ネイア達が黄金の輝き亭に着いたのは、レイナースと別れて三十分程経った頃だった。
距離的には、目と鼻の先程の距離であったが、道が複雑で、色んな人に聞いて廻った結果、結局、迷ってしまいそんなにも時間が経ってしまった。
(もしかして、もうレイナースさん居たりして)
そう思いながら、ラウンジ内を覗き込んだ。
周りを見渡して、レイナースがいない事を確認し、胸をなでおろす。
「おい、ネイア・バラハ。見て見ろ」
横に居たレメディオスがそう言って、ラウンジの奥を指さした。
その方向を見て、ネイアは驚く、
「あ、あれって青い薔薇の方々ですよね?」
ネイアの質問にレメディオスが頷いた。
レメディオスが青の薔薇に駆け寄って文句を言いたそうな顔をしている事に気付いたネイアは、彼女の肩を掴み、
「私が行きます。あなたは、私が指示するまでここに居て下さい。」
バイザー型ミラーシェードをしているので、レメディオスに見えていないだろうが、目に力を込めて、強い口調で指示を出す。
「・・・」
レメディオスが、黙って首を縦に振った。
ネイアは、青の薔薇のメンバーに近づき言った。
「あの、青の薔薇のみなさんですよね?」
背後から声を掛けられたイビルアイは振り向く。
そこには、仮面を被り、真っ黒いローブを纏った女が立っていた。
(なんだ。この怪しい女は!? )
怪しすぎる。あまり、関りたくない相手だ。イビルアイは思った。
「なんだぁ。また、イビルアイの親戚か?」
ガガーランがお決まりのセリフを吐く。
(馬鹿か!私のスタイリッシュな仮面と、このような下品な仮面を一緒にするな!)
と、言葉を出して言いたいが、私は優しいので本当の事は口に出さない。
「ガガーラン。馬鹿を言うな。そんな訳ないだろう。」
イビルアイは普通に答える。
「そうそう」
「彼女の仮面の方がカッコいい」
ティア、ティナが揃って答える。
「なんだと!私の仮面の方がカッコいいだろうが!」
イビルアイは本音を言った。
「それで、どちら様ですか?」
そんな中、ラキュースが冷静に対応する。
「こ、これは失礼しました。」
ネイアは、慌ててミラーシェードを外して答える。
「お久しぶりです。皆様は覚えていらっしゃらないと思いますが、一年程前、お会いしました聖王国のネイア・バラハと申します。」
「ああ、あん時の目つきの悪い嬢ちゃんかい。あんた、前より目つき悪くなったんじゃないかい?」
ガガーランの言葉に、ネイアは少し困った顔をした。
「私も覚えていますよ。お久しぶりですね。」
ラキュースが言う。
「私達も」
「覚えてる」
ティア、ティナが言う。
しかし、イビルアイだけが黙っていた。
青の薔薇メンバーがイビルアイを睨む。
(どうせ、覚えていませんよ。だってしょうがないだろうが。二百年以上生きているんだ。いちいち覚えれられるか!)
「それで、どうしてこちらへ?」
ラキュースがネイアに尋ねた。
「はい、魔導王陛下に会いに来ました。」
ネイアは、嬉しいのか少しはにかんで笑顔で答える。
「‼」
ネイアの平然としたその言葉に、青の薔薇の皆が一瞬固まった。
だってそうだろう、この国の頂点であり、多くの恐ろしいアンデッドを従えて、王国の戦で十数万人を魔法一つで虐殺した化け物に会うのに、”ちょっと、お祖母ちゃんに会いに来ました”みたいな感覚で言われたら、衝撃を受けるのは当たり前だ。
「そ、それで会えるのかしら?」
ラキュースが平静を装い、尋ねる。
「はい、運良く親切な兵士の方に会えて、今、面会の予約に行って貰っています。」
「‼」
ネイアの言葉に、また、青の薔薇の皆が一瞬固まる。
「すいません。ちょっとだけメンバー内の話をして来ますので、ここで少しお待ち頂けますか?」
ラキュースがそう言うと、メンバーを部屋の隅に集めた。
「おい、その兵士って奴に頼んでみるっていうのもありじゃね。」
「でも信用できるかわからんぞ。」
「会ってから」
「判断」
「はい、保留‼」
ラキュースがそう言うと、メンバーたちはまた、席に着いた。
席に戻ると、ネイアの横に包帯でグルグル巻きになっている鎧の女(?)が立っていた。
「おい、イビルアイの親戚か?」
「この流れはもういいだろ!」
ガガーランの言葉に、イビルアイが喰い気味に突っ込んだ。
「どちら様ですか?」
ラキュースが尋ねる。
「お前達、覚えていないのか?聖騎士団隊長レメディオス・カストディオだ‼」
レメディオスが怒りを滲ませて答える。
「ああ、あん時のギャーギャーうるさかったネーちゃんか。覚えてるよ。」
「私も覚えていますよ。お久しぶり…」
「だから、その流れもいいだろ!」
ラキュースの言葉に、また、イビルアイが喰い気味に突っ込んだ。
「お前達に聞きたいと思っていた。お前達は、魔導王とグルだったのか?」
レメディオスが鬼気迫る表情で尋ねた。
「これは、誤解を解くために皆でよく話し合う必要が有りそうですね。」
その話し合いは、小一時間程続いた。
お互いに各々の意見を述べ合った頃で、その話し合いは小休止となった。
その話の内容に、衝撃を受けたのは青の薔薇の皆だった。
(第十位魔法とか、嘘だろ!あり得ないだろ!)
とイビルアイは思いつつも、今まで集めた情報を分析して、完全には否定できないと悟る。
(それに、魔導王陛下が聖王国を救った?あれだけの虐殺をしておいてか?)
とイビルアイは思いつつも、現状の魔導国の人間を無下に扱っていない、むしろ、大切に扱われている状況を見ると、完全に悪とも断言しづらい。
はっきり言って、よくわからない。
この聖王国の二人だって、片方は、魔導王に盲信的であり、片方は、どちらかと言うと非難的な言動をしている。
魔導王ってもしかして二人いるんじゃないか?と思ってしまう。
「とりあえず、私達の誤解は解けたかしら。」
ラキュースは、レメディオスに了解を求めた。
「そうだな。」
レメディオスは、少し納得していないような口調で言う。
「それで、今回は魔導王に何のために会うんだ?」
ガガーランが、ネイア達に質問をした。
そう、ネイア達は、前回のヤルダバオトとの戦いの話しかしていない。
今回のヴァンパイアの話をしていいかどうか、とネイアは迷う。
「近日中に、ヴァンパイアの襲撃があるのでな。魔導王に救援要請に来た。」
レメディオスは、速攻でバラす。
(ーおい!お前!)
結局、青の薔薇の皆に今回の経緯を説明しなければいけなくなった。
「おいおい、ヤルダバオトの次は、吸血鬼の大群かよ?おたくらついてないねぇ。」
ガガーランが笑いながらいった。
「残念ながら今回も我々は協力できません。」
ラキュースは、申し訳なさそうに言った。
そんな言葉に、ネイアは明るく答える。
「ご心配頂いて有難う御座います。でも、大丈夫です。陛下に会えれば、すべて解決しますから。」
その反応に、青の薔薇の全員が困る。
そんな中、ラウンジの入口から声がした。
「ネイア・バラハ様!いらっしゃいますか?」
レイナースが、叫ぶ。
ネイアは、その声に答えて手を振った。
「はい、ここです!」
レイナースはネイアの元まで早足で向かう。ネイアの前にひざまずくと、
「面会の許可が下りました。明日九時に迎えに来ますので、こちらでお待ち頂けないでしょうか?」
「本当ですか?有難う御座います。」
ネイアの感謝する。ここまですべてトントン拍子に上手く行き過ぎである。
「こちらの方々は?」
レイナースは、ネイアの周りの青の薔薇のメンバーを見据えて質問する。
「ああ、知り合いの方々です。」
ネイアは答える。
「ちょっとお聞きしてよろしいですか?」
ラキュースは、レイナースに語りかけた。
「はい、何でしょうか?」
ネイア・バラハの知り合いとなれば、無下には出来ない。
「その面会の人数は何人まで可能ですか?」
ラキュースの質問にレイナースは言葉に詰まる。
「い、いえ、特に人数の指定は受けませんでしたので、何名でも可能かと思われますが…」
―そう、面会の受付に行ったのだが、最初に対応したアンデットは、言語を禄に理解できないアンデットであったのだ。だから、こんなに時間が掛かってしまった。
ボディーランゲージで必死に説明していた所、ようやく、言語を理解できるアンデットが来て、受付を完了することができたのだ。人数の指定とか、気にしていられる状態ではなかった。
「そうですか。では、ネイアさん。私達も同行させては下さいませんか?」
ラキュースのその言葉に、イビルアイを声を上げる。
「おい、ラキュース!」
そう言うと、椅子からジャンプしてラキュースの首に手を回した。
「-おい、どういうつもりだ。我々が会いに来たのはモモン様で、魔導王ではないぞ。それに我々が魔導国にいるとバレてしまうではないか?」
小声で話し掛ける。
「もうバレてるわよ」
ラキュースは、呆れた顔で返す。
「え?しかし、入国審査では偽名を使ったではないか?」
イビルアイは、声を震わせて言う。
「あなた、自分の恰好を鏡で見た事ある?」
ラキュースは、頭を抱える。
「っていうか、魔導国に入ったその瞬間にバレるでしょ。」
「女マッチョ!」
「忍者姉妹!」
「仮面!」
ラキュースは、それぞれを指さして言う。そして、「美女」
最後に少し照れながら、自分を指した。
「ともかく、こうなったら後は、我々が魔導王の城に入って、直接、モモン様に渡すしかないのよ。」
ラキュースは、腕を組みながら言った。
(仮面、仮面ってなんなんだ~)
イビルアイは、心の中で叫ぶ。
それを見ていたネイアは訳が分からずポカンとしていた。
「青の薔薇の皆さんは、モモン様にお会いしたいんですか?」
状況は分からないが、単純に聞こえた事を聞いてみる。
「そうなのよ。だから、明日、あなたに同行させてもらってもいいかしら。」
ラキュースは、顔の前に掌を合わせ、ネイアに懇願する。
「一つだけ、確認してもよろしいですか?」
「何?」
「魔導王陛下に危害は加えませんよね?」
ネイアは心配そうな顔をした。
「大丈夫よ。約束するわ。」
ラキュースは、笑顔で答える。
「分かりました。一緒に行きましょう。」
ネイアは、同意した。
翌朝、レイナースの案内の元、歩いて魔導王の城に向かっていた。
ネイアは、レメディオス、ラキュース、イビルアイ、ティア、ティナ、ガガーラン、これに案内しているレイナースを含めて、総勢八名となっていた。
ネイアは、周りの高層の建物を見上げながら、魔導王の城がどれ程、立派になっているのか、を想像する。
国民が暮らす建物がこれほど、立派という事は、ネイアは、きっと想像もつかない程、立派なものになってるに違いないと確信していたのだ。
「魔導王陛下の城が見えて来ました。」
レイナースは、街道の向こうを指さす。
ネイアは、その先の現在の魔導王の城の姿の見た時、感動からか、目から大粒の涙が溢れ出した。そして、その涙のせいで、魔導王の城がぼやけて見えてる。
そうその光景をネイアは想像できていなかったであろう。
―何も変わっていなかった。一年前と。
周りの高層の建物に囲まれるように、それはポツンと建っていた。
それを見た時、ネイアは思い出した。あの時の魔導王の言葉を、そう、あの言葉には隠れた言葉があったのだ。
(我よりも)(民が不自由なく生活を送るための物の豊かさによって知らしめる)
あの時も思ったが、今、更に思う。魔導国の国民は、幸せものだと、
「な、何か御座いましたか?」
ネイアの異変に気付いたレイナースは慌てながら尋ねた。
ネイアは心配させまいと、即座にローブでその涙を思いっきり拭って言った。
「何でもありません。早く向かいましょう!」
ネイアは、力強く前へと進む。
城の周りには、多くのデスナイトが警備していたが、面会の予約のお陰で、城の中へはすんなり入る事が出来た。
城に入ると、以前のようなアンデッドの出迎えはなかった。ただ、長く赤い絨毯があった。絨毯の先には階段があり、そして、その奥には大きな扉がある。以前とはさすがに内装は少し変わっているようであった。
ネイア達がその階段に向けて歩を進めると、階段の柱の裏から二つの影が現れ、階段をゆっくり降りてくる。
その姿を見て、同行していたイビルアイが言った。
「モ、モモン様…」