私はこう考える
他者に寛容な社会に
劇作家 演出家 平田オリザさん

新型コロナウイルスの感染拡大で「見えない敵を前にして理性的な判断ができなくなっている」と話す劇作家で演出家の平田オリザさん。「命の次に大切なものは一人ひとり違う。いろんな人がいて、認め合うことが大事だ」と訴えます。(5月3日)

世界で信頼と尊厳が揺らぐ

新型コロナによって、今、世界中が、かつてない状況になっています。オリザさんはどう見ていますか?

平田オリザさん
見えない敵を前にして理性的な判断ができなくなっていると感じます。パニック状態になると、反知性主義みたいなものが非常に露骨に現れてきて疑心暗鬼がまん延します。

この状態が実はいちばん危険で、ある意味ウイルスより危険だと思います。アメリカで、銃が売れているのはその象徴です。「気に食わないから」と言って暴力で人から物を奪ったりしないという信頼関係で私たちの社会は成り立つものですが、これが危機に陥っているということがいちばん大きな問題じゃないかと思いますね。

専門家への敬意を

インターネット上では真偽不明の情報も飛び交っていますね。

平田オリザさん
ほぼデマ情報のようなものの拡散が今回ひどくなっていると感じています。原発事故の時は、背景に何かイデオロギーがあるのではないかと疑われ、専門家が信頼されないということがありましたが、今回は特に外出もできず、ストレスがたまり非常に攻撃的になっています。

専門家の知見に対する尊敬と信頼が失われてしまっているのです。表面上の経済の繁栄と、実際の生活実感がものすごくかい離してしまって自分だけが損をしているのではないか、誰かがズルをして得をしているのではないかという意識がまん延していたことも背景にあると思います。知識や経験への信頼が崩壊するということは、本当に危ないと思っています。

文化・芸術・教育にもっと目を向けて

オリザさんは、新型コロナにより、自粛を余儀なくされている文化・芸術活動について、強い危機感をもって、積極的な発信を続けています。

平田オリザさん
日本において、文化はいちばん弱い存在です。活動の自粛は健康を優先するために政治判断として、一時的にそういうことはしかたないと思います。

しかし、収束後には回復せねばならない。今もアーティスト自身が補償について訴えていますけれど、本来は文化・芸術を享受できなくなった全国民にそれを補償するべきなんです。

憲法25条には健康で文化的な最低限の生活を保障すると、書かれています。

さらに学校の休校が続くなか、子どもたちの教育を受ける権利についても、もっと議論されるべきだと訴えます。

平田オリザさん
社会全体の議論として、この問題への関心がまだ少し弱いと感じています。子どもたちの犠牲をどこまで強いていいのか。教育は家庭の経済格差が反映されやすいものです。学校が休校でも、家庭教師をつけられる人は圧倒的に有利ですし、全国で緊急事態宣言が出される前に、再開されていたところと、休校だったところでは、学習面で差がつきます。

教育を受ける権利が相当、抑制されてしまい、その損失は、経済以上と言ってもいいくらいです。これをどうやって回復するかということについて本来はすごく予算をつけなければならないと思います。

ぶつかり合う主張に信頼を持って議論を

感染を防ぎつつ、経済も守るという難しい議論が行われています。

平田オリザさん
日本人は、高い計画性を持って実行することに優れていて、リスクをゼロにしたいんです。『ゼロリスクがない』ということが受け入れられないと冷静ではなくなってしまう。日本の原発は絶対に事故が起きないという、まさに『安全神話』がありましたが、今も同じ状況です。

これだけのパンデミックが広がる中でも、まだ安全神話を求める人がいますが、そういったものはありません。

では全体のリスクをどう軽減するのか。新型コロナウイルスでの死者数も抑えないといけないけれど、精神的な自殺者も抑えないといけない。ここで求められるのは冷静な議論で、いちばん必要なのが相手との信頼関係なんです。

新型コロナウイルスの感染拡大を抑えたい医療関係者の気持ちもわかるし理論も正しい。そして経済学者や、社会学者の言うことも正しい。私たちアーティストの主張も正しい。

『じゃあどうしましょう』っていうことをちゃんと話し合えるかどうか。これが大事なのですが、皆さん苦手なのです。

他者に寛容な社会を

最後に、新型コロナに私たちはどう向き合うべきかと聞くと、オリザさんはこう口にしました。

平田オリザさん
みんな命は大事で、そのために行動します。でも命の次に大切なものは一人ひとり違っています。音楽がなければ生きられないとか、演劇で人生が救われたとか、スポーツが最大の楽しみとか、いろんな人がいて、認め合うことが大事です。

他者に寛容な社会になる、ということですね。他者が大切にしていることを尊重する社会であってほしいと思います。
(社会部記者 能州さやか)

【プロフィール】

平田オリザ

1962年(昭和37年)11月8日 東京生まれ。

1995年、演劇界で権威のある岸田國士戯曲賞を「東京ノート」で受賞。新国立劇場が制作した日韓合同公演『その河をこえて、五月』(2002年)では日韓両国で大きな演劇賞を受賞、その後、日仏合同公演『別れの唄』を制作したり、ベルギー王立劇場に、はじめて日本人が1人も登場しない戯曲『森の奥』を書き下ろすなど活躍。劇作家、演出家として、国内外で活動し、現代演劇界をリードし続けている。