生命倫理
さて、次の作業だ。
幸いにして現在、奴隷と魔物共が魔力をキャッスルプラントに注入してくれている。
その魔力を使って魔力増幅装置を作りだし、更に魔力の生産性を引き上げ、施設の拡張を指示する。
「よし、後は施設の拡張が終わるまでにワシの目的に力を注ぐ」
ワシはラトが使っていた研究区画の中枢に足を運ぶ。
「お前等は各自作業に戻れ、食事が欲しければ拡張した生活居住区の食堂に行けば食い物がある」
「私は尚文様の近くにいますわ」
「フィーロはー……ちょっとお散歩ー」
「アトラ、早くここから逃げよう」
「いやですわ、お兄様」
「私は外を見回りしてくるわ」
アトラはワシの近くに居たくてフォウルはアトラと一緒。
フィーロは施設内の観察、サディナは外へ見回りか。
「では各自解散」
ワシの宣言にフィーロとサディナが研究区画から出て行った。
「尚文様、今度は何をするのですか?」
「決まっているであろう。ワシの目的はラフタリアの蘇生!」
盾の力を石板に共鳴させ、キャッスルプラントが引き寄せた大地の力を糧に……盾に入っているラフタリアの髪を媒体に遺伝子を抽出し、ラフタリアの体を作る研究を始める。
この毛が偽者である確率は著しく低い。
なんせ、ラフタリアがまだ子供の頃に採取した物だからだ。
後は失われてしまった魂を見つければ、良いはずだ。
ワシだって万能ではない。例え錬金術の粋を集めたとしても死者蘇生は叶った前例がない。
だが、ワシは失われてしまったラフタリアを蘇らすのに生涯を賭けるつもりだ。
その為の実験をこれから行う。
中途半端なホムンクルスでは無い。
ワシの理想のラフタリアを蘇らせる禁忌の儀式だ。
バチバチと培養槽に魔力で作りだされた電気と大地の力による奇跡が集まる。
そして処理で出るバグや問題点をワシ自身がデバックし続けねばならない。
「ワシはこれから研究をする。見ているだけではとても暇だぞ?」
「大丈夫ですわ尚文様。私は尚文様のお傍に居られるだけで十分なのです」
「そうか」
「アトラ! 何を言っているんだ!」
「お兄様、暇なのでしたら新しく力を貸して下さる方々の介助をお手伝いしてください」
「う……」
フォウルはアトラに囁かれて、渋々治療を終えた奴隷共の所へ出た。
「これで静かになりましたわ。存分に研究をお続け下さい」
「ああ」
ワシはそれからラフタリアの蘇生の為の研究に没頭するのだった。
6時間くらい経った頃だろうか。
やっと研究の第一段階が終了した。
と、同時に振り返るとアトラがこっちに向けて手を振る。
ずっとワシを見ていたのか、暇な奴だ。
「ナオフミちゃーん。そっちはどんな感じー?」
「ごしゅじんさまーご飯とっても美味しいよ」
「そうだぜ。兄ちゃんが作ったのより少し味が落ちるけどな」
サディナがフィーロ、キールと一緒に顔を出した。
ああ、そう言えば居住区の食堂にはバイオプラントで作ったオート調理装置が内蔵されている。
ボタンひとつで予め設定した料理が出てくる。
今の所、メニューはあまり無いが、食える物ではあるはずだ。
「おお。良いタイミングで来たではないか」
「兄ちゃん。何してたんだ? 後みんなもう休んでるぜ」
「そうか。まあ見てくれ」
ワシは石板のスイッチを押して研究結果を今まさに見せつける。
培養槽に電気が走り、ボコボコと煙を立てて、実験結果が表示された。
フィーロが首を傾げて培養槽に目を凝らす。
やがて培養槽を包み込んでいた煙と培養液が起こした泡が消え失せ、新たなラフタリアが姿を現す。
「なーに? これ?」
ワシはその研究結果を改めて見る。
「ふむ……最初の一歩はこんなものだろうな」
培養槽にはアライグマの様な、狸の様な、レッサーパンダの様な……三頭身の魔物にしか見えない生命体が浮かんでいる。
とりあえず外に出しても問題はあるまい。
龍脈支配の技能で急速にLvを引き上げる。この技能は龍脈……大地の力である経験値を吸い取って対象に付与する事が出来る魔物が本来所持する技能の上位スキルだ。
今、ワシが振りこめるのは精々Lv30までだがな。
それから培養槽の培養液を抜いて新たに創造された命を試験管から出した。
ぶるぶると毛に付いた液体を振るって新しく創造された命がこちらを見る。
「ラフー」
ちょこんと前足を上げて挨拶をする。
「あの……何これ? 兄ちゃん」
「魔物ですか? なんとなくラフタリアさんと似た気の流れをしていますね」
「ふむ、ラフタリアを蘇らせる実験で作りだした生命だ」
「すげえな兄ちゃん。新しく魔物を作りだしたのか!」
「あらー、ナオフミちゃんったら凄いわね」
フィーロが試作ラフタリアに向けてクンクンと匂いを嗅ぐ。
食べるなよ。
食べたらお前をソイツと同じ姿にしてやるからな。
「うん。お姉ちゃんと似た匂いがするよ。見た目は全然似てないけど、でも尻尾と感覚が似てるね」
「ラフー」
「ああ、まだ研究が進んでおらんのでな。とりあえずは第一世代ラフ種と命名しようと思う」
「ふーん。これからよろしくね! ちっちゃいお姉ちゃん」
「ラフー!」
「戦闘もある程度出来る筈だ。本物のラフタリアの体を作り出せるまでこの研究は続けていく、どんどん増えていく予定だぞ」
念の為に多少は戦えるよう、色々と弄ってある。
遺伝子改造の技能が役に立つな。
世界征服をするのに人手が正直足りな過ぎるので、大量生産も可能だ。
信用できる存在としてラフ種は大いに貢献してくれるだろう。
「後はラフ種の量産体制を取りつつ――」
と、ワシが熱弁をしていた直後、警報が鳴り響く。
「な、なーに?」
石板に手を置いて、何の警報かを確認する。
すると事もあろうに結界を維持するためのタワープラントの第一塔にあの偽者と錬と樹が乗り込んでいる姿が映し出されている。
「なんだと!?」
ピンポイントで第一塔に侵入した?
いや、今はそれ所では無い。
塔の防衛装置ではあの偽者や勇者には勝つ事は出来ないだろう。
「く……」
今から元康やフィーロを行かせても第一塔の破壊を阻止する事は出来ないだろう。
まあ、ゲーム経験がある錬や樹が居るんだ。気付く可能性は否定できない。
第一塔内部の映像と音声が流れてくる。
偽者や勇者が容易く防壁を突破して最上階の発生装置を破壊した。
「よし! 次の塔へ行きます!」
ふ……愚かな。そう簡単に次の塔を破壊できると思うなよ。
こんな事もあろうかと万が一に備えて、仕込みをしているんだ。
カッと機能を停止する直前、第一塔に割り振られたエネルギーが第二塔へと移り、出力が大幅に向上する。
偽者と勇者共、その他が第二塔を見て放心している。
そして第二塔が発生させた結界へとガエリオンで近付き、侵入できずに帰って行った。
「非常線がどうにか機能してくれたようだな」
「非常線? 何があるのナオフミちゃん?」
「ああ、こんな事もあろうかとな。一つの塔が破壊される度にそのエネルギーが次の塔へ供給されてブースト状態になるのだ」
「ブースト?」
「ああ、大体20時間程度維持し続け、次の塔への侵入を拒める」
時間稼ぎが出来ると言う寸法だ。
その間にこっちも備える事が出来るからな。
しかし、まさかこの機能を使う羽目になるとは思わなかった。
「少し休もうかと思ったがそうも言ってられないようだな。あの偽者共に第二塔を破壊されては叶わん。元康、ポータルで飛んで偽者共に報復して来い。後、これを持って行け」
魔石作成で作った状況記憶水晶を元康に持たせる。
ついでに映像用の水晶に宣戦布告の映像を入れておく。
これで奴等に宣戦布告が出来る。
「わかりましたお義父さん!」
「私達もご一緒しましょうか?」
「いや、お前等は第二塔の警護の為に魔力供給をしておいてくれ、でないとエネルギーが足りなくなる」
まだ奴隷達の魔力が無ければ防衛装置や施設維持が難しい。
ここは元康に行かせて奴等の戦力をダウンさせねばならない。
「サディナ、お前も一緒に行け。元康は女の話は聞かないがみどり経由でなら聞くはずだ」
「わかったわー」
「後は……そうだ。ラフ種を奴等に見せてやろうじゃないか」
のしのしとサディナは元康と一緒にポータルで飛んで行った。
よし、これで少しは奴等に報復が出来るだろう。
以下、後にワシが閲覧した内容である。
「まさかあんな仕掛けがあるだなんて……ナオフミ様ときたら厄介な仕掛けを……」
「あの結界はどうやって解除するんだ? 塔を全て破壊しないと入れないのだろう?」
「わかりません。ですが――」
村に戻ってきた偽者にポータルで飛んできた元康が遭遇する。
「元康が当然の様にポータルでやって来たぞ。尚文達は篭城しているだけじゃないのか?」
ハハハ、バカめ。
味方の援軍が無いのに篭城などという下策をするはずなかろう。
むしろこちらから進んで攻め込むだけの土台がある。
やがて元康はワシの命令を忠実に実行しようと口を開いた。
「お義父さんから言われて戦いに来ました! 私の出世の為に倒されてくれ!」
「ふざけるな元康! お前は戦うべき相手を間違えているんだ!」
「間違えてなどいませんよ。私の敵はフィーロたんとお義父さんの敵です」
槍を構えて元康が偽者に向かって走り出す。
「く! させるか!」
錬が元康の前に出て槍を剣で抑える。
「元康、早く正気に戻るんだ。尚文があんな事や考えになるはずがない。一刻も早くこの事件を解決するべきなんだ」
「いいえ、お義父さんとフィーロたんの言う事は絶対なのです。流星槍!」
元康の放った流星槍を錬は受け流して逸らす。
飛んで行った槍の軌跡で地面に大きな穴が出来る。
「どいてください!」
ラフタリアが元康に向けて連続で切りつける。
「ぐふ……」
防御無視が出来る変幻無双流の剣技なのだろう。
ワシほど気の扱い出来ない元康にダメージが入る。
「もーくんに何するの!」
ダメージ自体はそれ程高く無い様だが、クーやマリン、みどりが元康を守るために前に出る。
「モトヤスちゃんは少し先走りすぎよーもっと連携して行かないと勝てる勝負も勝てないわよー」
サディナがその後に付いて銛を構える。
その後ろから……実戦投入させたラフ種が飛びだした。
「ラフー」
「な、なんですか……アレ」
偽者や勇者、村の連中がラフ種を指差す。
ははは、どうだ。ワシの技術は。
「お義父さんが作りだした……新たな魔物だ!」
「ラフー」
「な、なんですかぁアレ……見た目は可愛らしいですけど見た事も無い魔物ですよ!」
「なんでしょうね? なんとなく……声がラフタリアさんに似てませんか?」
樹がラフ種を見てラフタリアを指差す。
ラフ種は駆け出して、幻覚の魔法を村の連中に放つ。
ポポポポポンと音を立てて、魔法で作られた幻のラフ種が辺りに出現する。
「うわ!」
「「「「ラフー!」」」」
その幻のラフ種が村の連中に向かって突撃する。
まあ、幻だからダメージは無いのだけど、ラフ種の目的はただ一人。
「この子です!」
チッ! 偽者が幻の中から本物のラフ種を見つけて切りつける。
「ラフー!」
紙一重で回避したラフ種がバク転して着地し、偽者を指差す。
そして高らかに宣言した。
「ニセモノー」
「は……?」