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【土日限定】カエルの楽園2020 作者:百田尚樹
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第三章①



       第三章




 残念なことに、ソクラテスの危惧(きぐ)は当たってしまいました。

 ナパージュにも新しい病気にかかったツチガエルが何匹も出てきたのです。その中には重い症状のカエルもいました。

ナパージュのカエルたちがにわかに騒ぎ始めました。どうやら水際作戦がうまくいかなかったか、あるいはその前にもう病気が入り込んでいたかのどちらかです。

 最初に声を上げたのは、プロメテウスを目の(かたき)にする一部の元老たちでした。彼らは元老会議でプロメテウスを糾弾(きゅうだん)しました。

 ガルディアンが血相を変えて言いました。

「今、ナパージュは大変なことになっています。なぜ、ウシガエルの国で病気が蔓延(まんえん)していたときに、彼らがナパージュに入ってくるのを止めなかったのか!」

 ガルディアンの仲間の元老たちが「そうだ!」と叫びました。

「私たちが元老会議で、ずっと前からウシガエルの病気のことを言ってたのに、プロメテウスは何もしなかった。この責任は重い」

 デイブレイクが遠くから、「その通りだ!」と声を上げました。

 プロメテウスは困ったような顔をしています。

「ガルディアンたちはずっと言ってたか?」

 ロベルトはソクラテスに訊きました。

「ぼくの覚えている限りでは、彼はずっとチェリー広場の話ばかりしていたような気がする」

「だよな」

 しかしガルディアンの仲間たちは、元老会議で、次々とプロメテウスを非難しました。彼らは全員が「自分は元老会議でずっと言ってたのに」と言いました。

「なにかおかしいよな」

 ずっと聞いていたロベルトがぽつりと言いました。「ガルディアンたちは病気からナパージュを守ろうという気はまるでないみたいだ」

 それはソクラテスも気付いていました。ガルディアンとその仲間の元老たちの中には、どうすればこの病気を防げるかという話をするカエルは一匹もいませんでした。話していることは、「プロメテウスが悪い」「責任を取れ」ということでした。

「元老たちの仲が悪いのはわかるけど、今は、協力して、病気を防ぐことに努力しないといけないんじゃないのか。でも、ガルディアンたちにはその気がまったくないように見える」

 ロベルトの言葉にソクラテスは頷きました。


 その頃になって、急に多くのツチガエルが水仙の花で口を覆うようになりました。

 皆が争って水仙の花を求めたから、ナパージュに生えていた水仙はあっというまになくなってしまいました。

「ぼくらは、ハンドレッドの言うことを聞いて、いくつか水仙の花を手に入れておいてよかったな」

「いや、あいつは適当に言ったんだよ。それがたまたま当たっただけのことだ」

 ロベルトはハンドレッドのことを認めようとはしませんでした。

「お祭り広場に行ってみないか。何か話が聞けるかもしれない」

「うん」


 お祭り広場には多くのツチガエルが集まっていました。その中央にマイクが立っています。

「皆さん、素敵な報せがあります」

 マイクが嬉しそうな顔で言いました。

「西の林に住むノツボさんが水仙の花を百個もウシガエルの国に送りました」

 ツチガエルたちの間にどよめきが起こりました。

「ノツボさんは西の林に住むツチガエルたちのリーダーです。それが西の林の水仙を、困っているウシガエルのために百個も差し上げたのです」

 何匹かのツチガエルが拍手をしました。

「ノツボさんです」

 マイクが紹介すると、年老いたツチガエルがニコニコ笑いながら、中央に現れました。

「ウシガエルと仲良くやっていくのはナパージュの使命だから、がばっと送りましたよ。西の林には百二十個の水仙の花があったのだけど、そのうちの百個を送りました。いやあ、いいことをするのは気持ちいいですね」

 広場に集まったツチガエルたちから拍手が起こりました。ノツボが満足そうに微笑んでいます。

「いいカエルだなあ、ノツボって」ロベルトは感心したように言いました。「西の林に住むツチガエルたちも誇らしいだろうなあ。そう思わないか、ソクラテス」

 ソクラテスは曖昧に頷きました。たしかにその行為はとても素敵だけど、西の林に住むツチガエルにははたして水仙の花が行き渡っているのだろうかと思ったのです。

 マイクはまた大きな声で言いました。

「それだけじゃありませんよ。東の池のリーダー、スモールグリーンも、弱った体に効くニラの葉を三百枚、ウシガエルの国に差し上げたのです」

 ツチガエルたちはどよめきました。ニラの葉はとても貴重なものだからです。それに東の池はナパージュで一番大きな池で、たくさんのツチガエルが住んでいます。

 ソクラテスは、そんなにたくさんのニラの葉をウシガエルの国あげてもいいのだろうかと思いました。もし東の池で新しい病気が流行った時はどうするんだろう。

「スモールグリーンにそれを勧めたのは、ツーステップさんだということです。ツーステップさんは素晴らしいカエルです」

 ツーステップの指示で送られたということを聞いて、ソクラテスはハンドレッドがツーステップについて語っていた噂は本当かもしれないと思いました。

「他にも、ナパージュの様々な地域に住むリーダーたちは、水仙やニラの葉をウシガエルに送っています。いずれも素晴らしい行為です。皆さん、拍手です」

 周囲のツチガエルたちは一斉に拍手しました。

「やっぱり、ナパージュのツチガエルは素敵なカエルたちだなあ」

 ロベルトは感極まったような声で言いました。しかしソクラテスは不安な気持ちが消えませんでした。もし、ナパージュでさらに病気が広まったら、どうするつもりなのか。いや、ウシガエルの国に水仙やニラの葉を送ったリーダーたちは、ナパージュでは病気はこれ以上は広まらないと考えているのかと思ったからです。


 ところが、その日から、状況が一変しました。ツチガエルたちの中に病気にかかるものが大量に出てきたのです。以前とは比べものにならないくらいの数です。

 しかももっと恐ろしいことに、ついに病気で死んだツチガエルが出てきました。

 ツチガエルたちに、再び動揺が走りました。

 次の日、デイブレイクはハスの葉の集会で、深刻な顔で言いました。

「これは恐ろしい病気です」

 今までとはまるで違うデイブレイクの様子を見て、ハスの池に集まっていたツチガエルたちの顔も青ざめました。

「こんな恐ろしい病気がナパージュに広まるとは、大変なことです」

 デイブレイクは周囲のカエルたちを見渡して言いました。

「この病気の広がりの原因を作ったのは誰でしょうか?」

 池に浮かんでいたツチガエルの一匹が「プロメテウス」と叫びました。

「そうです」デイブレイクは満足そうに言いました。「これはまさにプロメテウスのせいです。ウシガエルの国で恐ろしい病気が蔓延していたのに、彼は何の手立てもしなかったのです」

 ハスの池に集まっていたカエルたちは一斉に「そうだ、そうだ」と言いました。

 その様子を見ていたロベルトは「あれ?」と首をかしげました。「デイブレイクが前に言っていたこととちょっと違わないか」

「うん。この病気は恐ろしい病気だなんて、言ってなかったような気がするな。ぼくが覚えているのは、ウシガエルを排除してはならない、共に手を洗おう、だ」

 ハスの葉の上に乗っていたデイブレイクは、大きな声で言いました。

「これは全部プロメテウスのせいです」

 デイブレイクに賛意を示すカエルたちは「そうだ、そうだ」と言いました。ソクラテスとロベルトはそっとハスの池を離れました。

「元老会議に行ってみよう」

 二匹はその足で元老会議の池に行きました。


 元老会議は大騒ぎでした。

 いつものように、ガルディアンが大声で怒鳴っています。

「ナパージュで病気が広まったのは、プロメテウスのせいだ。責任を取って今すぐ辞めろ!」

 例によってガルディアンの仲間の元老たちが「辞めろ、辞めろ!」と叫んでいます。

 プロメテウスが立ち上がって言いました。

「私はさきほど、すべてのウシガエルをナパージュの国に入れないように決めました」

 元老たちの間にちょっとした動揺がありました。

 プロメテウスは胸を張って言いました。

「私は前に水際作戦で、病気のウシガエルが入ってこないように止めました。そして、今回はそれ以外のウシガエルも入ってこないように決めました。このように、私はこの病気に対して、常に先手先手で手を打ってきています」

 池の周囲にいたツチガエルたちは「おおっ」という声を上げました。ソクラテスは、先手の意味が違うような気がしましたが、黙っていました。

 デイブレイクが手を挙げて質問しました。

「ナパージュにやってきたウシガエルを追い返すのですか」

「ウシガエルの国からやってきたウシガエルには、しばらくの間、そこから動かないようにお願いします。それからウシガエルの国に帰ってもらいます」

「お願いするだけですか?」

「そうです」

「ウシガエルが言うことを聞かずに、ナパージュを歩き回ったら?」

「それは困ります」

 デイブレイクは納得したように再び座りました。ガルディアンも黙っています。

「おいおい」ロベルトはソクラテスに言いました。「お願いするだけで大丈夫なのか」

「さあ」

 ソクラテスも首をひねりました。胸の中で嫌な不安がどんどん大きくなってくるのがわかります。


 元老会議からの帰り道、(あし)の草むらでばったりとエコノミンに出くわしました。

「大変なことになったな」

 エコノミンはいきなり言いました。

「おれはずっとこうなることを心配していたんだ」

「たしかあなたは」とソクラテスは言いました。「ウシガエルがナパージュに入ってくるのを止めても効果はないと言っていましたね」

「うん。もしあの時、ウシガエルが入ってくるのを止めても結局は遅れて同じことになったはずだ。これはデータが証明している」

「さっき、プロメテウスがすべてのウシガエルをナパージュに入れないと決めましたよ」

「意味ねえ!」とエコノミンは叫びました。「ウシガエルを止めても、感染は防げないと前に説明しただろう。そんなことをしても病気が広がるのを遅らせることしかできないんだ。それに、もうナパージュに病気が入ってしまった。今さら止めてもまったく意味はない」

「でも、ウシガエルの沼では今すごい数の病気のウシガエルがいるんでしょう。その国からウシガエルが入ってくるのを止めるのは、いいことなんじゃないですか?」

「だからそれはもう効果がないって何回言ったらわかるんだ。今からやるべきは、いかに感染を抑え込むかだよ」

「どうすればいいのですか?」

「頑張って、手を洗うんだ」

「それだけ」

「そう。それだけ」

 ソクラテスはなんだか肩透かしのような気持ちを味わいました。

「でも、ふと思うのですが」ソクラテスは言いました。「ずっと前にウシガエルが入ってくるのを止めていたら、ナパージュで病気が流行るのも遅れたんですよね」

「少しだけね」

「でも、その少しの時間があれば、病気が入ってくる前に、何らかの準備ができたんじゃないですか」

「君、病気のことばかり言ってるが、ハエのことを考えたことがあるか」エコノミンはいいました。「ウシガエルを全面的に止めたりしたら、彼らが持ってくるハエが入ってこなくなるんだって前にも言ったろ。ナパージュには、そのハエで暮らしているツチガエルもいる。ウシガエルのハエが入ってこなくなったばかりに、そのツチガエルが死んでしまったらどうするんだ。病気で死ぬのも、ハエが食べられなくて死ぬのも同じなんだぞ」

 エコノミンは早口でまくし立てるように言いました。

「ウシガエルを止めろ止めろとバカみたいに言っていたカエルもいるが、いくら止めたって病気は防げない。それでも、ウシガエルを入れたくないというなら、敢えて反対はしないが」

 エコノミンは鼻で笑うように言いました。

「やりたければ勝手にやればいい。俺は別に止めないよ」

「いや、そういう話ではなくて、今は何をすればいいのかということを知りたいんです」

「言っとくけどね、俺は常にディーアールたちのデータで語っている。勘で喋っている馬鹿どもとは違う。もし新しいデータが出て、前のデータが違っているとわかったら、いつでも考えを変えるよ。これを科学的と言うんだ」

 エコノミンはそれだけ言うと、再び葦の中に消えていきました。

「エコノミンの言うことも一理あるな」

 ロベルトの言葉にソクラテスは頷きましたが、もう何が正しいのかわからなくなっていました。

「ハンドレッドのところに行ってみないか」とソクラテスは提案しました。

「あのひねくれもののところにか?」

「うん。彼は最初からウシガエルを入れるなと言っていた。今となっては、何となくそれが正しかったような気がするんだ。だから、彼が今、この事態をどう思っているか知りたい」

 ロベルトはあまり気が進まなさそうでしたが、しぶしぶソクラテスについてきました。

 洞窟の前まで来ると、ちょうどハンドレッドが出てきたところでした。

「おう、バカのアマガエルか」

 ハンドレッドはいきなり憎々しげに言いました。何やら機嫌が悪そうです。

「とうとうナパージュにも本格的に病気が入ってきましたね」

 ロベルトがそう言った途端、ハンドレッドは大きな声で「わしの言ったとおりだったろう」と言いました。

「わしは最初からウシガエルを入れるなと言っていた」

 それは事実です。彼はずっとそれは言っていました。ソクラテスの知る限り、それを最初から言っていたカエルは、ほかにはイエストールくらいでした。

「どうしたらいいですか?」

「どうしたら?」

 ハンドレッドはじろりと睨みました。

「もう何もかも遅い。今さら何やっても無駄だ」

「でも、何かやるべきことはあるでしょう」

「ない」ハンドレッドはにべもなく言いました。「わしがあの時、ウシガエルを入れるなと、あれだけ言っていたのに、プロメテウスは何もしなかった」

「それはさっき聞きました」

「うるさい。何度でも言ってやる。わしはウシガエルを入れるなと何度も言った。それなのにプロメテウスのやつは何もしなかった。わしはあの時に言った。ウシガエルのやつらを――」

 ハンドレッドは興奮状態で同じ言葉を繰り返しました。ソクラテスとロベルトはそっとハンドレッドの傍を離れました。振り返ると、ハンドレッドは誰もいないのにひとりで同じ言葉を繰り返しています。

「怒りで頭がおかしくなっているな」

 ソクラテスの言葉に、ロベルトは「あいつの頭がおかしいのは前からだよ」と答えました。

「それにしても、ナパージュはどうなるのかな」

「スチームボートに話を聞きに行くのはどうだろう。あの鷲なら世界中を飛んでいるから、いろんな話を知っているかもしれない」

 二匹のアマガエルはスチームボートが住んでいる岩山に行きました。

 スチームボートは頂上にいましたが、なにやら元気がなさそうです。

「スチームボートさん、どうしたんですか。具合でも悪いのですか」

「アマガエルか」スチームボートが弱々しい声で言いました。「どうも、わたしもウシガエルの病気にかかったらしい」

 二匹は驚きました。

「鷲にもかかるんですか」

「どうもそうらしい。ウシガエルに近づかなければ大丈夫だろうと思っていたが、別の国を飛んだ時に罹ったらしい」

「大丈夫ですか」

 スチームボートは力なく首を横に振りました。

「今は飛ぶこともできない。いつもは南の崖のあたりを定期的に飛ぶんだが、それもできない」

 その言葉を聞いて、ソクラテスはとロベルトは、ハッとしました。

 南の崖はどうなっているんだろうと思ったからです。

「お前たち、一度見てきてくれないか」

スチームボートの言葉に、ソクラテスは「はい」と答えました。

 二匹は岩山を降りると、南の崖に向かいました。


 南の崖に着くと、そこにはハンニバル兄弟がいました。

「やあ、アマガエル君」

 ハンニバルが声を掛けました。

「どうしたんですか。何かあったのですか?」

「南の崖をウシガエルが登ってこようとしている」

 ソクラテスは驚きました。スチームボートの言ったとおりだったからです。

「ウシガエルたちも病気で大変だと思うのに、こんな時に崖を登ってくるのですか」

 ソクラテスがそう言うと、ハンニバルは忌々(いまいま)しげに頷きました。

「あいつらはものすごい数いるから、病気で少々死んでも、平気なんだ。それどころか、スチームボートが飛べないということを知ったらしく、このところ、毎日のように南の崖を登ってくる。その数も以前よりずっと多い」

「それって、ひどくないですか」ロベルトが言いました。「だって、ウシガエルの病気のせいでナパージュが苦しんでいる時に、南の崖を登ってくるなんて」

「ウシガエルたちは、その病気はスチームボートが持ってきたと言っている」

「なんですって!」

 ソクラテスとロベルトは同時に言いました。

「実はもっと恐ろしいことがある。ウシガエルの国のはるかに西に住んでいるカエルたちにも、ウシガエルの病気が広まって、次々に死んでいるという話だ。聞くところによると、西のカエルたちもウシガエルのハエがほしくて自分たちの国にウシガエルを入れたそうだ」

 その話を聞いてソクラテスはぞっとしました。

「じゃあ――世界中のカエルが病気に罹ったんですね」

「そういうことだ。今、この病気は世界中に広まった」

「防げたカエルはいないんですか」

「ウシガエルの沼の東にある小さな池に住んでいるカエルたちは、すべてのウシガエルを入れないことで、病気を防ぐことに成功したみたいだ」

「そのカエルはウシガエルのハエを当てにはしてなかったんですね」

「いや、ナパージュ以上にウシガエルのハエをすごく当てにしていたカエルたちだ。でも、そのハエ欲しさにウシガエルを池に入れたら大変なことになるとリーダーが考えて、ウシガエルを一切入れなかったんだ」

「優れたリーダーだったんですね」

「最高のリーダーだ」ハンニバルは言いました。「そのリーダーは、最初は、多くのカエルたちに責められたらしいが、今では英雄として尊敬を集めている」

「ナパージュのプロメテウスはリーダーとしてどうですか?」

 ロベルトが訊きました。ハンニバルは少し困ったような顔をしました。

「プロメテウスはよい指導者だと思う」ハンニバルはそう言った後で、「平和な時代ではな」と付け加えました。

「それって、危機的な状況に上手く対応できなかったということですか」

「それはぼくの口からは言えない。でも、これだけは言える。危機的な状況の時こそ、指導者の本当の能力がわかる、と」

 ソクラテスは、似たようなことをハンドレッドも言っていたことを思い出しました。

「実は、ぼくはプロメテウスに期待していた」ハンニバルは言いました。「というのは彼は『三戒』を破棄すると言っていたからだ。それに、ぼくたち三兄弟をナパージュのみんなが認めるようにするとも言ってくれていた」

「そうだったんですね」

「君も知っていると思うけど、ぼくらはずっと南の崖を守っている。でも、デイブレイクには何時も悪口を言われているし、マイクにも時々、悪口を言われている。ガルディアンからは一度『カエル殺し』と言われたことがある。ぼくらはこれまで一度もカエルを殺したことはないのにね」

「ひどい」

「デイブレイクやマイクやガルディアンがいつも悪口を言ってるものだから、ナパージュのカエルたちの多くも、ぼくらを軽蔑している」

「つらいですよね」

「そんなぼくらを、プロメテウスは、ナパージュのカエルが認めるようにすると、約束してくれた。だからぼくらはプロメテウスをずっと応援していた。でも――あれから長い時間が経ったが、まったくやってくれない」

「でもそれって、もしかしたら、ガルディアンとかデイブレイクが反対しているからじゃないですか」

「それもあるかもしれないね」

 ハンニバルは悲しそうな顔で言いました。

「でもね、アマガエル君。もしプロメテウスがウシガエルの東にある池のカエルのリーダーのように、ウシガエルを全部ストップしていたら――」

「はい」

「最初はウシガエルのハエが入ってこなかったカエルたちが大騒ぎして、それにデイブレイクやガルディアンも怒り狂って、プロメテウスは散々に非難されただろうけど――」

「今になって見たら、英雄になっていましたね」

「そういうこと」とハンニバルは力なく微笑みました。「そうなれば、ぼくらとの約束も実行できたかもしれないし、もしかしたら、『三戒』も破棄もできたかもしれない」

 ソクラテスの胸にハンニバルの悲しみが伝わってきました。

「ひとつ訊いてもいいですか」ソクラテスは言いました。「ハンニバルさんは、多くのツチガエルに嫌われてるのに、どうしてナパージュのために頑張るのですか?」

「それはぼくらがナパージュのツチガエルだからだよ。それと、今は亡き父の遺言なんだ。父は昔、スチームボートと争った。最後は敗れて殺されたんだが、今わの際にぼくたちに言ったんだ。ナパージュのために生きろと」

「立派なお父さんだったのですね」

「父は今もナパージュのカエルたちに憎まれている。ナパージュをひどくしたのは父だと。デイブレイクはもう何年も何年もそう言い続けている。また、昔、ウシガエルを虐殺したのも父だとも言っている」

「それって――」

「もちろん出鱈目(でたらめ)だ。でも、ぼくがいくらそれを言っても、ナパージュのカエルたちは信じてくれない。この国ではデイブレイクの言うことが真実ということになっているからね。それとウシガエルの言うことは正しいとなっている」

「そうだったんですね」

「知ってるか?」とハンニバルは言いました。「ぼくらはナパージュの多くのツチガエルよりも、貧しいものしか食べてないんだよ。ぼくらが住んでいるところは、ほとんどハエも虫もいない」

「じゃあ、よそで食べたらいいじゃないですか」

「よそで食べると、ナパージュのカエルたちが文句を言うんだ。そしてデイブレイクが責める。それで、いつも貧しいものしか食べていない」

「そんなんで、もしウシガエルが南の崖を登ってきたら、争えるのですか」

「ナパージュを守るためなら、争わなくてはいけない」

「でも、『三戒』があるから、争えないんじゃないですか」

「だから、ぼくたちは守ることしかできない。それも相手を傷つけないように」

「そんなの可能なんですか?」

「不可能でもやらないと」ハンニバルは言いました。「今もワグルラが南の崖の中腹に降りて、ウシガエルを見張っている。もしウシガエルが向かってきたら、命を捨てる覚悟で崖を守る」

 ソクラテスとロベルトはハンニバルの悲壮な覚悟と、兄弟たちが置かれている厳しい状況に言葉を失ってしまいました。


「ハンニバル兄弟って、すごいよね」

 ハンニバルと別れてから、ロベルトはしみじみとした口調で言いました。

 ソクラテスは黙って頷きました。

「覚えているかい、ソクラテス」ロベルトは言いました。「前の世界では、ワグルラがウシガエルからツチガエルを守ったことを。その時、彼はウシガエルと争ったことで、『三戒』を破ったとして、死刑になった」

「忘れるもんか」とソクラテスは答えました。「この世界では、あんな光景は絶対に見たくない」

「でも、ソクラテス。俺たちに何ができる?」

「わからない。でも、思うんだが、ぼくらがこの過去のパラレルワールドに送られたのは、ナパージュを守れという使命を与えられたからじゃないかな」

「俺たちは何をすればいいんだ」

「今はまだわからない。でも、それを探すことが大事なんだと思う。ハンニバルのためにも。そして、ナパージュのツチガエルのためにも」

 ロベルトは大きく頷きました。

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