど終わったし、お前が提案したサプライズの準備も上手く行ったのだろう。新郎なのだからしっかりしろ。結婚式は来週なんだぞ」

 

 俺達の周りでは、今も大勢の人達が、俺とめぐみんの結婚式の準備をしている。

 いろいろあって壊れかけている建物の内装を直したり、恐ろしげな装飾品を見えないところに片付けたり……。

 めぐみんのお腹が目立つようになる前に式を上げるため、皆が急ピッチで作業を進めてくれていた。

 

「来週……。来週か……。なんだろう? 全然実感が湧かないな。中学の卒業式の前とかこんな感じだった気がする」

「実感も何も、子供まで出来たのだから結婚するのは当たり前だろう。というか、普通は結婚してから子供が出来るものなのだからな。お前達はもう少し、慎みというものを持った方がいい」

「はあー? 何度も俺を襲おうとした痴女ネスが慎みとか、お前は何を言ってんの?」

 

 窘めるように言ってきたダクネスが、俺に一瞬で言い負かされて涙目になる中。

 俺は物憂げに溜め息を吐いて。

 

「ていうか、結婚だぞ! 結婚! 人生の墓場とか言われてるアレに、とうとう俺も片足突っこむのか? 俺、まだ二十歳にもなってないんだぞ。まだまだ遊び足りないし、面白おかしく生きていたいんだよ。父親としての責任だとか夫としての責任だとか背負いたくない」

「お、お前という奴は! お前という奴は……っ! 最低だ! 本当に、その台詞はどうしようもないぞ! お前はこの一年、めぐみんに甘やかされて、ますます駄目になっている気がする!」

「そんな事言われても。めぐみんは俺のそんなところも好きだって言ってくれてるんだし何も問題はない。別に結婚しなくたって子供は育てられるし、出来ちゃったからって慌てて結婚する事もないんじゃないか? 俺も子育てを手伝うし、お前やアクアだっているんだから、赤ん坊が生まれても意外となんとかなると思うんだ。大体、子供が出来たから結婚しようっていう方が不誠実だろ。相手の事を本当に大切に思ってるなら、もっときちんと考えるべきなんじゃないか?」

「相手の事を大切に思ってるなら、結婚していないのにそういう事をする事こそ不誠実だろう。それに、お前はめぐみんとそういう関係になる時、責任を取ると言ったのではなかったか?」

 

 なんという正論。

 

「……お前だって結婚してないのに何度も俺を襲おうとしたくせに」

「おい、いつもいつも私が簡単に泣いて謝ると思ったら大間違いだぞ。それとこれとは話が別だろう。私の時は未遂で終わったのだからな。めぐみんとは、その……そういう事をして、子供まで出来ているではないか。いいかカズマ、人生には決断すべき時というものがあるのだ。お前にとっては、きっと今がその時だ。覚悟を決めろ」

 

 ついさっき同じ言葉で涙目になっていたダクネスが、今はきりっとした表情で俺を正面から見つめてくる。

 コイツ、変態のくせにたまに真面目な事を……。

 …………。

 覚悟を決めろってか。

 そりゃそうだ、ここまで来て結婚しませんなんて言ったら、めぐみんに爆裂魔法を撃ちこまれても文句は言えない。

 しかし……。

 クソ! どうしてこんなに気が進まないんだ。

 これがマリッジブルーってやつか?

 めぐみんの事は好きだし大切にしたいと思うが、結婚とか子供とか言われると覚悟が決まらない。

 いや、分かっている。

 そんなどうしようもない事を言っている場合ではない。

 ダクネスの言うとおり、今が決断する時なのだろう。

 俺の表情が変わった事に気づいたのか、ダクネスが微笑んで。

 

「……いい顔になったな。覚悟が決まったようだな」

 

 そんなダクネスに頷きを返し、俺は。

 

「『テレポート』」

「あっ!?」

 

 俺はいつかアクアが言っていた事を思いだし、楽ちんな方を選ぶ事にした。

 

 

 

 ―― 一週間が経った。

 早朝。

 俺は隠れ家で膝を抱え、今日という日が過ぎていくのをひたすら願っていた。

 式場として借りた場所は今日しか使えない事になっているから、今日を切り抜ければ結婚式は挙げられない。

 ほとぼりが冷めた頃に何食わぬ顔で戻って、今までどおりになあなあな日常を取り戻すのだ。

 

「あの、カズマ殿。私が口を挟む事ではないと思うのですが、本当にいいんですか? めぐみん殿のお腹にはあなたの子供がいると聞いています。いくらなんでも、これはどうかと思います。きっとあなたも後悔しますよ」

「ううう、うるさいぞ! いいんだよ! 迷ってる時に出した決断は、どの道どっちを選んだとしても後悔するんだ! だったら俺は、今が楽ちんな方を選ぶ!」

「あ、あなたという人は……! 私はこれでも、あなたの事を結構評価していたのですが……」

「なんとでも言え。せっかく魔王を倒したのに、一年もしたら手のひら返された俺に今さらそんな口撃が通用すると思うなよ。ていうか、記憶を消去するポーションの事を持ちだしたら、あっさり俺を匿うって言ったのはお前だろ。お前だって同罪なんだから、他人事みたいに言うのはやめろよ」

「あなたと一緒にしないでいただきたい! ああもう! 明日になったら必ずめぐみん殿に知らせを送りますからね!」

 

 自分だけ被害者みたいな顔をしているクレアが、頭を抱えてそんな事を言う。

 そう。俺は結婚式場の予定地からテレポートで王都へと飛び、クレアの屋敷に転がりこんでいた。

 俺がテレポート先に登録している中でまともに飛べるのは、他にはアクセルの街だけだ。

 アクセル以外のところは、リアルに『石の中にいる!』となったり、エリス様にすごく怒られたりするので飛べないし、めぐみんのために紅魔の里も登録してあったが、流石に逃げだす先にするわけにはいかない。

 アクセルの街に飛んだら、すぐに知り合いに見つかるだろうと思って王都に飛んだ。

 王城にいたクレアを捕まえ、記憶を消去するポーションの件を持ちだして、ここで俺を助けるのと明日から安全に街を歩けなくなるのとどっちがいいかと聞いたら、クレアは快く俺を匿ってくれた。

 あれから一週間、誰も俺を探しに来る様子はない。

 ……それはそれで寂しいものがあるのだが。

 と、俺がそんなどうしようもない事を考えていると。

 クレアの屋敷の玄関が騒がしくなり……。

 

「カズマーっ! ここにいるのは分かっている! クレア殿にまで迷惑を掛けて、お前は何をやっているんだ! 今ならまだ式には間に合う! 逃げだした事は気にしていないとめぐみんも言っていた! さっさと出てこい!」

 

 屋敷の外からダクネスがそんな事を言うのが聞こえてくる。

 俺はクレアの方を見ると。

 

「……誰にも言うなという約束だったはずだが、約束を破ったのなら明日から安全に街を歩けると思わない事だ」

「ちょ!? ちょっと待ってくださいカズマ殿! 私は約束どおり、誰にも話したりしていません! というか、それは約束ではなくて脅迫でしょう。あなたはそれでも、魔王を倒した勇者なのですか!」

「うるせー! 魔王を倒したくらいで人間そんなに変わるか!」

「ふ、普通はそれなりに変わると思うのですが……」

 

 俺の言葉にクレアが呆れたように言った、そんな時。

 部屋のドアが勢いよく開けられ、ダクネスが現れた。

 

「見つけたぞカズマ! 逃げられると思うなよ。めぐみんは気にしないと言っていたが、私はお前に言いたい事が山ほどある」

「なんだ、ダクネスだけか。お前、一人で来たのか? バカなの? 俺はお前の天敵みたいなスキルを持つ男だぞ。お前一人で俺を捕まえられるわけないだろ」

「他の皆はお前がいそうなところを探している! それに、私一人ではない。クレア殿、なんと言われてこの男を匿っているのかは知らないが、何があろうとあなたの身辺は私が守ると誓おう。協力してもらえないだろうか」

「わ、分かりましたダスティネス卿! カズマ殿、せっかく迎えに来てくださったのですから帰った方がいいと思います!」

「あっ、畜生! 裏切ったな白スーツ! お前にもバインドとスティールのコンボを食らわせてやるから覚悟しろよ!」

「ダダダ、ダスティネス卿! あんな事言ってますが! あんなの相手にどうやって立ち向かえばいいのですか!」

「やってみろ! やれるものならやってみろ! この場で全裸に剥かれるくらいは覚悟の上だ!」

「えっ」

 

 早くも連携に隙が生じている二人が襲いかかってくる!

 俺は、そんな二人を相手に……。

 

「『テレポート』」

 

 まともに戦うはずもなく、テレポートでその場を離脱し……。

 

「待ってましたよカズマ。ではクリス、お願いします」

「なんだかなあ……。まあ、カズマ君らしいと言えばらしいのかな? 君達は相変わらず、騒々しくて楽しそうだね。『スキルバインド』」

 

 ……アクセルの街へと飛んだ俺を待っていたのは、めぐみんとクリスだった。

 

 

 

 テレポートを封じられた俺は、アクセルの街中で、石畳の上に正座させられていた。

 

「……まったく。あなたという人は、本当にどうしようもないですね。そういうところも嫌いではないと言いましたが、今回の事は流石にどうかと思いますよ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 言い訳のしようもない俺は土下座をする。

 マリッジブルーになって逃げるだなんて、一週間前の俺はどうかしていたと思う。

 

「いいですよ。許します。正直言って、カズマの事だからそろそろ逃げるんじゃないかと思っていたところだったんですよ。逃亡先も、紅魔の里は隠れ住むには向いていませんし、テレポート屋で聞いて回っても姿を見ていないという話だったので、アクセルか王都だというのはすぐに分かりましたからね。それに、クレアは隠しているつもりだったようですが、アイリスがいつもと態度が違うと教えてくれたので、隠れている場所も分かりました。今日まで放っておいたのは、日にちを置いてまた逃げられると面倒なので、結婚式直前に捕まえるのが一番だからです。皆が探しに出ていると言えば、あなたは裏をかいてアクセルの街に戻ってくると思っていましたよ」

 

 …………えっ。

 …………………………………………えっ?

 

 それって……。

 

「畜生! まためぐみんに手玉に取られただけかよ! なんなのお前、最近俺の事を見通しすぎてないか? 実はバニルが変身してて、残念! 吾輩でした! とか言うんじゃないだろうな?」

「やめてくださいよ! そんなわけないでしょう。あんな悪魔と一緒にしないでください。私がカズマの事を見通しているのは、あなたの事ばかり考えているからですよ」

「お、おう……。いや、なんていうか……。正直すまんかった」

「許しますよ。カズマが逃げだしたのは、カズマが私との事を真剣に考えているからと言えなくもないですし」

 

 正座していて低い位置にある俺の頭を、優しい手つきで撫でるめぐみん。

 ……なんだろう、今さらだが、すごく申し訳ない気分になってきた。

 

「そんなに悩まなくてもいいんですよ。アクアもダクネスも、当分の間は屋敷に住んでいるそうですし、私達が結婚したからって、何かが変わるわけでもないです。カズマは毎日、面白おかしく暮らしていればいいじゃないですか。それでたまには、爆裂魔法は撃てませんけど、私の散歩に付き合ってくれたり、アクアの気まぐれやダクネスの我が侭に付き合ったりすればいいんです。カズマは何も考えず、私に甘やかされていればいいですよ」

「……いや、甘やかしてくれるのはありがたいが、何も考えないってのはどうなんだ? そのうち俺はめぐみんがいないと何も出来ない駄目人間になっちまうんじゃないか? 流石にそれはどうかと思う」

「あなたも大概面倒くさいですね! 甘やかされたいのかそうでもないのかはっきりしてくださいよ!」

 

 面倒くさい事を言いだした俺に、めぐみんが俺の頭を撫でる手を止めた、そんな時。

 

「……ねえ二人とも、痴話喧嘩もいいけど、あたしの存在を忘れてないかな?」

 

 膝を抱えて座りこみ俺達のやりとりを見ていたクリスが、そんな事を言った。

 

 

 *****

 

 

「それで、これからどうするの? 二人のサプライズ結婚式をやるんだよね?」

 

 結婚式が楽しみなのか、ウキウキと聞いてくるクリスに、俺は。

 

「もうサプライズでもなんでもなくなってるけどな。……そういやクリス、アクアやバニルが嘘を吐いてるとは思わないが、お前にはめぐみんのお腹に子供がいるかどうか分からないか?」

「えっ、あたし? うーん、今の状態だとちょっと分からないかな」

 

 そんな俺達のやりとりに、めぐみんが不思議そうに首を傾げる。

 

「……? まだお腹が目立ってきたわけでもないですし、今の時点でそんな事が分かるのは、女神や悪魔だけだと思いますが。聖職者でもないクリスに、どうして私のお腹に赤ん坊がいるかどうか分かるのですか?」

「い、いや、クリスは勘がいいところがあるからな。一応聞いてみたっていうか、念のためっていうか、特に意味はないぞ」

「そそそ、そうだよ! あたしにそんな事分かるわけないじゃないか! いきなり変な事聞かないでよカズマ君!」

 

 焦りまくるクリスに、めぐみんが怪訝な目を向けている。

 こいつはどうして盗賊職のくせに隠し事が下手なんだろうか?

 

「……二人はまだ私に何か、隠している事がありますね? それは、これから結婚する私にも言えないような事なのですか?」

「そ、それは……!」

 

 少し不安そうな表情で俺に聞いてくるめぐみん。

 このタイミングはいけない。

 こちらには逃げた負い目があるので、うっかりバラしてしまいそうだ。

 というか、ひょっとしてこのためにこの場にクリスを呼んだのだろうか。

 なんという策士。

 

「ち、違うんだよめぐみん! 確かにあたしとカズマ君の間には、めぐみんにも言ってない秘密があるけど、それはめぐみんが心配しているような事じゃないよ! あたしとカズマ君はなんでもないって、前に言ったじゃんか!」

「そ、そうそう! ていうか、俺は別に話しちまってもいいと思うんだけどな」

「だ、駄目だよ! 絶対駄目! ダクネスにだってまだ話してないんだからさ!」

 

 俺とクリスがそんな事を言い合っていると、めぐみんが。

 

「だから、そうやって二人だけで分かり合っているようなところがイラッとするんですよ! 特に最近は子供が出来たので情緒不安定になっていますし、ストレスは子供に良くないという話もありますから、秘密を話してもらってスッキリしておきたいのです!」

「ず、ずるいよめぐみん! 赤ん坊を人質にするなんて! ちょっとカズマ君、君からもなんとか言ってよ!」

「よく考えてみると、俺は別に秘密がバレても困らないんだよな」

「君って奴は! 裏切り者ーっ!」

 

 と、クリスが涙目になっていた、そんな時。

 テレポート屋で送ってもらったらしく、ダクネスがやってきて。

 

「カズマはやはりこっちに来ていたか。めぐみんの言ったとおりだったな。まったく、お前という奴は……」

「ダクネス! 助けてダクネス! めぐみんったらひどいんだよ!」

「ど、どうしたクリス。今はそれどころではないのだが……」

 

 いきなりクリスに抱きつかれ、ダクネスが困惑した顔でめぐみんを見る。

 

「いえ、カズマとクリスの間に私も知らない秘密があるというので、ちょっとそこのところを問いただそうかと」

「……ほう。それは私も気になるな。いつか言っていたクリスの正体とやらの話か?」

「あれっ? ちょっと待ってよダクネス! どうしてそんな目であたしを……!? おかしいおかしい! この展開はおかしいよ! 今回はカズマ君のテレポートを封じるために呼ばれただけじゃないの!? どうしてあたし、こんな目に遭わないといけないのかなあ! あたしの幸運の高さってなんなの!?」

 

 ……しょうがねえなあー。

 

「なあ、結婚式はやるって事でいいんだよな? だったら、そろそろ移動しないと時間がないんじゃないか」

 

 俺の言葉に、三人が責めるような目を向けてくる。

 す、すいません……。

 

「言いたい事はいくらでもあるが、お前の言うとおり今は時間がない。もうサプライズでもなんでもなくなってしまったが、結婚式は予定通りに始めるから、早く式場へ向かうとしよう。アクア達は先に行って準備を進めているはずだから、我々は間に合うように向こうに着けばいい。カズマ、テレポートを頼む」

 

 そんなダクネスの言葉に、俺は。

 

「使えません」

「……? ……あっ。そうか、クリスにスキルバインドを使われたのか。では、アクアに解呪してもらって……」

「さっきダクネスが自分で言ったではないですか。アクアは式場とやらに先に行っているのでしょう? テレポートで行くような距離なら、戻ってくるのも無理ですし、連絡を取るのも難しいのではないですか。というか、その式場というのはどこなのですが? テレポート屋では行けないような場所なのですか?」

「あ、ああ。……せっかく驚かせようとして準備したから場所は言わないが、テレポート屋では登録してないような場所だ。普通の人は行かないし、テレポート先に登録してる物好きなんて俺くらい……、…………」

 

 えっ。

 ……何コレ詰んだ?

 

「「「「…………」」」」

 

 予想外の事態に四人して無言になった、そんな時。

 通りを歩いてくる人物が……。

 

「あれっ? めぐみんじゃない。外を出歩いていて大丈夫なの? アジトに行っても誰もいないし、なんだか今日は街がいつもより静かな気がするんだけど、どうしてか分かる? カズマさん、ダクネスさん、クリスさんも、……皆で集まって、何かやるんですか?」

 

 こちらにやってきたゆんゆんが、不思議そうに聞いてくる。

 ……っていうか。

 

「ゆんゆん、……その、今日は俺とめぐみんの結婚式をやろうって話になってたんだが、……えっと、聞いてないのか?」

「えっ」

 

 俺の言葉にゆんゆんが危ない感じの笑顔になり……。

 

「そそそ、そうなんですか! すいません私そんな事になってるとは全然知らなくて! お忙しいところをいきなり話しかけちゃってすいませんでした! 私の事は気にしないで、幸せな結婚式を挙げてねめぐみん!」

 

 涙目でそんな事を言って走り去ろうとするゆんゆんを、めぐみんが慌てて捕まえた。

 

「待ってください! またアレですよ、ただの連絡の行き違いですから! あなたも参加していいはずですから逃げないでください! というか、どうしてまたゆんゆんだけ知らないなんて事になっているんですか!」

「い、いや、俺は途中から参加したし、ゆんゆんはすでに知ってるもんだと……」

「わ、私もアクアに言われて参加した時には、すでにめぐみん盗賊団も一緒だったから、ゆんゆんは知っているのだと……」

「あ、あたしに言われても困るよ! あたしは資材の調達とかは手伝ったけど、会議には参加してないからね!」

 

 理由は分からないが、どうやらまたゆんゆんだけ除け者にされていたらしい。

 ……不憫な。

 

「ま、まあでも、ゆんゆんがここにいてくれて助かったよ。実は今、俺はテレポートが使えなくて、式場に行けないかもしれないところだったんだ」

「そうなんですか……? でも、その式場って、私がテレポート先に登録しているところなんですか?」

「ああ、ゆんゆんならしてるはずだぞ。その……」

 

 俺がめぐみんに聞こえないように、ゆんゆんに耳打ちすると。

 

「ええっ!? 結婚式? 結婚式をやるんですよね? どうしてそんなところで!? い、いいんですか? というか、大丈夫なんですか?」

「どうしてかと言われれば、めぐみんを驚かせるためだ。それに、話はつけてあるから何も問題はない」

「わ、分かりました。カズマさんがそう言うなら……。皆さん、集まってください」

 

 そう言ったゆんゆんが、テレポートの詠唱を始め……!

 

 

 

 ――そこは小高い丘の上。

 行き先を教えられずテレポートで連れられてきためぐみんは、キョロキョロと辺りを見回し、すぐに一点を見つめて動きを止める。

 

「……あの、カズマ? あれって……。いえ、分かります。分かりますよ。私もここには何度も来ていますからね。でも、結婚式をするのではないのですか? どうしてこんなところに……?」

 

 めぐみんが見つめる先には、誰がどう見てもボスの城と言わんばかりの、漆黒の巨城が広がっていて……。

 そう。魔王の城である。

 

「めぐみんを驚かせようと思って、今日一日だけ結婚式場として借りたんだ。めぐみんは魔王になりたいって言ってただろ? 結婚式を挙げるだけだし、魔王になるってのとは違うが、喜ぶと思ってな。ちなみに玉座の間を使ってもいいって言われてる」

 

 めぐみんの爆裂魔法がトラウマになったらしい魔王の娘は、俺が交渉すると快く城を解放してくれた。

 俺は、魔王の城を見つめたまま動かないめぐみんに。

 

「……ど、どうだ? 俺のサプライズは? 喜んでもらえたか?」

「……です」

「ん?」

 

 ぼそりと呟いためぐみんが、瞳を真っ赤に輝かせ俺の方を見て。

 

「最高です! 最高ですよカズマ! あんな格好いい城で結婚式を挙げられたら、間違いなく一生の思い出になります! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 感極まっためぐみんに抱きつかれる俺に、三人が微笑ましいものを見るような目を向けてくる。

 ……おいやめろ。

 こういうラブコメめいた生温かい扱いは嫌いだが、流石にこの状況でめぐみんを振り払うほどクズではない。

 俺の胸に顔を埋めためぐみんが、満足げな溜め息を吐いて。

 

「……はあ。あの時の事といい、ここは私にとって最高の思い出が二つもある場所という事になりますね。こうなったら、本当にあの城を落として私が次の魔王になりましょうか」

「や、やめてやれよ……」

 

 

 *****

 

 

 ここは世界でも有数の禍々しい場所。

 魔王の城の最奥、玉座の間である。

 魔王軍の騎士達の詰所から玉座へと続く、巨大な扉を開けた俺は、少しの間、その場で立ち止まり、玉座の間を見た。

 …………。

 参列するのは、紅魔族にアクシズ教徒、城の騎士達、この国の王女、それにアクセルの街の冒険者達、さらには人間の結婚式をひと目見たいという物好きなモンスター達。

 紅魔族の列には、ゆんゆんもちゃんといる。

 隙あらばモンスターを討ち取ろうとする紅魔族を、魔王の娘が半泣きで押しとどめ、隙がなくても魔王の娘にセクハラしようとするアクシズ教徒達を、魔王の娘の側近達が必死の形相で追い払っている。

 玉座の前に置いた祭壇で待つアクアが、悪魔系やアンデッド系のモンスターに片っ端から退魔魔法と浄化魔法を撃っている。

 あのバカ、大人しくしてろって言い聞かせておいたのに……。

 アクセルの冒険者達は魔王軍の綺麗なお姉さんに言い寄り困らせているし、城の騎士達は綺麗なお姉さんに言い寄られ困っている。

 ……なんていうか、カオスだな。

 魔王軍側が本気でピンチになったら、あれを俺が止めるんだろうか。

 いや、無理だろ。

 魔王の娘には、紅魔族やアクシズ教徒はこっちでなんとかすると言っておいたが、あんなの俺にどうにか出来るとは思えない。

 というか、関わり合いになりたくない。

 と、俺の隣に立っていためぐみんが。

 

「おい、せっかくの私の晴れ舞台なのにバカ騒ぎするのはやめてもらおうか! あんまり暴れるようなら私にも考えがありますよ! 大丈夫です、この子は強い子ですから、爆裂魔法の一発くらいは耐えてくれるはずです」

 

 ……コイツ。

 純白のウェディングドレスに身を包んだめぐみんは、黙っていればどこに出しても恥ずかしくない美少女なのに。

 さっき顔を合わせた時、綺麗すぎて言葉が出なかった俺はなんだったんだと問いたい。

 めぐみんの言葉に、めぐみんの頭のおかしさを知るその場の全員が静かになる中。

 

「大丈夫よ皆! あれはただのはったりよ! めぐみんは、子供の命を犠牲にしてまで爆裂魔法を撃つ事はないって言ってたわ! さあ、相手が大人しくなった今がチャンスよ!」

 

 子供が出来た時のめぐみんの言葉を聞いていたアクアが、余計な事を言ってアクシズ教徒をけしかける。

 魔王の娘が泣きながら逃げ、アクシズ教徒達が嬉々として追い回し……。

 ……ったく、しょうがねえなあー。

 

「おいお前ら、いい加減にしろ。静かにしてたら、アクアのダシ汁やるから」

「すいませんが、カズマ殿。今が魔王の娘にセクハラ……魔王の末裔を討ち取る絶好の機会なのです。これは、魔王軍への嫌がらせを教義とする我々アクシズ教徒にとっては聖戦。止めないでいただきたい。それに、アクア様の聖水は、このところアクア様がアルカンレティアにいらっしゃるおかげで、皆に行き渡るほどありますからな……」

 

 魔王の娘を追いかけ、息を荒くしているアクシズ教の最高指導者、ゼスタが、遠回しに別の交渉材料を要求してくる。

 これだからアクシズ教徒は……!

 

「ああもう、じゃあこれでどうだ! 『スティール』」

「ああっ! ちょっと何すんのよ変態ニート! 私の靴下返しなさいよ!」

 

 アクアから奪った靴下を手にぶら下げる俺に、アクシズ教徒達が目の色を変える。

 

「ア、アクア様になんという不敬を……!」

「私達の目の前でこんな……! ああっ、お労しやアクア様……! 涙目も可愛いです!」

「ゼスタ様! 彼に天罰を! あの靴下を没収しましょう!」

 

 色めき立つアクシズ教徒を前に、俺はアクアの靴下を手にぶら下げたまま、ふっと笑い。

 

「俺を不敬って言ったな? だったら、これを最後まで持ってた奴がアクアに返しに行けばいい」

 

 そう言って、アクシズ教徒の集団の中にアクアの靴下を投げ入れた――!

 

 

 

 誰がアクアに靴下を返しに行くかで、アクシズ教徒達が仲間割れを始める中、部屋の隅に運びこんでおいたオルガンが、今さら厳かな音楽を奏で始め。

 俺はめぐみんの手を取り、ヴァージンロードを並んで歩きだす。

 ……ヴァージンロードというか、玉座まで続く絨毯の道で、元々結婚式場として使う部屋ではないので、父親がめぐみんを連れてくるという式次第は却下されたわけだが。

 ひょいざぶろーがガチ泣きしていたので、そのうち穴埋めしようと思う。

 やがて、俺達は結婚の誓いをするべく、祭壇の前に辿り着いた。

 祭壇の中央に立つアクアは、身内で争う信者達をオロオロしながら見守っていて……。

 

「おい」

「あっ! ちょっとあんた、どうすんのよアレ! ウチの子達が喧嘩してるんですけど! 私の靴下はいつになったら返ってくるのよ!」

 

 ……心配していたのは信者達ではなくて靴下らしい。

 まあ、どいつもこいつも狂信者なアクシズ教徒達だから、アクアがアルカンレティアに行くと、これくらいは日常茶飯事なのかもしれない。

 

「そんな事はどうでもいい。いいから、さっさとプリーストとしての役目を果たせよ。お前があいつらを連れてきたせいで、また魔王の娘のトラウマが増えたかもしれないんだからな」

「何よ、魔王軍に嫌がらせするのはアクシズ教徒にとっては聖戦なんだから。信心の足りない逃亡ニートに文句を言われる筋合いはないわよ。それに、魔王の娘との交渉では、ウチの子達や紅魔族がバカな事をしようとしたら俺が止めるって言ってたのに、今日まで逃げ回ってたのはカズマさんじゃないの」

「ご、ごめんなさい……」

 

 そこを突かれると謝るしかない。

 

「アクア、私からも頼みます。紅魔族の皆が、好き勝手に暴れるアクシズ教徒達を見てうずうずしているのが、同じ紅魔族として分かるのです。このままだと結婚式どころではなくなるので、早めに誓いの言葉をお願いします」

 

 めぐみんに頼まれたアクアは、嬉しそうに。

 

「まったく、しょうがないわね! 二人は私がいないと駄目なんだから!」

 

 厳かな音楽がピタリとやみ……。

 

「汝ー、めぐみんは。このやる事やって子供まで作ったくせに、結婚式を目前にして逃亡した男と結婚し、神である私の定めに従って、夫婦になろうとしています。あなたは、その健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、カズマを愛し、カズマを敬い、カズマを慰め、カズマを助け、その命の限り、堅く節操を守る事を約束しますか? ……ねえめぐみん、本当にこんなのでいいの? 確かにめぐみんは頭のおかしいところがあるけど、もっといい男が見つかるかもしれないわよ?」

「いいんです。私はカズマを愛しています」

 

 アクアの言葉に即答しためぐみんが、少し恥ずかしがりながらそんな事を……。

 ……どうしよう。

 なんかちょっと、泣きそうになってきたんだが。

 幸せそうに微笑みながら、めぐみんは。

 

「私は、そんなカズマのいい加減なところも好きなんです。子供が出来て不安がっている私を、慰めるのではなく一緒になって不安がったり。最近私に手玉に取られてばかりなのを気にしていて、アクアやダクネスが離れていくのを寂しがっていた私に、サプライズの事を知らせず、私をびっくりさせようとして計画に加わったり。そのくせ、準備が進むうちに結婚する事が不安になってきて逃げだしたり。でも、どこまでも逃げるのではなく、すぐに戻ってこられる中途半端なところに隠れていたり。小心者で、捻くれていて、逃げようとしても何もかも捨てる事が出来ない、そんなあなたが好きですよ」

 

 あれっ?

 コレっていつもの、なんだかんだ言って褒められてないやつじゃないか。

 泣きそうになってた気がしたけど、そんな事はなかった。

 

「そう、それならしょうがないわね」

「はい。しょうがないんです」

「おいやめろ。お前ら、しょうがないから結婚するみたいな言い方はやめろよな」

 

 なんだか分かり合ったように笑う二人に、俺が文句を言っていると。

 アクアが姿勢を正して。

 

「汝ー、サトウカズマは。めぐみんと結婚し、いろいろ端折って約束しますか?」

「おい」

「何よ、誓いの言葉はさっき言ったのと同じだし、繰り返すのは面倒くさいのよ。それに、カズマさんはこの先めぐみんより良い子に好きになってもらえる可能性はないから、ここで断ったら一人寂しく馬小屋で寝起きする老後が待ってるわよ」

「おいやめろ。微妙にリアルな将来を予想するのはやめろよ。でも俺はもう金を無駄遣いするつもりはないし、このまま適当に生きて老後の貯えにするから、馬小屋に泊まる事は二度とないけどな! 分かったよ! 約束するよ!」

 

 俺の言葉に、めぐみんがつないでいる手に少し力を込めてくる。

 俺がめぐみんを見ると、アクアが。

 

「……誓いの言葉を口にしたのに、さっぱり信用できないんですけど。この男の場合、悪魔と契約させて、めぐみんを不幸にしたら魂を取り上げるとか言った方が効果的なんじゃないかしら? あらっ? あんな害虫でもたまには役に立つ事があるのね!」

 

 せっかく俺が誓いの言葉を言ったのに、アクアがそんなバカな事を言いだした時。

 参列者の中に紛れこんでいたバニルが。

 

「フハハハハハハハ! 今回これといって役に立っておらぬトイレの女神よ! 好き勝手に暴れ回り結婚式を台なしにしかけている貴様の信者達と違って、我輩は魔王の娘との交渉にて、小僧を手伝い、魔王の城を結婚式場とする事に協力しておる。その後も魔王軍にいた頃の部下を使い、式場の準備もしてやったではないか! その間、貴様や貴様の信者は何をやっていた? おっと、城にいるモンスター達を追いかけ回すのに忙しかったのだな! いや、失敬失敬! ひょっとすると貴様らは、どこぞの害虫よりも役に立たぬのではないか?」

 

 と、二人が睨み合っていた、そんな時。

 

「ま、待てお前達! 今日はめぐみんの結婚式なのだぞ! 一生に一度の晴れ舞台なのだ! 二人とも、今日くらいは大人しく……!」

「そうですよバニルさん! あんなに幸せそうなめぐみんさんは初めて見ましたよ。あの笑顔を曇らせたくはないでしょう? アクア様も、あまりバニルさんを挑発するような事は……!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「『バニル式殺人光線』!」

 

 二人の争いに巻きこまれ、お約束のように焦げるダクネスと、薄くなるウィズ。

 

「悪魔……!」

「アクア様が戦っておられる! 聖戦だ! これは聖戦だ!」

「ゼスタ様! 今は靴下どころじゃないでしょう! 悪魔ですよ! 悪魔が出ました!」

「フフフ……。このアクア様の靴下を装備した私と戦う事になるとは……、仮面の方、あなたは自らの不運を嘆く事になるでしょう……!」

「『エクソシズム』!」

「『エクソシズム』!」

「『シズム』ーっ!」

 

 アクシズ教徒がアクアに加勢し、次々とバニルに退魔魔法を放つ。

 退魔の光を浴びたバニルは。

 

「ぐぬっ……! こ、これは……、多勢に無勢か……! おのれアクシズ教徒、この我輩が……女神の信徒に敗れるとは……!」

 

 倒れたバニルの体が消滅し……。

 少し離れたところから、何事もなかったかのように生えてきた。

 

「もしや討ち取ったとでも思ったか? 残念、何のダメージもありませんでした! フハハハハハハハ! フハハハハハ…………む? なぜかあまりガッカリの悪感情が湧いてこないのだが……」

「『エクソシズム』!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「ええいっ! 効かぬと言っておろうが! これだからアクシズ教の狂信者は……!」

 

 何事もなかったかのように魔法を撃たれ、バニルがうっとうしそうに声を上げる。

 頭のおかしいアクシズ教徒は、バニルであってもやりづらいらしい。

 というか……。

 バニルとアクシズ教徒の戦いに触発され、紅魔族も魔王軍のモンスター達を追いかけ回すのを再開していて。

 冒険者達はナンパをし、騎士達はナンパされ。

 ゆんゆんはダストが巻き起こす騒動に巻きこまれ、クリスは殺気立って悪魔系のモンスターを狙っていて……。

 ……あっという間にカオスな状況に。

 

「まったく、あいつらは少しの間も落ち着いていられないのか」

「まあ、こんな結婚式も私達らしくていいではないですか」

 

 俺とめぐみんは、巻きこまれないように壁際に移動して騒動を眺める。

 と、めぐみんが幸せそうにお腹を撫でながら。

 

「男の子か女の子かも分かりませんが、この子が生まれてきたら、名前は私に付けさせてくださいね」

「それだけは絶対に許さない」

「おい、私のネーミングセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 俺は、子供の名前は何があっても俺が名付けようと誓い――!

 




・爆裂魔法は胎児に悪影響を与える。
 独自設定。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。