menu
国営チェコ・テレビの番組「168時間」に登場した、ヤロスラフ・クベラ上院議長の妻(中央)と娘

国営チェコ・テレビの番組「168時間」に登場した、ヤロスラフ・クベラ上院議長の妻(中央)と娘

田中淳

田中淳

Text by Jun Tanaka

今年1月に急死した中欧・チェコの上院議長、ヤロスラフ・クベラの妻が、「夫の死は中国政府からの度重なる嫌がらせの結果」だと暴露し、チェコ国民の反中感情が高まっている。

また首都・プラハは北京市と上海市との姉妹都市関係を解消。いったいチェコと中国のあいだに何が起きているのか?

中国大使館を訪問した3日後に「急死」


台湾のリベラル系メディア「自由時報」によると、2020年1月20日、チェコ政府ナンバー2で大衆的人気の高かったヤロスラフ・クベラ上院議長がオフィスで急逝した。72歳だった。クベラ氏は長年にわたり右派の市民民主党(ODS)の上院議員を務めた後、2018年に上院議長に選出された。

チェコ・テレビのインタビューに答える、ヤロスラフ・クベラ上院議長(2020年1月14日)

チェコ・テレビのインタビューに答える、ヤロスラフ・クベラ上院議長(2020年1月14日)


クベラ氏の妻のヴェラ氏は、娘のベンデューラ・ヴィンショヴァ氏とともに、国営チェコ・テレビのルポルタージュ番組「168時間」(4月26日放映)に出演し、「夫は中国政府に脅迫されていて、そのストレスが急死の引き金になった」と衝撃的な証言をした。

クベラ氏は、今年2月にチェコ訪台企業団の団長として台湾を公式訪問する予定だった。この訪台団について中国政府は「一つの中国」に反する行為にあたるとして不快感を露わにし、19年10月に一行の訪台が公式発表されて以来、間断なくチェコ政府に訪台の取り消しを迫った。(「一つの中国」は中国の外交上の原則。台湾は中国の不可分の領土であり、中国の一部で、中国は一つしかないことを強調する。日本や米国を含む中国と外交関係を樹立した国々はこの原則を受け入れ、中華民国=台湾を外交承認していない。)

駐チェコ中国大使館の張建敏(ヂャン・ジエンミン)大使は親中派のミロシュ・ゼマン大統領の秘書官であるヴロツワフ・ミナールシュ氏に、クベラ氏が訪台を取り消さないと両国のビジネスに最大限の報復をかけると脅し続けた。ミナールシュはゼマン大統領と並ぶ親中派政治家の筆頭角で、中国投資を深めているチェコ投資会社PPFグループと密接な関係にあり、中国から経済的利益を得ていることが取り沙汰されていた。

今年1月14日、ゼマン大統領とクベラ氏は大統領府の新年会の折、個別に会談をし、大統領は直々にクベラ氏に対して訪台を考え直すよう求めた。

その3日後の1月17日、駐チェコ中国大使館の春節(旧正月)賀詞交歓会に招かれたクベラ夫妻は、張建敏大使から議長と通訳だけを交えた3人だけの密談を請われ、クベラ氏は張大使から30分以上にわたり訪台を取り止めるよう迫られた。

密談を終えたクベラ氏は憔悴しきった顔で、夫を待っていた夫人に「中国側の用意したものはいっさい飲み食いしてはならん。危険だ」、「張大使はしつこく訪台中止を迫ってきた。もし私が訪台すれば、彼は北京政府から罰せられるとのことだ」と吐き捨てた。

主治医によると急逝したクベラ氏は、この中国大使館訪問前後に心臓発作を起こすなど急死の10日ほど前から強いストレスにさらされ、口数も激減し鬱のような状態に陥っていたと述べた。

ヴェラ夫人は夫の遺品整理中に、クベラ氏のブリーフケースから、議長オフィスのデータベースに未登録の公文書2通を発見した。1通は1月13日付で駐チェコ中国大使館から、もう1通はチェコ大統領府から差し出されたもので、いずれも脅迫状と言ってもいい内容だった。「どちらも恐ろしい内容で、2通をどうすればいいのかわからなかった。ただ、中国の圧力が夫を殺したという十分な証拠になる」と強調した。


「訪台チェコ企業は当然の報いを受ける」


チェコのアンドレイ・バビシュ首相とミロシュ・ビストルチル新上院議長、ラデク・ヴォンドラーチェク下院議長は4月27日、張大使がクベラ氏の訪台をめぐって脅迫状を送った事実を確認し、中国の脅威を非難する共同声明を発表。

中国政府は“書簡”で、クベラ氏の人格を公然と非難。台湾訪問団に参加するチェコ企業について「中国では歓迎されないし、中国人も歓迎しない」、「中国と経済的利害関係を持つチェコ企業は、訪台の報いを受けなければならない」と述べ、「一つの中国」原則を改めて支持し、訪台団の派遣を中止するようクベラ氏に迫った。また、独フォルクスワーゲン(VW)傘下で、2009年に上海工場を稼働した乗用車メーカー「シュコダ・オート」や消費者金融「ホーム・クレジット」など中国でビジネスを展開する複数のチェコ企業に報復することも示唆した。

ビストルチル新議長は「チェコの主権と自由を守り、クベラ氏の遺族のためにも脅迫状について精査する」と語った。4月29日には「クベラ氏の遺志を継ぎ、いかなる報復があろうとも自身が団長となり訪台を実現させる意向」も示した。

期待を裏切られた「大統領の対中国戦略」


ドイツの国際公共放送「ドイチェ・ヴェレ」の中国版サイトは、チェコのシンクタンク「解析中国」のフィリップ・イロウス研究員によるチェコ・中国・台湾関係の分析を伝えている。それによると、2013年発足の習近平政権は欧州投資を積極化しており、欧州の大半の国々が中国の推進する新シルクロード経済圏構想「一帯一路」戦略に取り込まれてチャイナマネーに依存するなか、中国がチェコとのパートナーシップを特に重視していないこともあり、チェコは中国に呑まれることなく独自性を保ってきたという。

中国との緊密化を図りたいゼマン大統領は13年に就任以来、多くの中国によるチェコ投資案件を掲げてきたが、それらの大半は実現せず、チェコ国内で誠意のない中国に対する不信が高まっていた。それでもゼマン大統領は19年4月に5度目の公式訪中を行い、「一帯一路」への支持を強く表明。訪中には60人の企業代表団を伴った。

訪中団は中国大手民間銀行・中国銀行と、同行が向こう4年間、チェコ企業およびチェコ・中国間の貿易拡大に関するプロジェクトに対して、最高20億米ドル(約2160億円)の貸付提供を行うことを保証する内容の覚書を取り交わした。

さらにゼマン大統領は、通信機器世界大手の中国・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)創設者の任正非(レン・ヂョンフェイ)氏と会談し、同社製品が安全保障上の脅威であるといった国際的批判は何ら根拠がないと強調した。その際に大統領は、ファーウェイがチェコで第5世代移動通信規格(5G)のネットワークを敷設するなど、チェコのデジタル政策に参画することを望むと表明した。

だが上述のイロウス研究員によると、大統領の露骨な親中姿勢に反してチェコ国民の多くは反発しており、多数のメディアは、中国の脅威や覇権主義批判、同時に民主や言論の自由を重んじる台湾に対する正当な論評で、市民から支持を得ているという。米シンクタンク「ピュー・リサーチ・センター」の19年調査によると、中国に親しみを感じるチェコ市民の割合は27%で、欧州ではスウェーデン(25%)に次ぐ低さだった。

台湾が中国の圧力で国際社会における孤立を深めていることに同情的で、そこには、クベラ氏とともに反中・親台路線を貫いてきた首都プラハのズデニェク・フジブ市長の就任による影響が大きいようだ。同市長が2018年11月に就任以降、チェコと中国の関係は急速に冷え込んでいる。

北京と「姉妹都市」を解消して、台北と締結へ


「欧州随一のイケメン市長」との呼び声も高い38歳の若きフジブ市長は、チェコ最高学府のプラハ・カレル大学で医学を専攻。医師免許を取得し、医療のデジタル化、企業のヘルスケアコンサルタントに従事し、大学在学中の2005年には台湾最大の医療機関・林口長庚紀念医院救急救命科で数ヵ月間実習した経験がある台湾通としても知られる。台湾や香港、チベットの自由や自治を脅かす中国に批判的な姿勢を常に明確にしてきた。

フジブ市長は19年10月、「一つの中国」原則を支持しない方針を明確に示し、プラハ市と北京市との姉妹都市関係を解消した。プラハ市と北京市は16年3月の習近平国家主席チェコ公式訪問にあわせて姉妹都市になったが、協定文書に「プラハ市は『一つの中国』の原則を遵守し、台湾は中華人民共和国の不可分の領土であることを周知させる」との一文が盛り込まれており、フジブ市長は「これを受け入れられない」と突っぱねたのだ。

姉妹都市関係を結んだ、プラハのフジブ市長(右)と台北の柯文哲市長

姉妹都市関係を結んだ、プラハのフジブ市長(右)と台北の柯文哲(コゥ・ウェンヂョア)市長 Photo: 台北市政府観光伝播局新聞処


今年1月13日にプラハ市は台湾・台北市と姉妹都市関係を結んだ。チェコ外務省は「市の決定には介入しない。われわれも台湾とは良好な関係を築きたい」との声明を発表し、中国と距離を置く姿勢を見せた。翌14日に上海市がプラハ市との姉妹提携解消を通告。チェコの台湾接近姿勢に中国政府が激怒し、中国チェコ関係は急速に悪化。クベラ氏への圧迫も苛烈さを増していた。

中国政府は、中国チェコ国交樹立70周年記念し、19~20年、中国縦断ツアーを行う予定だったチェコ・フィルハーモニー管弦楽団、プラハ放送交響楽団、ピアノ三重奏楽団プラハ・グァルネリ・トリオ、弦楽四重奏楽団プラジャーク・クヮルテットの全公演を、報復措置でことごとく中止。中国の新興エネルギー企業、中国華信能源によるフットボールクラブSKスラヴィア・プラハの後援を撤回させ、中国チェコ航空直行便を全便運行停止し、中国人民のチェコ旅行を規制したこともチェコ市民の怒りを買った。

フジブ市長は、「中国との関係を断絶する気はない」としつつも、「中国は危険で信頼できないパートナー」とばっさり。「脅威や脅迫を前にして、自らの価値観や誠実さを放棄しないよう皆に求める」と呼び掛けた。中国への対抗の意思表示のためか、プラハ市庁舎や市長オフィスには、チベットの自由と独立を支持するためチベット国旗「雪山獅子旗」を掲げた。

ただ、フジブ市長には中国以外の新たな脅威が迫っている。市長は4月3日、冷戦時代にプラハ市内に設置されたソ連軍対独戦の英雄イワン・コーネフ元帥の銅像を撤去した。チェコにとってコーネフ元帥は、1968年の民主化運動「プラハの春」の弾圧を直接指揮した人物と認識されているからだ。

これをロシアの外交筋は「錯乱した市長らによる破壊行為」だと非難。フジブ市長は4月27日、最近、不可解な電話や尾行に遭遇しており、自身と妻子が警察の保護下にあることを公表している。中露の2大国に睨まれた若き民主派市長が、不可解な事故・事件に巻き込まれないよう祈りたい。


PROFILE

田中 淳 編集者・記者。編集プロダクション、出版社勤務を経て中国北京大学に留学。シンクタンクの中国マーケティングリサーチャーや経済系通信社の台湾副編集長を務め、現在、香港系金融情報会社のアナリスト。近著に『100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』(講談社)。

中国・台湾・香港ニュース拾い読み
すべて見る
田中淳

田中淳