序章
★この投稿は土日限定で再公開します。
「小説家になろう」の読者の皆様へ
世界は今、新型コロナウイルスの発生と蔓延で大変な状況を迎えています。
日本も例外ではなく、緊急事態宣言以来、多くの人が病気の不安に怯えながら、テレワークや自宅待機を余儀なくされています。あるいは仕事そのものを辞めたり、お店を閉じたりしている方もいらっしゃいます。学生の皆さんも学校にいけない日々が続いています。
本来なら、私たちを楽しませてくれる映画館、劇場、プロスポーツの興行、カラオケ店、ショッピングモールなども軒並み休業しています。
そんな中、様々なジャンルで活躍する人たちが、多くの人を元気づけようといろんな試みを行なっているのを見て、私にも何かできることはないかと考えました。
小説家である私にできることは、小説を書くことくらいです。そこで、新作小説を書きおろし、それを小説好きの皆さんに、無料で提供しようと決めました。
そしてどうせ書くなら、現在のこの状況をリアルに描く物語にしたいと思いました。そこで、今から四年前に書いた『カエルの楽園』(新潮文庫)の続編という形を選びました。実は私は小説家になった時、続編やシリーズ物やスピンオフは書かないと決めていました。つまりこの作品はその禁を破ったことになります。
それはともかく、四月二十四日に書き始め、五月の三日に書き終えました。これは小説家になって十四年間で最短記録です。一日でも早く読者に提供したいという気持ちが、私を後押ししたのかもしれません。
タイトルは『カエルの楽園2020』としました。
さて、完成はしたものの、これをどこにどういう形でアップすればいいかわかりませんでした。自分でサイトを立ち上げればいいのでしょうが、今年六十四歳の超アナログ人間の私は、恥ずかしいことに、そんなノウハウをまったく知りません。
そこでふと気付いたのが、当サイトの「小説家になろう」です。
私の中では、このサイトは小説家を目指す人たちが投稿するサイトという認識でしたが、サイトの説明を読むと、
「小説を読みたい方や、アマチュア作家、オンライン作家、小説サイトを管理の方、プロ作家、出版社、小説業界の方までみんなのための小説サイトです。小説を自由に掲載したり、掲載された小説を無料でお読みいただけます」
とあり、その言葉に勇気づけられ、投稿することにしました。
『カエルの楽園2020』は、現在のところ、書籍化は考えていません。
というのは、この物語は極めて時事的なテーマを扱っていて、書籍化する時にはすでに「古い物語」になっているだろうからです。
逆に言えば、「今こそ読んでもらいたい小説」です。
そのために、一日でも早くお届けしたいと思い、「小説家になろう」に投稿させていただきました。
また『カエルの楽園』は編集や校閲の手を経ていません。つまりこのサイトに投稿されるアマチュア作家の皆様と同じ条件での小説ということになります。
したがって誤字・脱字・誤植はいくつかあると思いますが(投稿前に見直しましたが、プロの校閲ではないので、見落としがあると思います)、そのあたりはご容赦いただきたいです。
なお、『カエルの楽園2020』のエンディングは二種類想定していましたが、今回の投稿では、一種類のエンディングしかありません。実はもう一種類のエンディングは、書くのに少し迷うところがあり、その完成を待っていると、投稿のタイミングが遅れるために、一種類のエンディングのみで投稿いたしました。
もう一つのエンディングはこれから書くつもりですが、あるいは書けないかもしれません。というのは、最後まで読んでいただければわかると思いますが、もう一つのエンディングこそは私の願望とも言える形になるもので、現実との折り合いをどうつけるかという厄介な問題を孕んでいるからです。
ところで、『カエルの楽園2020』は、『カエルの楽園』(新潮文庫)の続編に当たると書きました。前作の『カエルの楽園』を読まれた方は、より深く『カエルの楽園2020』の世界に入りやすいことはたしかですが、前作を読まれていない方にも充分に楽しんでいただけるように、配慮して書いたつもりです。
それでは、『カエルの楽園2020』をお楽しみください。
令和二年五月六日
百田尚樹
序章
ソクラテスとロベルトがローラのバラバラになった死体を埋めると、あたりはすっかり暗くなっていました。雨は相変わらず降っています。
「これからどうする?」
ロベルトはソクラテスに訊きました。
「どうするもこうするもないよ。ぼくはもうこの国を去るよ。ここはもう楽園ではなくなった」
「そうだなあ」
ロベルトは力のない声で同意しました。それからソクラテスの方を向いて、怒ったような顔をして言いました。
「なんで、こんなことになってしまったんだ」
「原因はいくつもあると思うんだ」ソクラテスは言いました。「まず第一は鷲のスチームボートが去ったことじゃないか」
「ウシガエルを撃退したハンニバル兄弟のひとり、ワグルラを死刑にしたこともよくなかったんじゃないか」
「あれはひどかったね」
ソクラテスは言いながら、その時の光景を思い出して、胸が悪くなりました。
「それを扇動したのはデイブレイクだ」ロベルトは吐き捨てるように言いました。「あいつの正体が今頃になってわかった。あいつはウシガエルの手先だったんだ」
「それはどうだろう。ぼくにはそうは思えない。デイブレイクは、ナパージュのカエルたちの歪んだ良心を代表させたもののように思えるんだ。おそらく彼は自分が正しいと思いこみ、ちゃんとした目を失ってしまったんじゃないかな」
「なるほどなあ、歪んだ良心か。わかる気がするよ。お祭り広場で、いろんな人気者もデイブレイクと同じようなことを言っていたし、それを見ていた多くのツチガエルも拍手していたからなあ」
その時、どこかからツチガエルの悲鳴が聞こえてきました。ナパージュがウシガエルに占領されてから、いつもどこかでツチガエルの悲鳴が聞こえます。ウシガエルがツチガエルをいたぶっているのです。
「ナパージュが助かる最後のチャンスが、『
「いや、ロベルト、ぼくもあの時は感動した。ツチガエルたちがどれほど『三戒』を大事に思っているかを知って、胸が熱くなった」
「全部、錯覚だったんだな。でも、そんなの当り前だよな。『三戒』に謳われている『カエルを信じろ』『カエルと争うな』『争うための力を持つな』って、どう考えても変だよ。それを信じたばかりにツチガエルはウシガエルを信じて、ウシガエルと争うこともできなかったんだからな」
「おまけに争うための力も持つなということだから。ハンニバルとゴヤスレイは目をつぶされて腕を斬り落とされた。ハンニバル兄弟が元気だったなら、ウシガエルと戦えたかもしれないのに――」
「バカバカしいのは、『三戒』はもともとスチームボートが、ツチガエルが自分に逆らわないように作ったものだったことだ。『三戒』の中の『カエル』の部分は、もともと『スチームボート様』だったっていうじゃないか」
ソクラテスはため息をつきました。ロベルトが言う通りです。それなのに、いつのまにか「スチームボート様」が「カエル」になってしまい、ツチガエルたちはそれにも気が付かずに「三戒」を守り続けてきたのでした。
「謝りソングもひどかったな」
ロベルトの言葉にソクラテスは頷きました。そして心の中で「謝りソング」を思い浮かべました。ナパージュに来てから何十回も聴いたので、完全に覚えています。
我々は生まれながらにして罪深きカエル
すべての罪は、我らにあり
さあ、今こそみんなで謝ろう
ソクラテスは歌詞を思い返しただけで、気分が悪くなりました。要するに、ナパージュのツチガエルは生まれた時からずっと「謝りソング」を歌わされてきたから、自分たちが悪いカエルと思い込んでいたのだと心の中で呟きました。だから、ヌマガエルにもペコペコしていたし、ウシガエルに対しても何もできなかったのだ。それどころか、正当に言えることでも言えなかったのだ――。
「とにかく、今日はもう遅いから、明日、この国を出よう。今夜はどこかで寝よう」
「わかった」
ソクラテスとロベルトは泉のほとりまで来ると、疲れた体を横たえました。