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白河夜船 (新潮文庫) - 水無瀬さんの感想

水無瀬
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思えばもうずいぶん長いこと眠りに依存して生きてきた。忘れられないほどいやなことがあったとき、心がつながれたビーズみたいにばらばらに壊れてしまいそうなほど切なくてたまらないとき、怒ったとき悲しいとき、からだのどこかが痛くてたまらないとき、わたしはいつも儀式のように、『眠る』ということをしてきた。
水無瀬

このあいだ友人に、「最近何をしても満足感がなく苛々してしまう」と相談を受けた。わたしは、自分が同じような気分の時は、映画観たり本読んだりとにかく自分一人の時間を作ってるよって助言のつもりで話したんだけど、その数日後、「人と会って飲んだら楽になった、誰かと話すことが足りなかった」と報告されて、そのとき本当は、じんわりと、とほうにくれるほど、さびしくなった。

水無瀬

かと会って、話をして、閉じていた胸の内の光や傷をふたたび開いて、でもその時間が、わたしには命取りになるような気がしてこわい。盗まれてしまいそうでおそろしい。だから、でも、自分自身じゃなく、誰かに頼ることで自分をさぐれるひとが、わたしは本当にうらやましくてさびしくて、きゅっと泣くのをがまんするたびに、ぎゅっとことばも喉のところで塞いでしまう。

水無瀬

知ってる?猫がよく眠るのは、夢の中で生活のシミュレーションをしているからなんだって。1日の半分以上を眠って過ごす猫たちは、1回の睡眠のうち7分間くらいしか本当に眠ってはいないんだって。ひとの手からひとの手へ、映画の中を船でも漕ぐように横切り続けるあの黒猫は、わたしがいつもたったひとりで、泣いて暮らすあの時間を、一緒に連れているような気がした。

水無瀬

人間はずっとひとりだ。ここにいて、ここからはなれて、そんなふうにきみと生きている。わたしには、いつかわたしよりも先にここから居なくなるいのちのことを思いながら、なきじゃくるだけの弱さがある。わたしには、いまだけでもわたしを忘れられないように、きみを抱きしめてはなさないだけのずるさがある。

水無瀬

わたしたちは海の鳴らす潮騒を、風のささやく律文をさがしている。誰かの心臓に、ほとばしることばに、音もたてずに過ぎ去ろうとする無数の光りと影の中に、さがしている。いいよ、かくれていても、何度でも見つけてあげる、いいよ、眠っていても、何度でもうたってあげる、いいよ、わたしはこのままでいいよ、弱くてずるくて賢くて、何も言わなくてもわかってるんでしょう、わかってたらもう黙っててもいいの、人生がうつくしいことは、世界でわたしだけが知ってる。

0255文字

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水無瀬
  • 50
  • 12632ページ
  • 48レビュー
  • 20歳
  • 大学生
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