第二塔の攻防
ん? 別働隊で動いていた奴隷共も中枢部に近付いている。
チャンネルを変える。
「キールくん!」
村の奴隷達は部屋の前で仁王立ちで待ち構えるキールに向けて叫ぶ。
「そこをどいて!」
お? 下から来た奴隷共の中にイミアが混じっている。
戦闘は不向きだと自分で言っていた癖によくもまあ来たものだ。
「残念だけど通さないぜ! 兄ちゃんと約束したんだ守って見せるって」
犬形態に変身したキールに奴隷共は各々の武器を持って戦闘態勢を取る。
「例えキールくんでも、邪魔をしたら容赦しないよ。結果的に盾のお兄ちゃんの為なんだから」
「違うぜみんな。みんな勘違いしているんだ。兄ちゃんは……兄ちゃんは俺に力を授けてくれた。みんなも頼めば良い!」
キールが跳躍して奴隷共に向かって噛みつきを開始する。
しかし、奴隷共もある程度戦闘慣れしているのかキールの動きに追いつかれてしまっている。
Lvが近い奴隷が組んで、キールを振り回している状況だ。
スタミナ切れを狙っているのだろう。
「……しょうがねえな。兄ちゃんは出来ればやるなって言ってたけど、本気の俺を見せてやるぜ!」
ワオオオオオオオオオオオオオオン!
と、キールは雄たけびを上げ、ワシが行った改造形態へと更なる変身を始める。
魔法によって黒いシルエットと化し、ボキボキと骨を鳴らして変身する。
「あ……あああ……」
そのシルエットに今回来た村の奴隷共の大半が震えて声を出す。
まともで居られているのはイミアだけだ。
「はぁ……はぁ……どうだ! 俺の新しい力は!」
ワンワンと興奮気味にキールは言い放つ。
その姿は三頭の頭を持つ犬。ケルベロスの姿だ。
まあ、問題は、あんまり大きな姿に変身できず、しかも元がキールだからまだ子犬……子狼みたいなケルベロスだけどな。
ケルベロスではなく、けるべろすとひらがなで説明した方が的確な、遠目ではまだ可愛らしい外見をしている。
キールが望んだ姿がこれだったのだ。
「いくぜみんな! 覚悟しろよ!」
「わ! 来るな! 来るな、やめろ!」
「お父さん! おかあさぁああん!」
村の奴隷共がパニックになってうろたえる。
「みんな下がって!」
イミアが飛びだし、キールに向けて突剣で突く。
ブスリと肩を突かれたキールが呻きつつ、答える。
「イミアちゃんじゃないか。お前は俺を恐れないんだな」
「あんまり怖くない……」
……意外とイミアは怖いもの知らずだったんだな。
まあ、あんまり怖くないのは同意する。
どっちにしても可愛らしい外見だ。
「キールくん。私が盾の勇者様に買われた日に言ったよね。頑張れば頑張った分だけ良くなる場所だって、今、その場所はそうなの?」
「そうだぜ!」
「私にはそうは思えない。だからこそ、私は盾の勇者様に戻って来てほしい! キールくん! 覚悟!」
と、イミアはポケットからクッキーを取り出して投げる。
「あ、甘い物だ!」
咄嗟にキールはクッキーの方に目を移して追い掛け、ボリボリと食べ始める。
「みんな! 今のうちに、冷静になって!」
パンパンとその隙にイミアは混乱する奴隷共の頬を叩く。
「で、でもあの化け物がここに居るんだよ! 逃げなきゃ」
……この反応。ラフタリアがパニックになっていた時となんとなく被るな。
って……そうか、キールがなんであの姿になりたがったのか分かった。
本人も強さ=恐怖だと認識していて、その恐怖の姿に自分がなると考えたんだ。
しかし、イミアの奴、偶然とはいえキールの弱点に気付くとは……。
錬や樹からワシ達の世界の話でも聞いていたのか。それとも偶然か。
ケルベロスと言う魔物はこの世界にもいるらしいからそう言う弱点が無いとも限らない。
ワシの改造をした時も同じことを思った。
「今ここで私達がやらなきゃどうするの? 波に負けない為に強くなったんでしょみんな!」
「……そうだ俺達は負けない為に、もう大事な人を奪わせない為に頑張っているんだ!」
「イミアちゃんに教えられちゃったね! うん!」
「「「キールくん! 絶対に負けない!」」」
「ハッ! やられてたまるか!」
キールがクッキーを貪るのをやめて奴隷共に向かって走り出す。
凄く早い。
さすがはワシの改造したキールだ。
村の奴隷共を翻弄している!
「くっ! 凄く早くて重い! このままじゃ押し切られる!」
「ガウ!」
キールがイミアに頭の一つで噛みついた。
「――!」
痛みを堪えてイミアはキールの二つの頭を押さえつける。
「今だよみんな!」
「うん!」
……なんだ?
奴隷共の一部が子守唄を歌い始めた。
ヤバイ! それはキールに教えた弱点の一つだ!
「あ……う……」
ふらふらとキールはイミアに噛みつくのをやめて千鳥足になる。
「う……まだ、俺は……負けるわけにはいかない! 捕まって溜まるか!」
……潮時だな。
ワシは回線を開いてキールのいる部屋に繋ぐ。
「キール、撤退しろ」
「兄ちゃん!? でも……」
「弱点を知られてしまっている。このままでは負けて捕まるぞ。黙って下がるんだ」
「チッ! わかったよ兄ちゃん!」
くそ……幾らなんでも状況が悪過ぎだ。
確かにバイオプラントの改造を見せつけてしまっていた。だからキールを改造するのも推理出来たのだろう。
そして奴らに取ってトラウマである魔物の存在も……次に出会った時の対抗手段を模索していたんだ。
そう思わなければやっていられない。
キールは俺の指示に従い、部屋を出て、撤退した。
こう言う時は元康の方へ行けと言ってある。
戦闘能力は高くなったキールが元康の所へ助太刀に行けば少しは状況が変わる見込みはある。
と、そこでアラームが鳴り響いた。
中枢部で誰かが何かをしているらしい。
チャンネルを合わせると、ラトが中枢部のコアに何か結晶を繋いでいる。
どうやって侵入したんだ?
ああ、フィーロとアトラの注意を偽者と樹とリーシアに向けさせて、その隙に入ったのか。
ワシは何をしているのか解析した。
どうやら第二塔の中枢部のコアから他の塔のコアへアクセスして全ての塔の機能停止を画策しているらしいな。
ほう……だからラトが今回の侵入班にいるんだな。
だが、それは無駄だ。
「ラフー!」
最終防衛としてワシが設置したラトの魔物、ミー君が天井を突き破って現れる。
フィーロに相手をさせた時、若干の不具合があるので、実戦を見送ろうかと思ったが念の為に行かせて、中枢部の上で待機させていた。
そこは大地の力と魔力が集まる場所だ。調整用に丁度良いからと配置していたのが幸いした。
「く……後少しだと言うのに……」
「残念だが無駄だ」
ワシは回線を繋いでラトに話しかけた。
「その程度でワシのセキュリティを突破出来ると思わん事だ」
「侯爵! いい加減にして!」
「ははは、ワシに歯向かった事を後悔させてくれる。行け!」
皮肉な物だな。ラトよ。お前はお前が大事にしていた魔物に追い詰められて行くんだ!
「ラフー!」
ミー君が太い尻尾でラトをなぎ払う。
魔物に関して詳しいラトは動きを予測して回避行動をとりつつ、注射器を投げつける。
無駄だ。その程度で強化されたラフ種を止められると思うなよ。
「薬の効き目が……」
信じられないと言うかのようにラトはミー君の動きに押されている。
ミー君は注射器を引き抜き、そのままラトに向かって歩いて行く。
「ラフー!」
そして大きく腕を振り上げ、強くたたきつける。
「あぐ……」
元々様々な装置が設置してある狭い部屋の中枢部だ。
ラトは足がもつれて転ぶ、そこにミー君が止めとばかりに手を振り上げた。
「……ラフー」
ミー君とラトの視線が合う。
「……ミー君?」
「ラ、ラフー!?」
一瞬の交差。
その直後、ミー君が頭を押さえて呻く。
く……やはりまだ調整が不十分だったか。
「侯爵! これはどういうつもり!」
「知らんな。お前の大切にしていた魔物が望んだのだ」
「だからって……こんな事を勝手にして!」
「ラフー!」
ミー君が暴れ始め中枢部が破壊されて行く。
く……これは非常に厄介だ。
やがてバキンと音を立てて、中枢部のコアが壊れてしまった。
ゴゴゴと音を立てて、塔が崩落して行く。
しょうがない。
ワシは辛うじて繋がる第二塔の回線をオープンにして言い放つ。
「配下の者共よ。塔が崩れる。急いで脱出するのだ。三番塔の方へ逃げれば偽者共は近寄れない」
チャンネルを変えて偽者とフィーロ達の方を見ると、振動によって戦闘が中断されていた。
止めをさせていないのか。
偽者も中々やるじゃないか。
元康の方はキールが来たお陰で錬とガエリオンを退ける事が出来たようだ。フィーロ達の方へ向かっている。
サディナとも合流したみたいだし、今回は素直に敗北を認めようじゃないか。
我に帰ったミー君がラトを見た後、天井を上って塔から脱出した。
「ミー君! 待って!」
「……ラフー!」
そいつはもうお前の知るミー君では無い。
生まれ変わったワシの配下だ。
ラトはその後、我に帰ったのか、部屋を出て偽者と合流した。
同時にフィーロの方にも元康が合流し、ポータルで跳躍する。
最後に残った映像では、錬と樹が全員を連れてポータルで塔から脱出する光景が映し出されていた……。
樹の奴、呪いから立ち直って若干SPが回復しているみたいだ。
厄介な状況だな。
どちらにしても、第二塔での攻防は負けだ。
素直に認めるしかあるまい。