英雄王の凱旋   作:トミサト

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第7話 魔導国にて

「はあ、つ、着いた~」

 

 アンデットの馬の背に顔を横たえて、ネイアは言った。

 

 おそらく、お尻の皮は、すべてズル剥けているだろう。最初は痛みでどうにかなりそうであったが、もう途中からは痛みという痛みは感じられなくなっていた。

 

 

 

 ”魂喰らい”に乗り、日中夜走り抜け、魔導国付近の森を抜けたのは、聖王国を出発して丁度、三日後の夕方の事であった。

 

 日も暮れかけ、薄闇が空を覆う中、森を抜けた先にあった小高い丘から、魔導国のものと思われる城壁がその目に入ったのだ。

 

 

 

「ありがとね。ソウルイーターくん。」

 

ネイアは、”魂喰らい”の首を撫でる。しかし、反応は返ってこない。

 

 しかし、ネイアは分かる。あのお優しい魔導王陛下が生み出されたこの仔も優しい心を持っていると。

 

 実際、この仔が居なければ、ここまでこれなかったであろう。

 

 日中夜走ってくれた事もそうだが、これまで野党や、モンスターに一切襲われなかったのだ。

 

 

 

「あれ、以前来た時、ここから城壁って見えたっけ?」

 

以前の記憶を探るが、方向に間違いがない筈なので、考えないようにする。

 

「少し待て、ネイア・バラハよ!」

 

ようやく追いついて来たレメディオスが背後に迫ってくる。

 

「遅いですよ。レメディオス殿。」

 

ネイアは、レメディオスに文句を言う。

 

 これまでの旅の中で、レメディオスの態度は、ネイアが部下だった時と似たようなものになっていたので、釘を刺す必要がある。

 

「レメディオス殿。もうすぐ魔導国です。魔導国内では、私の指示に従って貰います。」

 

レメディオスは怒りの目を向けるが、立場を弁えたのか、その呪いのせいなのか

 

「了承した。」

 

と言って、頭を下に向ける。

 

「では、急ぎましょう。」

 

二人は、魔導国の城門へと向かう。

 

 

 

 ネイア達が、城門に到達したときには、すっかり日も落ち、周りは闇に包まれていた。

 

 魔導国の城門付近に来て、ネイアはやっと気づいた。丘の上から見えた城門は以前の城門ではない事に。

 

(凄い!)

 

 その城門は、以前の城門の遥か手前に建設されていた。そう、手前にという事は、城壁は左右に広大に広がっていた。暗いため、城壁の端は見えなかった。ネイアが見てきた中で、一番大きく、そして立派な城門が目の前にあった。

 

 以前とは違う城門を前に、ネイアはたじろいだ。

 

(どこから入門の許可を取ればいいんだろうか?)

 

 城門を見回すと、遥か右の城壁に、多くの人々が列をつくっているのがうっすら見えた。

 

(あの人たちに聞けば、分かるかな?)

 

ネイア達は、そのままその列の最後尾に向かう。

 

 

 

「すいませーーん」

 

 ネイアは、近づきながら最後尾の人たちに手を振る。

 

その声に気付いた人々は、声を聞こえてきた方を向いた。

 

 ネイア達の方を見た人々は、ネイア達を視認すると、その顔はみるみる青ざめていく。

 

「ア!アンデッドだぁぁぁぁぁ‼」

 

「キャァァァァァ‼」

 

「に、逃げろぉぉぉ‼」

 

ネイア達が近付く程、その列に並んだ人々は、暗闇の中、森に、林に逃げ込んで行ってしまう。

 

 魔導国の人間なら”魂喰らい”ぐらい見慣れていると考えていたネイアはあっけに取られる。

 

 あっという間に列はなくなり、そこには、鎧を着ている兵士一人しか立っていなかった。

 

 その兵士は、”魂喰らい”を見ても微動だにしない。

 

ネイア達は、その兵士に近づく。

 

「すいません。お騒がせしてしまって。」

 

ネイアは、まずい事をしてしまったと思い、謝る。

 

「君、”魂喰らい”は、ここら辺では、エ・ランテル内でしか乗っちゃダメだって知らないの。」

 

兵士は、当然のように注意する。

 

「すいません知りませんでした。」

 

「でも、助かったよ。今の人達、もう入国審査終わったっていうのに、帰ってくれなかったから。」

 

その兵士の言葉に、ネイアは驚く。

 

「えっ。もう入国できないですか?」

 

「ああ、魔導王陛下のご命令で”夜、六時以降は受付をせず、業務を終了するように”というが決まっているんだ。」

 

「そ、そんな!」

 

 ネイア達は、今、国の存亡をかけた使者としてここにいる。明後日の夜には、ヴァンパイヤ達の襲撃があるのだ。タイムリミットが迫っている。

 

 確かに、こんな時間に入国しても会えるはずもないが、できるだけ早く入国して魔導王陛下の面会する準備を整えたい。

 

「言っとくけど、例外はないからね。入国したいなら、明日の朝八時以降に来てね。早く入りたいなら、その前に来て並んでいた方がいいよ。泊る所は、森の奥に、簡易宿泊所があるからそこに行きな。」

 

 その言葉に反応したのはレメディオスはだった。

 

レメディオスは、”魂喰らい”から半身を乗り出し、兵士の胸ぐらを掴み持ち上げた。

 

「我々は、すぐにでも魔導王に会わなければいけないのだ!会わせろ!」

 

兵士の顔を自分の顔面まで持ってきて見据えて脅す。

 

 

 

「レメディオス‼」

 

ネイアは、大声で制止する。

 

「聖王国で約束した事、先程約束した事、忘れたんですか!」

 

その言葉を聞き、レメディオスは兵士を下に投げ捨てた。

 

”魂喰らい”を降り、ネイアは、腰をついた兵士に駆け寄る。

 

「乱暴な事をしてすいません!しかし、我々はすぐに魔導王陛下にお会いしなければならないのです!」

 

ネイアは兵士に大きな声で懇願する。

 

「え、魔導王陛下?」

 

兵士の瞳にネイアの胸元のペンダントが映る。

 

「す、すいませんでした!すぐ、お通しします!」

 

兵士立ち上がり、急に態度を変え、大きな声を上げる。

 

「では、城門を少し開けますので、その間にお通り下さい!」

 

兵士は、敬礼をして答える。

 

「え、入国審査は?」

 

「もちろん。結構で御座います。申し訳御座いませんでした。」

 

兵士は、深々と頭を下げた。

 

 ネイアは、納得できなかったが、入れるのならば、文句はない。

 

レメディオスを見ると、自分の行為で入れるようになったと思ったのか得意げな顔をしていた。

 

「わかりました。お願いします。」

 

ネイアは、兵士に頭を下げて城門に向かった。

 

ネイア達は、少し開いた隙間から、その大きな城門を潜り抜けていった。

 

 

 

 城門を潜り抜けた先にネイアを待っていたのは、幻想的な光景であった。

 

日も暮れ、外は真っ暗なはずなのに、街の至る所に魔法の街灯が設置され、幻想的な光が、都市全体を包んでいた。

 

 道はすべて石畳で奇麗に舗装されていた。凄いのは、触ってみるとその石畳の石と隙間と、石の間には、全くの段差がない事であった。もし、ここで球を転がしたら、どこまでもまっすぐに転がっていく事だろう。

 

 街並みも高層の建物がならび、その建築技術の高さたるや、ここと比べたら、聖王国の街並みは張りぼて小屋の集まりだ。

 

 街には、以前来た時とは、比べ物にならない程の、人間、亜人、異形種達が溢れていた。その活気たるや、さながら、お祭り状態である。

 

「凄いな…」

 

 レメディオスの口から自然に出た感想を、ネイアは、聞き逃さなかった。

 

ネイアも同意見だ。と納得する。

 

 多く人が往来する街道を”魂喰らい”で進む。さすが、魔導国民だ。誰も”魂喰らい”を気にしなかった。

 

たまたま、目のあった人に話し掛けた。

 

「すいません。」

 

「何だい。」

 

中年のご婦人が答える。

 

「あの、魔導王陛下のお城に行きたいのですが。」

 

「あら、観光かい。それなら、あのエ・ランテル門を越えた先さあねぇ。」

 

ご婦人は遥か先の以前の城門を指さした。

 

「有難う御座います。」

 

ネイア達は、エ・ランテル門を目指すし、歩を進めた。

 

 

 

 エ・ランテル門を越える。エ・ランテル門を越えた先の情景も、以前来た時とは、まるっきり変わっていた。

 

 ネイアは、街道をただただ、進んでいる時、気づいた。

 

(魔導王陛下にどうやって会えばいいんだろう…)

 

 このまま、城前に行ったとして、”知り合いだから入れてね”的な事をして会える程、国王というのが身近な存在の訳がない。

 

 今のネイアには、魔導王陛下に以外に、この魔導国に役に立つ人脈はいないのである。前回こちらに来た時は、グスターボが面会の約束を取り付けた。

 

 しかし、今はいない。ネイアは並走するレメディオスの顔を見る。

 

 レメディオスは、何も考えていないような顔で前を見ている。っていうか何も考えていない間違いなく。

 

(ダメだ。私がしっかりしないと。こんなことなら門兵の人にちゃんと面会方法を聞いとけば、良かったなぁ)

 

 その時、ネイアの目の前には、明らかに兵士と思われる重装の鎧を着ている女性の後姿が現れた。

 

ネイアは、その女性に話し掛ける。

 

「あの、魔導国の兵士の方でしょうか?」

 

 

 

その言葉にレイナース・ロックブルズは振り返る。

 

「はい、なにかしら?」

 

レイナースは、話し掛けてきた”魂喰らい”に乗った仮面を被った少女に答える。

 

(なにかしら、この娘。”魂喰らい”に乗って、仮面なんかつけて、真黒なローブを着て、なんて怪しいのかしら。何から突っ込んでいいかわからないわ…)

 

 心の中でそう思いながら、胸に光るペンダントに目が行く。

 

(あら、良いペンダントしてるじゃない?)

 

普段は、こんな格好をしているが、レイナースは結構ファッションにはうるさい。

 

 その光るペンダントの宝石に刻まれた紋章を見た時、レイナースは固まった。

 

―あれは、魔導国の紋章

 

一、魔導国の紋章を魔導王陛下に無断で使用する事を禁じる。

 

一、魔導国の紋章を刻まれた首飾りをするものは、魔導王陛下の持ち物とし、傷つける事は許されない。

 

と、魔導国の法律にある。

 

 この者は、魔導王陛下の持ち物という事だ。しかも、レイナースが見る限り、このような高価な首飾りをしている者は、見たことがない。

 

 以前見たことがあるのは、リザードマンの大きい鎖と鉄製のファッションセンスの欠片もない首飾りであった。

 

 魔導王陛下の持ち物の中でも、かなりのお気に入りという事になる。

 

下手な態度を取れば、こちらの首が飛ぶ。

 

 

 

レイナースは、ネイアの前に、すぐさまひざまずいた。

 

「失礼致しました。私、魔導国が兵士レイナースと申します。」

 

頭を垂れ、顔を上げた後、ネイアを真っ直ぐ見つめて名乗る。

 

「大変恐縮ですが、お名前をお教え願えますか?」

 

レイナースは、丁寧な口調でネイアに正体を探ろうとする。

 

「ご丁寧に有難う御座います。私は、聖王国のネイア・バラハと申します。」

 

ネイアは、突然の丁寧な対応はに驚きながら答える。

 

「それで私にどのようなご用件でしょうか?」

 

「はい、私達は聖王国から使者として参りました。至急、魔導王陛下にお目通りしたいのですが…」

 

レイナースは、閃いた。これは魔導王に接触する最大のチャンスだと。

 

「はい、そういう事ならお力添え致します。」

 

(そうだ、この者達となら、あの魔導王の城に入れる。それに、この者達の情報を集めれば、もしかしたら魔導王との交渉の材料になるかもしれない。)

 

「それでは、こちらで面会の約束を取りつけますで、方法を教えて頂けますか?」

 

その言葉に、レイナースは焦りを見せた。

 

「いえいえ、とんでも御座いませんわ。私、レイナースめが、面会の手続きをさせて頂きます。」

 

そう言って、ネイアに詰め寄った。

 

「いえ、そこまでお手間を取らせるわけにも…」

 

ネイアが断ろうした時、

 

「いいじゃないか。したいって言うんだからさせてやればいいじゃないか。」

 

レイナースからは、死角になって見えなかったが、横にいた包帯グルグル巻きの鎧の女が喋ってきた。

 

(何、何なの。こいつら!そうか!仮装、仮装パーティーの帰りなんだわ!)

 

 この少女が、怪しい魔法使いの恰好で、この女がミイラ女の仮装なのね。レイナースはそう納得する。

 

「ええ、その方の仰る通りですわ。私が好きでやる事ですので!」

 

「それでは、お願します。」

 

ネイアは頭を下げた。

 

(よっしゃー)

 

レイナースは、心でガッツポーズをする。

 

「それでは、今すぐ、面会の手続きをして来ますね?」

 

レイアースのその言葉に、ネイア達は少し驚いた様子を見せた。

 

「え?今からですか?受付は六時には終了するのではないのですか?」

 

「いえ、魔導国では、人間のみ運営されている役所とアンデッドのみで運営されている役所が在りまして、魔導王陛下の面会受付は、アンデッドのみで運営されている役所で行っているので、二十四時間可能です。」

 

レイナースは、笑顔で答える。

 

(それも超強そうなアンデッドがいるから魔導王に面会しようとする人間なんていないのよ!)

 

と、内心思っていた。

 

そのアンデットを思い出し、レイナースは、念のため、確認する。

 

「そのペンダントは、魔導王陛下から頂かれた品ですか?」

 

「え、お分かりになられるんですか?」

 

「はい、この国では魔導王陛下に認められない限り、そのような首飾りを着けてはいけない決まりなのです。」

 

ネイアは、ペンダントの宝石を掌に載せて答える。

 

「はい、これは魔導王陛下から贈られたものです。」

 

(よし、確認は取れた!)

 

レイアースは確信した。

 

「それでは、面会の手続きに行きます。申し訳御座いませんが、もう一度お名前と、できればご身分をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「はい、分かりました。聖王国で、僭越ながら魔導教団の教主を務めさせて頂いております、ネイア・バラハです。よろしくお願い致します。」

 

ネイアも丁寧な態度で返した。

 

―魔導教団。

 

 これまた、凄い文言が出てきた。その名前は、ジルクニフから聞いた事がある。たしか、魔導王が魔皇ヤルダバオトを撃退した後、聖王国内で魔導王を崇拝し、勢力を拡大させた邪教教団だ。

 

 その教主が目の前にいる。この人物に恩を売っておいて、何も損はないとレイナースは、再度、確信した。

 

「それでは、手続きに行って参ります。お泊りはどちらですか?手続きが終わり次第、お知らせ致します。」

 

「実は、まだ決まっていないのです。以前は黄金の輝き亭に泊ったんですが…」

 

「それでは、黄金の輝き亭のラウンジでお待ち頂けないでしょうか?それ程時間は掛からないと思いますので!」

 

 レイナースの言葉に従い、ネイア達は黄金の輝き亭のラウンジで待つ事とした。


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